パライソタウン。

俺達が住むこの町は、信じられないが宇宙人達の侵略を受け、
ハタ人間と呼ばれる驚異に脅かされていた。

宇宙人が去って数ヶ月がたった今も、その爪痕は俺達を悩ませていた。

行方不明になったままの人達はもちろん、
逃げ出したモンスターの駆逐に、宇宙人によって破壊された施設の修復
(正しくは宇宙人と戦う際に考え無しに武器をぶっ放した
某緑色の悪魔による損害)や、宇宙人達の残した薬品などを解析、
危険がないように処理すること
(どこぞの食いしん坊が食べたり飲んだりしそうになり
作業が大幅に遅れた)などなど。

ようやく学校は再会されたけど……。


「みんなー!久しぶりです……ってあれ、小波君? 皆さん?
何か先生から遠いような気が」

「気のせいです」


俺達の心にもしっかりと傷痕は残っていた。
主に田中先生への苦手意識云々といった感じで。

まあともかく、色々あったけど少しずつ事態も収束へ向かっている。
それは喜ばしいことだろう。うん、喜ばしいことだ。


「とはいえ、まだまだ解決とはいえないこの状況で、
本気で釣りをやるのか?」

別に悪いとは言わない。頑張り過ぎず息抜きをすることも大切だろう。
それに今となっては俺達に出来ることは少ない。

でもだ、皆が一日でも早く元の町に戻るよう、奮起しているこの最中に、
のんきに釣りをするというのも何か罪悪感が……。


俺の言いたいことを察してくれたのだろう。
青野が「そう言うな」と口を開いた。


「俺も出来ることはやろうと今日までやってきたんだがな、
近所のじいさんに怒られたよ。
『子供は遊ぶのが仕事じゃ!』ってな。
俺だけじゃない、お前だって頑張り過ぎだ。
あの十日間、お前はリーダーとして皆を引っ張っていって、
皆と疲労は段違いのはずなのに
その後も率先して活動してたじゃないか」

「青野……」

「それにだ」


青野は笑みを浮かべながらゆっくりと港の奥へと目を向けた。


「釣りしようと言い出したあいつらは絶対何も考えていないぞ」

「だろうな」


『何であんたがいんのよ越ゴリラ!
小波に釣りを教えてもらおうと思ってたのに!』

『うるせえリコ!
俺だって小波は呼んだぞ!
何で同じ日に同じ奴を釣りに誘うんだテメエ!』


そうなのだ。
まず今日の朝方、リコから釣りを教えてほしいという電話があり、
前に教えるという約束もしていたから了承した。
その後、今度は越後から電話がきた。
今の状況を話そうとも思ったけど如何せん越後だ。
一方的に話され一方的に切られた。


『あんたの日頃の行いがバカだからバチが当たったんじゃない?
というわけで帰れゴリラ』

『何!?これが日頃の行いという奴なのか!?』


ツッコミたい。
日頃の行いは良いか悪いかのどちらかだと。


『大体あんたには釣りをする資格すらないのよ動物ヤロー。
釣り道具の隠し場所を忘れるなんて釣り道具に対する冒涜じゃない?
このトリ頭』

『なんだとテメエ!
俺の髪は別にトサカみたいにはなってねえぞ!』


「めんどくさいから止めるか?」


俺の問いに対する答えが後ろから返ってくる。


「まあ、待て。面白そうだからもう少し見てよう」

「でも収集つくのかアレ?」

「相手が越後だからな。
ところで、こういう時って普通
『……ってうわあ!お前いつの間に!』
って言うところなんじゃないか?」

「実際そう驚かないよ。
改めて――おはよう、夏菜」


後ろを振り向くとやっぱり夏菜がいた。
まあ、リコから電話があった時
『お腹をすかせて来てね』
と言っていたから大体来ることは予想していたけれど。


「霧生、そう言うからにはいざとなったらお前が止めろよ」

「面白おかしくなら考えてやるよ」

「……お前が石川と仲が良い理由がよくわかった」


『大体お前釣り道具なんて持ってるのか?』

『あるよ、ほらこの通り』


「ちなみに、あの釣り道具は本来越後のだ」

「それを本人の前でよく堂々と掲げられるな石川の奴」





「いや、もうどうでもいいけど釣りしろよ……」


口喧嘩は夏菜が飽きてきた頃に越後を海に突き落として終わった。



……………………。



「ぶあっくしょん!」


借りることの出来た小さな小船の上に、越後の盛大なくしゃみが響き渡る。
そりゃあもう季節は夏じゃないんだから寒いのも当然だろう。
風邪を引く心配は誰もしていないだろうけど。
理由は当然以下自重。


「うるさいぞ越後。
魚が逃げたらどうするんだ」

「いや夏菜。突き落とした張本人が言える言葉じゃないからそれ。
あと、魚は声みたいな音には反応しないよ。
地面を強く蹴ったりすると、振動が水の中まで伝わって
逃げられたりはするらしいけど」

「なんだ小波、勉強は苦手なのにそういうのには詳しいんだな」

「う、まあ……。
野球とか釣りとか楽しいことの知識は妙に覚えてるんだよなあ」

「あたしと一緒だね!」

「妙な仲間意識持たれても困る……」


やれやれと釣竿へと目を落とす。反応は無し。
腹減ったから釣れなきゃ困るんだけどなぁ。



(一方、同時刻。海の中)



「くっくっく、さすがのヒナコも潜水艦で海中を進めば追ってはこれまい。
宇宙人の技術はわし一人だけのもの、まずはパライソタウンまで戻り、
基地にこっそり隠しておいた武器を回収せねば……。
しかし、有り合わせの材料で造ったから所々もろいのう。
もっと深く潜れればいいんじゃが」



……………………。



「ん?
こ、小波!ひいてるぞ!
どうすればいいんだ!?」


今まで一切の当たりが来なかったが、
そんな状況を夏菜がひっくり返したようだ。


「でかいな、焦らず落ち着いて釣り上げよう。
みんな、手伝ってくれ!」

「おう、ばっちこーい!」

「まかせておけ!」

「何々?面白いならあったしも〜♪」



……………………。



(ギ……ギギギ)


「なんじゃ?潜水艦が何かに引っかかったかの?
ええい、フルパワーじゃ!」



……………………。



「うわわわわっ!
落ちるっ!」


突然大物が暴れだしたようだ。
こんなひき見たことない。
すごい大物だ。


「二人共平気か!?」

「青野、ありがとう。ただ私の力じゃどうにも……」

「こんな時こそ、俺達運動部男子の腕の見せ所だろう。
小波、越後、気合いを入れろ!」

「なんだかよくわからないけどわかったぜ!」

「いくぞ、青野、越後。
いちにのさん!」



…………………。



「ぬぉおおっ!?
浸水したらどうするんじゃ!
急いでいたからただでさえ沈まないのが奇跡というのに!
わしは、わしは負けられんのじゃあ!」


(ブチッ)



……………………。



『どわぁあああっ!?』


力一杯竿をひいていた俺達三人は、
糸が切れると同時に後ろへ尻餅をついて倒れ込む。

転落はしなかったし、小船とはいえ、やすやすと転覆するような船でもないけれど、
危険すら感じる程の大物だった。
糸が切れて安心する自分さえいる。


「くそっ!後少しで釣れたはずなんだが」

「あのさ、小波。
あたしはまだ釣りってよくわかんないけど、
逃げたばかりならまた釣り上げることもできない?」

「できなくはないと思うけど、そう簡単にかかってはくれな――」

「うおおおおおっ!
今度は俺の竿がひいてるぜ!
すげえひきだ!」

「かかるのかよ!ああ、もう、ちきしょー!」



……………………。



「ふぅ、なんとかなったようじゃの。
まったく、ヒヤヒヤさせよって……」

(ミシ……ミシミシ……)

「…………ミシ?」



……………………。



「こんどは全員で引き上げるんだ。
リコと夏菜も準備はいいか?いくぞ!」



……………………。



「のあああああっ!
ハッチが!ハッチが開く!
誰じゃ!誰がわしを沈めて海の藻屑にしようとしとるんじゃ!
この体にはちときついが、何とか引っ張らねば……
ふぬぅううっ!」



……………………。



「ってうわあっ!
また切られた!」

「…………魚のくせにこのゴリラ並にしぶといわね」

「おい、今の言葉ちょっと待て」

「なあ小波。まさかサメでもかかってるんじゃ……」



夏菜が冷や汗を流しながら恐る恐る尋ねる。
宇宙人と戦った俺達とはいえ、今は武器もなく丸腰だ。
本当にサメだったとしたら、とても太刀打ちできない。


「ねえ、なんかもうめんどくさくなってきたしさ、
手荒な方法でちゃちゃっと片付けちゃっていい?」


リコが嫌な予感しかしないワードを口にする。
俺にはわかる。
こういう時のリコは止めなきゃろくなことにはならない。


「リコ」「ヤダ」


…………さて、速攻で拒否された場合俺はどうすればいい。


「ま、とりあえずあたしの話を聞いてよ。小波、これなーんだ」


リコが満面の笑顔で何かを取り出す。
…………って!


「げ!教授の作った手榴弾!」

「うん、何かの役に立つかと思ってかっぱらっといた」

「やめい!少なくとも今の状況はその何かじゃないから!」


というより、もう一生こないでほしい。手榴弾が役に立つ時なんて。


「えーと、アレだよ。撒き餌?」

「撒き餌にしてはバイオレンスでデンジャラスすぎるわ」

「やれやれだぜリコ。
そんな物を使ったらそれはもはや釣りじゃねえぜ。釣りをなめるな」


越後、お前はバカだけど普通に釣りを楽しむ心はあると信じていてよかった。


「越後、もしサメだったら私がフカヒレをささっと作ってやってもいい(ウソ)」

「やっちまえリコ!
フカヒレだぜ!うぉおおっ、ばっちこーい!」


越後!?
フカヒレは長期間漬け込んで作るものなんだけど!?

くそっ!こうなったら頼れるのは青野しか――。


「すまん、小波。
俺に止められるのは越後だけだ……。
よく考えろ。例えば霧生を止められるのなら、
あの時あんなめんどくさい事にはなっていない」


助けて、リコを止められる人。


「えいっ♪」

「マジで投げた!
チームに欲しいくらい綺麗なオーバースローで!」



……………………。



「ぜぇ……ぜぇ……。
これも宇宙人の技術……いや、世界を手に入れるための試練かのお……。
しかし!パライソタウンまでは後少しなんじゃ!
もうここまでくればちょっとやそっとのトラブルなど恐るるに足りん!
もはや今回の計画は成功したも当然よ、はぁーっはっはっは――」



チュドォォォオオオン!



……………………。



「…………何でガラクタばっかり浮いてくるんだろ」

「…………さぁ」







翌日、秘密基地近くで風邪を引いてヨロヨロの教授が保護された。
「宇宙人じゃあ!宇宙人がわしの潜水艦を爆破していったんじゃあ!」
と、教授は語っていたとかいないとか。

けど、俺達とは関係ないよな!


――関係……ないよな?

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