---------------------------------------------------------------------------- Ｄマルクスとエンゲルス
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マルクス（Karl Heinrich Marx 1818-83）とエンゲルス（Friedrich Engels 1820-95）
マルクスは、ナポレオン自由主義の気風の強いドイツ、ライン地方の、由緒あるユダヤ人弁護士の家庭に生まれるが、彼の一家も彼が子供のうちにプロテスタントに改宗した。彼は、父の友人である同地の自由主義者の男爵から空想社会主義を学び、また名門のギュムナジウム（高等中学校）を経て、ボン大学、ついでベルリン大学に法律を学ぶが、ヘーゲル哲学に感銘を受け、青年ヘーゲル派のひとりとして活動した。この時期、その男爵の娘と結婚し、また、父を亡くした。
プロシア政府は、この急進的な青年ヘーゲル派を快く思わず、その指導的講師を追放した。これを見て、マルクスも哲学教授の道をあきらめ、この講師とともに『ライン新聞』の協力者となり、後にはその主筆となった。この新聞は、当初からラインという工業先進地帯のブルジョアが鉄道建設や関税改革を要求する反政府的新聞であったが、マルクスらによってますます先鋭化し、ついには発禁となった。
この後、彼は『独仏年誌』という政治社会評論雑誌を企画し、ここにおいて、ヘーゲル的な観念論哲学の批判的再検討を始め、フォイエルバッハの現実主義にひかれて、さらには、唯物論的関点から経済学、社会学を独自に構築していくようになる。そして、この雑誌に、かつての『ライン新聞』の投稿の常連であったエンゲルスが経済学批判の論文を送りつけてきた。マルクスはこの論文に衝撃を受け、二人は交友を深めた。
エンゲルスは、北ドイツの富裕な工場主の家庭に生まれ、親が家業を継ぐことを強く望んだため、ギュムナジウム（高等中学校）を中退して、商館の店員として修業することとなったが、その間にも科学や宗教を勉強し、やがて、ヘーゲル左派の人々の思想に共鳴していく。兵役後、四十二年には、父の所有するイギリスの紡績工場の事務員となり、労働者の現実を見て、共産主義の意を強め、この関点からまとめた経済学批判を、マルクスが主宰する雑誌『独仏年誌』に送ったのである。
マルクスとエンゲルスは、さらに哲学、経済学、社会学を共同で研究することとなり、共著で次々と唯物論、共産主義を主張する本を著した。また、二人は共産主義者の組織的実践も活発に行い、四十八年には、『共産党宣言』を起草することとなる。この直後にフランスからヨーロッパ各地に起こった、小市民や労働者を中心とする二月革命、三月革命では、彼らは『新ライン新聞』を発刊して、民衆を擁護し、改革諸団体の統一を図った。しかし、反動勢力に敗れ、二人はあいついでロンドンに亡命した。
マルクスは、大英博物館図書室にこもって経済学研究に打ち込んだが、子供があいついで死ぬほど、生活は貧窮をきわめた。エンゲルスは再び父の工場の事務員となって仕事をしつつ、マルクスとともに共同研究し、また、マルクス一家に援助を与え続けた。こうした日々が十数年以上続いた後、ポーランドの農民（農奴）反乱支援を機に、二人は六十四年、第一インターナショナル（国際労働者協会）の創立に努力し、六十七年、『資本論』第一巻を出版、六十九年には、エンゲルスは父から受継いだ事業をたたんで、共産主義運動に専念することとなる。
第一インターナショナルにおいて、マルクス派は過激な無政府主義者たちと内部対立して、運営は難航し、さらに、普仏戦争（ドイツプロシア対フランス）に敗れたナポレオン�契い梁牋霧紊寮�治的混乱に乗じて創られた労働者自治政府パリコミューヌを支持したために、各国政府からも弾圧を受け、数年後には解散に追込まれる。また、当時、ドイツは労働者政党が合法的に存在しえた唯一の国であり、この２つの労働者政党の合同に彼らは尽力した。しかし、これらの実践に忙殺されて、『資本論』の続巻は遅々として進まなかった。
八十三年、マルクスは病死し、エンゲルスが彼のやり残した仕事を引継ぐこととなる。彼は、膨大な遺稿を整理して、『資本論』第２巻、第３巻、その他を編集し、マルクスの理論の普及に努めるとともに、また、自らも、自然科学や哲学、社会学などの経済学周辺諸分野においてマルクス主義的見解を明らかにし、さらに、実践的にも、各国の社会主義者を指導し続け、九十五年に病死した。
彼らの哲学は、ヘーゲル哲学に対するフォイエルバッハの《唯物論》的批判に従って、独特の〈労働〉概念を中核に、その関連を経済、社会、政治にまで具体的に全面展開したものであり、その社会的影響力の多大さは、他の哲学者には類を見ないものであった。そしてまた、彼自身、「哲学がプロレタリアにおいて物質的武器を見出すごとく、プロレタリアは哲学において精神的武器を見出す」というように、彼の哲学的関心は、深く実践的関心と結びついていた。それゆえ、逆に言うと、現実と実践方針という結論があるところで、それを合理化すべく、詳細に説明をしているのであって、その個々の部分には相当に強引な論理がまかり通っており、全体としては矛盾していることもしばしばである。しかしながら、このような強引さを隠蔽するために、哲学の分野ではめずらしく、彼はその文体にレトリック（修辞法）を駆使している。その独特の威勢のよい、闘争的で決断に満ちた文体は、アジテーション（扇動）にはもってこいではあるものの、読者自身に考える隙を与えない、という意味で、哲学的にはかえってたいへんにいかがわしいものとなってしまっている。彼の議論は、〈疎外〉〈搾取〉〈弁証法〉などの大前提から演繹的に行われるが、とくにそのドグマ的に自身に満ちて断定された大前提はひどく直観的なものであり、この大前提にそもそも賛同できない者にとってみれば、体系全体が虚構以外のなにものでもない、というヘーゲル同様の欠点を受継いでしまっている。ましてその議論が具体的であるだけ、ヘーゲル以上に救い難い。
【疎外された労働】
（『経済学・哲学草稿』第一草稿）
〈疎外〉とは、ヘーゲルによれば、［ある存在が、自己自身の内にある本質をその矛盾によって外化し、他者として疎遠なものとすること］であった。そして、これは、弁証法の第一転回であり、〈否定の否定〉という第二転回を得て、より高次の段階へと廃蔵（止揚）されるべきものであり、肯定すべきものであった。
しかしながら、フォイエルバッハにおいては、［本質を外化することによって、むしろ、この外化された本質に支配されるようになり、もともとの自己の本質すら失うようになる］という否定すべきものとされた。つまり、ヘーゲルでは、外化された本質は、第二転回によって自己の内に還帰してくるが、フォイエルバッハでは、逆にますます疎遠になり、主従関係を逆転していくのである。
マルクスは、このフォイエルバッハの〈疎外〉概念を用いて〈労働〉を４つの規定で説明した。
第１は、自己の活動の結果への疎外、〈生産物への疎外〉である。人間の本質は労働であるが、これは自然に固定され、生産物として人間から自立する。しかし、これは、ヘーゲルの言うように、人間がこの生産物を享受するならば、この労働は人間に還帰され、廃蔵（止揚）される。
第２は、自己の活動への疎外、〈労働への疎外〉である。資本主義社会において、人間はその本質である労働を売渡す。ところが、第１規定のように、労働は価値を創造するという価値を持つものであるから、労働を売渡すことは、労働によって創造される価値まで売渡してしまうことになり、賃金一定ならば、労働によって価値を創造すればするほど、労働する人間の価値は安価なものとなってしまう。
第３は、自己自身への疎外、〈類的本質への疎外〉である。人間はまた、［その労働は個人個別的ではあっても、それによって社会全体的な物事を実現しようと意識する］という〈類的本質 Gattungswesen〉を持って、類的生活を営むのであるが、第２規定によって、もはや労働はかえって自分自身の価値を下げる苦痛でしかなく、したがって、人間は、むしろこの人間的本質を失って、ただ個人的な衣食住のためだけに生きるという動物的な私的生活のために働くようになってしまう。
第４は、他者への疎外、〈人間への疎外〉である。第３規定によって、個々の人間が類的本質を失い、ただ私利私欲の私的生活のみを追及するようになったため、人間はそれぞれが孤立し、ただ自分のために他者から奪い取ろうとするようになってしまう。
ところで、疎外された生産物や労働は、疎外した〈労働者〉以外の人間、すなわち〈資本家〉の享受するところとなる。つまり、このように〈疎外された労働〉から〈私有財産〉は生じてくるのである。
【ブルジョア／プロレタリア】
（『共産党宣言』他）
個々の資本家を「ブルジョア」、資本家階級を「ブルジョアジー」、同様に、個々の労働者を「プロレタリア」、労働者階級を「プロレタリアート」という。「ブルジョア」とは、もともとはフランスの都市城壁（ブール）内民、つまり、市民を意味した。また、「プロレタリア」とは、もともとは古代ローマの、ただ子供（プロレス）しか持たない者、つまり、義務も権利も財産もない者を意味した。
〈ブルジョアジー〉も、かつての中世封建制下にあっては、〈貴族〉によって圧制を受ける側のひとつの階級にすぎなかったのあるが、彼らは、世界市場の確立によって、その需要に対応しきれなくなった封建的ギルドの〈親方階級〉を押退け、マニファクチャ（工場制手工業）をもって、次には、蒸気と機械による大工業をもって台頭していった。そしてまた、近代の代議制国家においては、政治的支配を独占するに至った。この意味で〈ブルジョワジー〉はきわめて革命的であり、人間的連関をすべて金銭的利害関係に置き換えてしまった。
しかしながら、それまでの通常の階級とは違って、彼らは、生産・交流関係を絶えず改革し続けていなければ存続できない、という特徴を持つ。そして、こうして作り出された生産・交流関係はやがて彼らにも制御しえなくなり、〈恐慌〉として破綻する。封建制を破壊した武器が、彼ら自身をも破壊するのである。
また、このような絶えざる生産・交流関係の変革において敗退していった人々が、勝ち残った〈ブルジョア〉たちの搾取を繰り返し受け、次第に〈プロレタリア〉に転落していく。かくして、複雑な重層的階級は、〈ブルジョアジー〉と〈プロレタリアート〉という２大階級に単純化され、この〈プロレタリアート〉は、やがてその鎖となっている〈ブルジョワジー〉の生産・交流関係を破壊すべく、〈階級闘争〉を展開するようになる。そして、この〈プロレタリアート〉は祖国すら持たず、国際的に団結して、革命を遂行するのである。
一言加えれば、かくして、近代資本主義は、自らを自滅に追込むブルジョア的生産・交流関係と、このようなブルジョワ的生産・交流関係に敗退し、ブルジョワ的生産・交流関係を破壊しようとするプロレタリアートとを生み出したのであり、それゆえ、マルクスにおいては［この自滅と破壊とによってブルジョワ的生産・交流関係は崩壊する］と予言されることになるのだが、しかしながら、むしろここには、［プロレタリアートがブルジョワ的生産・交流関係を破壊し続けるのだから、かえって、そのブルジョア生産・交流関係はいつまでも自滅にまでは至らずに存続することができてしまう］という理論的矛盾がある。実際、その後の歴史においては、生産・交流関係は労働者側の批判を取入れて改革され、労働者の地位もプチブル（小市民）にまで向上したために、今日に至るまで破綻には至ることはなかった。
【剰余価値 Mehrwert】
（『資本論』第１巻）
資本家は貨幣Ｇで商品Ｗ（Ware）である生産手段Ｐｍ（Produktionsmittel）と労働Ａ（Arbeit）とを購入する。生産手段Ｐｍと労働Ａとは生産Ｐ（Produktion）として合体させられ、新しい商品Ｗ’が生じ、これが売られて貨幣Ｇ’が得られる。この際、最初の貨幣Ｇよりも最後の貨幣Ｇ’の方が大きい。つまり、〈剰余価値〉が生じている。しかし、流通Ｇ−Ｗ、Ｇ’−Ｗ’のどちらも等価交換であるから、したがって、この〈剰余価値〉の源泉は生産Ｐにある。
しかし、生産Ｐにおいて、生産手段Ｐｍは、生産の前後で価値を変えない〈不変資本〉ｃである。これに対して、労働Ａは、生産で疲労して価値を消耗してしまう〈可変資本〉ｖである。だが、〈労働〉は、価値を創造する価値を持つ独特の商品であり、労働の価値より、労働が創造する価値の方が大きい。そして、［労働が創造する価値−労働の価値］が〈剰余価値〉ｍである。
［剰余価値ｍ／可変資本ｖ］を〈剰余価値率〉ｍ’という。これを時間に直せば、［剰余労働時間／必要労働時間］である。剰余価値率を高めるには２つの方法がある。ひとつは〈絶対的剰余価値の生産〉であり、必要労働時間はそのままに、単純に剰余労働時間を延長する方法である。もうひとつは、〈相対的剰余価値の生産〉であり、剰余労働時間はそのままに、生産性向上によって必要労働時間を短縮する方法である。たとえば、必要労働時間６時間、剰余労働時間２時間（８時間労働日）であるとすると、剰余価値率は33％であるが、剰余労働時間を３時間（９時間労働日）に延長すれば、剰余価値率は50％に上がるが、しかしまた、生産性を上げて、必要労働時間を４時間（６時間労働日）に短縮しても、剰余価値率は50％に上がるのである。だが、前者の労働日（一日の労働時間）延長は、労働者が唯一の財産である労働力をより失うことになるので、資本家と労働者との間でその標準化をめぐって闘争となる。また、後者の生産性向上においては、資本はより成長発展し、大工業となっていくのである。
ところで、このような《剰余価値理論》の根幹には、［流通においては等価交換である］という大前提がある。しかし、この点に関しては、［交換こそが価値を生む］という発想もある。つまり、差引き同じなら、人はわざわざ交換しない。実際は、両方ともが「交換した方が得だ」とひそかに思うからこそ、口では「等価」などと言ってうしろめたさを隠しつつ、交換するのである。しかし、この双方の得は錯覚なのではなく、猫にとっては小判よりかつおぶしの方が価値がある、というように、［ものの価値はその所有者によって異なる］からこそである。同様に、労働者が労働力を所有したままでいるのは失業であり、労働力そのものに価値があるわけではない。また、労働者がいかに苦労して生産しようとも、売れない商品の在庫の山は経営上のマイナス要因でしかない。この意味で、《剰余価値理論》は、価値を実体的に客観物象化する誤りに陥っているのであり、作れば何でも売れた古きよき貧困時代のお話と言えるだろう。
【弁証法的唯物論】
（エンゲルス『自然の弁証法』など）
マルクス・エンゲルスにおいて、《弁証法》は、自然、社会、観念に共通する一般的運動発展の法則に関する科学であるとされた。この法則共通性の根拠は、ヘーゲルにおいては、《観念論》、すんわち、［理性的なるものと現実的なるものは一致する］という発想であったが、フォイエルバッハのヘーゲル批判を継承したマルクス・エンゲルスにおいては、《唯物論》、すなわち、［思考や社会は自然を反映する］という発想であった。もっとも、「弁証法的唯物論」という言葉は、マルクスやエンゲルスの用語ではない。
とくに、《弁証法》の３つの根本法則として、
〈量から質への転化〉＝たとえば、温度の量的変化によって、水が凝固や気化などの質的変化を起こすこと
〈対立物の相互浸透〉＝たとえば、運動は有と無の矛盾対立を含んで成立つこと
〈 否 定 の 否 定 〉＝たとえば、一粒の麦が大地に落ち、否定されて植物となり、さらに否定されて何十倍もの麦粒になること
が重要視される。
【唯物史観 materialistische Geschichtauffassung】
（『ドイツイデオロギー』『共産党宣言』『経済学批判』序文、他）
《唯物論》に基づく歴史観。「史的唯物論」ともいう。もっとも、いずれの言葉も、マルクス自身の用語ではない。
歴史の背後にあって、自らは消耗することなく人々を消耗させて歴史を推進するものは、ヘーゲルにおいては〈世界精神〉であったが、マルクスにおいては〈物質的生産力〉であった。
人間は、〈生産手段〉と〈労働〉とによって、生活という自然との物質代謝を行うのだが、このような生活の生産は社会的に行われるのであり、ここにおいては、歴史的に必然的な人間関係が成立する。すなわち、それは、その時代の〈生産力〉に対応する〈生産関係〉である。このような経済的構造を基底として、それに対応して、その上部構造として社会的、政治的、法的な〈交流関係〉が形成され、さらにここから精神的な〈観念関係（イデオロギー）〉も成立するのである。（《社会構造論》）
それゆえ、歴史は、〈生産力〉と〈生産関係〉との弁証法的発展をたどる。すなわち、〈生産力〉の向上が一定の段階に達すると、それは、それまで対応してきた〈生産関係〉とむしろ対立矛盾するようになり、かくして、〈生産関係〉以上の上部構造が全体的に変革され、〈生産力〉も新たな展開方向を得るに至る。これまで、歴史はアジア的、古代的、封建的諸段階を経て、ブルジョワ的段階に達しているが、ここにおいては、原始共産社会の崩壊以来、それまでの生産関係に存続してきた搾取する支配階級と、搾取される被圧迫階級との階級闘争を《共産主義》として止揚させる条件を作り出しつつある。（《社会発展論》）
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