純丘曜彰教授博士の哲学講義室 - ピタゴラス派

ピタゴラス派の人々

ピタゴラス (Pythagoras c6C BC)

 ピュタゴラスは、ミレトスと近い島の名門に生まれ、エジプトその他に遊学した後、帰郷するが、ポリス僭主の独裁に幻滅し、イタリア半島南端のあるギリシア都市に移り、宗教的学術団体を組織した。この団体は、当時の宗教復興運動に乗じて南イタリア一帯の諸都市の上流社会をとりこみ、進む民主化に対する貴族主義的反動勢力を形成したが、後には、民主主義派に追われることとなった。彼は亡命先の南イタリアのある都市で死んだが、その後も神話的人物になり、奇跡や呪術を行ったとされる。また、彼の一派は、しだいに政治運動からは手を引き、宗教的色彩を深め、その神秘主義的な知識観によって、プラトンをはじめとして、中世や近世にまで延々と影響を与え続けた。
 ピュタゴラス派は、独特の教義と生活上の戒律(アクスーマタ)を持つ団体であったが、教団員にのみ秘教的に伝授されたため、その活動や思想の詳細、および、どこまでがピュタゴラス本人によるものであったかは不明確である。しかしながら、彼らは、数や天文、音楽の調和に強い関心を持ち、その神秘主義的な理論に基づいて、魂の浄化を目的とする禁欲的実践を行ったらしい。もっとも、その戒律とは、たとえば、「豆を食べるな」とか、「白い雄鳥にはさわるな」とか、「あかりをつけて鏡を見るな」とか、理解し難いものが多い。
 《実用算術》から《理論数学》への昇華、および、数学的諸発見に対する彼らの貢献はたしかに偉大なものであり、その後の諸学の発展に大きく貢献したが、しかしまた、それと表裏一体の数理論理に対する至上理想主義は、現実観察の蔑視、宗教的知識崇拝となって、さまざまな悪影響をも及ぼしている。これは、現代の科学至上主義、コンピューター崇拝にまでつながるものであると言えよう。

ピタゴラス派の哲学術語

【オルフェウス教】

 ギリシアの宗教には、秩序立ったオリュンポスの神々に関する系統の他に、小アジアに端を発する狂乱恍愡的なディオニュソス神に関する系統がある。ディオニソスもギリシア神話の体系の中に組込まれてはいるが、神と人と厳格に区別するオリュンポスの神々とは違って、半神半人という性格を持つ。すなわち、「ディオニソス」とは、神から生まれた子という意味であり、神ゼウスが人間の娘にはらませたが、ゼウスの妻である神ヘラが嫉妬して、この娘を殺してしまったため、ゼウスがこの胎児を自分の太ももの中で養い、生んだという〈二重誕生〉神話を持つ。こうして生まれたディオニソスは、酒造りを人間に教え、音楽と舞踏といけにえをつかさどる神となり、彼の祭の日は、女性たちがいっさいの日常的規範をかなぐり捨て、野山で酒を浴び、生肉を引裂いて喰らい、裸で歌い躍り狂い、神人一体の恍愡を楽しむようになった。(この宗教儀式が中世にまで伝わって〈サバト(魔女集会)〉になったと言われる。)
 しかし、前七世紀になると、この野性的な《ディオニソス崇拝》も、伝説上の詩人オルフェウスによって精神的に昇華されたものとなった。これが《オルフェウス教》である。もっとも、この宗教改革者オルフェウス自身は、旧来の狂乱的信者たちによって八つ裂きにされたと言われる。
 《オルフェウス教》によれば、ディオニソスは大地のティタンに食い殺され、ティタンは怒ったゼウスに雷で焼き殺されたのだが、この灰から人間は生まれたのであり、人間は、ディオニソスの分身である天上的な魂と、その牢獄としての地上的な肉体からなる(《肉体(ソーマ)=牢獄(セーマ)説》)。そして、魂は輪廻し、地上での生活態度によって、その輪廻から救い出されて永遠の祝福を受けるか、また、再びこの地上に戻されるかするのであり(《輪廻転生(メテンプシューコス)説》)、それゆえ、清い生活をして、この天上的部分を養い、地上的部分を減らすことによって、その牢獄から抜け出して神と合一することが可能になる、とされた。それゆえ、日々の生活において、〈魂の浄化〉が第一の目的となり、禁欲的な生活を実践することが求められる。
 ピュタゴラスは、これをさらに改革し、学問的な意味付けを加えた。すなわち、目に見える地上の物事は虚構であり、魂が肉体を通さずに知的恍愡において直観する理念的なものこそ、天上的な真の知識であるとしたのである。このような考え方は、プラトンに大きな影響を与え、また、中世の新プラトン主義を経てキリスト教の根幹を形成し、さらに、近世科学の端緒を開く鍵ともなった。

【数】

 すべての事物は〈数〉である。しかし、ここで言う〈数〉とは、我々が考えるような抽象的な計量単位の尺度ではなく、自乗、立方、三角数、正多面体などの幾何学的な配列の構造をも意味した。また、彼らは、数学的な〈比例(ロゴス)〉や〈調和(ハルモニア)〉を重視し、これを研究した。つまり、宇宙は、このような秩序ある配列を原動力としているのであり、さらに、この秩序に従ってこそ、人間の魂も浄化されるのである。
 また、ピュタゴラス派は、物事をすべて数学的に説明しようとし、理性は1、女は2、男は3、正義は4、結婚は5、霊魂は6、など、さまざまな概念に数をあてはめ、神秘主義的な理論を組み立てたが、近世の自然科学とは違ってしょせんは思弁的で、その大半は空虚なものに終わった。ただし、
天文学の分野においては、地〈球〉説、惑星の数学的配列・運動の発見、等、思いつきとは言え、あやしげな中世の占星術を経て、近世初期の大発見のきっかけとなった。

【限定/無限定 peras/apeiron】

 ピュタゴラス派の理論においおて重視された《十の根本的対立》の第一のもの。《十の根本的対立》とは、
  1  〈限定〉 と〈無限定〉
  2  〈奇〉 と 〈偶〉
  3  〈一〉 と 〈多〉
  4  〈右〉 と 〈左〉
  5  〈男〉 と 〈女〉
  6  〈静〉 と 〈動〉
  7  〈曲〉 と 〈直〉
  8  〈明〉 と 〈暗〉
  9  〈善〉 と 〈悪〉
  10 〈正方形〉と〈長方形〉
  のことであり、の諸反対は宇宙として調和する。
 とくに、〈限定〉と〈無限定〉は、宇宙を生み出す根源でもあり、純粋形相的な〈限定〉と虚無質料的な〈非限定〉とによって、球形の〈始源単位体〉ができ、これが分裂増殖して、点から線、面、立体ができる。なかでも、この最小立体である正四面体(正三角形による三角錐)は〈火の微粒子〉とされ、これが、最初の感覚的なものであり、この希薄化、濃厚化によって万物が生じるとされた。そして、〈始源単位体〉は、天上的な〈霊気(アイテール)〉、すなわち、〈魂〉を、〈火の微粒子〉は、地上的な〈肉体〉を意味したとも言われる。

【メー・タウマゼイン me thaumazein】

 ‘驚かない’という意味のギリシア語。これが、ピュタゴラス派において哲学の目標とされた。つまり、魂の浄化のためには、宇宙の数学的原理に調和する禁欲的な戒律の生活、音楽、永遠不変の真理の研究によって魂を鎮め、地上的で肉体的なことにわずらわされないようにすることが重要とされたのである。
 また、ヘレニズム期の哲学でも、動乱の時代にあって、心の平安を得るには、外界の事物に左右されない不動の心を得ることが哲学の目標とされ、このラテン語訳である「ニル・アドミラリ」が標語とされた。