人間が動物、獣人、モンスターなどに変身する描写(獣化)を含んだ小説を公開したり、作品を紹介したりするサイトです。

「はぁっ……はぁっ……!」

 人気のない路地裏に、若い少女の絶え絶えな呼吸が反響する。

「こんな……こんなことが……!」

 片腕を押さえ、片足を引きずり、少女は何かから逃げるように路地裏を進む。正しくは、逃げるようにではない。事実、何かから逃げているのだ。物陰に隠れると、少女は恐る恐る自らの手を見る。……しかしそれは最早、手と呼べるものではなくなっていた。
 こげ茶色の毛に覆われ、指は短くなり黒い爪が長く伸び、手のサイズ自体も小さくなっている。手のひらには肉球が盛り上がっている。それは動物の前足に他ならなかった。

「どうして……何が……」

 もう片方の手で触れ、前足と化したその手の感覚を確かめる。作りものなんかじゃない、本当の前足。本当に自分の手が前足になってしまったのだと自覚する。
 手だけじゃない。片足も既に動物の後足へと変わっていた。左右で足の長さが異なり、形も変わってしまったため、なかなか二足でうまく歩けなくなっていたのだ。

「……お父様なら……お父様に聞けば……!」

 自分に言い聞かせるように、大きな独り言をつぶやきながら少女は歩みを進める。言葉遣いからも、身だしなみからも、本来は上品な雰囲気の漂う彼女だが、この異常な状況になりふり構ってはいられなかった。
 まずは家に辿り着くこと。この姿を家族にみられることは抵抗があったが、それでも誰かに相談しなければ、解決の糸口は見いだせない。
 必死の表情で歩みを進めていた少女だったが突然足を止め、目を見開いた。少女の前に、誰かが立ちふさがったのだ。
 少女の顔は恐怖もいり混ざっていたが、それを隠すかのように毅然とした様子だった。
「何故……どうしてこんなことをするの!? 何が……いえ、そもそもどうやって……!?」

 少女は問いかけるが、相手は答えない。相手は少女に詰め寄ろうとし、少女はそれに合わせて一歩後ろに下がる。

「何でこんな……私はあなたの……!」

 少女が何かを言いかけた瞬間、相手が急に少女に向かって走り出す。とっさのことに、左右で足の長さが変わってしまっている少女は走り出すことが出来ず、その場にこけてしまう。
 相手は手を差し伸べるが、少女を起こそうとしたのではなかった。相手が少女の肌に手を触れると、少女の身体がびくんと震えた。

「あっ……!」

 別に何かいやらしいことではない。どちらかと言えば、少女からすれば、いやらしいというよりおぞましいという表現の方が合うかもしれない。
 今少女に触れているのは、紛れも無く逃げていたその相手。片手片足を動物のものに変えた、もとい変えられた少女が、誰かから逃げる理由なんて明白だった。
 それは相手が、少女を、動物に変えようとしている意外に他ならない。
 そして今、少女は相手に触れられて再び、その身が動物へと変わり始めていたのだった。

「い、いやっ…!」

 彼女の体中の毛穴がブワッと広がり、人のものではない動物の毛が生えてくる。手の先から腕まで覆っていた茶色の毛とは異なり、身体を覆っていくのは黄金色の柔らかな毛だった。ただそれだけでも既に、少女が人の面影を失うには十分だったが、それだけではとどまらない。
 変化していなかったもう一方の手足も、指が短くなり、肉球が出来、骨格が変わっていく。その場から逃げだそうと少女はもがくが、地面を掻いた瞬間に、出来た爪痕が完全に動物の前足によるものだと気づき、少女の顔から冷静さが消え、恐怖だけが残った。
 着ていたスカートと下着はずり落ち、その下から毛の房がふわっとこぼれ落ちるように姿を現す。尻尾だった。

「いやっ……動物になんキャ……なりたキュない……! …誰カ……タスキュ……ガッ……キュゥゥッ!?」

 喉を締めつけられる感覚に、少女はとっさに手……ではなく前足を喉元に当てた。感じたのは、ふわふわの毛の感触。変化が、もう頭まで登ってきてるのだ。
 そしてついに少女の顔も容赦なく変化が襲っていく。顔にも黄金色の毛が覆っていき、鼻は徐々に前へと突き出していき、鼻先は黒く色づく。長く伸びた口元からは、苦しいのか長い舌がだらしなく垂れる。耳は頭の上で三角形となり、ピンと立った。

「クゥ……」

 そこに少女はもういなかった。そこにいるのは、さっきまで少女が着ていた服を身にまとった、一匹の狐だった。

(誰か……助けて……)

 狐に言葉は話せない。少女は心の中で何度も助けを願うが、その声が人間に届く事は無い。そう、人間には。
 力尽きるように弱っていく狐を見ながら、狐を追い詰めた相手は、にやりとほくそ笑んだ。

[newpage]

 翌日、とある町、とある私立高校のとある学年のとあるクラスは騒然としていた。担任からクラスメイトの一人が行方不明になったと告げられたのだから、動揺が走るのは確かだった。しかし、そのことだけがクラスがざわつく理由ではなかった。

「まさか、コマコに続いて天野さんまでいなくなるなんて……」

 クラスメイトの一人の女子からこのクラスから、行方不明者が出たのは、今回が初めてではなかった。しかも最初の行方不明者はほんの数日前。
 最初の行方不明者、コマコは大人しくクラスでもあまり目立たない女子で、天野は名門一族の令嬢。二人に共通点は無く、家出をするような理由も見当たらない。
 必然的にクラスでは二人が何か事件に巻き込まれたのではないかと噂され始めていた。好奇心旺盛な高校生たちは、恐怖半分、興味半分で現実的な話からありもしない勝手な推測まで、二人の行方についてあれこれクラスで話をしていた。
 だが、クラス全員がその話題に乗っかっているわけじゃなかった。
 どこのクラスにも大体いるのだ。こういう時に、話に乗ってこないノリの悪いやつが。そして、そんなやつに対しても声をかけようとするお節介なやつも。

「イタッチさぁ、今回の事件どう思う?」
「え?」

 それまで興味がないという素振りで会話に参加しなかった、イタッチと呼ばれた少女は面倒くさそうに溜息をつきながら、頬杖をついて目線を反らした。

「別に、どうでもいいかなって」
「あれれ? どうでもいいかなって言い方は無いんじゃない? クラスメイト2人もいなくなってるのにさぁ」
「……確かに今の私の言い草はちょっと……ちょっとだけ、悪かったと思うけど、でも、ありもしない推測であれこれ話することだってそんなに変わんないんじゃない?」
「うーん」

 イタッチに話しかけた少女は少し黙って考え込むと、小さく「それもそうか」とつぶやいたが、続けるように言葉を切りだした。

「でもさぁ、気になるもんは気になるじゃん? それに、次に誰が狙われるか分かんないしさぁ、みんな怯えてるんだよ」
「……リサは、あまり怯えてるようには見えないけど」
「うぇへへー、あたしはそういうゴシップ! とか好物だしー」
「自分で胸張って言うことじゃないでしょ……」

 イタッチは呆れるように溜息をつきながら、リサと呼んだ少女から目線を反らした。イタッチはどうも、このリサのことが苦手だった。誰とでも仲良くなろうとする、お節介な女子。クラスに大体1人ぐらいはいるもので、そういうタイプはリサの様に、どこかクールなタイプにとってはやや迷惑な存在であるのは確かだった。
 しかし、それ以上にイタッチにとって、リサのことが苦手な理由が存在していた。

「逆にイタッチはさぁ、そうやってまたクールぶってるけど、周りが怯えてるんじゃないかって気にしてるってことはさぁ、イタッチが怯えてるんじゃないの?」

 リサは、こういう子だ。
 相手にとって、入ってきてほしくないところまで、というか普通なら分かるはずのないところにまで、ずかずかと入りこんできて、気にしていることを平気で言えてしまうのだ。まるで、相手の心が、考えていることが、分かるかのように。
 そんなリサのことを、イタッチは苦手意識どころじゃなく、薄気味悪ささえ感じていた。

「怖くないって言えば、嘘だけど。でも、別に怯えているって程だとは自分では思わないけども」

 イタッチはなるべく冷静になることを心掛けて、声が震えないように気をつけながら、リサの問いに答えた。

「はは、冗談だって冗談。ちょっとからかってみただけでしょ? マジにならないでよ」
「……私は、行方不明よりも、リサ、あんたの方が怖い。……ってか、あんたが怖いから、行方不明が怖い」
「……は? なにそれ?」

 イタッチの突然の言葉に、リサは眉をしかめた。イタッチはそれを言えばリサがどう思うか、想像がついていて、自分にとって決して有利にならないと分かっていたが、言わなければいけない気がして、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

「あんた、私が『イタッチ』って呼ばれるの、好きじゃないの分かってて、イタッチって呼んでるでしょ? 他のクラスメイトだってそう。あんたに、心読まれて嫌なことされたり言われたりしてる……ってか、読めるんでしょ? 他人の心……あんま超能力とか霊能力とか、好きじゃないし、信じてないけど。でも、あんたは出来るんでしょ?」
「……言いたいこと、まだあるんじゃないの?」

 質問に質問で返されたが、それがイタッチの質問に対する、答えにもなっていた。

「いなくなった二人と……コマコや天野と、前にもめてたよねあんた……」
「……もめたことだけを根拠に私を疑ってるんだ。イタッチも、やっぱりそういう人間だったんだ」

 リサはそう言うと、奥歯をギリギリとかみしめた。イタッチは別に相手の心が読めたりするわけではないが、リサの感情は何となくわかった。というか、単純なのだ。他人の心が読めるかどうかの真偽はともかく、少なくても相手の心を言い当てられることで優位に立っているつもりになっている、その考え方が単純なのだ。
 その時、チャイムが鳴って騒然とした教室はにわかに授業ムードへと切り替わる。リサはいらだちをむき出しにしたまま自分の席に向かおうとしたが、振り返ってイタッチを睨みつける。

「……放課後、西地区郊外のマンション跡にきなよ。真実を見せてあげる」

 リサはそう言うと、今度こそ自分の席に戻って授業の準備を始めた。

(……そんな誘いで私が行くと思ってるのか……)

 イタッチの席はリサの席から斜めに3×3ぐらい離れた、左後の席だ。イタッチからリサの席は、他の生徒がやや邪魔だが、割とよく見える位置だった。

(こうして私が考えていることも、読まれるのかどうか……)

 リサが相手の心が読めるとして、どの程度の条件下で、つまり一度に読める人数や距離がどの程度なのか、イタッチには分からなかった。分からなかったが。

(……まぁ、どうでもいいか……無視きめとこう)

 と心の中で思った瞬間、リサが鋭い目つきで睨みつけてきた。

(何だ……これぐらいの距離なら読まれちゃうのか……)

 イタッチは少し肩をすくめながら、リサの鋭い視線は気にしない素振りをした。どれだけリサが脅してこようが、相手にしなければどうということはない。イタッチはそう考えていた。
 相手の心が読める特殊能力。そんなものを持っている人間が、マンガやラノベじゃなくて実在するなんて、信じ難いことだけど、実在したら実在したでどうということはないなとイタッチは感じていた。心が読めるぐらいでは、薄気味悪いとは感じても、畏怖や恐怖を感じるまでには至らない。
 そう、相手の心が読める"だけ"なら。

(問題は――もし本当にコマコや天野がいなくなったのがリサのせいだと仮定したとして――リサがあの子らに何したのかってことか……)

 相手の心が読める程度で、他人を行方不明にすることはできはしない。リサが二人を誘拐したり、監禁したりしたのか、イタッチには分からないが、何にせよ、心が読める以外の何かが出来て、しているのだと推測できる。

(でもまぁ、そこまで分かれば関わらなければいいだけ、か)

 イタッチはリサのことが怖いと思ってるし、気味が悪いとも思っている。だけど、そこまで恐れおののくほどでもないどころか、単純なリサのことを、内心で舐めているところもあった。
 触らぬ神に祟りなし。どんな脅威だって避け続ければ、障害になることはない。イタッチはリサを徹底して相手にしないことを決めたし、この日授業が終わってからも、リサに指定されたマンション跡に行くことなく、家へと向かっていた。



 平穏な日常。マンガやラノベでは、簡単に奪われがちだけど、それがとうとう奪われる日が自分にも来るとは思っていなかった。
 しかし、たとえ平穏な日常が奪われたところで、関わらなければ巻き込まれることはない。ああいうフィクションの主人公たちが巻き込まれるのは、結局のところ自分で関わりに行ってるからであって、中心人物以外のその他大勢は、物語に巻き込まれたりしない。自分が、そのその他大勢であれば、それでいいのだ。

「……」

 だからイタッチは困惑していた。下校途中、ごく普通の住宅街。時々人が行き交う路地。その道のど真ん中に、人が大の字になって仰向けに倒れているのだから。それも、スーツを着た若い女性。住宅街にも、道のど真ん中で大の字になって倒れるにも、似つかわしくないその容姿は、違和感という言葉以外浮かばなかった。

(……関わらない関わらない)

 イタッチは顔をひきつらせながらも、目の前の女性を大きく避けるように通り過ぎた。なるべく彼女を見ないようにし、そして何より彼女の存在を意識しないように、気をつけながら。
 だが、女性の横を通り過ぎようとした瞬間、イタッチの足を何か強い力で握られるような感触が走った。……握られるような、ではない。実際に握られていたのだ。あの倒れていた女性に。

「ひっ……」

 イタッチは思わず大きな声を上げそうになるが、それを必死で飲み込んだ。そして掴まれた足に力を込め、彼女の手を振り払った。

「な、何するんですか!?」

 倒れている女性は、イタッチの足をつかもうとした際に体勢を変えたのか、うつ伏せになっていた。イタッチに払いのけられた手を地面につけると、すっと立ち上がった。そして体についた砂やほこりを軽く手で払いのける。

(何だこの人……)

 顔立ちは美人と言えば美人だろうけど、化粧もせず、髪もベリーショート。ボーイッシュという言葉がよく似合う外見だ。体つきと女性ものの靴を履いてたからとっさに女性だと分かっただけで、もし普段着がボーイッシュなものであれば、後ろからとかなら見分けがつかないかもしれない。
 女性は何がしたいのか、イタッチの事を舐めるように見まわす。

「な、何ですか……何なんですかあなた……!?」
「……この制服……お前、最近行方不明になった今田真由と天野由利子と、同じ学校の生徒?」
「え、えぇ」
「ひょっとして、同じクラス?」
「そう、ですけど……何か?」
「ふぅん……」

 そうそっけなく反応すると、今度はイタッチの右前に立ち、イタッチの目の前をゆっくり、ゆっくりと通り過ぎていく。その奇行にイタッチは首をかしげたが、あっけにとられてそこから逃げ出すことも忘れていた。
 コマコと天野のフルネームを知ってるこの人間は一体誰なのか。戸惑うイタッチを気にするそぶりも無く、女性ははっと何か気付いた表情を浮かべると、更に突然イタッチの手首を握りだした。

「い、いい加減にし、してください! 何なの……何なんですかあんた!」
「何って、別に大した奴じゃないよ……それより、お前……気をつけろよ」
「えっ……」
「一連の行方不明事件の犯人……その次のターゲット……お前だよ」
「っ!?」

 さすがのイタッチも一瞬動揺を隠せなかった。まさかこの女も、相手の心が読めるのか。そんな事を考えたが、それにしてはさっきの女性の台詞はおかしい。「犯人」「次のターゲット」と、断定してモノを言ってるし、「お前だよ」という言葉はまるでイタッチにそのことを教えるかのような口調。イタッチの心を読んでいるとしたら不自然な言葉だ。だとすれば単なる推理で当てた、ということだろうか。

「……お前、そのリアクション……ひょっとしてもう犯人が誰か知ってて、自分が狙われてること、知ってるのか?」
「あなたに答える必要、あるんですか? っていうか、さっきからこっちの質問に一個も答えてないじゃないですか! 何者なんですか!」
「だから大した人間じゃないって」
「だから答えになってないって!」

 イタッチは思わず大声を上げたが、はっと我に返って女性に背を向けて歩きだそうとした。

「おーいどこ行くんだ少女」
「帰ります。あなたが別に誰だって、私にとっては関係ないし……」
「残念ながら無関係じゃあないんだなこれが。お前にとっちゃあ俺はただの変なお姉さんにしか見えないだろうが、俺からすりゃあお前は……犯人逮捕の貴重な鍵だ」
「……犯人……逮捕……って、あんたまさか……!?」

 女性の言葉が引っかかり、イタッチが振り向いた瞬間だった。女性の後ろから一人の青年がこちらに向かって走ってきているのが視界に入った。それと同時に青年は女性に聞こえるよう大きな声で呼びかけた。

「轟(とどろき)さん!」
「んぉ、タッキー。何、何か見つかったの?」

 轟と呼ばれた女性は、駆け寄ってきた青年、タッキーの方を振り返る。タッキーと呼ばれた青年は、スーツをびしっと着こなし、端正な顔立ちにさらさら金髪ロングヘアーで、なんというか、絵に書いたようなイケメンだった。

「ええ。西地区郊外のアパート跡なんですが、失踪した今田真由、天野由利子のものと思われる制服が、警察犬によって発見されました」
「ちっ……やっぱそのあたりは犬にゃ勝てねぇか……」
「だから、特定できていない"妖気"を追うのは、いくら轟さんでも難しいと思うって言ったじゃないですか」
「うるせーな。俺なら出来ると思ったんだよ! ちっ、面白くねぇなぁ」

 警察犬、……その言葉を聞いてイタッチの推測は、確信へと変わっていた。外見や言動からはイメージつかないが、だがこの人たちはおそらく、刑事。それに西地区のアパート跡は、リサが指定した場所と一致している。

「……轟さん、そちらの女生徒は?」
「ん? あぁ、こいつ? こいつぁ犯人の次のターゲット」
「次の……って本当ですか!?」
「あぁ、こいつ自身の"罪"を感じなかったが、他の奴の"罪"がこいつに向けられてるのを感じた。本人も自覚してる」
「そうですか……すみません、女生徒さん。少しお話を聞かせていただいても構わないでしょうか?」
「えっ……えぇと……」

 イタッチが突然の誘いに戸惑っていると、青年ははっとした表情を浮かべた。

「大変失礼しました。申し遅れましたが、私は警視庁捜査零課0係捜査官……通称タッキーですので、どうかタッキーとお呼びください。こちらの女性は同じく捜査官の轟篝(かがり)さん」
「零課……0係……?」

 タッキーは警察手帳を見せながらそう名乗ったが、イタッチは首を傾げた。よくドラマなどで捜査一課は聞いたことがあるが、捜査零課など初耳だったからだ。

「まぁ、警察組織は秘匿が多いのであまり細かいことは言えないのですが……刑事部の他の捜査課とは独立した……特命とかミショウとか頭に思い浮かべていただければ」
「ドラマで例えんなよテレビっ子かお前は」
「申し訳ありません。こういう説明の方が、市民には理解して頂きやすいかと思うんです」
「あ、あの……」
「おっと、また失礼いたしました。そうですね……ここでの立ち話もなんですから、署で話を聞かせていただいても構わないでしょうか?」

「……その……ごめんなさい!」

 イタッチは叫ぶように謝ると、彼らに背を向けて一目散に逃げ出した。

「えっ、ちょ、ちょっと!?」
「タッキー、彼女を追え。あいつが犯人の次のターゲットなのは分かっているが、誰が犯人なのか、俺はまだ知らない。あいつは知ってる素振りだった。聞き出せ」
「轟さんは?」
「アパート跡に行く。見つかった制服から"罪"を確かめる」
「……了解しました!」

 タッキーはそう答えると、逃げ出したイタッチを追って走り出した。それを見届けた轟は一つ溜息をつきながらぽつりとつぶやいた。

「……西地区ってどっちだ?」

[newpage]

 この街は都心のベッドタウンとして、かつて多くの住宅やアパートが建築されたが、その後は他のベッドタウンの誕生や人口の減少などから、一部地区の過疎が進んでおり、西地区のアパート跡もそんな過疎によって住み手がいなくなり放置されたままになっているものの一つだった。
 しかし、普段人の寄りつかないそのアパート跡に、今は複数の人が立ち入っている。勿論行方不明になった女子達の手がかりが見つかったため、警察が色々調べているのだ。

「この緊急事態に今頃のご到着とは、随分な職務怠慢じゃあないのかな? 轟捜査官」

 轟がケータイの地図などを利用して、なんとか現場に到着すると、やたら偉そうな中年の大男が轟の前に、やや顔に怒りの表情を浮かべて現れた。

「別に仕事サボってたわけじゃあないっすよ。俺は俺なりに捜査してたんだから、どうこう言われる筋合い無いっす。……しかし」
「何だ?」
「娘がさらわれたというのに、随分とご余裕がおありにならせられっしゃるんすね、旦那天野さん。それにこの国がこんな状況に、政府のあーんな大事な要職に就いておられしゃる方がこんなところにいやがってよろしかったっすか?」
「喋れんのなら無理に敬語を使わんでもよい」
「はっ、旦那天野さんはそこんとこは分かってんね」
「……娘の心配をしているからここに来ている。ただそれだけのことだ」
「心中お察し申し上げます」
「……食えん女だ」
「心中お察し申し上げます」

 轟のしれっとした態度に、旦那天野は、まさしく心中お察し申し上げてほしいぐらい煮えくりかえっていたが、言いたいことをぐっと抑え込むと現場を見渡しながら轟に話しかけた。

「何か分かりそうか?」
「来たばかりの俺に聞くなって話でしょ」
「事は一刻を争うぞ」
「ご自分の娘が、そんなに大事っすか? 政よりも?」
「由利子の存在は国に匹敵する」
「公私混同、大言壮語」

 轟の冷めた言葉に対して、旦那天野は小さく咳払いをしながら、やや声を小さくして反論した。

「……アレはあの女の娘だぞ」
「……昨日天野女史からタッキーに娘が誘拐されたって電話があった時には、ひどく取り乱してやがったみたいっすね」
「あれでいて、良き母なのだよ。あの女が……自分を責めていたよ。……自分の子を普通の子に育てたくて、普通の人間と結婚し、子をなし、真実を伝えぬまま育ててきた。だから突然、娘の"妖気"を感じた時にはただ事ではないと大騒ぎだったよ」
「やれやれだぜっすね」
「そう言わないでほしい。言った通り、あの女も……母親なのだよ」

 旦那天野はさっきまでの威勢とは打って変わって、言葉にやや力がこもっていなかった。無理もないだろう。娘が、誘拐されたのだ。気丈に振る舞っていても、本当のところ本当に、心中穏やかではないのだろう。

「とりあえず、天野女史と旦那天野さんの心境は大体分かったんで。……じゃあ一個だけ伝えとくかな?」
「……何だね?」
「犯人の糸口、つかめそうっす」
「っ! 本当か!?」
「まぁ、ぶっちゃけ偶然なんすけど、住宅街で捜索中に"罪"の気配を向けられた、天野由利子の同級生と出会って。ただ、その"罪"が本当に天野由利子の行方不明と繋がるかどうか」
「……それで、ここで娘に向けられた"罪"を感じとるわけか」
「ご明答」

 二人は会話を交わしながらアパート跡の敷地内を進んでいく。

「しかし天野女史も人が悪いな。俺なんか使わないで、自分で探して、自分で裁いた方が早いっつの」
「出来ればやっているさ」
「旦那があーんな大事な要職ついてると辛いねぇ……っと、アレが見つかった制服か?」

 轟は警察官が制服の周りで何かしているところを、割って入り制服を手袋も付けずに素手で持ち上げる。

「これ、天野由利子の制服?」
「な、何だお前! 何をしてるんだ! 指紋が……!」
「俺の指紋なら、署に問い合わせな。俺以外の指紋を検証すりゃいいだろ」

 そう言って轟は制服の上着を自分の目線の高さまで持ち上げて、左前から右前へと、まるでスキャンするように自分の目の前をスライドさせると、轟ははっとした表情を浮かべて目を見開いた。

「……今田真由の制服はどこだ?」
「何なんだよあんたは!? 好き勝手やりやがって!」
「彼女は特別なんだよ……知らないか? 捜査零課……彼女がそうだよ」
「……こんな奴が?」

 現場にいた血気盛んな若い刑事を、ベテラン風の刑事が諌める。若い刑事も捜査零課の言葉を聞いて一歩下がる。

「早く、今田真由の制服出せよ」
「ちっ……」

 若い刑事はおもしろくなさそうに、轟に制服を渡す。すると轟は、さっきやったのと同じように制服をまた自分の前でゆっくり左右に動かした。直後、轟の後ろから旦那天野が声をかけた。

「改めて聞こう。何か分かりそうか?」
「……さっき話した、同級生に向けられた"罪"と、2人の制服から感じた"罪"は同じ犯人、同じ"罪"を感じた」
「本当か!」
「……ただ」
「ただ?」

 旦那天野の方を振り返った轟の表情を見て、旦那天野は嫌な予感を感じた。轟の表情が、それまでのふてぶてしいものから、にわかに真面目で聡明で、そして緊迫した表情に変わっていたのだから。

「感じた"罪"の後ろに……別の"罪"の気配が」
「別の"罪"? どういうことだ!?」
「……この事件、想像以上に根ぇ深いかも知れねぇな」
「解決……出来るんだろうな!?」

 旦那天野は語気を荒げて問いかける。轟は真っ直ぐと旦那天野の目を見つめながら、一つ呼吸を置いて言葉を紡ぐ。

「そのための捜査零課……そのための、"マルヨウ"です」



【マルヨウ・怖】に続く

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