楓はあらゆる意味で驚いていた。対戦相手として自分の目の前に立つのは年端も行かぬ薄黒い肌を持つ少女。
その体躯はあまりにも小さい。地上の試合であれば安全性の観点からまず試合さえ組まれないことだろう。
だが奇妙なことに、その体付きは幼い印象に似合わないほどに筋肉質でよく引き締まっている。
無駄な脂肪はなく、その褐色の皮膚のすぐ下では戦いの中で発達した筋肉が蠢いているのが良く分かる。
身体のところどころには切り傷のような痕も見受けられる。競技外の戦いの経験があることは明白だった。
しかし、それらを加味したとしてもだ。組織が自分に殺人でも犯させようとしている意図があるようにしか楓には思えなかった。
「オマエ、今オレノコト弱イ思ッタナ?オレ、オマエ絶対倒ス!」
「…」
これも野生の勘の内か、侮られている視線に対してファン・メイは人一倍敏感らしい。
怒り出し、ついに母国語で罵倒を始めたファン・メイを無視して楓は試合に備える。
開始を告げるブザーが鳴り響く。楓はリーチに劣る相手へのセオリー通り、速射砲による展開作りを試みる…。
しかしこのイレギュラーなマッチアップに潜む落とし穴がそれをさせなかった。
(的が予想以上に…小さすぎる!)
おそらく打撃系がバックボーンだろうか、ムエタイのようにも見える軽く膝を曲げ顎を引いて構えたファン・メイは開始前の直立姿勢より更に小さくなった。
普通に撃てば楓の打撃は当然空振りする、しゃがんで撃てば届くだろうが崩れたフォームで今まで通りの威力が出るかと言われれば当然否である。
それだけではなく屈んだ状態での攻撃はその後の撤退をスムーズに行えなくなり被弾する可能性が増大する。
つまり楓は、攻撃方法を蹴りに限定されたのである。
やりづらさを感じる楓だが同様に攻め手に欠けるファン・メイ。お互いなかなか手を出せない状況になった中、試合は突然動き出す。
野生児の勘が仕掛けるべきその時をファン・メイに告げる。ローキックで削りにくる楓に合わせ大胆な超低空タックルで軸足を掴んだファン・メイは楓を引き倒すことに成功する。
―――己の射程へと、獲物を引きずり込んだ、『黒い暴風雨』の真骨頂が発揮されるときが来た。
「シィッ!!」
まるで猫科動物のような俊敏性で素早く楓のマウントを取ると間髪入れずに楓の顔面へケンカのような拳、更に瞼めがけて肘を落とす。
骨同士がぶつかり合う鈍い音が響く。瞬く間に楓は4発もの被弾を浴びる。
(がっ・・・!ぐぁっ・・・!)
だが楓の体幹であればこれを弾き飛ばすこと自体は容易だった、エビで返すと立ち上がり体勢を立て直す。
ファン・メイが手にした攻撃チャンスはわずかな時間であったが大きな有効打だ。楓のカットした瞼から血が流れだし、左目の視界を奪う。
ファン・メイの思わぬ大健闘に場内は大きく盛り上がる。しかしこれだけでは終わらなかった。
知ってか知らずか、タックルのそぶりを見せ圧力をかけるファン・メイ。下向きに集中していた楓の視界から突然褐色の少女の姿が消える。
軽量級選手にしか到達出来ない圧倒的なスピード。ファン・メイは右手のトップロープめがけて飛び、三角飛びの要領で楓の側頭部めがけて飛びまわし蹴りを繰り出していた。
片目が潰れ、反応も遅れた楓はファン・メイの足の先まで視認できない。とっさにガードを固めるも、物理エネルギーを味方につけ放たれた、ファン・メイが最も得意とする蹴りの威力は強烈だった。
ガードごと吹き飛ばされ、一瞬意識を手放す楓、再び馬乗りになろうとするファン・メイの腰を両足で挟み込みなんとかガードポジションは確保したが、脳が揺れてそれ以上の動きが取れない。
おかまいなしに隙あらばファン・メイはカットした瞼の傷を抉り続ける。超人的な身体を誇る阿武一族とて人間、反射的に楓の身体がビクンビクンと跳ね動く。
(―――ッ!・・・!・・・・・!!)
顔をそむけて拒否し始める楓の顔は既に流血で真っ赤に染まっていた。ファン・メイは挑発的にささやく。
「ギブアップ?」
野生の勘で手にしたチャンスを見事に活かしきり追い詰めるファン・メイ。しかし運命の潮流は既に向きを変え始めていることにファン・メイは気が付かなかった。
ガードポジションを維持し続けることが出来たおかげで状況を膠着させ休む時間を作ることが出来た楓。
両者の体格差から、ファン・メイが上を取れば必然的に前のめりな姿勢を取ることになる。その重心の偏りを利用した楓は見事なシザースイープで逆にマウントポジションへと入れ替わる。
「・・・ア。」
ファン・メイの人生は戦いだ。生きるために戦ってきたのだ。そんな彼女さえ骨の髄から身を凍らせた。まるで幽鬼のような楓が今まさに拳を引く姿に。
この二人の体格差である、楓は相手の抵抗を制するのに手間取る必要さえなかった。ただ目の前の敵を壊さんとするその意思だけに従い楓の全身のバネが拳に力を与える。
体幹が回り、背筋がうねりを上げ、腕の筋肉が収縮を繰り返し、両の拳が小さき獣を叩き潰す。返り血がマットを汚していく。慄く表情を垣間見せるファン・メイ、しかし楓は意にも返さない。
痛みから逃れようと、必死にファン・メイは下から手を空に伸ばすがそれは何の意味もなさない。やがて意識が低下してきたファン・メイの動きは徐々に弱々しくなり…完全に停止した。
共に家族のために戦い続ける孤独な勇士たちの戦いは、壮絶な結末で幕を閉じた。
その体躯はあまりにも小さい。地上の試合であれば安全性の観点からまず試合さえ組まれないことだろう。
だが奇妙なことに、その体付きは幼い印象に似合わないほどに筋肉質でよく引き締まっている。
無駄な脂肪はなく、その褐色の皮膚のすぐ下では戦いの中で発達した筋肉が蠢いているのが良く分かる。
身体のところどころには切り傷のような痕も見受けられる。競技外の戦いの経験があることは明白だった。
しかし、それらを加味したとしてもだ。組織が自分に殺人でも犯させようとしている意図があるようにしか楓には思えなかった。
「オマエ、今オレノコト弱イ思ッタナ?オレ、オマエ絶対倒ス!」
「…」
これも野生の勘の内か、侮られている視線に対してファン・メイは人一倍敏感らしい。
怒り出し、ついに母国語で罵倒を始めたファン・メイを無視して楓は試合に備える。
開始を告げるブザーが鳴り響く。楓はリーチに劣る相手へのセオリー通り、速射砲による展開作りを試みる…。
しかしこのイレギュラーなマッチアップに潜む落とし穴がそれをさせなかった。
(的が予想以上に…小さすぎる!)
おそらく打撃系がバックボーンだろうか、ムエタイのようにも見える軽く膝を曲げ顎を引いて構えたファン・メイは開始前の直立姿勢より更に小さくなった。
普通に撃てば楓の打撃は当然空振りする、しゃがんで撃てば届くだろうが崩れたフォームで今まで通りの威力が出るかと言われれば当然否である。
それだけではなく屈んだ状態での攻撃はその後の撤退をスムーズに行えなくなり被弾する可能性が増大する。
つまり楓は、攻撃方法を蹴りに限定されたのである。
やりづらさを感じる楓だが同様に攻め手に欠けるファン・メイ。お互いなかなか手を出せない状況になった中、試合は突然動き出す。
野生児の勘が仕掛けるべきその時をファン・メイに告げる。ローキックで削りにくる楓に合わせ大胆な超低空タックルで軸足を掴んだファン・メイは楓を引き倒すことに成功する。
―――己の射程へと、獲物を引きずり込んだ、『黒い暴風雨』の真骨頂が発揮されるときが来た。
「シィッ!!」
まるで猫科動物のような俊敏性で素早く楓のマウントを取ると間髪入れずに楓の顔面へケンカのような拳、更に瞼めがけて肘を落とす。
骨同士がぶつかり合う鈍い音が響く。瞬く間に楓は4発もの被弾を浴びる。
(がっ・・・!ぐぁっ・・・!)
だが楓の体幹であればこれを弾き飛ばすこと自体は容易だった、エビで返すと立ち上がり体勢を立て直す。
ファン・メイが手にした攻撃チャンスはわずかな時間であったが大きな有効打だ。楓のカットした瞼から血が流れだし、左目の視界を奪う。
ファン・メイの思わぬ大健闘に場内は大きく盛り上がる。しかしこれだけでは終わらなかった。
知ってか知らずか、タックルのそぶりを見せ圧力をかけるファン・メイ。下向きに集中していた楓の視界から突然褐色の少女の姿が消える。
軽量級選手にしか到達出来ない圧倒的なスピード。ファン・メイは右手のトップロープめがけて飛び、三角飛びの要領で楓の側頭部めがけて飛びまわし蹴りを繰り出していた。
片目が潰れ、反応も遅れた楓はファン・メイの足の先まで視認できない。とっさにガードを固めるも、物理エネルギーを味方につけ放たれた、ファン・メイが最も得意とする蹴りの威力は強烈だった。
ガードごと吹き飛ばされ、一瞬意識を手放す楓、再び馬乗りになろうとするファン・メイの腰を両足で挟み込みなんとかガードポジションは確保したが、脳が揺れてそれ以上の動きが取れない。
おかまいなしに隙あらばファン・メイはカットした瞼の傷を抉り続ける。超人的な身体を誇る阿武一族とて人間、反射的に楓の身体がビクンビクンと跳ね動く。
(―――ッ!・・・!・・・・・!!)
顔をそむけて拒否し始める楓の顔は既に流血で真っ赤に染まっていた。ファン・メイは挑発的にささやく。
「ギブアップ?」
野生の勘で手にしたチャンスを見事に活かしきり追い詰めるファン・メイ。しかし運命の潮流は既に向きを変え始めていることにファン・メイは気が付かなかった。
ガードポジションを維持し続けることが出来たおかげで状況を膠着させ休む時間を作ることが出来た楓。
両者の体格差から、ファン・メイが上を取れば必然的に前のめりな姿勢を取ることになる。その重心の偏りを利用した楓は見事なシザースイープで逆にマウントポジションへと入れ替わる。
「・・・ア。」
ファン・メイの人生は戦いだ。生きるために戦ってきたのだ。そんな彼女さえ骨の髄から身を凍らせた。まるで幽鬼のような楓が今まさに拳を引く姿に。
この二人の体格差である、楓は相手の抵抗を制するのに手間取る必要さえなかった。ただ目の前の敵を壊さんとするその意思だけに従い楓の全身のバネが拳に力を与える。
体幹が回り、背筋がうねりを上げ、腕の筋肉が収縮を繰り返し、両の拳が小さき獣を叩き潰す。返り血がマットを汚していく。慄く表情を垣間見せるファン・メイ、しかし楓は意にも返さない。
痛みから逃れようと、必死にファン・メイは下から手を空に伸ばすがそれは何の意味もなさない。やがて意識が低下してきたファン・メイの動きは徐々に弱々しくなり…完全に停止した。
共に家族のために戦い続ける孤独な勇士たちの戦いは、壮絶な結末で幕を閉じた。
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