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ふりがなながた こうきち
生年月日明治26年(1893年)11月20日
生誕地和歌山県新宮市
没年月日平成2年(1990年)2月27日
死没地
時 代大正〜平成
母 校早稲田大学英文学科、東京帝国大学美学美術史選科
主要な作品『厩戸皇子』、『平維盛』、『信州義民録』、『神奈川県文化財図鑑―無形文化財・民俗資料篇』、『神奈川県民俗芸能誌』、『日本の人形芝居』
受賞歴神奈川文化賞、勲五等瑞宝章

劇作家、芸能史家、元神奈川県文化財専門委員、元神奈川県民俗芸能保存協会会長。
早稲田大学英文学科、次いで東京帝国大学美学美術史選科を卒業。
大正12年(1923年)7月、中央公論に処女戯作『厩戸皇子』を発表し、その後も『平維盛』、『信州義民録』など史劇、現代劇を70篇以上発表するなど活発な創作活動を展開しました。
昭和2年(1927年)、柳田國男、中村吉蔵、小寺融吉らと共に『民俗芸術の会』を結成し、雑誌『民俗芸術』創刊に加わり、我が国の民俗芸能研究の先駆的功績を果たしました。
また昭和5年(1930年)、歌舞伎の6代目尾上菊五郎が日本橋茅場町に設立した日本俳優学校に参加し、新劇部主任として7年間演劇概論、新劇史の講義を行ないました。
昭和26年(1951年)、神奈川県文化財専門委員に就任し、神奈川県下の民俗芸能の調査、研究に携わりました。
ここでの成果が、後年『神奈川県文化財図鑑―無形文化財・民俗資料篇』や『神奈川県民俗芸能誌』正続2篇等の不朽の名著を残すことになりました。
この功績等が認められ、昭和36年(1961年)に神奈川文化賞、昭和43年(1968年)に早稲田大学博士号、勲五等瑞宝章を授与されました。
また、神奈川県の民俗芸能の振興に取り組み、全県的な民俗芸能団体の連合組織である『神奈川県民俗芸能保存協会』の設立*1に尽力しました。
昭和53年(1978年)に初代会長李家孝氏の後任として2代目会長となり、民俗芸能の普及啓発及び地位向上に努めました。

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