――数週間後
「…………おはよう」
いつものように兵舎の指令室のドアを開けたシャフール。
まだ誰も来ていないのか、室内は静まり返っている。
(珍しいな。アイツらならいつも来ている時間のはずだが、今日は俺が一番早いのか。まぁ良い。うるさいのが来る前に報告書を処理して、任務に備えるか……ん?)
「…………ん?」
部屋に入り、数歩進むと、足元に見慣れないものが転がっているのを発見する。
「…………」
(クマのぬいぐるみ?こんなものが何故この部屋に。ふむ……なかなかに良いクマだ。愛らしさの中にも気品がある。腕の良い裁縫師の手によるものだな。生地も質の良いベルベット。毛足の長さのせいで刺繍が難しいが、デザイン的に違う生地を挟むことでそれを解消しているのか。綿も丁寧に粒化させた綿を使用し、柔らかさと耐久性を両立している。何よりも見過ごせないのはこの目だな。オニキスを加工して埋め込むとは、職人技だ。オニキスは古来より邪気や悪気を祓う魔除けの石としても知られるが、このぬいぐるみを贈られた持ち主はよほど大切にされているのだろう)
シャフールはひとしきりぬいぐるみを評価した後、ひとまずどこかへ置いておこうと部屋の隅のあるソファへと向かう。
すると、そこには静かに寝息をたてるシャンティの姿があった。
「すー……すー……」
「…………」
(昨晩は部屋に戻らずここで寝たのか?そういえばキリのいいところまでやっておきたいと言って、最後まで一人雑務を片づけていたな。特別急がねばならないようなものでもなかったはずだが、生真面目な娘だ。しかし、これはどうしたものか。疲れも溜まっているようだし、もう少し寝かせてやりたい気もするが、直に他の団員も出勤してくる。こんな姿を皆に晒すのはシャンティにとっても気持ちの良いものではないのではないか?)
シャフールは考える。
クマのぬいぐるみを手にぶらさげながら。
「…………」
(やはり起こすか。団長である俺が職務中に寝ている団員を見過ごすというのは組織の模範であるべき立場としては許されるものではないだろう。自警団全体の規律を乱す原因になり兼ね――いや、待て。だが、寝ている女性を無理に起こすというのはどうなのだ?もしもセクハラなどと騒がれでもすれば俺の信用はどうなる?それが全体に知れ渡った日には『セクハラ団長』などと後ろ指をさされることになるのではないか?)
シャフールは考え続ける。
無防備に寝入っている少女の前で。
「…………」
(まったく、何を考えているのだ……シャンティがそんなふざけた反応をするような娘でないことはわかっているだろう。これまで何を見てきたのだ、俺は。そして、俺もこの自警団の団長としての振る舞いをシャンティに見せてきたはずだ。何を心配することがあるのだ)
少しして、深いため息をついたシャフールは、小さく咳払いをしてからシャンティの耳元へ顔を寄せる。
「……シャンティ?」
しかし、反応はない。
「…………シャンティ」
「………んぁ……声が……こんな…………聞こえ…………」
シャフールの声にシャンティが反応を示すが、うわごとのように何かを呟くだけ。
声がもっと届くようにと、さらに顔を近づけて彼女の名を呼び続ける。
「…………シャンティ!」
「……近い……シャフールさん……ダメですって…………」
「……!?」
(ダメ!?ダメとは何だ!?やはりセクハラなのか、これは!?いや、シャンティを信じると決めたはずだ。ここで諦めるわけにはいかない!)
「……起きろ、シャンティ!」
「いや……近い……近い……近い近い近い近いって……ふぁ?」
ようやくシャンティは目を開け、ポリポリと頭をかきながら、体をゆっくりと起こす。
「ふぁあ……!」
まだ意識まではハッキリしていないのか、欠伸しながらボーっと部屋の隅を見つめている。
「……起きたか?」
(頼むから騒いでくれるな?俺はおまえのことを信じているぞ)
「あ、シャフールさん。わたし、また寝ちゃったみたい……ふぉおおおおおお!?」
シャフールの存在に気づいた瞬間、彼女の意識が完全に覚醒。
今の今まで寝ていたなどと思えぬ機敏さで身体中のあちこちをまさぐり、何かを確認している。
「えっと……えっと……」
そして、彼女の視線がシャフールの手にぷらぷらと下げられているクマのぬいぐるみに止まる。
「あぁああ!シャ、シャフールさん、それ、それはですね……えっとですね……!」
「……」
(ひとまず騒がれる心配は無さそうだな。やはり俺の目は正しかった。これで俺の信用も、組織の規律も無事に守られた)
「そ、そう!これは、知り合いの子にプレゼントとして用意したものでして!」
(ん?このぬいぐるみのことか?これはシャンティの持ち物だったか。なるほど。これを贈られるとすると、さぞかしその子も喜ぶことだろう。良いセンスをしている。それにしても何を慌てているのだ?まさか、職務に関係のない物をこの部屋に持ち込んだことに対し、叱責を受けるとでも思っているのだろうか。私物まみれにでもされればそれもあり得るが、せっかくの贈り物を一時的にここへ置いておくことくらい、わざわざ目くじらを立てる様なことでもないだろう。ここは彼女を安心させるためにも、一声かけておくか)
「……可愛いクマだ」
「え……?あ、あぁ!ありがとうございます!!」
(不安も無くなったようだな。何事もなく終えることができて何よりだ。それにしても異様に疲れた気がする。今後はこのようなことが起きぬよう気をつけねば。そういえば、シャンティがここに来て以来、休みらしい休みを与えることができていなかった。普段、そういう素振りを見せないので忘れていたな。いくら腕が立ち、真面目で、元気が溢れているように見えても、まだ年若い少女なのだ。監督責任を果たせていなかった俺の失態だな)
「……今日は休んでいい」
「え?」
(そういえば今日から『星見祭』か。良いタイミングだな。気分転換にもなるだろう。これまで励んでくれた分、思い切り羽を伸ばすくらいのことをしても罰は当たらないはずだ)
「……疲れもたまっているな。丁度、今日祭りがあるから、顔を出してみるのもいいだろう」
毎年この時期、ジールの町を挙げて行われる『星見祭』
夜空に浮かぶ星々が最も綺麗に見られる三日間を期間とし、大陸中から多くの人々が足を運ぶ。
それに際し、様々な物品や見世物も集まるため、毎回盛大な盛り上がりを見せるものだ。
中には魔法都市の星詠みが研究のために訪れるという話もあり、その意味合いはただの祭り騒ぎの枠に捕らわれない価値を持っている。
「あ……」
「……?」
(ん?どうかしたか?祭りにはあまり興味がなかったか?)
「い、いえっ!なんでも……なんでもありません……!」
顔を伏せ、膝の前で手を遊ばせる彼女の様子は、明らかにいつもと違うものを感じさせる。
「……あの、シャフールさん。その……仕事が終わってからでいいんで、ちょっと、ほんのちょっと、一緒にお祭りどうですか?」
シャフールが予想もしていなかった申し出。
「あれ?今アタシなに言いました!?わ、忘れてくださいっ!!」
(そうか。そういえば俺もしばらく休養など取っていなかったな。シャンティもそれを知っていて気を使ってくれたのか。こういう時くらい、自分のことだけを考えていれば良いのだが、こうした優しさもまた彼女の良き一面なのだろうな。俺と一緒に祭りを回るよりも、一人のほうが気楽だろうに。)
「……わかった」
「え?」
(だが、そうなるとあの件についてはますます気が抜けない。せっかくの善意だ。無下にもできまい。もしかすれば、シャンティが盗賊団を抜けてまでここに来た理由を聞ける好機にもなるかもしれないしな)
「……なるべく遅くならないようにしよう」
「ほ、本当ですか!?じゃ、じゃあ、中央広場の噴水の辺りで待ってますんで!」
「……わかった」
「で、では、失礼しますっ!」
深々と頭を下げてから、部屋を飛び出していったシャンティ。
シャフールはぬいぐるみをソファに座らせ、自席へと向かう。
すると、間もなくしてデューン、ドゥーナが部屋の扉を開け入ってきた。
「おはようございます!団長!へへへっ!」
「本当にお疲れ様です。シャフールさん」
が、何やらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている二人。
「…………」
(いつも以上にヘラヘラとして、一体何を笑っているのだ?祭りの高揚感にでもあてられたか?)
「団長にしては頑張ったんじゃないですかね?欲を言えば、笑顔の一つでもあれば満点だったんですが、まぁ合格点でしょうぜ!」
「それも団長の良さの一つだと思うよ?確かに、不意に見せる笑顔というのは非常に魅力的な武器にもなりえるけど、切り札はここぞという時のために取っておくものだからね。まだ使うべき時ではないとの判断、僕は支持しますよ!」
「なるほど!流石は団長!敵も女も、攻略する時は何にでも全力を注ぐ!俺たちも見習わねぇとな、ドゥーナ!」
「僕は君ほど本能で動くタイプじゃないからね。デューンこそ、団長にその辺の手ほどきを受けると良いんじゃないかな?」
「…………!」
(こいつら部屋の外でシャンティとのやり取りを盗み聞きしていたのか……完全に気配を絶っていたな。変なところで上げた腕を披露してくれるものだ。攻略だと?馬鹿げたことを。まぁ、手ほどきが受けたいのなら喜んで一肌脱いでやろう。熱砂の砂嵐さえも涼やかな風に思えるほどの地獄の苦しみと共に教育してやる……!)
「まぁ、これで負けられない理由が一つ増えちまいましたね!」
「だね。シャフールさん。本当なら今すぐ休みを取ってシャンティさんのところへ行ってあげてほしいところではありますが、そうもいきません。今日は例の件で少し遅くなってしまったのですが、裏は取れました」
口調は変えずに、話し続ける二人だが、彼らの纏う空気が一変。
ピリッとした緊張感漂うものへと変容する。
(真面目なのか、ふざけているのかわからない奴らだ。これで報告が無ければどうしてやろうか考える羽目になるところだったがな。さて、その報告は地獄の手ほどきを免除するに値するものか聞かせてもらおうか)
「…………報告を」
「はい!」
それは、数日前にシャフールが二人に命令した、新設組織のある計画についての調査報告だった。
その計画とは、町の南に新たに立ち上げられた盗賊団が今夜、祭りの会場であるジールを襲撃して金品を強奪しようとしているというものだ。
『星見祭』には多くの人や物が集まり、中には貴族や富裕層、珍しい物品なども少なくない。
人が集まればそれだけ金も動く。
各地に点在させている覆面の調査員がその尻尾を掴み、正体を突き止めるところまで漕ぎ着けた。
「計画の実行についてはもはや疑う余地はありません。今日、陽が沈んでから決行されるものではないかと思われます!」
「会場警備のほとんどはボランティアの素人だ。戦力には数えられねぇ。会場に奴らが来る前に片を付けなきゃ、ですよね?」
「……あぁ。町の人間や一般客にはその存在すら気づかせることなく、奴らの身柄を拘束するぞ」
「う……おぉ……いつも以上にやる気だぜ!」
「うん……敵ながら同情したくなるね……!」
いつになく多くの言葉を並べ、口にするシャフール。
その眼光の鋭さと殺気に、彼をよく知るはずの二人でさえ、つい後ずさる。
「……作戦メンバーが揃い次第、奴らのアジトを強襲する。準備を急げ」
「「了解!」」
――数刻後
町から南に数キロ離れた地点にある、風化してボロボロの廃墟となった小さな遺跡。
そこでは、いくつものテントが張られ、その陰で五十にも上る数の男たちがせっせと手を動かしていた。
「馬の準備は!?あぁん!?まだかよ!さっさとしやがれ!!」
「荷台には六人ずつだ。地図で担当箇所を確認しておけよ!」
祭り会場であるジールに向かうための最終準備。
怒鳴り声のように響いてくる声を聴くに、もう間もなく出発するといった様相。
自警団の面々は、自分たちの存在がギリギリ気取られない距離を維持しつつ、身を伏せながら遺跡の周囲を包囲すべく陣形を整え、シャフールからの指示を今か今かと待っていた。
(数は敵がやや有利か。だが、数の有利がそのまま勝敗を決める絶対的要因にはなり得ない。個々の実力、戦術、戦略、士気、地理、タイミング、数多の要素が絡み合い、勝敗は決せられる。それが数十程度の数の差であれば、ひっくり返すことはさほど難しいことではない)
「…………作戦開始」
「了解だぜ、団長!おらぁああああ!いくぞ野郎ども!!俺らの力を思い知らせてやれぇええええええ!!」
「「おぉおおおおおおおお!!」」
「な、なんだ!?あいつら……まさか、自警団の連中か!!」
「敵襲だぁああああああ!!自警団の奴らに勘付かれた!!」
ジール自警団延べ三十余。
対して、盗賊団延べ五十余。
単純な数であれば不利。
しかし、シャフールの率いる自警団にとって、その程度の差は戦局を左右する程のものではなかった。
不意を突かれ、指揮系統が混乱する盗賊団と、シャフール指揮による的確かつ迅速な連携。
新設盗賊団のごろつきと、精鋭自警団員の経験、練度の差。
負ける要素など微塵もなかった。
「第一班、敵さんの制圧を完了!これっぽっちの異常もありませんぜ!」
「第二班、敵の制圧完了しました。同じく異常ありません」
「…………周辺の捜索と警戒を続行。こちらも頭は抑えた」
背中で両手を縛られ、シャフールの前へと引きずり出された盗賊団の頭領。
シャフールを見上げる彼の顔は、信じられないといった驚きと、化け物をみるような恐怖で悲痛に歪んでいた。
いくらごろつきのリーダーとはいえ、これだけの数の人間を従える男。
シャフールと同等とまではいかなくとも、それなりの修羅場もいくつか乗り越えてきたはず。
その彼が痛感している。
組織として、指揮官として、戦士として格が違いすぎると。
「…………聞いたことに素直に答えろ。いいな?」
「あ……あぁ……」
もはや抗う意志は微塵も無かった。
何をしても無駄。
その事実は、男が尋問に対し、素直に従うこと選ばせる理由としては十分すぎる物だった。
「…………目的は?」
「……俺たちみたいな生きる場所を持たない人間でも、生きる権利はあるはずだ。俺たちは自分たちの権利を守るために戦うことを選んだのさ!」
通常、このレベルの規模の盗賊団であれば、いくらおいしい獲物とはいえ、大きな町一つを自分達だけで襲撃するといった行動はまず取らない。
相手が戦闘訓練を積んでいない一般人であったとしても、自分たちの数十倍にも及ぶ数の人間を制圧するためには、余程入念な下準備と、完全に近い作戦があって初めてできることと言える。
彼らにしても、簡単にいくとは到底思っていないだろう。
それでも行動を起こすということは、何か理由あってのことだとは踏んでいたが、シャフールにとっては到底納得のいく答えではない。
(いつもながら変わらないな。独り善がりの言葉を並び立て、自分たちに言い聞かせながら、何の罪もない人間を不幸に陥れる。こうした連中のほとんどがそうだ。反吐が出る)
「…………金か」
「違ぇよ!目的のためだ!生きるためにはどうしたって金が要る。こんな集団でも、守るためには必要だったんだ!」
(同情でもして欲しいのか、見苦しいまでに意固地になって、自身の掲げたエゴを守ろうとする)
「…………他の手段もあったはずだ」
「へっ……爪弾きにされた俺たちがまともな仕事にありつけるとでも?日陰者には手段なんて選んでられねぇのさ。お前らにはわかんねぇよ」
(やはり違うな。少なくともあの一団だけは違った。町を追われても諦めず、捻じ曲がらずに生きることを選んだ。自由を享受しながらも誇りを守り、気高くも剣を振るうあの者たちは、こいつらとは似て非なるものだ)
「…………過去の境遇を悔やみながらも、恨むことはしない。虐げられる弱者を背に、力を盾にする簒奪者の前に立つ。そんな志を誇りとし、見返りを求めずとも戦い続ける。そんな盗賊たちも存在するぞ?」
「あぁ……東の盗賊団の話か。聞けば見返りも求めず、正義の味方ごっこに励んでるらしいじゃねぇか。馬鹿だねぇ……そんなことしても居場所が手に入るわけでもねぇ……堕ちた奴はもう這い上がることなんてできねぇのによぉ」
「……それは違――」
「言っただろ!?お前にはわからねぇ!町の皆に称えられて、求められて!そんな明るい道だけを歩き続けてきた奴に理解できるわけがねぇ!!」
その顔は、いつか見た顔だった。
かつて、ある遺跡の中のランプに照らされた薄暗い部屋で、自分の差し出した手を払い除けたある男の顔と同じだった。
「…………」
(俺は思い違いをしていたな……彼らが受けた苦しみを理解しようともせず、ただ同じ場所へと立たせようとした。それが一度蹴り落とされた場所でもあるにも関わらず。なんという傲慢。なんという卑劣。なんという侮辱。俺はそんな穢れた手で彼に触れようとしたのだ。少なくとも彼にはそう見えただろう。世界の在り方に絶望した彼らと、世界の庇護の元で生きる俺たち。決して相容れぬ対極)
「何をぶつぶつ言ってやがんだ?」
「…………たとえ日の当たる場所に戻ることはできずとも、彼らの行動により救われ、感謝した者たちがいたはずだ。立ち位置は違えど、その行いの先にあるものは我々と同じ。彼らは彼らのやり方でそこへたどり着くために剣を握ると誓ったのだ。無知な者たちが彼らを蔑もうとも、その本質が損なわれることはない。彼らの気高き信念は微塵も変わらず在り続ける!」
何ともつかない感情が湧き上がり、そのまま言葉となって溢れ出す。
「な…何だ、急に!?それだけで戦い続けられるほど強い人間ばかりじゃねぇことぐらいわかるだろ?努力してもちっぽけな感謝を得るだけで、世に認められることはない。虚しいだけじゃねぇか!」
「…………今はそうかもしれない。だが、少なくとも俺は彼らのことを知っている。いずれ多くの者達が同じように知り、世に認められる日が――否、そういえばもう一人いたな。不器用な頭で必死に考え、大切なものが壊れてしまわぬよう、愚直に努力し続ける人間が……」
そこまで口にしたところで、シャフールはハッと我に返った。
彼女の言葉。
彼女の行動。
彼女の想い。
頭の中で目まぐるしくその一つ一つを想起する。
(今ならわかる。シャンティが何をしようしているのか。家と家族を捨ててまで何をしようとしているのか。俺たちと彼ら、その中間に立ち、世界そのものを変えようとした。ただ一人、対極を繋ぐための架け橋になろうとしたのだ)
「何の話だ?」
「…………世界が変わることを座して待つも、行動を促すために手を差し伸べることも、自分の力で世界を変えようと立ち上がることも、ただやり方が違うだけという話だ」
(本当に馬鹿だな。たった一人で世界を相手取ろうなどと。だが、あの娘らしい。いつかの誰かとそっくりではないか。出来るかどうかではなく、誓いを立てたが故の行動。きっと俺は、その行動を蔑む連中がいたなら、迷うことなく彼女を支持し、守ることに全力を尽くすだろう)
「わけわかんねぇ。まぁ、今日でそれで全部おじゃんだ。お前らが必死に守ってきたものは全部壊れるんだろうぜ。夢見た理想が訪れることはない!」
(これも仕方のない事か。多くの異なる考え方が存在すれば、理解できる者も、理解できない者もいる。しかし、この期に及んでまだ何かできるつもりでいるのか?それとも別の計画があるのか?)
「……まだ何か企んでいるのか?」
「なぁに、元々の計画のままさ。お前らが阻止したと思ってる計画のままだよ。成果は得られなかったが、結果は残る。それだけの話さ……へへへ……」
(『阻止したと思っている』だと?成果。これは計画が成功した際に手に入るはずだった金品のことを指す。ならば結果とは何か。計画が失敗したという結果だけが残るはず。『守ってきたものは全部壊れる』とこいつは言った。俺たちが守ってきたもの。それは町の平和と遺跡の存在。それが壊れる?既に身動きの取れないこの連中に何が壊せる?そもそもこの連中はたったこれだけの人数にも関わらず、どうしてこんな無謀な計画を実行しようとしたんだ。否、身動きの取れる何者かが他に居たとすれば可能か?例えば、どこかに伏兵、または罠を置き、計画実行を支援させる。否、事前の調査は万全だった。事実、連中の人数も調査通り。動向にも警戒した。町に忍び込んで工作を図るのは計画発覚のリスクが大きすぎる。そもそも、なぜ今日なのだ?祭りの最中はボランティアとはいえ警備の目も増える。金だけが狙いなら祭りの今日を狙わずとも良いはず。多少利益が少なくなるとしても、その方がリスクはずっと低い。祭りの今日を狙った理由――――しまった!!)
「…………まさか!?」
「たぶん正解だ。既に会場には俺と契約を交わした仕掛け人が潜入済みよ。残念だったなぁ?」
「……くそっ!!」
祭りの最中は町の外から訪れる人間も多い。
見ず知らずの人間が町中をうろつけば不自然がられるが、今日という日はそうならない。
観光客であれ、行商人であれ、大人数でも大量の荷物でも簡単に町に入れることができる。
「……ドゥーナ!俺は町に戻る!ここは任せたぞ!」
「シャフールさん!?」
現場の指揮をドゥーナに任せ、単身で急ぎ会場の町へと走るシャフール。
今頃、どのような事態になっているか予想もつかない。
その焦りは、彼の足と鼓動を逸らせた。
「……はぁ……はぁ…………」
(どうなっている?祭りの様子に異常は感じられない。まだ仕掛けが発動していないのか?)
ジールに帰り着いたシャフールの視界には、至って平和に盛り上がる祭りの光景が広がる。
むしろ、どこかいつもよりも活気づいているようにさえ見えた。
彼は談笑しながら酒を飲みかわす男たちを見つけると、言葉を選びながら声をかける。
(とにかくまずは確認だ。)
「…………すまない……何か変わったことは無かったか?」
「おや?これは自警団の団長さん!おかげさまで平和に楽しめてるよ!あの子……えっと……シャンティちゃんだったかい?一時はどうなるかと思ったけど、見事なもんだったよ!」
「あぁ!さすがは団長さんの部下だ!あんなおっかねぇ魔物を三匹も相手に勝っちまうんだからなぁ!!」
(シャンティだと?魔物?どういうことだ?)
「…………詳しく聞かせてくれ」
話の概要はこうだった。
シャフールが町に戻る直前、見世物小屋の魔物が三匹脱走。
それをシャンティが一人で討伐し、死傷者一人出すことなく解決したというのだ。
その後、シャフールはシャンティと待ち合わせをしていた中央広場の噴水を訪れたが、そこに彼女の姿は無かった。
戦闘で疲れたのか、それとも負傷したのか。
もしそうであれば自室に戻っている可能性もあると考え、彼女の部屋を訪ねてもみたが、戻った形跡は見当たらない。
隊舎も同じ結果。
当てをなくしたシャフールは、それでもシャンティを探して町を歩き回っていた。
(大事な商品を見せ歩くような見世物小屋が、簡単に商品を逃がしてしまうような杜撰な管理をするはずはない。それが魔物ともなれば最大限の管理がなされているはず。あの手の商売は一度でも信用を失えば復帰は難しい。となれば、信用を捨ててまで手に入る何かがあった。もしくは何者かが故意に事件を引き起こした。どちらにせよ、これが例の『仕掛け』で間違いはないだろう。腕の立つ者は全て盗賊団確保に参加させていた。作戦メンバー以外の団員は町に残していたが、まだ彼らには魔物相手に大立ち回りできる実力はない。シャンティが町に残っていたのは幸運だった。それにしても、シャンティはどこへ――)
「…………!」
その時、シャフールの視線が町の外壁の上に座るシャンティの背中を捉えた。
まるで人目を避ける様に膝を抱えて体を小さくしている。
「……シャンティ」
(こんなところにいたのか。まずは彼女が負傷していないか確認せねば……)
シャフールの声に、体をビクッと震わせたシャンティ。
彼女が振り返る前、そそくさと袖で目元を拭った仕草をシャフールは見逃さなかった。
「シャ、シャフールさん……何でここに……?」
(泣いていた……?こういう場合の対処についてはあまり慣れていないのだが、シャンティもあまり触れて欲しくはないだろうし、とにかく沈黙は避けねば)
「……待ち合わせ場所に姿がなかった」
「あ、あぁああ!アタシ、何も言わずに約束破っちゃって!」
(何という失態だ……一人で魔物と戦い、その後何らか理由で泣いていた少女に対し、慰めどころか、責めるような言葉を投げかけてしまうとは……早くフォローしなければ彼女をますます悲しませることになる。まずい、沈黙は避けねばならない。早く、早く次の言葉を……!)
「……構わない」
そう口にし、シャフールも壁の上まで飛び上り、シャンティの隣に腰を掛ける。
「え!?シャフールさん!?」
(考えてもこれほどまでに答えが出ないことは初めてだ。もう思考に頼るな。思ったことを、思った通りに口にしろ。できるだけ優しく。できるだけ心を込めて。この程度のこと、彼女の頑張りに比べれば何でもないはずだ)
「……話は聞いた。頑張ったな」
「……はい……頑張りました」
「……綺麗な星空だ」
「……はい……とっても綺麗です」
シャフールは静かに星を見上げるシャンティの横顔をちらっと横目で見て、様子が落ち着いたことを確認する。
同時に、何か違和感のような思いが胸をついた気がした。
(もう大丈夫か。どうやら祭りも十分満喫できたようだな。にしても、今……シャンティの何かが違うように見えたのは気のせいか?髪型やドレスがいつもと違うのはすぐに分かった。だが、本当にそのせいか?装飾品か?明かりの少なさがそう見せたのか?背景……角度……姿勢……?)
結局、考えても結果は判らなかった。
またしても考えることを諦めたシャフールは、もう一度星空を見上げる。
彼女と共に見るこの星の輝きは、例年にも増して美しく見える。
それだけは勘違いなどではないと確信できた。
――数日後
再び、シャンティの父が頭領を務める盗賊団のアジトを一人訪れていたシャフール。
差し出した手が握られることがなかったあの部屋で、シャフールは男ともう一度向き合っていた。
「で、何の用だ?前と同じ申し出ならお断りだぞ?」
(変わらないな。だが、以前この男に対して抱いていた不信感はもう感じない。彼は今も尚、変わらぬ決意の元、仲間たちと戦い続けているのだろう。変わったのは俺か。俺の理解が変わったのだ。俺たちの進む道と、彼らの進む道。それらは決して繋がることは無いのかもしれないが、同じ目的を見て歩んでいる。それがわかったのもシャンティのおかげだ。彼女は俺と彼、そのどちらとも違う道で目的へと進んでいる。少し遠回りをしてでも、そうしたいと必死に考え、選び、生まれた小さな功績の一つがこれだ)
「…………今日は報告を」
「ほぅ?何の報告だ?」
「…………シャンティは本当に強い娘だ。彼女の事は俺が全力で守り、責任を持って預かる。だから安心してくれ。これからも、貴方は貴方の志を胸に、気高く在り続けて欲しい。何も憂えることは無い!」
(こうして思いのたけを口にすることで、より深い理解を求め、意思を伝えることが出来る。これまでは軽視していたが、こんな当たり前の事さえも彼女に気付かされてしまったのかもしれない……)
「て……」
「……て?」
「てめぇ!!アイツに惚れたんじゃねぇだろうな!?俺は認めねぇぞ!!アイツの貰い手は俺が心から認めた男じゃねぇとダメだ!お前みたいな日焼けモヤシなんぞと結婚させてたまるかぁあああああああ!!」
「……!?」
(何だと!?どうなっている!?貰い手だと!?何を勘違いしているのだこの男は。俺はただ彼女の決意を応援し、守ってやりたいと思っただけで、結婚の話などしたつもりはない。とにかく誤解を解かなければ……だが、言葉を間違えれば本気で斬り付けられそうな剣幕だ。『結婚する気などない』か?馬鹿か俺は。大事な娘を奪った男が、そんなことを口にすれば父はどう思う?それこそ真っ二つだ。ひとまずは間を繋ぐために『誤解だ』これで落ち着くはず!)
「何黙りこくってやがんだてめぇ!!図星かぁああああ!?」
「…………ご、誤解だ!」
(しまった……間が遅れた!だが、これで意志は伝えた。後は落ち着きを取り戻す彼にゆっくりと説明し直せばそれで万事解決となるはず――)
「誤解もへったくれもあるか、ごらぁああああ!!くたばれやぁああああああ!!」
「…………おはよう」
いつものように兵舎の指令室のドアを開けたシャフール。
まだ誰も来ていないのか、室内は静まり返っている。
(珍しいな。アイツらならいつも来ている時間のはずだが、今日は俺が一番早いのか。まぁ良い。うるさいのが来る前に報告書を処理して、任務に備えるか……ん?)
「…………ん?」
部屋に入り、数歩進むと、足元に見慣れないものが転がっているのを発見する。
「…………」
(クマのぬいぐるみ?こんなものが何故この部屋に。ふむ……なかなかに良いクマだ。愛らしさの中にも気品がある。腕の良い裁縫師の手によるものだな。生地も質の良いベルベット。毛足の長さのせいで刺繍が難しいが、デザイン的に違う生地を挟むことでそれを解消しているのか。綿も丁寧に粒化させた綿を使用し、柔らかさと耐久性を両立している。何よりも見過ごせないのはこの目だな。オニキスを加工して埋め込むとは、職人技だ。オニキスは古来より邪気や悪気を祓う魔除けの石としても知られるが、このぬいぐるみを贈られた持ち主はよほど大切にされているのだろう)
シャフールはひとしきりぬいぐるみを評価した後、ひとまずどこかへ置いておこうと部屋の隅のあるソファへと向かう。
すると、そこには静かに寝息をたてるシャンティの姿があった。
「すー……すー……」
「…………」
(昨晩は部屋に戻らずここで寝たのか?そういえばキリのいいところまでやっておきたいと言って、最後まで一人雑務を片づけていたな。特別急がねばならないようなものでもなかったはずだが、生真面目な娘だ。しかし、これはどうしたものか。疲れも溜まっているようだし、もう少し寝かせてやりたい気もするが、直に他の団員も出勤してくる。こんな姿を皆に晒すのはシャンティにとっても気持ちの良いものではないのではないか?)
シャフールは考える。
クマのぬいぐるみを手にぶらさげながら。
「…………」
(やはり起こすか。団長である俺が職務中に寝ている団員を見過ごすというのは組織の模範であるべき立場としては許されるものではないだろう。自警団全体の規律を乱す原因になり兼ね――いや、待て。だが、寝ている女性を無理に起こすというのはどうなのだ?もしもセクハラなどと騒がれでもすれば俺の信用はどうなる?それが全体に知れ渡った日には『セクハラ団長』などと後ろ指をさされることになるのではないか?)
シャフールは考え続ける。
無防備に寝入っている少女の前で。
「…………」
(まったく、何を考えているのだ……シャンティがそんなふざけた反応をするような娘でないことはわかっているだろう。これまで何を見てきたのだ、俺は。そして、俺もこの自警団の団長としての振る舞いをシャンティに見せてきたはずだ。何を心配することがあるのだ)
少しして、深いため息をついたシャフールは、小さく咳払いをしてからシャンティの耳元へ顔を寄せる。
「……シャンティ?」
しかし、反応はない。
「…………シャンティ」
「………んぁ……声が……こんな…………聞こえ…………」
シャフールの声にシャンティが反応を示すが、うわごとのように何かを呟くだけ。
声がもっと届くようにと、さらに顔を近づけて彼女の名を呼び続ける。
「…………シャンティ!」
「……近い……シャフールさん……ダメですって…………」
「……!?」
(ダメ!?ダメとは何だ!?やはりセクハラなのか、これは!?いや、シャンティを信じると決めたはずだ。ここで諦めるわけにはいかない!)
「……起きろ、シャンティ!」
「いや……近い……近い……近い近い近い近いって……ふぁ?」
ようやくシャンティは目を開け、ポリポリと頭をかきながら、体をゆっくりと起こす。
「ふぁあ……!」
まだ意識まではハッキリしていないのか、欠伸しながらボーっと部屋の隅を見つめている。
「……起きたか?」
(頼むから騒いでくれるな?俺はおまえのことを信じているぞ)
「あ、シャフールさん。わたし、また寝ちゃったみたい……ふぉおおおおおお!?」
シャフールの存在に気づいた瞬間、彼女の意識が完全に覚醒。
今の今まで寝ていたなどと思えぬ機敏さで身体中のあちこちをまさぐり、何かを確認している。
「えっと……えっと……」
そして、彼女の視線がシャフールの手にぷらぷらと下げられているクマのぬいぐるみに止まる。
「あぁああ!シャ、シャフールさん、それ、それはですね……えっとですね……!」
「……」
(ひとまず騒がれる心配は無さそうだな。やはり俺の目は正しかった。これで俺の信用も、組織の規律も無事に守られた)
「そ、そう!これは、知り合いの子にプレゼントとして用意したものでして!」
(ん?このぬいぐるみのことか?これはシャンティの持ち物だったか。なるほど。これを贈られるとすると、さぞかしその子も喜ぶことだろう。良いセンスをしている。それにしても何を慌てているのだ?まさか、職務に関係のない物をこの部屋に持ち込んだことに対し、叱責を受けるとでも思っているのだろうか。私物まみれにでもされればそれもあり得るが、せっかくの贈り物を一時的にここへ置いておくことくらい、わざわざ目くじらを立てる様なことでもないだろう。ここは彼女を安心させるためにも、一声かけておくか)
「……可愛いクマだ」
「え……?あ、あぁ!ありがとうございます!!」
(不安も無くなったようだな。何事もなく終えることができて何よりだ。それにしても異様に疲れた気がする。今後はこのようなことが起きぬよう気をつけねば。そういえば、シャンティがここに来て以来、休みらしい休みを与えることができていなかった。普段、そういう素振りを見せないので忘れていたな。いくら腕が立ち、真面目で、元気が溢れているように見えても、まだ年若い少女なのだ。監督責任を果たせていなかった俺の失態だな)
「……今日は休んでいい」
「え?」
(そういえば今日から『星見祭』か。良いタイミングだな。気分転換にもなるだろう。これまで励んでくれた分、思い切り羽を伸ばすくらいのことをしても罰は当たらないはずだ)
「……疲れもたまっているな。丁度、今日祭りがあるから、顔を出してみるのもいいだろう」
毎年この時期、ジールの町を挙げて行われる『星見祭』
夜空に浮かぶ星々が最も綺麗に見られる三日間を期間とし、大陸中から多くの人々が足を運ぶ。
それに際し、様々な物品や見世物も集まるため、毎回盛大な盛り上がりを見せるものだ。
中には魔法都市の星詠みが研究のために訪れるという話もあり、その意味合いはただの祭り騒ぎの枠に捕らわれない価値を持っている。
「あ……」
「……?」
(ん?どうかしたか?祭りにはあまり興味がなかったか?)
「い、いえっ!なんでも……なんでもありません……!」
顔を伏せ、膝の前で手を遊ばせる彼女の様子は、明らかにいつもと違うものを感じさせる。
「……あの、シャフールさん。その……仕事が終わってからでいいんで、ちょっと、ほんのちょっと、一緒にお祭りどうですか?」
シャフールが予想もしていなかった申し出。
「あれ?今アタシなに言いました!?わ、忘れてくださいっ!!」
(そうか。そういえば俺もしばらく休養など取っていなかったな。シャンティもそれを知っていて気を使ってくれたのか。こういう時くらい、自分のことだけを考えていれば良いのだが、こうした優しさもまた彼女の良き一面なのだろうな。俺と一緒に祭りを回るよりも、一人のほうが気楽だろうに。)
「……わかった」
「え?」
(だが、そうなるとあの件についてはますます気が抜けない。せっかくの善意だ。無下にもできまい。もしかすれば、シャンティが盗賊団を抜けてまでここに来た理由を聞ける好機にもなるかもしれないしな)
「……なるべく遅くならないようにしよう」
「ほ、本当ですか!?じゃ、じゃあ、中央広場の噴水の辺りで待ってますんで!」
「……わかった」
「で、では、失礼しますっ!」
深々と頭を下げてから、部屋を飛び出していったシャンティ。
シャフールはぬいぐるみをソファに座らせ、自席へと向かう。
すると、間もなくしてデューン、ドゥーナが部屋の扉を開け入ってきた。
「おはようございます!団長!へへへっ!」
「本当にお疲れ様です。シャフールさん」
が、何やらニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている二人。
「…………」
(いつも以上にヘラヘラとして、一体何を笑っているのだ?祭りの高揚感にでもあてられたか?)
「団長にしては頑張ったんじゃないですかね?欲を言えば、笑顔の一つでもあれば満点だったんですが、まぁ合格点でしょうぜ!」
「それも団長の良さの一つだと思うよ?確かに、不意に見せる笑顔というのは非常に魅力的な武器にもなりえるけど、切り札はここぞという時のために取っておくものだからね。まだ使うべき時ではないとの判断、僕は支持しますよ!」
「なるほど!流石は団長!敵も女も、攻略する時は何にでも全力を注ぐ!俺たちも見習わねぇとな、ドゥーナ!」
「僕は君ほど本能で動くタイプじゃないからね。デューンこそ、団長にその辺の手ほどきを受けると良いんじゃないかな?」
「…………!」
(こいつら部屋の外でシャンティとのやり取りを盗み聞きしていたのか……完全に気配を絶っていたな。変なところで上げた腕を披露してくれるものだ。攻略だと?馬鹿げたことを。まぁ、手ほどきが受けたいのなら喜んで一肌脱いでやろう。熱砂の砂嵐さえも涼やかな風に思えるほどの地獄の苦しみと共に教育してやる……!)
「まぁ、これで負けられない理由が一つ増えちまいましたね!」
「だね。シャフールさん。本当なら今すぐ休みを取ってシャンティさんのところへ行ってあげてほしいところではありますが、そうもいきません。今日は例の件で少し遅くなってしまったのですが、裏は取れました」
口調は変えずに、話し続ける二人だが、彼らの纏う空気が一変。
ピリッとした緊張感漂うものへと変容する。
(真面目なのか、ふざけているのかわからない奴らだ。これで報告が無ければどうしてやろうか考える羽目になるところだったがな。さて、その報告は地獄の手ほどきを免除するに値するものか聞かせてもらおうか)
「…………報告を」
「はい!」
それは、数日前にシャフールが二人に命令した、新設組織のある計画についての調査報告だった。
その計画とは、町の南に新たに立ち上げられた盗賊団が今夜、祭りの会場であるジールを襲撃して金品を強奪しようとしているというものだ。
『星見祭』には多くの人や物が集まり、中には貴族や富裕層、珍しい物品なども少なくない。
人が集まればそれだけ金も動く。
各地に点在させている覆面の調査員がその尻尾を掴み、正体を突き止めるところまで漕ぎ着けた。
「計画の実行についてはもはや疑う余地はありません。今日、陽が沈んでから決行されるものではないかと思われます!」
「会場警備のほとんどはボランティアの素人だ。戦力には数えられねぇ。会場に奴らが来る前に片を付けなきゃ、ですよね?」
「……あぁ。町の人間や一般客にはその存在すら気づかせることなく、奴らの身柄を拘束するぞ」
「う……おぉ……いつも以上にやる気だぜ!」
「うん……敵ながら同情したくなるね……!」
いつになく多くの言葉を並べ、口にするシャフール。
その眼光の鋭さと殺気に、彼をよく知るはずの二人でさえ、つい後ずさる。
「……作戦メンバーが揃い次第、奴らのアジトを強襲する。準備を急げ」
「「了解!」」
――数刻後
町から南に数キロ離れた地点にある、風化してボロボロの廃墟となった小さな遺跡。
そこでは、いくつものテントが張られ、その陰で五十にも上る数の男たちがせっせと手を動かしていた。
「馬の準備は!?あぁん!?まだかよ!さっさとしやがれ!!」
「荷台には六人ずつだ。地図で担当箇所を確認しておけよ!」
祭り会場であるジールに向かうための最終準備。
怒鳴り声のように響いてくる声を聴くに、もう間もなく出発するといった様相。
自警団の面々は、自分たちの存在がギリギリ気取られない距離を維持しつつ、身を伏せながら遺跡の周囲を包囲すべく陣形を整え、シャフールからの指示を今か今かと待っていた。
(数は敵がやや有利か。だが、数の有利がそのまま勝敗を決める絶対的要因にはなり得ない。個々の実力、戦術、戦略、士気、地理、タイミング、数多の要素が絡み合い、勝敗は決せられる。それが数十程度の数の差であれば、ひっくり返すことはさほど難しいことではない)
「…………作戦開始」
「了解だぜ、団長!おらぁああああ!いくぞ野郎ども!!俺らの力を思い知らせてやれぇええええええ!!」
「「おぉおおおおおおおお!!」」
「な、なんだ!?あいつら……まさか、自警団の連中か!!」
「敵襲だぁああああああ!!自警団の奴らに勘付かれた!!」
ジール自警団延べ三十余。
対して、盗賊団延べ五十余。
単純な数であれば不利。
しかし、シャフールの率いる自警団にとって、その程度の差は戦局を左右する程のものではなかった。
不意を突かれ、指揮系統が混乱する盗賊団と、シャフール指揮による的確かつ迅速な連携。
新設盗賊団のごろつきと、精鋭自警団員の経験、練度の差。
負ける要素など微塵もなかった。
「第一班、敵さんの制圧を完了!これっぽっちの異常もありませんぜ!」
「第二班、敵の制圧完了しました。同じく異常ありません」
「…………周辺の捜索と警戒を続行。こちらも頭は抑えた」
背中で両手を縛られ、シャフールの前へと引きずり出された盗賊団の頭領。
シャフールを見上げる彼の顔は、信じられないといった驚きと、化け物をみるような恐怖で悲痛に歪んでいた。
いくらごろつきのリーダーとはいえ、これだけの数の人間を従える男。
シャフールと同等とまではいかなくとも、それなりの修羅場もいくつか乗り越えてきたはず。
その彼が痛感している。
組織として、指揮官として、戦士として格が違いすぎると。
「…………聞いたことに素直に答えろ。いいな?」
「あ……あぁ……」
もはや抗う意志は微塵も無かった。
何をしても無駄。
その事実は、男が尋問に対し、素直に従うこと選ばせる理由としては十分すぎる物だった。
「…………目的は?」
「……俺たちみたいな生きる場所を持たない人間でも、生きる権利はあるはずだ。俺たちは自分たちの権利を守るために戦うことを選んだのさ!」
通常、このレベルの規模の盗賊団であれば、いくらおいしい獲物とはいえ、大きな町一つを自分達だけで襲撃するといった行動はまず取らない。
相手が戦闘訓練を積んでいない一般人であったとしても、自分たちの数十倍にも及ぶ数の人間を制圧するためには、余程入念な下準備と、完全に近い作戦があって初めてできることと言える。
彼らにしても、簡単にいくとは到底思っていないだろう。
それでも行動を起こすということは、何か理由あってのことだとは踏んでいたが、シャフールにとっては到底納得のいく答えではない。
(いつもながら変わらないな。独り善がりの言葉を並び立て、自分たちに言い聞かせながら、何の罪もない人間を不幸に陥れる。こうした連中のほとんどがそうだ。反吐が出る)
「…………金か」
「違ぇよ!目的のためだ!生きるためにはどうしたって金が要る。こんな集団でも、守るためには必要だったんだ!」
(同情でもして欲しいのか、見苦しいまでに意固地になって、自身の掲げたエゴを守ろうとする)
「…………他の手段もあったはずだ」
「へっ……爪弾きにされた俺たちがまともな仕事にありつけるとでも?日陰者には手段なんて選んでられねぇのさ。お前らにはわかんねぇよ」
(やはり違うな。少なくともあの一団だけは違った。町を追われても諦めず、捻じ曲がらずに生きることを選んだ。自由を享受しながらも誇りを守り、気高くも剣を振るうあの者たちは、こいつらとは似て非なるものだ)
「…………過去の境遇を悔やみながらも、恨むことはしない。虐げられる弱者を背に、力を盾にする簒奪者の前に立つ。そんな志を誇りとし、見返りを求めずとも戦い続ける。そんな盗賊たちも存在するぞ?」
「あぁ……東の盗賊団の話か。聞けば見返りも求めず、正義の味方ごっこに励んでるらしいじゃねぇか。馬鹿だねぇ……そんなことしても居場所が手に入るわけでもねぇ……堕ちた奴はもう這い上がることなんてできねぇのによぉ」
「……それは違――」
「言っただろ!?お前にはわからねぇ!町の皆に称えられて、求められて!そんな明るい道だけを歩き続けてきた奴に理解できるわけがねぇ!!」
その顔は、いつか見た顔だった。
かつて、ある遺跡の中のランプに照らされた薄暗い部屋で、自分の差し出した手を払い除けたある男の顔と同じだった。
「…………」
(俺は思い違いをしていたな……彼らが受けた苦しみを理解しようともせず、ただ同じ場所へと立たせようとした。それが一度蹴り落とされた場所でもあるにも関わらず。なんという傲慢。なんという卑劣。なんという侮辱。俺はそんな穢れた手で彼に触れようとしたのだ。少なくとも彼にはそう見えただろう。世界の在り方に絶望した彼らと、世界の庇護の元で生きる俺たち。決して相容れぬ対極)
「何をぶつぶつ言ってやがんだ?」
「…………たとえ日の当たる場所に戻ることはできずとも、彼らの行動により救われ、感謝した者たちがいたはずだ。立ち位置は違えど、その行いの先にあるものは我々と同じ。彼らは彼らのやり方でそこへたどり着くために剣を握ると誓ったのだ。無知な者たちが彼らを蔑もうとも、その本質が損なわれることはない。彼らの気高き信念は微塵も変わらず在り続ける!」
何ともつかない感情が湧き上がり、そのまま言葉となって溢れ出す。
「な…何だ、急に!?それだけで戦い続けられるほど強い人間ばかりじゃねぇことぐらいわかるだろ?努力してもちっぽけな感謝を得るだけで、世に認められることはない。虚しいだけじゃねぇか!」
「…………今はそうかもしれない。だが、少なくとも俺は彼らのことを知っている。いずれ多くの者達が同じように知り、世に認められる日が――否、そういえばもう一人いたな。不器用な頭で必死に考え、大切なものが壊れてしまわぬよう、愚直に努力し続ける人間が……」
そこまで口にしたところで、シャフールはハッと我に返った。
彼女の言葉。
彼女の行動。
彼女の想い。
頭の中で目まぐるしくその一つ一つを想起する。
(今ならわかる。シャンティが何をしようしているのか。家と家族を捨ててまで何をしようとしているのか。俺たちと彼ら、その中間に立ち、世界そのものを変えようとした。ただ一人、対極を繋ぐための架け橋になろうとしたのだ)
「何の話だ?」
「…………世界が変わることを座して待つも、行動を促すために手を差し伸べることも、自分の力で世界を変えようと立ち上がることも、ただやり方が違うだけという話だ」
(本当に馬鹿だな。たった一人で世界を相手取ろうなどと。だが、あの娘らしい。いつかの誰かとそっくりではないか。出来るかどうかではなく、誓いを立てたが故の行動。きっと俺は、その行動を蔑む連中がいたなら、迷うことなく彼女を支持し、守ることに全力を尽くすだろう)
「わけわかんねぇ。まぁ、今日でそれで全部おじゃんだ。お前らが必死に守ってきたものは全部壊れるんだろうぜ。夢見た理想が訪れることはない!」
(これも仕方のない事か。多くの異なる考え方が存在すれば、理解できる者も、理解できない者もいる。しかし、この期に及んでまだ何かできるつもりでいるのか?それとも別の計画があるのか?)
「……まだ何か企んでいるのか?」
「なぁに、元々の計画のままさ。お前らが阻止したと思ってる計画のままだよ。成果は得られなかったが、結果は残る。それだけの話さ……へへへ……」
(『阻止したと思っている』だと?成果。これは計画が成功した際に手に入るはずだった金品のことを指す。ならば結果とは何か。計画が失敗したという結果だけが残るはず。『守ってきたものは全部壊れる』とこいつは言った。俺たちが守ってきたもの。それは町の平和と遺跡の存在。それが壊れる?既に身動きの取れないこの連中に何が壊せる?そもそもこの連中はたったこれだけの人数にも関わらず、どうしてこんな無謀な計画を実行しようとしたんだ。否、身動きの取れる何者かが他に居たとすれば可能か?例えば、どこかに伏兵、または罠を置き、計画実行を支援させる。否、事前の調査は万全だった。事実、連中の人数も調査通り。動向にも警戒した。町に忍び込んで工作を図るのは計画発覚のリスクが大きすぎる。そもそも、なぜ今日なのだ?祭りの最中はボランティアとはいえ警備の目も増える。金だけが狙いなら祭りの今日を狙わずとも良いはず。多少利益が少なくなるとしても、その方がリスクはずっと低い。祭りの今日を狙った理由――――しまった!!)
「…………まさか!?」
「たぶん正解だ。既に会場には俺と契約を交わした仕掛け人が潜入済みよ。残念だったなぁ?」
「……くそっ!!」
祭りの最中は町の外から訪れる人間も多い。
見ず知らずの人間が町中をうろつけば不自然がられるが、今日という日はそうならない。
観光客であれ、行商人であれ、大人数でも大量の荷物でも簡単に町に入れることができる。
「……ドゥーナ!俺は町に戻る!ここは任せたぞ!」
「シャフールさん!?」
現場の指揮をドゥーナに任せ、単身で急ぎ会場の町へと走るシャフール。
今頃、どのような事態になっているか予想もつかない。
その焦りは、彼の足と鼓動を逸らせた。
「……はぁ……はぁ…………」
(どうなっている?祭りの様子に異常は感じられない。まだ仕掛けが発動していないのか?)
ジールに帰り着いたシャフールの視界には、至って平和に盛り上がる祭りの光景が広がる。
むしろ、どこかいつもよりも活気づいているようにさえ見えた。
彼は談笑しながら酒を飲みかわす男たちを見つけると、言葉を選びながら声をかける。
(とにかくまずは確認だ。)
「…………すまない……何か変わったことは無かったか?」
「おや?これは自警団の団長さん!おかげさまで平和に楽しめてるよ!あの子……えっと……シャンティちゃんだったかい?一時はどうなるかと思ったけど、見事なもんだったよ!」
「あぁ!さすがは団長さんの部下だ!あんなおっかねぇ魔物を三匹も相手に勝っちまうんだからなぁ!!」
(シャンティだと?魔物?どういうことだ?)
「…………詳しく聞かせてくれ」
話の概要はこうだった。
シャフールが町に戻る直前、見世物小屋の魔物が三匹脱走。
それをシャンティが一人で討伐し、死傷者一人出すことなく解決したというのだ。
その後、シャフールはシャンティと待ち合わせをしていた中央広場の噴水を訪れたが、そこに彼女の姿は無かった。
戦闘で疲れたのか、それとも負傷したのか。
もしそうであれば自室に戻っている可能性もあると考え、彼女の部屋を訪ねてもみたが、戻った形跡は見当たらない。
隊舎も同じ結果。
当てをなくしたシャフールは、それでもシャンティを探して町を歩き回っていた。
(大事な商品を見せ歩くような見世物小屋が、簡単に商品を逃がしてしまうような杜撰な管理をするはずはない。それが魔物ともなれば最大限の管理がなされているはず。あの手の商売は一度でも信用を失えば復帰は難しい。となれば、信用を捨ててまで手に入る何かがあった。もしくは何者かが故意に事件を引き起こした。どちらにせよ、これが例の『仕掛け』で間違いはないだろう。腕の立つ者は全て盗賊団確保に参加させていた。作戦メンバー以外の団員は町に残していたが、まだ彼らには魔物相手に大立ち回りできる実力はない。シャンティが町に残っていたのは幸運だった。それにしても、シャンティはどこへ――)
「…………!」
その時、シャフールの視線が町の外壁の上に座るシャンティの背中を捉えた。
まるで人目を避ける様に膝を抱えて体を小さくしている。
「……シャンティ」
(こんなところにいたのか。まずは彼女が負傷していないか確認せねば……)
シャフールの声に、体をビクッと震わせたシャンティ。
彼女が振り返る前、そそくさと袖で目元を拭った仕草をシャフールは見逃さなかった。
「シャ、シャフールさん……何でここに……?」
(泣いていた……?こういう場合の対処についてはあまり慣れていないのだが、シャンティもあまり触れて欲しくはないだろうし、とにかく沈黙は避けねば)
「……待ち合わせ場所に姿がなかった」
「あ、あぁああ!アタシ、何も言わずに約束破っちゃって!」
(何という失態だ……一人で魔物と戦い、その後何らか理由で泣いていた少女に対し、慰めどころか、責めるような言葉を投げかけてしまうとは……早くフォローしなければ彼女をますます悲しませることになる。まずい、沈黙は避けねばならない。早く、早く次の言葉を……!)
「……構わない」
そう口にし、シャフールも壁の上まで飛び上り、シャンティの隣に腰を掛ける。
「え!?シャフールさん!?」
(考えてもこれほどまでに答えが出ないことは初めてだ。もう思考に頼るな。思ったことを、思った通りに口にしろ。できるだけ優しく。できるだけ心を込めて。この程度のこと、彼女の頑張りに比べれば何でもないはずだ)
「……話は聞いた。頑張ったな」
「……はい……頑張りました」
「……綺麗な星空だ」
「……はい……とっても綺麗です」
シャフールは静かに星を見上げるシャンティの横顔をちらっと横目で見て、様子が落ち着いたことを確認する。
同時に、何か違和感のような思いが胸をついた気がした。
(もう大丈夫か。どうやら祭りも十分満喫できたようだな。にしても、今……シャンティの何かが違うように見えたのは気のせいか?髪型やドレスがいつもと違うのはすぐに分かった。だが、本当にそのせいか?装飾品か?明かりの少なさがそう見せたのか?背景……角度……姿勢……?)
結局、考えても結果は判らなかった。
またしても考えることを諦めたシャフールは、もう一度星空を見上げる。
彼女と共に見るこの星の輝きは、例年にも増して美しく見える。
それだけは勘違いなどではないと確信できた。
――数日後
再び、シャンティの父が頭領を務める盗賊団のアジトを一人訪れていたシャフール。
差し出した手が握られることがなかったあの部屋で、シャフールは男ともう一度向き合っていた。
「で、何の用だ?前と同じ申し出ならお断りだぞ?」
(変わらないな。だが、以前この男に対して抱いていた不信感はもう感じない。彼は今も尚、変わらぬ決意の元、仲間たちと戦い続けているのだろう。変わったのは俺か。俺の理解が変わったのだ。俺たちの進む道と、彼らの進む道。それらは決して繋がることは無いのかもしれないが、同じ目的を見て歩んでいる。それがわかったのもシャンティのおかげだ。彼女は俺と彼、そのどちらとも違う道で目的へと進んでいる。少し遠回りをしてでも、そうしたいと必死に考え、選び、生まれた小さな功績の一つがこれだ)
「…………今日は報告を」
「ほぅ?何の報告だ?」
「…………シャンティは本当に強い娘だ。彼女の事は俺が全力で守り、責任を持って預かる。だから安心してくれ。これからも、貴方は貴方の志を胸に、気高く在り続けて欲しい。何も憂えることは無い!」
(こうして思いのたけを口にすることで、より深い理解を求め、意思を伝えることが出来る。これまでは軽視していたが、こんな当たり前の事さえも彼女に気付かされてしまったのかもしれない……)
「て……」
「……て?」
「てめぇ!!アイツに惚れたんじゃねぇだろうな!?俺は認めねぇぞ!!アイツの貰い手は俺が心から認めた男じゃねぇとダメだ!お前みたいな日焼けモヤシなんぞと結婚させてたまるかぁあああああああ!!」
「……!?」
(何だと!?どうなっている!?貰い手だと!?何を勘違いしているのだこの男は。俺はただ彼女の決意を応援し、守ってやりたいと思っただけで、結婚の話などしたつもりはない。とにかく誤解を解かなければ……だが、言葉を間違えれば本気で斬り付けられそうな剣幕だ。『結婚する気などない』か?馬鹿か俺は。大事な娘を奪った男が、そんなことを口にすれば父はどう思う?それこそ真っ二つだ。ひとまずは間を繋ぐために『誤解だ』これで落ち着くはず!)
「何黙りこくってやがんだてめぇ!!図星かぁああああ!?」
「…………ご、誤解だ!」
(しまった……間が遅れた!だが、これで意志は伝えた。後は落ち着きを取り戻す彼にゆっくりと説明し直せばそれで万事解決となるはず――)
「誤解もへったくれもあるか、ごらぁああああ!!くたばれやぁああああああ!!」
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