大陸中央部より南西に位置する街、夜蛍の都ミール。
この街には工芸品を作る職人が大勢おり、特に魔力を込めたランプ産業が盛んな職人の街である。
王国の協定に加盟はしているものの、王都から離れた場所に位置するために、街には兵団などの大きな組織は存在しない。
ミールでは夜になると街中のランプに明かりが灯り、柔らかな炎の光は街を幻想的な雰囲気で包みこんでいく。
初めてミールで夜を迎える人は、例外なくこの光景に驚き、圧倒され、感動を覚え、その息を呑む。
ミールに住む人々は装飾品として小さなランプを使用している。
この小さなランプはミールの人にとっては特別なものであり、婚姻の際に男女はランプの交換をする習わしがある。
それは、『離れていても互いが常に互いを照らし続ける』という想いが込められたものであった。
そのため、この街で生まれ育ったすべての者は13歳のときに自分の手で一からランプを創り、完成をもって初めて成人として認められる。
静かで平和で幻想的な街ミールは、おおよそ喧騒とは縁遠いはずであったが…
「おい!ヴィーネル!今日こそはテメェに礼儀ってもんを教えてやる!」
「ハンッ!お前らみたいな半端モンにアタシがやられるかよ。また池に投げ込まれたいのか?」
「ちげえねぇっ!まだまだ寒くて…泳ぐには早いと思うけどなっ!ギャハハハッ!」
「ぐぬぬぬぬ。テ、テメェら……」
街の大通りで対峙する二つの集団。
それぞれの集団のリーダー格であろう者が挑発と舌戦を繰り広げていた。
一人は頭を剃り上げ、ドクロの入れ墨を施したスキンヘッドの大男。
もう一人は眼光鋭いヴィーネルと呼ばれた女の子であった。
「どくろハゲーっ!どくろハゲーっっ!」
ヴィーネルの集団からだろう、どこからか飛んできた野次は大合唱に変わり、罵倒を浴びせられた大男は体を震わせながら…遂にキレた。
「このクソガキどもがっ!全員ギッタギッタにしてやるっ!」
開口と同時にヴィーネルに向かってタックルを仕掛ける大男。
それを合図に二つの集団は大乱闘を始める。
街の大通りで白昼に始まった抗争は、静かで平和なミールの街を喧騒の渦に巻き込んだ。
半刻の時がたち、一つの集団が勝利の雄叫びをあげる。
――勝利の軍配はヴィーネル達に上がった。
いつからだろうか?ヴィーネルは親や周りの大人に反抗して、不良街道をまっすぐに進んでいた。
街の不良たちとツルみ、毎日を喧嘩に明け暮れるヴィーネル。
持ち前の面倒見の良さから不良仲間が増えていき、また、腕っぷしの強さは不良たちの間では伝説と化していた。
いわく、一人で1000人を相手に戦って勝ったとか、西の都が滅んだのはヴィーネルの怒りに触れただとか…眉唾物の話でも不良たちの間では、噂がまことしやかに囁かれている。
――ある日の事だった。
ヴィーネルはミールの領主に呼び出される。
何事かと思いながらも領主の館に向かい話を聞くと、領主の話は自警団についてだった。
ヴィーネル率いる不良集団を丸ごと自警団に編成したいと。
だが、すぐさまヴィーネルはそんな組織に入る気はないと断る。
領主もその言葉を予測していたかのように、次の言葉を続けた。
「ヴィーネル、私は君達の腕を買っているんだ。この街には軍隊はおろか兵団もなく、小さな自警団があるのみだ。近頃は魔物達も増えて凶暴化してきている。このままでは、いつ魔物に街が襲われるか…君達が自由や仲間を大事にしているのはよく分かっている。だから、故郷を守るためにも自警団に力を貸してくれないか?」
「自警団なんてガラにもない…。アタシはうっとおしいのはキライなんだよ!」
「まあまあ、とりあえず見るだけでもどうだ?私の話だけでは自警団がどういうものなのかもわからんだろう。それに、私が聞いた噂では…君達と対立していた不良たちはことごとく君達に倒されたのだろう?」
「…よく調べたな、その通りだ。ここいらでアタシらに逆らおうって奴らは皆無だな」
ミールの領主はヴィーネルのその言葉を聞き、満足気に笑う。
「はっはっは。さすがだな。それならば…手持ち無沙汰ではないのか?せっかくの腕っ節がなんともったいない…。自警団ならば好きなだけ暴れられて、さらに給料も出るぞ?」
ヴィーネルは領主の言葉に耳を傾け思案する。
確かに領主の言うとおりだ…近隣でアタシらに対抗していた奴らは軒並みシメてやった。
次の目標も特に決まっていないが……。
「イヤだったら…すぐに辞めるからな?」
ヴィーネルが答えを出して話は決まった。
決断を促したのは、ヴィーネル含めた全員を自警団にという領主の強い意向であった。
ウチには…チンピラじみてて、喧嘩しか能がないやつもいる。
当分は大きな喧嘩もないだろうし、遊ばせておくには確かにもったいないな。
それに、給料が出るなら全員の職が決まったようなもんだ。
イヤなら辞めればいいしな、とりあえずウチの連中に伝えるか。
ヴィーネルは領主の館を出て、ブツブツと心の内でつぶやきながらいつもの溜まり場へと向かっていく。
――その翌日
ヴィーネル達は、期待を胸に抱いて前途洋々と自警団の駐屯地を訪れる。
昨日の事だった、ヴィーネルは皆に領主から受けた話をしたところ、ヴィーネルの決定だからと誰も反対の声をあげなかった。
なにより…自警団へ入るということは自分達が認められたんだ!と喜ぶ者さえいた。
ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。
わずかな戦力だったが、誰もが精悍な顔つきをしており歴戦のツワモノを思わせる雰囲気を醸し出す。
自警団のリーダーは赤髪の男、名をレッズと言った。
団長室のドアからコンコンとノックが部屋に鳴り響く。
「…どうぞ。空いてるぜ」
「失礼する」
赤髪の男、レッズは入室してくる集団を見回し、そしてヴィーネルの姿に目をやる。
「今日から自警団に加わることになった。よろしくな。アタシの名はヴィー……」
「…話は聞いている。お前さんがヴィーネルだろ。相当腕が立つんだってな?」
「あ、ああ。まあ……」
レッズはヴィーネルの返事を待つことなく話を続けていく。
「だがなぁ…ここは自警団だ。分かっているのか?魔物を相手にするんだぜ?ガキの喧嘩でいくら鳴らしてようが、チンピラなんて使えないだろう。まして…」
そこまで喋ったところで今度はヴィーネルがレッズの話を遮る。
ヴィーネルの表情は怒りに満ち溢れていた。
レッズの胸倉を掴みながら眼光鋭く睨む。
「オイ…誰が使えないって?」
今にもレッズに襲い掛かりそうなヴィーネルの怒気であたりが緊張感に包まれる。
「ふんっ…」
バッ!と胸倉を掴んでいたヴィーネルの腕を振り払いレッズは言葉を続ける。
「元気だけはあるようだな。だがな、何度でも言うがここは自警団だ。魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?ガキの遊び場じゃねぇんだよ!」
「ああん?上等だよ!魔物がどんだけのもんだよ!アタシのくぐってきた修羅場はなあ…半端じゃねぇんだ!」
「ほう、相当な自信だな。そこまで言うなら…そうだな、あの山が見えるか?あの山に、魔物が出没するって情報なんだが…お前たちだけで倒せるか?」
「ハンッ!そんな魔物なんて、アタシらにかかれば楽勝だ!」
「ふふ…いい根性だ。朗報を待っているぞ」
――魔物退治
レッズとの口論の後、ヴィーネルはすぐさま仲間を引き連れて山へと向かい魔物を探す。
程なくしてすぐに魔物は見つかり、ヴィーネル達は魔物との戦闘へ入る。
生と死が隣り合わせで背中に張り付く感覚。
そこいら中に響く仲間の悲鳴と怒号。
…確かに街でチンピラ相手に戦う感じとは違う。
ヴィーネルはレッズの言っていた言葉を思い返す。
『魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?』
それと同時に、ヴィーネルはニヤッと口元に不敵な笑みを浮かべる。
「上等だよ!アタシが魔物なんかにやられるもんか!オラッ!テメエら!逃げたらはっ倒すぞ!気合い入れてブチかませぇぇぇ!」
ヴィーネルは声を張り上げて仲間全員を激励する。
その声を聞いて、右往左往としていた者たちも一斉に魔物へと立ち向かい、連携のとれた動きで魔物を翻弄して徐々に追い詰めていく。
魔物が見せたほんの一瞬の隙をヴィーネルは見逃さなかった。
ヴィーネルの放った槍は魔物の喉元に突き刺さり、魔物は断末魔の咆哮とともに崩れ落ちる。
勝利の軍配はヴィーネル達に上がり、勝どきと歓喜の声があたりに響く。
パチパチパチ…拍手の音が聞こえる。
音の鳴るほうに全員の視線が注がれ、その先からは意外な人物が姿を現す。
「見事だな、ヴィーネル。お前たちの実力と根性は確かに見せてもらった。入隊を認めよう。自警団はお前らを歓迎する」
「レッズ…アンタそこでずっと見ていたのか?」
「ああ。危なくなったら助太刀にはいるつもりだったが、どうやら必要はなかったみたいだな」
ヴィーネルの中でふつふつとした怒りの感情が舞い起こる。
ナメやがって…こいつは、まったくアタシらを信用していなかったのか?
「はぁ?なんだその偉そうな態度は!自警団なんか願い下げだ!誰が入隊なんかするかよ!テメエら行くぞっ!」
初めての魔物との戦い、命のやり取り、高揚した胸の鼓動…
何か全部をバカにされた気分だ。
レッズに向かって吐き捨てるかのように声を荒げ足早に去っていくヴィーネル。
そして、その後を動揺しながらも追いかける仲間達がいた。
1人ポツンとその場にはレッズのみが取り残される。
「…やれやれ」
――数日後
街の大通りで不機嫌そうに1人で歩くヴィーネルの姿があった。
冷静になって考えてみることで、ヴィーネルにも先日の件は理解できていた。
分かっているさ。
レッズ…アイツはなんだかんだで、アタシらの事を心配してくれていたのは。
魔物との戦いは喧嘩じゃない、ホントに死ぬ。
生死を賭けている戦いって事を学んだ…。
けど、お守りをされているなんて真っ平ゴメンだ。
結局、奴はアタシらに勇気があるか?覚悟はあるのか?って事を試したかったのだろう。
「けっ…アイツは何様のつもりだ!」
ゴンッ!とヴィーネルは路上に置かれたカゴを勢いよく蹴り上げる。
カゴにレッズの顔を思い浮かべて不満と鬱憤をぶつけながら…。
「た、たいへんだーっ!ま、魔物が現れたぞっ!」
角の路地に差しかかろうとしたその時、仲間の大声がヴィーネルの足を止める。
「ヴィ…ヴィーネル!大変だ!そ、外に魔物が!見たこともない大群が街に向かって…!」
「…!?なんだって!」
ヴィーネル達は大急ぎで街の外に向かう。
そこにはレッズを筆頭に魔物と交戦する自警団の姿があった。
続々と現れる魔物たちに自警団の旗色は決してよくはなかった。
1人に対して相対する魔物は5〜6体以上を数えている。
いくら精鋭といえど、こんな戦い方は無理があるようにしか見えない。
「おい!緊急招集だ!他のヤツラを呼んで、武器を持たせてここに集合させろ!」
ここまで一緒に来た仲間にそう告げると、ヴィーネルはレッズの元へと走り出す。
「おい!バカか?なんで人も呼ばずにこんな少人数で戦っているんだよ!」
レッズの背に向かって襲い掛かろうとしている魔物を槍で突き伏せてからヴィーネルは怒鳴った。
「ヴィーネルか!よくきたな!ここを突破されたら、街に魔物が入るかもしれんだろ?絶対に…絶対にここは死守する!」
レッズの返答にヴィーネルは衝撃をうけた。
ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。
傭兵だぞ?自分が可愛くないのか?自警団だからって街を守るために命を賭けるのか?
「ヴィーネル、立ち止まるなっ!」
ヴィーネルを狙って魔物の戦斧が振り下ろされようとした刹那、レッズの剣閃は魔物の腕を切り落とす。
「くっ…」
「まだまだだな?戦場では一瞬の気の緩みは死を招くぞ!」
「う…うるさい!アタシに指図するな!」
互いに背を守りながらヴィーネルとレッズは魔物たちを斬り伏せていく。
自警団か…意外に悪くないかもな。
共に戦うことで、ヴィーネルは自分の心のわだかまりが解けていくことを感じていた。
「うぉおおおおおおーーーっ!」
「魔物なんて怖かねぇぞーっ!!」
遠くから砂埃を巻き上げ、武器を手にした集団が鬨(とき)の声をあげてやってくる。
緊急招集を聞きつけた仲間が助けに来てくれたのだろう。
自警団と連携しながら、めいめいに近くの魔物に襲い掛かっては蹴散らす。
そして、分が悪いと悟った魔物達は一斉に退却を始めた。
「ふぅ…追い払えたようだな。ヴィーネル、怪我はないか?」
魔物達が遠くに走り去るのを確認してから、レッズはヴィーネルに向き合い声をかけた。
「フンッ…あんな魔物なんかに、アタシがやられるかよ」
ヴィーネルはレッズに悪態をつく。
「はっはっは。どうやらそのようだな。ああ、お前には礼をしないといけないな」
「待て…礼なんかいらない。それより、アンタら自警団はいつもこんな戦いをしているのか?」
「ん?ああ、いつもは各個撃破が基本作戦なんだが、今日は少し魔物の数が多かったな」
サラリと話をするレッズ。
自警団はミールの街を守るために、いつもこんな戦いをしているのか…。
お守りをされているのはイヤだという考えが頭をよぎる。
街を守ってもらうのもそういうことだろう?いいのかそれで?
自問自答をし、ヴィーネルの闘争心に火がつく。
ヴィーネルは何かを思い立ち、レッズに詰め寄る。
「おい、レッズ…アタシも自警団に入るぞ!礼の代わりだ。イヤとは言わせないからな?」
「ヴィーネル…ああ、ありがたい。歓迎する!」
こうして、ミールの自警団は新たな仲間を迎えた。
――団長レッズの夢
ヴィーネル達が自警団に入隊してから数年が経った。
自警団での生活は充実していて、特攻隊長のようなヴィーネルに作戦指揮を執るレッズ。
レッズの作戦立案はとても見事であったが、達成難易度が高く、多くはヴィーネルの腕を必要としていた。
対して、ヴィーネルもレッズの作戦があるからこそ大いに暴れることができ、その腕を存分にふるえる。
二人のコンビは、いつしか下の団員達から最強コンビと呼ばれていた。
あるとき、二人は作戦のすりあわせを行う為に団長室で会議をしていた。
議事はすんなりと進行して、一息つけようとレッズが席を立つ。
「ヴィーネル、俺はこの窓から見えるミールの街が大好きなんだ」
レッズは団長室の窓からミールの街を一望する。
外は夕暮れ時に差し掛かっており、ぽつぽつとミールの街にランプの灯りがともる。
「いきなりどうしたんだ?」
ヴィーネルの問いには答えずにレッズは話を続ける。
「お前が入ってくれたおかげで自警団はすごく助かっている。ミールの街はこんなにも穏やかで平和だ。だがな、俺は世の中すべてをこのミールみたいに平和にするのが夢なんだ。その為に戦っているし、これからも戦い続けてやる」
レッズが語った突然の言葉にヴィーネルは困惑したが、すぐにその真意を汲み取った。
「ああ、そうだな…」
確かに自警団の働きでミールの街は平和を保っている。
だが、いまだに魔物たちの動きは活発で、その被害が聞こえない日はない。
この二人だけの会議は、その魔物対策を話し合う場でもあった。
「変に熱くなっちまったな…すまん。続きの議題を片付けようか」
「ああ、そうしよう」
夢は世の中すべての平和…不意に心情を漏らしたレッズの言葉をヴィーネルは心に刻む。
――発端
ある日の事だった。
ミールの街に大型の魔物が攻め込んできた。
それも、魔物の大群を引き連れて…。
大型の魔物は見たこともない巨大な四足獣で、魔物の大群を従えて街を目指し、一直線に突き進んでくる。
「くそっ何だこいつら!応援だ!もっと応援を呼んでこい!」
レッズ、ヴィーネルら自警団も応戦するが、わらわらと湧き出てくる魔物の群れに手を焼いて防戦一方となっていた。
「グウォオオンンン―!」
巨大な四足獣があげた咆哮と共に魔物の一団が動きはじめ、自警団の一角をめがけては突撃を繰り返す。
このままではまずい…あの大型の魔物は咆哮を使って群れを統率していやがる。
やつを何とかしなければ…このままじゃ全滅しちまう!
くっそ、どうすりゃいい!?
レッズは考えると同時に魔物の群れを駆け抜け、巨大な四足獣の前に躍り出る。
「ヴィーネルっ!聞こえているだろう!?今から、俺がコイツの足を止める!お前の槍で…こいつを貫けぇっ!」
戦場は人も魔物も入り乱れて混戦をきわめていた。
レッズはヴィーネルの姿を一度も見つけていない。
だが、戦場のどこかで戦っているヴィーネルに対して大声を張り上げた。
「レッズ!戻れっ!1人で無茶をするなぁ!」
戦場のどこからかヴィーネルの張り上げた声が響く。
巨大な魔物を相手に大立ち回りを繰り広げるレッズ。
単身で戦うレッズの奮闘により、魔物の群れには足並みの乱れが生じていた。
ヴィーネルは自警団の一隊を率いながら、間隙を縫って巨大な魔物の前へと進む。
「加勢するぞ、レッズ!無事か!?レッ……」
だが、目にした光景はヴィーネルには耐え難いものであった。
巨大な魔物の前で倒れこんでいるレッズ。
剣は折れ、鎧はボロボロ…息遣いも絶え絶えに、変わり果てた…レッズの姿があった。
ヴィーネルの全身に衝撃が走る。
そして、あらわしようのない激情がヴィーネルの身体を支配していく。
槍を手にし、ギュッと強く握る…荒ぶる怒りと深い悲しみの行き場はなかった。
一心不乱に巨大な魔物に向かって槍を奮う…。
そして、半刻後だろうか…ヴィーネルが我を取り戻した時には、周囲には巨大な四足獣をはじめとした、おびただしい数の…魔物の骸が横たわっていた。
その後、その場にいた自警団の仲間達は、その時の話を一切話そうとしない。
ヴィーネルに脅されても、誰にせがまれても口をずっとつぐむままだった。
――自警団『レッドピース』の誕生
あの戦いの後、レッズの葬儀を自警団のみで厳かに執り行った。
元々は傭兵であったレッズに身寄りはなく身内と呼べるものも居なかった。
その為、必然的に自警団の仲間達のみが参列者となる。
葬儀後、ヴィーネルは自らの髪の一部を赤く染めた。
いつだったか、ミールの街を望みながらレッズが語った平和への思い。
その思いと意志を受け継ぐ事をヴィーネルは染めた赤髪に誓う。
1人、また1人…日を追って自警団の連中も髪の一部を赤く染めてくる。
皆それぞれが、レッズの思いを受け継ぐ事への意思表示をする。
「てめぇらっ!最高に上等だぜ!」
「うぉおおおおーーー!!」
ヴィーネルの声にあわせて歓声が巻き起こる。
「いいか!ようく覚えとけ!今日から…アタシらはレッドピースを名乗る!」
「うぉおおお!総長ーっ!イカすぜーっ!」
ヴィーネルは自警団全員を集め、駐屯地に高台を築いて声高らかに宣言を行う。
自警団の駐屯地は熱気と興奮に包まれていた。
レッズのシンボルであった赤髪とレッズの夢であった平和。
ふたつをあわせてレッズの意志を継ぐ自警団“レッドピース”と名づけた。
「団長はレッズだけだ…アタシは総長として団員をとりまとめる!テメェら、アタシについてこい!」
「総長ーっ!総長ーっ!」
自然と沸き起こった総長コールはいつまでも鳴り止まずに駐屯地の空へと響き渡っていった。
――ヴィーネルの旅立ち
自警団『レッドピース』結成から数年後。
大陸中を駆け巡る事件が起こっていた。
帝国軍が進軍を開始する。
大陸各地を侵攻し、瞬く間に勢力図を塗り替えていく帝国軍。
戦乱に焼け出された人々は平和と安全を求めて、このミールの街にもやってくる。
ヴィーネルは1人で思案に明け暮れていた。
「レッズ…今、帝国軍は大陸中を荒らしている。アンタの夢だった平和がこうも踏みにじられているんだ。レッズ…お前なら一体どうする?」
部屋の片隅に転がるカゴをレッズに見立ててヴィーネルは問いかける。
「帝国の進軍は戦乱を呼び込む、アタシもレッズもそれは望んでいない。…決まりだな!」
自問自答を繰り返した末にヴィーネルは反帝国組織に入る道を選び、ミールの街を出る決心をする。
固い決意を胸に秘めて、ミールの街の郊外へ向かう。
その第一歩を踏み出すと同時に、見知った顔がヴィーネルの前に姿をあらわす。
「おいおいおいおい!総長!待ってくれよ!」
「どっどくろハゲ?ど、どうしてここに?」
「総長!水臭いじゃないですかっ!1人で行こうたって、そうは…問屋が三枚卸ですぜ!」
「バカっ!そうは問屋が卸さない!だろうがっ!」
頭にどくろの入れ墨を施した男は、過去にヴィーネルと対立していた不良集団の頭であったが、今は自警団『レッドピース』の団員である。
ぞろぞろと現れる団員達は口を揃えて総長に付いていく!と言いはじめる。
「お前ら…その気持ちは嬉しい」
胸にグッと来るものを押さえ込み、ヴィーネルは言葉を繋ぐ。
「だけどな…お前らが付いてきたら、一体誰がミールを守るんだ?今や、魔物だけじゃない。帝国だって…アタシの、いや、総長としての命令だ。街を…ミールの街を守れ!」
「そ、総長…わ、わかりました。了解です!」
大勢の団員達を背にヴィーネルは旅立つ。
数奇な運命を辿って前途多難な旅路が今始まろうとしていた。
――ラキラで起こった事件
反帝国の勢力が集まっているとの噂を耳にしたヴィーネルは、とりあえず商業都市イエルへと向かう。
旅の道中、花園の都ラキラに寄ったところで事件は起こる。
花園の都ラキラは、その名の通り美しい花の咲き乱れる街であった。
だが、ここにも帝国の魔の手が伸びていた。
花を一輪、身体に装飾としてつけている女性は、見た目からしてラキラの者である事が読み取れる。
その女性は口を封じられながら、帝国兵に乱暴に担がれ運ばれていた。
「あれは、帝国兵…?」
身を隠し、声を殺しながら…ヴィーネルは帝国兵の後をつけていく。
帝国兵に担がれている女性がヴィーネルに気づいて救いを求め、涙ながらに目で訴える。
人気のない森へと運ばれた女性。
ここまで運んできた帝国兵は女性の服を剥ぎ、乱暴をしようとする…その瞬間だった。
帝国兵の首をヴィーネルの槍が掠める。
「な、なんだ貴様は!我々を帝国軍と知っての狼藉か?」
「去れ…アタシはなあ、あんたらみたいなのを見ると虫唾が走るんだよ!」
「ふんっ…正義の味方気取りか?くくく…これを見てもその態度が続くかな?」
帝国兵が指輪を掲げると同時に、目の前の空間から異形のモノが現れた。
「はっはっは!どうだぁ?冥界の魔物を召喚してやったぞ!貴様など、こいつに食われちまえ!」
一瞬、驚いた表情を見せたヴィーネルだったが、すぐさま持ち直して槍の一突きから魔物と帝国兵を串刺しに貫く。
「…救いようのないやつだ」
――事件の翌日のことだった
ヴィーネルがとった宿は大量のラキラ兵と帝国兵に囲まれ、投降を呼びかけられていた。
投降しなければ宿に火を放つぞ!…帝国兵は外でそう怒鳴る。
怯える店主を前にして、ヴィーネルは迷惑をかけられないと投降せざるを得なかった。
「まあ、悪いことはしていないんだ。少し道草になるが…しょうがないか」
この時点で出したヴィーネルの判断は、後に甘かったことを思い知らされる。
裁判が始まり、罪状が読み上げられる。
帝国への侮辱罪、窃盗罪、不敬罪、動乱罪…などなど、まったく身に覚えもなければ名前も聞いたことのない罪が言い並べられた。
助けた女性さえも姿を現さず、下された判決は死刑…時を待たずして、その日に処刑が執行される運びとなった。
「はあ…まさか、こんなところがアタシの死に場所になるのか?これじゃ、アイツらに顔が立たないな。クッソ…」
ヴィーネルは観念したかのようにぽつりとつぶやく。
悔しさが胸をついた。
この理不尽さは何だ?アタシが小さい頃に反抗してきたものそのものじゃないか!
ヴィーネルは心の内で声を張り上げていた。
――ラキラの大司教
処刑台へ連行されようとしていたヴィーネルだったが、ラキラの大司教に呼び止められ一室へと案内されていた。
「そなた、ついていなかったな」
開口一番の大司教のセリフだった。
ヴィーネルは頭に血が昇るのを必死で抑えて聞き返す。
「なんだと?一体どういうことだよ!」
大司教が語るには、帝国の息がかかったラキラの裁判では無罪であろうが、罪のなすりつけや罪の捏造などが日常茶飯事に行われている為、有罪は決して免れないとのこと。
「だがな、ワシならそなたを救えるぞ?お前が助けた女性からな…そなたを助けて欲しいと願いがきておる」
「え…そうなのか?」
ヴィーネルが助けた女性はラキラの出身である。
裁判にかけられれば有罪を覆すことは不可能だと知っていたからこそ、ラキラの大司教にヴィーネルを救う事を願い出たのだろう。
それにより、大司教は全ての事情を把握していた。
「冥界の魔物を呼び出した帝国兵を倒したと聞いておるが、ワシはその実力を買いたいのだ。そなたの処刑は偽装しておく。そのかわりといってはなんだが…」
大司教はヴィーネルに交換条件を提示した。
処刑を偽装してヴィーネルを助けるが、そのかわりに娘リリアの護衛兼教育係をして欲しい…と。
「はぁ?なんでアタシがガキのお守りをしなきゃなんないんだ?」
「ふむ…だがな、そなたを助けるにはこの条件を飲んでもらわんとな。いくら無実であろうが、有罪の決まった者…まして死刑囚だ。大司教がその処刑を偽装して死刑囚を助ける…何も知らぬ世間の者は承知しないだろう?ワシにもリスクがある。だからこその交換条件じゃ」
「む…」
ヴィーネルは次の言葉がでなかった。
確かに大司教の言う事は正論である。
女性からの願い出があったとはいえ、ヴィーネルと大司教は今日はじめて会ったもの同士だ…そんな間柄では危険を冒してまで助ける義理など本当はないのだろう。
処刑されるか、護衛兼教育係になるか…脅しとも取れる二択に、ヴィーネルは渋々ながらも交換条件を承諾した。
「やるよ。アンタの娘、リリア=ラキラだったか?その子の護衛兼教育係…」
ヴィーネルの返答に大司教は顔をほころばせた。
「おお!よくぞ決心してくれた!ほっほっほ。ワシはそなたを失うには惜しかったのじゃ」
「…こんな脅迫みたいな交換条件を出す大司教様が何を言っているんだか」
ヴィーネルが皮肉の言葉を投げつけるが、大司教は意にも介さない風であった。
「ほっほっほ。まあ、そう言うな。今日からそなたはワシの娘リリアの教育係じゃ。身内も同然だからのう。ワシも帝国の横暴には許しがたい思いを感じているのは、そなたと同じじゃよ」
ヴィーネルが護衛兼教育係を引き受けることが決まると大司教は嬉々とした表情を見せる。
そこには娘を案じる1人の父親の姿があった。
もう身内だからと大司教はヴィーネルに対し反帝国の志を語っていく。
元より、ヴィーネルの目的は反帝国勢力に参加する事である。
そのために、反帝国勢力が集まっているとの噂を聞きつけて、商業都市イエルへと向かう旅を始めたのだった。
最初は、ガキのお守りなどできるか!と思っていたが、大司教の志を知った今では、特に反対する理由もなくなっていたことに気が付く。
――リリア=ラキラ
ラキラの大司教家は代々ラキラを束ねてきた権力者である。
そのなかでもリリアは太陽の力を持ち、光の剣を操ることで屈強な剣士でも敵わない腕を持っていた。
護衛兼教育係としての初日の事。
大司教家の大広間から廊下を歩き、階段から2階へと昇る。
「大司教の娘…か」
ヴィーネルはつぶやいた。
大司教より、教育の為ならば多少の無茶は問題ないと言われている。
それがどういう意味を持っていたのかを、後にヴィーネルは理解することになる。
2階に入ってすぐの突き当たりにリリアの部屋はあった。
ドアには可愛らしく“りりあの部屋”と書かれたプレートが垂れ下がる。
ヴィーネルが数度ドアをノックすると、中からどうぞ〜という声が聞こえる。
「失礼します…」
だが、部屋に入るとリリアの姿はなかった。
「ん…、お嬢様?どこにいらっしゃるのです?」
ヴィーネルは部屋を見渡し、リリアの姿を探すが見つからない。
「……そこかぁっ!!」
ヴィーネルは部屋に転がっていたカゴを手にし、勢いよく天井へ向けて投げつける!
ドスンッ!大きな音を立てて天井から人が降ってきた。
「い…イタタタ。あ、アタシの擬装はカンペキだったのに…どうしてっ?なんでわかったの!?アンタ…一体何者なのよっ!?」
ドレス姿で、頭には小さな宝冠をのせ、ひまわりの花一輪をつけた女の子。
これがリリア=ラキラか…すぐにヴィーネルは全てを理解してニヤッと口元を緩ます。
「はじめまして、お嬢様。ヴィーネルと申します。今日から、お嬢様の護衛兼教育係を承っております。どうぞよろしくお願いいたします」
姿勢を正してうやうやしく、ヴィーネルはリリアに挨拶をする。
これは張り合いがありそうだと、ヴィーネルは心のうちで秘かに喜んでいた。
『教育の為ならば多少の無茶は問題ない』
大司教が言いたい事が分かった。
それと同時に、どうしてもヴィーネルを教育係にしたがっていた大司教の気持ちを理解する事ができた。
後日、大司教家の広い庭ではいつものやり取りが聞こえてくる。
「お嬢様?何度言えば分かってくれるんですか?」
「ヴィ、ヴイーネル…ちょっと怖いよ?」
「何をおっしゃいます。今はちょっと…怒っているだけですよ?」
「きゃーっ!ご、ごめんなさーい!!」
「あっ!お嬢様っ!?ええぃ…逃がすかぁっ!」
大司教家では日常に見られる光景になったヴィーネルとリリアの追いかけっこ。
広大な敷地では今日も元気な声が響いていた。
だが、大司教家を囲む柵の外では二人を怪訝そうに見守る数人の男達の姿があった…。
「おい、なんで総長はあんなガキの相手をしているんだ?」
「まさか、総長は騙されて…」
「何言ってんだ!あの総長だぞ?きっと何か深い事情があるに違いない!」
「そ、そうだな!俺としたことが、危うく取り乱しそうだったぜ」
「お前は、総長のことになると見境がなくなるからなぁー」
「て、テメェだって!」
今にも殴りあいの喧嘩を始めようとする二人を、他の男がなだめる。
「まあまあ、やめとけって。俺達の想いを忘れたのか!みんなで誓い合っただろう?総長に何かあったら…俺達が総長を守るんだ!」
「そ、そうだ!」
「ああ…喧嘩してる場合じゃなかったな」
ガシッと握手を交わしてから、男達は全員で円陣を組んだ。
「生きるも死すも総長と共にッ!!」
男達の叫び声は天へと昇った。
まだ明るい日の内だったが、空からは目に見えない流れ星がキラリと一筋、東へと流れていった。
この街には工芸品を作る職人が大勢おり、特に魔力を込めたランプ産業が盛んな職人の街である。
王国の協定に加盟はしているものの、王都から離れた場所に位置するために、街には兵団などの大きな組織は存在しない。
ミールでは夜になると街中のランプに明かりが灯り、柔らかな炎の光は街を幻想的な雰囲気で包みこんでいく。
初めてミールで夜を迎える人は、例外なくこの光景に驚き、圧倒され、感動を覚え、その息を呑む。
ミールに住む人々は装飾品として小さなランプを使用している。
この小さなランプはミールの人にとっては特別なものであり、婚姻の際に男女はランプの交換をする習わしがある。
それは、『離れていても互いが常に互いを照らし続ける』という想いが込められたものであった。
そのため、この街で生まれ育ったすべての者は13歳のときに自分の手で一からランプを創り、完成をもって初めて成人として認められる。
静かで平和で幻想的な街ミールは、おおよそ喧騒とは縁遠いはずであったが…
「おい!ヴィーネル!今日こそはテメェに礼儀ってもんを教えてやる!」
「ハンッ!お前らみたいな半端モンにアタシがやられるかよ。また池に投げ込まれたいのか?」
「ちげえねぇっ!まだまだ寒くて…泳ぐには早いと思うけどなっ!ギャハハハッ!」
「ぐぬぬぬぬ。テ、テメェら……」
街の大通りで対峙する二つの集団。
それぞれの集団のリーダー格であろう者が挑発と舌戦を繰り広げていた。
一人は頭を剃り上げ、ドクロの入れ墨を施したスキンヘッドの大男。
もう一人は眼光鋭いヴィーネルと呼ばれた女の子であった。
「どくろハゲーっ!どくろハゲーっっ!」
ヴィーネルの集団からだろう、どこからか飛んできた野次は大合唱に変わり、罵倒を浴びせられた大男は体を震わせながら…遂にキレた。
「このクソガキどもがっ!全員ギッタギッタにしてやるっ!」
開口と同時にヴィーネルに向かってタックルを仕掛ける大男。
それを合図に二つの集団は大乱闘を始める。
街の大通りで白昼に始まった抗争は、静かで平和なミールの街を喧騒の渦に巻き込んだ。
半刻の時がたち、一つの集団が勝利の雄叫びをあげる。
――勝利の軍配はヴィーネル達に上がった。
いつからだろうか?ヴィーネルは親や周りの大人に反抗して、不良街道をまっすぐに進んでいた。
街の不良たちとツルみ、毎日を喧嘩に明け暮れるヴィーネル。
持ち前の面倒見の良さから不良仲間が増えていき、また、腕っぷしの強さは不良たちの間では伝説と化していた。
いわく、一人で1000人を相手に戦って勝ったとか、西の都が滅んだのはヴィーネルの怒りに触れただとか…眉唾物の話でも不良たちの間では、噂がまことしやかに囁かれている。
――ある日の事だった。
ヴィーネルはミールの領主に呼び出される。
何事かと思いながらも領主の館に向かい話を聞くと、領主の話は自警団についてだった。
ヴィーネル率いる不良集団を丸ごと自警団に編成したいと。
だが、すぐさまヴィーネルはそんな組織に入る気はないと断る。
領主もその言葉を予測していたかのように、次の言葉を続けた。
「ヴィーネル、私は君達の腕を買っているんだ。この街には軍隊はおろか兵団もなく、小さな自警団があるのみだ。近頃は魔物達も増えて凶暴化してきている。このままでは、いつ魔物に街が襲われるか…君達が自由や仲間を大事にしているのはよく分かっている。だから、故郷を守るためにも自警団に力を貸してくれないか?」
「自警団なんてガラにもない…。アタシはうっとおしいのはキライなんだよ!」
「まあまあ、とりあえず見るだけでもどうだ?私の話だけでは自警団がどういうものなのかもわからんだろう。それに、私が聞いた噂では…君達と対立していた不良たちはことごとく君達に倒されたのだろう?」
「…よく調べたな、その通りだ。ここいらでアタシらに逆らおうって奴らは皆無だな」
ミールの領主はヴィーネルのその言葉を聞き、満足気に笑う。
「はっはっは。さすがだな。それならば…手持ち無沙汰ではないのか?せっかくの腕っ節がなんともったいない…。自警団ならば好きなだけ暴れられて、さらに給料も出るぞ?」
ヴィーネルは領主の言葉に耳を傾け思案する。
確かに領主の言うとおりだ…近隣でアタシらに対抗していた奴らは軒並みシメてやった。
次の目標も特に決まっていないが……。
「イヤだったら…すぐに辞めるからな?」
ヴィーネルが答えを出して話は決まった。
決断を促したのは、ヴィーネル含めた全員を自警団にという領主の強い意向であった。
ウチには…チンピラじみてて、喧嘩しか能がないやつもいる。
当分は大きな喧嘩もないだろうし、遊ばせておくには確かにもったいないな。
それに、給料が出るなら全員の職が決まったようなもんだ。
イヤなら辞めればいいしな、とりあえずウチの連中に伝えるか。
ヴィーネルは領主の館を出て、ブツブツと心の内でつぶやきながらいつもの溜まり場へと向かっていく。
――その翌日
ヴィーネル達は、期待を胸に抱いて前途洋々と自警団の駐屯地を訪れる。
昨日の事だった、ヴィーネルは皆に領主から受けた話をしたところ、ヴィーネルの決定だからと誰も反対の声をあげなかった。
なにより…自警団へ入るということは自分達が認められたんだ!と喜ぶ者さえいた。
ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。
わずかな戦力だったが、誰もが精悍な顔つきをしており歴戦のツワモノを思わせる雰囲気を醸し出す。
自警団のリーダーは赤髪の男、名をレッズと言った。
団長室のドアからコンコンとノックが部屋に鳴り響く。
「…どうぞ。空いてるぜ」
「失礼する」
赤髪の男、レッズは入室してくる集団を見回し、そしてヴィーネルの姿に目をやる。
「今日から自警団に加わることになった。よろしくな。アタシの名はヴィー……」
「…話は聞いている。お前さんがヴィーネルだろ。相当腕が立つんだってな?」
「あ、ああ。まあ……」
レッズはヴィーネルの返事を待つことなく話を続けていく。
「だがなぁ…ここは自警団だ。分かっているのか?魔物を相手にするんだぜ?ガキの喧嘩でいくら鳴らしてようが、チンピラなんて使えないだろう。まして…」
そこまで喋ったところで今度はヴィーネルがレッズの話を遮る。
ヴィーネルの表情は怒りに満ち溢れていた。
レッズの胸倉を掴みながら眼光鋭く睨む。
「オイ…誰が使えないって?」
今にもレッズに襲い掛かりそうなヴィーネルの怒気であたりが緊張感に包まれる。
「ふんっ…」
バッ!と胸倉を掴んでいたヴィーネルの腕を振り払いレッズは言葉を続ける。
「元気だけはあるようだな。だがな、何度でも言うがここは自警団だ。魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?ガキの遊び場じゃねぇんだよ!」
「ああん?上等だよ!魔物がどんだけのもんだよ!アタシのくぐってきた修羅場はなあ…半端じゃねぇんだ!」
「ほう、相当な自信だな。そこまで言うなら…そうだな、あの山が見えるか?あの山に、魔物が出没するって情報なんだが…お前たちだけで倒せるか?」
「ハンッ!そんな魔物なんて、アタシらにかかれば楽勝だ!」
「ふふ…いい根性だ。朗報を待っているぞ」
――魔物退治
レッズとの口論の後、ヴィーネルはすぐさま仲間を引き連れて山へと向かい魔物を探す。
程なくしてすぐに魔物は見つかり、ヴィーネル達は魔物との戦闘へ入る。
生と死が隣り合わせで背中に張り付く感覚。
そこいら中に響く仲間の悲鳴と怒号。
…確かに街でチンピラ相手に戦う感じとは違う。
ヴィーネルはレッズの言っていた言葉を思い返す。
『魔物と戦って死ぬこともあるんだぞ?』
それと同時に、ヴィーネルはニヤッと口元に不敵な笑みを浮かべる。
「上等だよ!アタシが魔物なんかにやられるもんか!オラッ!テメエら!逃げたらはっ倒すぞ!気合い入れてブチかませぇぇぇ!」
ヴィーネルは声を張り上げて仲間全員を激励する。
その声を聞いて、右往左往としていた者たちも一斉に魔物へと立ち向かい、連携のとれた動きで魔物を翻弄して徐々に追い詰めていく。
魔物が見せたほんの一瞬の隙をヴィーネルは見逃さなかった。
ヴィーネルの放った槍は魔物の喉元に突き刺さり、魔物は断末魔の咆哮とともに崩れ落ちる。
勝利の軍配はヴィーネル達に上がり、勝どきと歓喜の声があたりに響く。
パチパチパチ…拍手の音が聞こえる。
音の鳴るほうに全員の視線が注がれ、その先からは意外な人物が姿を現す。
「見事だな、ヴィーネル。お前たちの実力と根性は確かに見せてもらった。入隊を認めよう。自警団はお前らを歓迎する」
「レッズ…アンタそこでずっと見ていたのか?」
「ああ。危なくなったら助太刀にはいるつもりだったが、どうやら必要はなかったみたいだな」
ヴィーネルの中でふつふつとした怒りの感情が舞い起こる。
ナメやがって…こいつは、まったくアタシらを信用していなかったのか?
「はぁ?なんだその偉そうな態度は!自警団なんか願い下げだ!誰が入隊なんかするかよ!テメエら行くぞっ!」
初めての魔物との戦い、命のやり取り、高揚した胸の鼓動…
何か全部をバカにされた気分だ。
レッズに向かって吐き捨てるかのように声を荒げ足早に去っていくヴィーネル。
そして、その後を動揺しながらも追いかける仲間達がいた。
1人ポツンとその場にはレッズのみが取り残される。
「…やれやれ」
――数日後
街の大通りで不機嫌そうに1人で歩くヴィーネルの姿があった。
冷静になって考えてみることで、ヴィーネルにも先日の件は理解できていた。
分かっているさ。
レッズ…アイツはなんだかんだで、アタシらの事を心配してくれていたのは。
魔物との戦いは喧嘩じゃない、ホントに死ぬ。
生死を賭けている戦いって事を学んだ…。
けど、お守りをされているなんて真っ平ゴメンだ。
結局、奴はアタシらに勇気があるか?覚悟はあるのか?って事を試したかったのだろう。
「けっ…アイツは何様のつもりだ!」
ゴンッ!とヴィーネルは路上に置かれたカゴを勢いよく蹴り上げる。
カゴにレッズの顔を思い浮かべて不満と鬱憤をぶつけながら…。
「た、たいへんだーっ!ま、魔物が現れたぞっ!」
角の路地に差しかかろうとしたその時、仲間の大声がヴィーネルの足を止める。
「ヴィ…ヴィーネル!大変だ!そ、外に魔物が!見たこともない大群が街に向かって…!」
「…!?なんだって!」
ヴィーネル達は大急ぎで街の外に向かう。
そこにはレッズを筆頭に魔物と交戦する自警団の姿があった。
続々と現れる魔物たちに自警団の旗色は決してよくはなかった。
1人に対して相対する魔物は5〜6体以上を数えている。
いくら精鋭といえど、こんな戦い方は無理があるようにしか見えない。
「おい!緊急招集だ!他のヤツラを呼んで、武器を持たせてここに集合させろ!」
ここまで一緒に来た仲間にそう告げると、ヴィーネルはレッズの元へと走り出す。
「おい!バカか?なんで人も呼ばずにこんな少人数で戦っているんだよ!」
レッズの背に向かって襲い掛かろうとしている魔物を槍で突き伏せてからヴィーネルは怒鳴った。
「ヴィーネルか!よくきたな!ここを突破されたら、街に魔物が入るかもしれんだろ?絶対に…絶対にここは死守する!」
レッズの返答にヴィーネルは衝撃をうけた。
ミールの自警団は数人の傭兵で構成されている。
傭兵だぞ?自分が可愛くないのか?自警団だからって街を守るために命を賭けるのか?
「ヴィーネル、立ち止まるなっ!」
ヴィーネルを狙って魔物の戦斧が振り下ろされようとした刹那、レッズの剣閃は魔物の腕を切り落とす。
「くっ…」
「まだまだだな?戦場では一瞬の気の緩みは死を招くぞ!」
「う…うるさい!アタシに指図するな!」
互いに背を守りながらヴィーネルとレッズは魔物たちを斬り伏せていく。
自警団か…意外に悪くないかもな。
共に戦うことで、ヴィーネルは自分の心のわだかまりが解けていくことを感じていた。
「うぉおおおおおおーーーっ!」
「魔物なんて怖かねぇぞーっ!!」
遠くから砂埃を巻き上げ、武器を手にした集団が鬨(とき)の声をあげてやってくる。
緊急招集を聞きつけた仲間が助けに来てくれたのだろう。
自警団と連携しながら、めいめいに近くの魔物に襲い掛かっては蹴散らす。
そして、分が悪いと悟った魔物達は一斉に退却を始めた。
「ふぅ…追い払えたようだな。ヴィーネル、怪我はないか?」
魔物達が遠くに走り去るのを確認してから、レッズはヴィーネルに向き合い声をかけた。
「フンッ…あんな魔物なんかに、アタシがやられるかよ」
ヴィーネルはレッズに悪態をつく。
「はっはっは。どうやらそのようだな。ああ、お前には礼をしないといけないな」
「待て…礼なんかいらない。それより、アンタら自警団はいつもこんな戦いをしているのか?」
「ん?ああ、いつもは各個撃破が基本作戦なんだが、今日は少し魔物の数が多かったな」
サラリと話をするレッズ。
自警団はミールの街を守るために、いつもこんな戦いをしているのか…。
お守りをされているのはイヤだという考えが頭をよぎる。
街を守ってもらうのもそういうことだろう?いいのかそれで?
自問自答をし、ヴィーネルの闘争心に火がつく。
ヴィーネルは何かを思い立ち、レッズに詰め寄る。
「おい、レッズ…アタシも自警団に入るぞ!礼の代わりだ。イヤとは言わせないからな?」
「ヴィーネル…ああ、ありがたい。歓迎する!」
こうして、ミールの自警団は新たな仲間を迎えた。
――団長レッズの夢
ヴィーネル達が自警団に入隊してから数年が経った。
自警団での生活は充実していて、特攻隊長のようなヴィーネルに作戦指揮を執るレッズ。
レッズの作戦立案はとても見事であったが、達成難易度が高く、多くはヴィーネルの腕を必要としていた。
対して、ヴィーネルもレッズの作戦があるからこそ大いに暴れることができ、その腕を存分にふるえる。
二人のコンビは、いつしか下の団員達から最強コンビと呼ばれていた。
あるとき、二人は作戦のすりあわせを行う為に団長室で会議をしていた。
議事はすんなりと進行して、一息つけようとレッズが席を立つ。
「ヴィーネル、俺はこの窓から見えるミールの街が大好きなんだ」
レッズは団長室の窓からミールの街を一望する。
外は夕暮れ時に差し掛かっており、ぽつぽつとミールの街にランプの灯りがともる。
「いきなりどうしたんだ?」
ヴィーネルの問いには答えずにレッズは話を続ける。
「お前が入ってくれたおかげで自警団はすごく助かっている。ミールの街はこんなにも穏やかで平和だ。だがな、俺は世の中すべてをこのミールみたいに平和にするのが夢なんだ。その為に戦っているし、これからも戦い続けてやる」
レッズが語った突然の言葉にヴィーネルは困惑したが、すぐにその真意を汲み取った。
「ああ、そうだな…」
確かに自警団の働きでミールの街は平和を保っている。
だが、いまだに魔物たちの動きは活発で、その被害が聞こえない日はない。
この二人だけの会議は、その魔物対策を話し合う場でもあった。
「変に熱くなっちまったな…すまん。続きの議題を片付けようか」
「ああ、そうしよう」
夢は世の中すべての平和…不意に心情を漏らしたレッズの言葉をヴィーネルは心に刻む。
――発端
ある日の事だった。
ミールの街に大型の魔物が攻め込んできた。
それも、魔物の大群を引き連れて…。
大型の魔物は見たこともない巨大な四足獣で、魔物の大群を従えて街を目指し、一直線に突き進んでくる。
「くそっ何だこいつら!応援だ!もっと応援を呼んでこい!」
レッズ、ヴィーネルら自警団も応戦するが、わらわらと湧き出てくる魔物の群れに手を焼いて防戦一方となっていた。
「グウォオオンンン―!」
巨大な四足獣があげた咆哮と共に魔物の一団が動きはじめ、自警団の一角をめがけては突撃を繰り返す。
このままではまずい…あの大型の魔物は咆哮を使って群れを統率していやがる。
やつを何とかしなければ…このままじゃ全滅しちまう!
くっそ、どうすりゃいい!?
レッズは考えると同時に魔物の群れを駆け抜け、巨大な四足獣の前に躍り出る。
「ヴィーネルっ!聞こえているだろう!?今から、俺がコイツの足を止める!お前の槍で…こいつを貫けぇっ!」
戦場は人も魔物も入り乱れて混戦をきわめていた。
レッズはヴィーネルの姿を一度も見つけていない。
だが、戦場のどこかで戦っているヴィーネルに対して大声を張り上げた。
「レッズ!戻れっ!1人で無茶をするなぁ!」
戦場のどこからかヴィーネルの張り上げた声が響く。
巨大な魔物を相手に大立ち回りを繰り広げるレッズ。
単身で戦うレッズの奮闘により、魔物の群れには足並みの乱れが生じていた。
ヴィーネルは自警団の一隊を率いながら、間隙を縫って巨大な魔物の前へと進む。
「加勢するぞ、レッズ!無事か!?レッ……」
だが、目にした光景はヴィーネルには耐え難いものであった。
巨大な魔物の前で倒れこんでいるレッズ。
剣は折れ、鎧はボロボロ…息遣いも絶え絶えに、変わり果てた…レッズの姿があった。
ヴィーネルの全身に衝撃が走る。
そして、あらわしようのない激情がヴィーネルの身体を支配していく。
槍を手にし、ギュッと強く握る…荒ぶる怒りと深い悲しみの行き場はなかった。
一心不乱に巨大な魔物に向かって槍を奮う…。
そして、半刻後だろうか…ヴィーネルが我を取り戻した時には、周囲には巨大な四足獣をはじめとした、おびただしい数の…魔物の骸が横たわっていた。
その後、その場にいた自警団の仲間達は、その時の話を一切話そうとしない。
ヴィーネルに脅されても、誰にせがまれても口をずっとつぐむままだった。
――自警団『レッドピース』の誕生
あの戦いの後、レッズの葬儀を自警団のみで厳かに執り行った。
元々は傭兵であったレッズに身寄りはなく身内と呼べるものも居なかった。
その為、必然的に自警団の仲間達のみが参列者となる。
葬儀後、ヴィーネルは自らの髪の一部を赤く染めた。
いつだったか、ミールの街を望みながらレッズが語った平和への思い。
その思いと意志を受け継ぐ事をヴィーネルは染めた赤髪に誓う。
1人、また1人…日を追って自警団の連中も髪の一部を赤く染めてくる。
皆それぞれが、レッズの思いを受け継ぐ事への意思表示をする。
「てめぇらっ!最高に上等だぜ!」
「うぉおおおおーーー!!」
ヴィーネルの声にあわせて歓声が巻き起こる。
「いいか!ようく覚えとけ!今日から…アタシらはレッドピースを名乗る!」
「うぉおおお!総長ーっ!イカすぜーっ!」
ヴィーネルは自警団全員を集め、駐屯地に高台を築いて声高らかに宣言を行う。
自警団の駐屯地は熱気と興奮に包まれていた。
レッズのシンボルであった赤髪とレッズの夢であった平和。
ふたつをあわせてレッズの意志を継ぐ自警団“レッドピース”と名づけた。
「団長はレッズだけだ…アタシは総長として団員をとりまとめる!テメェら、アタシについてこい!」
「総長ーっ!総長ーっ!」
自然と沸き起こった総長コールはいつまでも鳴り止まずに駐屯地の空へと響き渡っていった。
――ヴィーネルの旅立ち
自警団『レッドピース』結成から数年後。
大陸中を駆け巡る事件が起こっていた。
帝国軍が進軍を開始する。
大陸各地を侵攻し、瞬く間に勢力図を塗り替えていく帝国軍。
戦乱に焼け出された人々は平和と安全を求めて、このミールの街にもやってくる。
ヴィーネルは1人で思案に明け暮れていた。
「レッズ…今、帝国軍は大陸中を荒らしている。アンタの夢だった平和がこうも踏みにじられているんだ。レッズ…お前なら一体どうする?」
部屋の片隅に転がるカゴをレッズに見立ててヴィーネルは問いかける。
「帝国の進軍は戦乱を呼び込む、アタシもレッズもそれは望んでいない。…決まりだな!」
自問自答を繰り返した末にヴィーネルは反帝国組織に入る道を選び、ミールの街を出る決心をする。
固い決意を胸に秘めて、ミールの街の郊外へ向かう。
その第一歩を踏み出すと同時に、見知った顔がヴィーネルの前に姿をあらわす。
「おいおいおいおい!総長!待ってくれよ!」
「どっどくろハゲ?ど、どうしてここに?」
「総長!水臭いじゃないですかっ!1人で行こうたって、そうは…問屋が三枚卸ですぜ!」
「バカっ!そうは問屋が卸さない!だろうがっ!」
頭にどくろの入れ墨を施した男は、過去にヴィーネルと対立していた不良集団の頭であったが、今は自警団『レッドピース』の団員である。
ぞろぞろと現れる団員達は口を揃えて総長に付いていく!と言いはじめる。
「お前ら…その気持ちは嬉しい」
胸にグッと来るものを押さえ込み、ヴィーネルは言葉を繋ぐ。
「だけどな…お前らが付いてきたら、一体誰がミールを守るんだ?今や、魔物だけじゃない。帝国だって…アタシの、いや、総長としての命令だ。街を…ミールの街を守れ!」
「そ、総長…わ、わかりました。了解です!」
大勢の団員達を背にヴィーネルは旅立つ。
数奇な運命を辿って前途多難な旅路が今始まろうとしていた。
――ラキラで起こった事件
反帝国の勢力が集まっているとの噂を耳にしたヴィーネルは、とりあえず商業都市イエルへと向かう。
旅の道中、花園の都ラキラに寄ったところで事件は起こる。
花園の都ラキラは、その名の通り美しい花の咲き乱れる街であった。
だが、ここにも帝国の魔の手が伸びていた。
花を一輪、身体に装飾としてつけている女性は、見た目からしてラキラの者である事が読み取れる。
その女性は口を封じられながら、帝国兵に乱暴に担がれ運ばれていた。
「あれは、帝国兵…?」
身を隠し、声を殺しながら…ヴィーネルは帝国兵の後をつけていく。
帝国兵に担がれている女性がヴィーネルに気づいて救いを求め、涙ながらに目で訴える。
人気のない森へと運ばれた女性。
ここまで運んできた帝国兵は女性の服を剥ぎ、乱暴をしようとする…その瞬間だった。
帝国兵の首をヴィーネルの槍が掠める。
「な、なんだ貴様は!我々を帝国軍と知っての狼藉か?」
「去れ…アタシはなあ、あんたらみたいなのを見ると虫唾が走るんだよ!」
「ふんっ…正義の味方気取りか?くくく…これを見てもその態度が続くかな?」
帝国兵が指輪を掲げると同時に、目の前の空間から異形のモノが現れた。
「はっはっは!どうだぁ?冥界の魔物を召喚してやったぞ!貴様など、こいつに食われちまえ!」
一瞬、驚いた表情を見せたヴィーネルだったが、すぐさま持ち直して槍の一突きから魔物と帝国兵を串刺しに貫く。
「…救いようのないやつだ」
――事件の翌日のことだった
ヴィーネルがとった宿は大量のラキラ兵と帝国兵に囲まれ、投降を呼びかけられていた。
投降しなければ宿に火を放つぞ!…帝国兵は外でそう怒鳴る。
怯える店主を前にして、ヴィーネルは迷惑をかけられないと投降せざるを得なかった。
「まあ、悪いことはしていないんだ。少し道草になるが…しょうがないか」
この時点で出したヴィーネルの判断は、後に甘かったことを思い知らされる。
裁判が始まり、罪状が読み上げられる。
帝国への侮辱罪、窃盗罪、不敬罪、動乱罪…などなど、まったく身に覚えもなければ名前も聞いたことのない罪が言い並べられた。
助けた女性さえも姿を現さず、下された判決は死刑…時を待たずして、その日に処刑が執行される運びとなった。
「はあ…まさか、こんなところがアタシの死に場所になるのか?これじゃ、アイツらに顔が立たないな。クッソ…」
ヴィーネルは観念したかのようにぽつりとつぶやく。
悔しさが胸をついた。
この理不尽さは何だ?アタシが小さい頃に反抗してきたものそのものじゃないか!
ヴィーネルは心の内で声を張り上げていた。
――ラキラの大司教
処刑台へ連行されようとしていたヴィーネルだったが、ラキラの大司教に呼び止められ一室へと案内されていた。
「そなた、ついていなかったな」
開口一番の大司教のセリフだった。
ヴィーネルは頭に血が昇るのを必死で抑えて聞き返す。
「なんだと?一体どういうことだよ!」
大司教が語るには、帝国の息がかかったラキラの裁判では無罪であろうが、罪のなすりつけや罪の捏造などが日常茶飯事に行われている為、有罪は決して免れないとのこと。
「だがな、ワシならそなたを救えるぞ?お前が助けた女性からな…そなたを助けて欲しいと願いがきておる」
「え…そうなのか?」
ヴィーネルが助けた女性はラキラの出身である。
裁判にかけられれば有罪を覆すことは不可能だと知っていたからこそ、ラキラの大司教にヴィーネルを救う事を願い出たのだろう。
それにより、大司教は全ての事情を把握していた。
「冥界の魔物を呼び出した帝国兵を倒したと聞いておるが、ワシはその実力を買いたいのだ。そなたの処刑は偽装しておく。そのかわりといってはなんだが…」
大司教はヴィーネルに交換条件を提示した。
処刑を偽装してヴィーネルを助けるが、そのかわりに娘リリアの護衛兼教育係をして欲しい…と。
「はぁ?なんでアタシがガキのお守りをしなきゃなんないんだ?」
「ふむ…だがな、そなたを助けるにはこの条件を飲んでもらわんとな。いくら無実であろうが、有罪の決まった者…まして死刑囚だ。大司教がその処刑を偽装して死刑囚を助ける…何も知らぬ世間の者は承知しないだろう?ワシにもリスクがある。だからこその交換条件じゃ」
「む…」
ヴィーネルは次の言葉がでなかった。
確かに大司教の言う事は正論である。
女性からの願い出があったとはいえ、ヴィーネルと大司教は今日はじめて会ったもの同士だ…そんな間柄では危険を冒してまで助ける義理など本当はないのだろう。
処刑されるか、護衛兼教育係になるか…脅しとも取れる二択に、ヴィーネルは渋々ながらも交換条件を承諾した。
「やるよ。アンタの娘、リリア=ラキラだったか?その子の護衛兼教育係…」
ヴィーネルの返答に大司教は顔をほころばせた。
「おお!よくぞ決心してくれた!ほっほっほ。ワシはそなたを失うには惜しかったのじゃ」
「…こんな脅迫みたいな交換条件を出す大司教様が何を言っているんだか」
ヴィーネルが皮肉の言葉を投げつけるが、大司教は意にも介さない風であった。
「ほっほっほ。まあ、そう言うな。今日からそなたはワシの娘リリアの教育係じゃ。身内も同然だからのう。ワシも帝国の横暴には許しがたい思いを感じているのは、そなたと同じじゃよ」
ヴィーネルが護衛兼教育係を引き受けることが決まると大司教は嬉々とした表情を見せる。
そこには娘を案じる1人の父親の姿があった。
もう身内だからと大司教はヴィーネルに対し反帝国の志を語っていく。
元より、ヴィーネルの目的は反帝国勢力に参加する事である。
そのために、反帝国勢力が集まっているとの噂を聞きつけて、商業都市イエルへと向かう旅を始めたのだった。
最初は、ガキのお守りなどできるか!と思っていたが、大司教の志を知った今では、特に反対する理由もなくなっていたことに気が付く。
――リリア=ラキラ
ラキラの大司教家は代々ラキラを束ねてきた権力者である。
そのなかでもリリアは太陽の力を持ち、光の剣を操ることで屈強な剣士でも敵わない腕を持っていた。
護衛兼教育係としての初日の事。
大司教家の大広間から廊下を歩き、階段から2階へと昇る。
「大司教の娘…か」
ヴィーネルはつぶやいた。
大司教より、教育の為ならば多少の無茶は問題ないと言われている。
それがどういう意味を持っていたのかを、後にヴィーネルは理解することになる。
2階に入ってすぐの突き当たりにリリアの部屋はあった。
ドアには可愛らしく“りりあの部屋”と書かれたプレートが垂れ下がる。
ヴィーネルが数度ドアをノックすると、中からどうぞ〜という声が聞こえる。
「失礼します…」
だが、部屋に入るとリリアの姿はなかった。
「ん…、お嬢様?どこにいらっしゃるのです?」
ヴィーネルは部屋を見渡し、リリアの姿を探すが見つからない。
「……そこかぁっ!!」
ヴィーネルは部屋に転がっていたカゴを手にし、勢いよく天井へ向けて投げつける!
ドスンッ!大きな音を立てて天井から人が降ってきた。
「い…イタタタ。あ、アタシの擬装はカンペキだったのに…どうしてっ?なんでわかったの!?アンタ…一体何者なのよっ!?」
ドレス姿で、頭には小さな宝冠をのせ、ひまわりの花一輪をつけた女の子。
これがリリア=ラキラか…すぐにヴィーネルは全てを理解してニヤッと口元を緩ます。
「はじめまして、お嬢様。ヴィーネルと申します。今日から、お嬢様の護衛兼教育係を承っております。どうぞよろしくお願いいたします」
姿勢を正してうやうやしく、ヴィーネルはリリアに挨拶をする。
これは張り合いがありそうだと、ヴィーネルは心のうちで秘かに喜んでいた。
『教育の為ならば多少の無茶は問題ない』
大司教が言いたい事が分かった。
それと同時に、どうしてもヴィーネルを教育係にしたがっていた大司教の気持ちを理解する事ができた。
後日、大司教家の広い庭ではいつものやり取りが聞こえてくる。
「お嬢様?何度言えば分かってくれるんですか?」
「ヴィ、ヴイーネル…ちょっと怖いよ?」
「何をおっしゃいます。今はちょっと…怒っているだけですよ?」
「きゃーっ!ご、ごめんなさーい!!」
「あっ!お嬢様っ!?ええぃ…逃がすかぁっ!」
大司教家では日常に見られる光景になったヴィーネルとリリアの追いかけっこ。
広大な敷地では今日も元気な声が響いていた。
だが、大司教家を囲む柵の外では二人を怪訝そうに見守る数人の男達の姿があった…。
「おい、なんで総長はあんなガキの相手をしているんだ?」
「まさか、総長は騙されて…」
「何言ってんだ!あの総長だぞ?きっと何か深い事情があるに違いない!」
「そ、そうだな!俺としたことが、危うく取り乱しそうだったぜ」
「お前は、総長のことになると見境がなくなるからなぁー」
「て、テメェだって!」
今にも殴りあいの喧嘩を始めようとする二人を、他の男がなだめる。
「まあまあ、やめとけって。俺達の想いを忘れたのか!みんなで誓い合っただろう?総長に何かあったら…俺達が総長を守るんだ!」
「そ、そうだ!」
「ああ…喧嘩してる場合じゃなかったな」
ガシッと握手を交わしてから、男達は全員で円陣を組んだ。
「生きるも死すも総長と共にッ!!」
男達の叫び声は天へと昇った。
まだ明るい日の内だったが、空からは目に見えない流れ星がキラリと一筋、東へと流れていった。
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