蒼空のリベラシオン(ソクリベ)【iOS/Android対応のスマートフォン向け協力アクションRPG】の非公式攻略wikiです。有志によって運営されているファンサイトで、ソクリベに関する情報を収集しています。

 思えばなんと不憫な出生であったことだろうか。
 祝福されるはずだった新たなる命。
 それは、対となって生まれ落ちるという数奇な運命を背負ったことにより、望まれざるものへと変容することとなる。

 風車の街『エムル』は、その日も恵み溢れる温かな風の恩恵を噛み締めていた。
 街のいたるところに設置された風車は、喜びを表すように力強く回り、住人達の暮らしを支える。
 その風の出処は、街の外れに位置する『魔蝶の森』。
 この森に住まうとされ、エムルのシンボルとなっている魔蝶。
 魔蝶が大陸中へ送り出すこの風は、万物にその恵みを与えるとされる。
 しかし、森に近づくにつれ、風の中に異物が紛れ込んでいることに気付く。
 いつも静かな風の音を奏でている森から聞こえてくるのは、小さな二つの産声の他、困窮した様子の声だった。

「ま、まさか……双子とは……!」

「いかがいたしましょう……?」

 小さな体を見下ろす面々は、困惑、悲哀、憎悪と、様々な表情を浮かべているが、そのどれもが決して明るいものではなかった。

 彼らは、遥か昔より守護の役目を授かりしエルフ。
 エムルの民達が守り神と崇める『魔蝶』が住まう森を守護し、平和と秩序を保つために遣わされた一族。
 一族の者は皆『護り手』とされ、その中に魔蝶の『守護者』と呼ばれる存在があった。
 守護者は代々、己の実子へとその役目を託す、一子相伝の慣わしにより引き継がれてきたもの。
 しかし、現守護者である母体から生まれた次代の担い手は、その歴史上、未だ例のない双子であった。
 守護者候補が二人になる珍事に、一族の老君達は頭を悩ませる。

 そして、それから十数年の月日は流れ、守護者となるべくして生まれた双子の姉妹にとって、最大の試練が間も無く訪れようとしていた……



「なんということか!未だに、眷属達との意思疎通すらも叶わぬとは……!!」

「申し訳ありません……ドロウス様……」

「…………」

 護り手の一族の中で、最も高齢であり、守護者に次ぐ発言力と影響力を持つドロウス。
 新たな守護者となるはずの双子の教育にあたる彼は、毎日のように二人に辛辣な言葉を浴びせていた。

「立派に守護者の務めも果たせず、貴様らを生んだ母に申し訳ないとは思わぬのか!?」

「いずれ……いずれ、必ずや守護者の御力を賜れるよう邁進して参ります!」

 守護者は、他の護り手とは異なる特別な力を有する。
 それは、同じく魔蝶の眷属である蝶達と意思を通わせ、力を借りることにより、強大な力を行使することができるというもの。
 通例ならば、先代の力を受け継いで生まれる子は、自意識が芽生えると同時にある程度の素質が見て取れるものだが、齢十四となる双子の姉妹は、依然としてその素質を見出すことができずにいる。

「やはり双子などという悲運な生まれでは、御力を授かることはできなかったということか……!」

「そのようなことは……必ず!必ずや――」

「黙れぃ!もうよいわ!一体、これまでに何度この問答をしてきたことか!!さっさと出て行けぃ!!」

「はい……失礼します」

「失礼します……」

 項垂れながら、ドロウスの部屋を後にする姉妹。
 今日もまた叱り飛ばされ、自室へとトボトボと帰っていく。

「アリル……」

「大丈夫よ、ルリア!!私がなんとかしてみせるからっ!!」

 姉のアリル。
 少々自由奔放すぎるところがあるも、活発で明るく、社交性に優れた少女。
 その人柄の良さは折り紙付きで、一族の子供達によく慕われ、中には「お姉ちゃん」と呼ぶ子すらもいるほどだ。

「ドロウス様ってば、もう少し大目にみてくれてもいいのねー!」

「あの方は……一番、一族の誇りを重んじてる人だから……」

 妹のルリア。
 姉と比べ、物静かで内気ながらも、虫や植物をも友人同様に想いやる優しさを持つ。
 また、文武両者において、その資質は歴代守護者の中でも一二を争うと目されるほどの天才でもある。

「それはすっごく伝わってくるけどねー……でも、さすがにこう毎日毎日だと疲れちゃうよ」

「それに関しては……同意……」

 一見したところよくできた娘達に思えるが、やはりその立場において、最も必要なモノは守護者たる資質に他ならない。
 技術ではなく、血の結びつきがもたらす異能ともいえるそれは、努力だけで開花させられるほど生易しいものではなかった。
 むしろ、努力の必要なくとも自然と芽吹いていくはずの力。
 だが、二人にその兆候は全く見られず、そんな姉妹に対する周囲からの扱いは、当然良いものであるはずもない。
 上辺では優しく接しているように見えても、軽蔑の目、陰口、そんな蔑みを常に浴び続ける日々。
 ドロウスのように、直接言葉にしてもらった方が幾分マシとさえ感じられる。
 遊び友達であった同世代の子達は、親に叱られると徐々に双子の姉妹から離れていき、遂には両親さえも心労から体を壊す始末。
 もはや、二人にとって心安らぐ場など、集落の中には存在しないとさえ言えた。

「アリル……大丈夫……?」

「うん!ルリアは心配しなくてもいいの!!」

「いつもゴメン……私のせいで……」

「だから気にしなくていいんだってば!同じ使命を背負った、たった一人の妹だもん!絶対に守ってあげるから!」

「うん……ありがとう……」

 自室の隅に並んで座り、肩を抱き合いながら目を閉じる。
 励まし合う言葉と、お互いの体温が心にしみる。
 いつからか、こうして耐えることを覚え、唯一の心の支えとなりつつあった。

 しかし、この時すでに、アリルの精神的な負担は限界を超えようというところまで進行していた……



「やはりダメか……このまま守護者の名が貴様らの代で潰えでもしてみよ!?ご先祖様方へなんと報告すればよいのじゃ!?」

 今日も繰り返されるドロウスからの叱責。
 最近、ますますその怒声が激しくなっているような気がする。

「貴様らも間もなく十五を迎えるが……これは人間が成人と認められる年齢だ!にもかかわらず、貴様らときたら!これっぽっちも成長せん、赤子以下じゃ!!」

「お待ちください!他種族のことは私達には――」

「黙れいっ!誇りある守護者がこの有様……。エムルの民の目にどう映ることか……くぅううう!!」

 姉アリルに比べ、気弱なルリア。
 そんな妹を姉として守ろうと、率先して矢面に立ってきたアリルは、守護者候補という同じ立場にありながら、妹に比べてより大きく苦しい負担を背負ってきた。

「ですから――」
(なにそれ……体裁がそんなに大事なの……?)

「一族の恥さらしめが!わしらの顔にまで泥を塗りよって!!」

「そんな……私達は……」
(私達だって……好きで守護者の娘に生まれたわけじゃ……)

「えぇい!ルリア!!貴様は話を聞いているのか!!」

「は、はい!ごめんなさい……」

「……ルリア」
(ダメだ……妹は、私が守らないと……)

「アリル……?」

「……あの……その…………」
(助けないと……私が……)

「ド、ドロウス様。もう……今日のところは……どうか……」

「なにを――ぬ!?ぬぅ…………」

 ルリアの怯えた目にたっぷりと浮かんだ涙。
 それを見て、さすがに気が引けたのか、ドロウスは姉妹に部屋を下がるよう言い渡した。



「アリル……大丈夫……?」

「うん……平気だよ……」

「アリル……」

 自室に戻ると、何を言われるまでも無く、部屋の隅へとチョコンと座るルリア。
 そして、ポツリと一言。

「もう……私に構わないでいいから……」

「え?」
(……どういう意味?)

「もう……守ってくれなくていいから……」

「それって……どういう……」
(諦めたってこと?守護者のことも、母さんたちの期待も……?)

「…………」

 部屋の入口で、立ち尽くすアリル。
 ルリアは姉の姿を見ようとはせず、膝を抱えたまま俯いている。

「なんでよ!?ルリア!」
(ダメ……!)

「え、私……」

「またそうやって!私だって苦しいのに!!私だって!!!!」
(言っちゃダメだ……!)

「ご、ごめん……もう……大丈夫だから……」

「こんなに苦しいなら守護者なんてもうどうでもいい!私も何にも考えずにいられたらどんなに楽か!!」
(あぁ……止められない……!)

「うん……」

「双子なんかに生まれたくなかったよ!ルリアのバカぁ!もう知らないから!!」

 思ったとしても、決して口にはしてこなかった言葉。
 積み上げられてきた重圧に押しつぶされ、とうとうあげられた悲鳴。

「…………」

「え!?」

 静まり返った部屋で我に返ったアリルの目には、予想だにしていなかった妹の笑顔。
 きっと泣くだろうと思っていた。
 しかし、予想に反した優しい笑顔。
 まるで、何かを見透かされたような、そんな気がした。

「私……ご、ごめん……!!」

 居た堪れなくなった彼女は、その場を逃げ出した。

 一人、部屋を飛び出し、行く当てのない散歩にふけるアリル。
 夜空に浮かぶ星を眺めながら、森を流れる風を感じる。

「どうしよう……」

 風の涼やかさが、熱くなった彼女の頭を冷やしていく。

 とてつもなく重い運命を背負いながら生きてきた二人。
 自分と同じ境遇のたった一人の姉妹。
 唯一の心の拠り所。
 勝手に余裕がなくなって……勝手に怒鳴って……

「いいわけない!ルリア……!!」

 謝罪の言葉など後で考えればいい。
 今はとにかく、妹のいる部屋へと走る。

「ルリア!?その……ゴメン!っ……!?」

 部屋を出てからそう時間は経っていないはず。
 しかし、ルリアがいたはずの場所にその姿はない。
 こんな夜更けに用事があるわけもない。

「ルリア!?」

 再び部屋を飛び出したアリル。

 今まで唯一の味方だと思っていたはずの私が、裏切るような事を言ったのだ。
 悪い想像が頭の中を駆け巡る。

「ルリア!?どこなの!?!?」

 心当たりのある場所を片っ端から探して回るが、妹の姿は無い。

「まさか……森の中へ……?」

 ただでさえ木々が生い茂る森の中。
 夜という闇が視界を奪えば、たった一人の人間を見つけ出すことは極めて難しいだろう。

――もしかして、二度と会えない……

 想像は更に悪い方向にエスカレートし、ルリアの思考は絶望の淵へと追いやられていく。

「お願い……帰ってきて……ルリア…………!」

 その時だった。

「……え?」

 何かが聞こえる。
 小さすぎて全てを聞き取ることはできなかったが、確かに声が。

――コッチダヨ

「……森の方から?」

 魔蝶の森の中から囁くように、微かに聞こえてくる声。

「ルリア?ルリアなの!?」

 声の元へと駆け寄るようにして、森の奥へと踏み入っていく。

――アリル、コッチ、コッチ

「も、もしかして……!」

 森の奥に広がっていたのは輝く蝶達。
 魔蝶の眷属である彼らの真の姿を初めて目にした彼女。
 先代の守護者である母から聞いた話では、力を持つ者には、眷属である蝶の姿が輝いて見え、意思と言葉を交わすことができるという。

「私……守護者の力が……」

 無能の烙印を押されていたはずの自分の目に映る現実。
 守護者の力の発現は、技術的なものではなく、遺伝による資質でのみ開花するという。
 ということは、やはり自分には守護者たる資格が備わっているということ。
 しかし、なぜ今になって力が目覚めたのだろうか。

――アリル、コッチダヨ

 点々と浮かぶ蝶の輝きは、道標のように森の奥へと続いている。

「そっちにルリアがいるのね!?」

 考えている暇など無い。
 今はただ愛する妹を見つけることだけに集中しなければ。

――コッチ、コッチ、コッチ

 導かれながら、森のさらに奥へと突き進むことおおよそ半刻。
 とある巨木の根元に、数匹の眷属が集まっているのが見えた。

「ルリア!?いるの!?!?」

「え……?アリル!?」

 声に反応し、根元の影から妹ルリアが姿を現す。

「ルリアーーーー!!」

 駆けた足を止めず、そのまま妹へと飛び付くアリル。
 力いっぱいその体を抱きしめ、最悪の事態を回避できたことを喜ぶ。

「なんで……ここが……?」

「そう!聞いてよ、ルリア!実は――」

 そこまで口にして、ふと気が付く。
 今まで見えていた蝶の輝きが消えている。
 まだ守護者としての力がうまく扱えてないということだろう。
 しかし、守護者の資質が自分にあることはわかったが、妹はまだ力に目覚めていない。
 もし、もしも自分だけが力に目覚めたと一族の者達が知れば、自分は『守護者』と認められるだろう。
 だが、そうなった時、ルリアは一体どうなるのだろうか……

「もうここしかないと思って、とにかく森の中をずっと駆け回ってたの。そしたら、ここに蝶が集まってるのが見えたから、もしかしたらと思って!」

 今はまだダメ。
 事実はまだ秘密にしなければ。

「会えて良かったよぉ……ルリア……ゴメンね!あんなこと言ってゴメンねぇ……!」

「私も勝手なことして……ゴメン……もう……逃げないから……」

「うん……!これからも一緒に頑張ろう!私も頑張るから!」

「うん……もう……アリルだけに無理させないから……」

「見つけられて本当に良かった……!もう二度と会えないかと思ったよぉ……」

「本当にごめん……もう絶対にこんなことしないから……」

「約束だからね!こんなとこで一体何してたのよ!これからどうするつもりだったの!?」

「あ……えっと……か、考えてなかった……」

「もう!本当に馬鹿なんだから!私より勉強はできる癖に!」

「それは、考えなしに森を走り回るアリルも同類……」

「う……ま、まあね!あはははは!」

「ふふ……」

「そうだ!ルリア!!私と一緒に修行しない!?」

「修行……?」

「うん!今まではさ、お母さんやドロウス様の言いつけで、いろんな訓練はしてたけど、やっぱり守護者の力に目覚めなかった。だから、今度は自分達でいろいろ考えながら修行してみない?」

「……うん。それ……すごく良い……」

 思ったよりすんなりと受け入れてくれた。
 守護者の力が発現したのはまだ自分だけだとしても、双子のルリアなら、同じように資質をもっているはず。
 それを絶対に目覚めさせて、二人で一緒に守護者になる。
 確信なんてあるはずもない。
 それでも、初めて掴んだ希望を決して無駄にはしたくない。

「明日から早速始めるからね!」

「わかった……頑張ろ、アリル」



 その翌日から開始された、守護者となるための修行。

「アリル……起きてる?」

「もちろん……行こっか……」

 一族の者の目に触れると、また無駄な事をと蔑まれるかもしれない。
 そのため、修行は皆が寝静まった夜更けに行われた。
 二人揃って、守護者たる資格を示せるようになってから皆には打ち明けるという約束。
 今日も二人は森の中に作った修行場へと忍んで向かう。

 しかし、この修業は難航する。
 一度、魔蝶の眷属とのリンクを経験したアリルだが、再び力を行使することはできず、ルリアにもその気配は感じられない。
 あの時のことは、偶発的に起こった奇跡のようなものだったのだろうか。

「ルリア。そろそろ行くよ!」

「うん……今日も頑張ろう……!」

 二人は小さな手掛かりさえ掴めなかったが、それでも懸命に修行に明け暮れた。

 修行を開始して一週間が経とうとしていた頃。
 姉妹が抜け出した後の集落で、事態が動こうとしていた。

「ドロウス様。二人は今日も森の中へと向かいました」

「うむ……調べはついておるのか?」

「はい。やはりドロウス様の睨んだ通り、守護者としての力を発現させるべく、何やら修練を積んでいる模様です」

「そうか……」

「これで結果が出れば良いのですが……」

「んん?あぁ……そうじゃな…………」

 二人の動向を知ったドロウス。
 その時、彼は姉妹に憤ることなく、眉をしかめたまま夜空を眺めていた。



――翌日

 前夜にそんなことがあったことは露程も知らぬ二人。
 日没、ドロウスからの指導が終わり、今日も修行に備えて、早めに床に就こうとしていた姉妹の元に、一人の男が訪ねてきた。

「アリル。ドロウス様が、お部屋まで来るようにとのことだ」

「え?私一人ですか?」

「ああ。急げよ……」

 めんどくさいと言わんばかりの表情で、用件だけ伝えた男は、足早に姉妹の部屋を後にする。

「アリル……」

「何の話かわからないけど、たぶん大丈夫よ!もし遅くなっちゃったら、先に行ってて!」

「うん……わかった……」

 心配そうな表情を浮かべるルリアを落ち着かせ、ドロウスの部屋まで向かうアリル。
 心当たりといえば、やはり修行の件だろうか。
 どこで感付かれたのかはわからないが、それ自体は悪い事ではないはずだ。
 彼女は、何を言われても堂々と話を聞こうと意気込んだ後、部屋のドアをノックした。

「アリルです。遣いの者から、お呼びとの知らせを受けて参りました」

「うむ。入れ……」

「はい。失礼します」

 少し緊張しながら、静かに入口の扉を開くと、立派な椅子に座ったまま窓の外を眺めるドロウスの姿があった。

「すまんな。こんな時間に呼びつけてしまって……」

「いえ。お気になさらずに……」

 毎日、自分達を叱りつけてきた相手とは思えぬ優しさの感じられる声。
 そういえば、今日はいつもと違い、指導中も怒りを露わにすることがなかったような……

「お前たち……近頃、森の奥で隠れて修行の真似事をしておるようじゃな……」

「……はい!」

 予想した通り、やはり修行の件。
 しかし、ルリアは強い意志で堂々とそれを肯定する。

「む?慌てふためくかと思っておったが、なかなかどうして……良い顔になったではないか」

「…………」

 ここで初めて、背にしていたままのドロウスが顔をこちらに向けた。
 その顔は、いつになく穏やかだ。
 守護者となる為に、人目を盗んでまで鍛錬に励んでいる姿勢を認めているのだろうか。

「まあよい。無駄な詮索はせぬ。本題から話すとしようか……」

「……本題、ですか?」

 修行の件が本題でないとすると、それ以上の何かがあるということ。
 必死に思考を巡らせるが、見当も付かない。

「お前たちの『守護者』としての力を確実に覚醒させられる方法がある……」

「え!?」

 思いもしていなかった言葉に、装っていた無表情は崩れ去る。

「これは本来、守護者がその力を高めるために用いられる手段なのじゃが……恐らく、力に目覚めていない者でも、守護者の血を引いた者であれば、力を強制的に呼び覚ますことも可能じゃろう……」

「そんな方法、聞いたことも……」

「秘法とされるものじゃ。これを知る者は、一族の中でもわしを含めて、数人しかおらぬ。それに、実際に言い伝えは聞いているが、試した事もない……」

「…………」

 ただ聞き入っていた。

 その秘法とは、魔蝶の力を最大まで吸収した、ある木の実を口にすること。
 魔蝶の力が最も高まる『真紫月(しんしづき)』の夜、その鱗粉を乗せた風は、ありとあらゆる生命に奇跡の恵みをもたらす。
 とある木の実には、眠った守護者の力を強く引き出す恩恵が宿るという。
 確かにそれが事実なら、妹の守護者の力を呼び覚ますことができるかもしれない。

「熟した実のみが授かる恩恵じゃ。木の寿命や、実の熟成時期も考えれば、数十年に一度の好機ともいえるじゃろう」

「真紫月……そういえば……今夜は……!」

「そう。今夜は、その好機となる晩。今宵、条件を満たしそうな実を発見したとの報告を受けておる」

 思わぬところから転がってきた幸運。
 しかし、一つの疑問が残る。

「なぜ……私にその話を?ルリアを同席させなかったことと関係があるのでしょうか?」

「……うむ。実はな……この方法が使えるのは、一度の機会につき一人と限られておるのだ」

「な、なぜです!?」

「条件を満たした木の実は一つしか実らぬからじゃ……。当然、奇跡のような偶然が重なれば、二つ、三つと叶う機会はあるかもしれぬが……今回、発見できた実は一つだけじゃからの」

「それで……その一人に私をご指名してくださると?」

「ふっふっふ……信用できぬか?これまでの仕打ちを考えれば当然の事じゃろう」

「い、いえ……そのようなことは……」

「じゃがな!わしとて一族の者としての誇りがある!護り手の一人として、立派な守護者を排出することは何よりも大切な使命じゃ!故に、これまでのお前たちに対することを謝罪はせぬ!!」

「仰る通りです……」

 これに関してはぐうの音も出なかった。
 自分たち姉妹が、守護者としての使命を果たすために修行しているのと同様に、この人にもまた違う使命がある。
 厳しく指導され続けたことについて、内心では憤りを覚えることもあったが、怒りこそあれ、恨みはしなかった。

「それにのぉ……いつの間にか、わしもここでは最も老いぼれの身となってしまった……次の世代を繋ぐ守護者の姿を、しかとこの目に焼き付けてから逝きたい……」

「そのようなこと……!」

「これはわしにとっては、いや、お前にとっても酷な選択じゃ。実を口にし、守護者となった片割れは良し。なれなかった片割れは、一生日の目を見ない人生を送る事となるやもしれぬ。それでも……それでもこの秘法を伝えたわしの気持ちを……どうか汲んではもらえぬだろうか……!」

「ドロウス様……」

「辞退するも自由じゃ。なれば、ルリアにも同じ話をしよう。じゃが、まず姉のお前にだけ話したのは、二人揃ってこれを聞かせることがあまりにも残酷である事。そして、自分の身を盾とし、妹を庇い続けたお前の労に対する温情じゃと思えば良い」

「……もう少し、詳しくお話をお聞かせくださいますか?」

「よかろう……」

 結果、アリルはドロウスの話を信じ、実を手に入れることを決心した。
 話を聞き終えて自室へと戻ると、気配を感じたのか、ルリアが目を覚ました。

「おかえりなさい……何のお話だった……?」

「ただいま。うん……実は、最近修行してることがバレちゃってたみたいなの」

「また……怒られた……?」

「ううん。むしろ褒めてくれたよ!そのうちホントに守護者の力が目覚めるかもって!でも、夜中に森の奥まで行くのは危ないからって注意されちゃった。しばらく修行はやめておいた方がいいかも」

「そっか……じゃあ今日の修行は無し……?」

「そうだね。明日、また新しい修行方法を考えよ!」

「うん……わかった」

「じゃあ、今日のところは寝ようか。久しぶりにゆっくり寝られるね!」

「いつもぎりぎりまでお寝坊してるくせに……」

「あはは!じゃあ、おやすみ!」

「おやすみなさい……」



――数時間後

 二人が眠りについたはずの部屋から、ゆっくりと抜け出す一つの人影。
 影が部屋を出た途端、真紫月の薄気味悪い紫色の明かりがその正体を照らし出す。

「……ゴメンね。ルリア」

 愛する妹に対し、またしても事実を伝えず、一人で実を取りにいくことに決めていた。
 忍び込むように森の奥へと踏み入ると、真っ直ぐにドロウスから聞かされた場所を目指す。

 木の実は一つしか実らない。
 その話を聞いた時、アリルは一人で実を手に入れ、それをルリアに食べさせることを真っ先に考えた。
 恐らくルリアがこの話を知れば、実をアリルに食べさせようとして譲らないだろう。
 彼女の優しい性格を考えれば、簡単にその光景が目に浮かぶ。
 しかし、アリルが既に守護者に目覚めつつあることをルリアは知らず、実を食べることで妹にもその力が発現すれば、姉妹揃って守護者になるという目標へ大きく近づくことができる。
 気付かれずに食べさせること自体は簡単だ。
 昼食にでも混ぜてしまえば違和感を与えることも無い。
 残る課題は、実を見つけることだけ……

「さて、ど・こ・か・な〜?」

 ドロウスの話によると、木の群生地はこの辺り。
 早速、周囲の木を手当たり次第に調べていく。

「こいつは……まだ小さい。こいつは……熟れすぎて腐っちゃってる……」

――ガサッ

「ん?」

 背後の茂みが揺れた。
 夜行性の魔物だろうか。
 彼女は音の正体を確かめるため、月明かりを頼りに目を凝らす。

「な……!?」

 真っ直ぐこちらへ飛んでくる矢を目が捉える。
 寸でのところでなんとか盾で防ぐが、バランスを崩し木の下へと転がり落ちてしまうアリル。

「よく受けたな、お嬢さん」

「油断しすぎだ……殺気が漏れているぞ」

 それをきっかけに周囲から続々と姿を現す男達。
 目立たないよう、偽装を施したクロークで身を覆い、手にはボウガンやナイフが握られている。
 一族の者とも、エムルの人間とも違う……?

「なんだお前たち!?」

「自己紹介はしない主義だ……。悪いが、死んでもらう」

 リーダー格と思わしき男の言葉。
 それをきっかけに、周囲の男達が武器を構え直す。

「この森で悪事を働くヤツは私が討つ!」

 魔蝶の森の護り手として、戦闘修練も多分に積んできたアリル。
 とはいえ、守護者の力を抜きにしても、戦士として未熟と言わざるを得ない。
 相手取る人数を考えれば、その戦力差は明白だが……

「はぁっ!!」

「おっと!?これは、なかなか……!」

 敵は全部で四人。
 とにかく敵の数を減らすしかない。
 周囲を目線で牽制しつつ、ボウガンを持つ男に槍を向けるが、ひらりと後ろに躱されてしまう。

「なんだコイツら……うわっ!?このっ!!」

 背後の死角からナイフで突かれるも、それを盾でいなし、返す勢いで槍を突き立てる。

「ほう……良い勘をしているな!」

 しかしアリルの攻撃は当たらない。
 決して深くは踏み込んで来ようとはせず、どうやら時間を掛けて徐々に追い込むつもりのようだ。
 こちらから仕掛けようにも、こうも消極的な動きを取られてしまうと、なかなか決定打を与えることができない。

「卑怯者っ!正々堂々と戦え!!」

「我々は別に決闘がしたいわけではないのでな」

「ただ、標的を狩る事だけに専念するさ……」

 襲う瞬間にだけ微かに発せられる殺気。
 素早く動きつつも、獲物を決して逃がさぬよう包囲し続ける精錬された動き。
 誰にでも出来る芸当ではない。

「だいぶ疲れてきたか?そろそろ終わりだな」

「くっ!」

 包囲網を破ろうと無理に動こうとすれば、行く手を阻むように飛んでくる矢。
 次々と襲い掛かるナイフは、アリルを徐々に追い詰める。
 諦めず抵抗し続ける彼女だが、休む隙など与えてもらえるはずも無く、その身体は疲弊し、消耗していく。

「はぁ……はぁ…………!!」

「予定よりも手こずったな……あの世で誇るといいぞ、娘」

 巨木を背に、ついに逃げ場を失ったアリル。
 ボウガンの矢の切っ先が彼女の胸元に狙いを定める。

「くそっ……!」
(ゴメンね……ルリア。あなたを一人にしちゃうけど、ずっとずっと見守ってるから。負けずに頑張るんだよ!!)

 死を覚悟し、目を閉じると浮かぶのは妹の顔。
 妹に何も残してやれないことを悔やみながらも、彼女の将来に幸あらんと切に願う。

「祈りは済んだか?では、さらばだ……」

 ボウガンのトリガーにかけられた指に力が込められ、放たれた矢がアリルの胸元に走る。

――アリル!!

 目を閉じた視界に広がる闇の中。
 そこに突如として浮かびあがった光。
 それは妹の形を成したと思いきや、自分の名を呼びながらこちらに手を差し伸べた。

「ルリア!?」

 とっさにその手を掴んだアリル。

「なんだ……これは!?」

 アリルが静かに目を開くと、世界に溢れる光の瞬き。
 自分の胸に突き刺さるはずだった矢は、蝶達が包み込むようにして受け止めてくれている。
 周囲にヒラヒラと舞う無数の眷属達。
 まるで異世界を思わせるその光景の一端を目撃した男達は、状況が理解できずに呆気に取られている。

――アリル……私達……

 うん。わかるよ――

 至る覚醒の時。
 言葉を介さずとも、想うだけで流れ込んでくる様々な声と意思。
 ルリアが何を想うのか、魔蝶が何を望むのか、眷属達を通して全てを理解した。

「森を穢す者達よ……『守護者』の名において命ず。直ちにここより立ち去り、二度とこの地に足を踏み入れぬと誓え……」

「こんな情報は……おのれ……!!」

 一瞬、怯んだように見えたが、すぐに気迫で立て直し、こちらに武器を向ける男達。

「愚かな……」

 アリルに降りかかる無数の攻撃。
 しかし、先ほどまで受け流す事が精一杯だった矢やナイフが遅く見える。
 隙なんてないと思っていた動きに穴が見える。
 これなら、勝てる。

「何だ!?くそっ!どうなってやがる!!」

 それでもなお、退こうとはしない男達に対し、守護者は裁きの鉄槌をかざす。

――二つを一つに……

――我ら、魔蝶を守護する番(つがい)の風。森を汚せし蛮族を、粛正する

 二人の口上に呼応し、アリルの槍は風を纏い、その存在を高めていく。
 それを見た途端、リーダーの男が号令を発す。

「これは……ちっ、引くぞ!!」

 決して背を向けず、警戒を厳にしたまま、号令に従い後退していく男達。

「覚えておけ……我ら番の守護者がいる限り、エムルに吹く穏やかな風は決して止むことは無い……」

 逃げ去っていく男達の群れめがけ、放たれた絶槍。
 その凄まじい威力の前に、男達は一瞬のうちに霧散した。

「おのれぇええええええ……――」



 再び夜の静寂を取り戻した森の中。
 なんとか力を鎮め、ぺたんとその場に腰を落としたままアリルは動けずにいた。

「……や、やった」

「アリルぅうう!」

「うわぁ!?ル、ルリア!!」

 呆けていたところに、突然背後から抱きつかれたアリル。
 その正体が愛する妹であることを知ると、自然と涙があふれてきた。

「ルリアぁああ!恐かったよぉおおおお!!」

「アリル……無事で良かった!本当に良かった……!!」

 その場で抱き合いながら泣き崩れる姉妹。
 ふと気が付くと、二人を心配するようにして魔蝶の眷属達が周りに集まってきた。

――ルリア、アリル、ナイテル

――イタイ?ヘーキ?

 頭の中に響いてくるのは、いつか聞いたあの声。

「うん!平気だよ。やっぱり眷属さん達だったんだね!」

「また、お話しできた……助けてくれてありがとう。眷属さん」

 ルリアのその一言に引っかかった。

「また?」

「あ……うん。実はね――」

 姉妹は手を繋ぎながら集落へと帰った。
 二人はその間、今まであった事を洗いざらい話し、真実を知ることとなる。

「え!?ルリアも眷属さんとお話したことがあるの!?」

「うん……その時は言えなかったけど……」

 ルリアも同じだった……
 自分がそうしたように、ルリアも私の事を考えて言えなかったのだろう。
 お互いが、お互いの為を想って、口にしなかった真実。

「そっか。私も……同じ。あーあ……最初から全部話してれば、こんなことにならなかったかもしれないのに」

 自分の頭をポコポコと叩くアリル。

「でも、そしたら『守護者』にはなれなかったかも……」

 ルリアは後悔をしていない。
 むしろ、今を喜んでいるようにすら見える。

「そうかもね……あはは」

 ルリアは微笑んでいる。
 そう、私達は二人で一つ。

「私、今回のことで気が付いたんだけどさ……たぶん守護者になるためのきっかけって、誰かを強く想うことなんじゃないかなって」

「私たちが同時にお互いのことを想ったから?」

「そう。お母さんが昔、言ってたんだ。護りたいものを強く愛する人になりなさいって」

「あ……私も覚えてる……」

「その時はよくわかんなかったけど、今ならわかる気がするよ」

「うん……」

 心の中がスッキリしたような気がする。

「じゃあ、行くよ」

 ルリアは頷く。

「ドロウス様のところ……」

「いろいろ聞かなきゃいけないことがあるからね」



 夜が明ける頃、集落へと帰り着いた二人は、真っ直ぐにドロウスの部屋へと向かう。
 部屋の入口の番をしている男がいたが、何やらルリアの顔を見て怯えている様子だった。

「ドロウス様。お話があります……」

「な!?き、貴様ら……!?」

 ノックもせずに部屋へと入り、相変わらず椅子で踏ん反り返っているドロウスに声をかけると、目の前の光景を信じることができない様子。

「あの話は、私を罠にかけるための策謀だったとルリアから聞きました」

「ドロウス様……今一度、どのようなお考えあっての行動だったのか、どうかお聞かせください……」

「ま、待て!貴様ら……二人で……たった二人で、あの者達を退けたのか!?」

「あなたが差し向けた刺客でしたら、眷属の力を借り、撃退しました」

「眷属の力だと!?馬鹿なことを言うでない!守護者でもないお前たちに、そんなことできるわけがなかろう!!」

「信じられませんか……?」

 姉妹は静かに顔を見合わせると、そのまま目を閉じ、再び守護者の力を発現させる。

「こ……これは……!?」

 ドロウスの眼前に広がる眷属の煌き。
 瑠璃色になった瞳は、守護者の証そのもの。
 そして、彼女達が放つ蝶の加護の力は、歴代の守護者をも遥かに超える圧倒的なものだった。

「……そんな…………まさか…………」

『我らを魔蝶の守護者と認めよ……』

 意識がシンクロした二人。
 そこから出る言葉はまさしく魔蝶の意志である。

 こうしてドロウスは罪を償う為に、その余生を使う事となった。

 自分たち姉妹に守護者を継ぐ資格はないとし、存在を消すことで新たな有資格者を立てようとしたことを自ら一族に告白。
 その行為が如何に愚かな過ちであったことを悔い、許しを乞うていた。

『私達は……あなたを恨んでいません……』

「な、何故じゃ……?わしはお前たちを殺そうと……」

『それは許しがたい事。しかし、今回の件で守護者として私達が目覚めたのもまた事実です。ですから……これからも私達と、この集落をお願いします……』

「…………あぁ……勿論だとも……!この命枯れ果てるまで、お仕え致しますぞ!」

 守護者としての力を示すことで、ドロウスに認められたアリルとルリア。
 後日、彼は一族の者たちを集め、正式に姉妹を守護者と定めることを決定。
 守護者が単独ではないという、初めての試みだったため、最初は戸惑いを隠せずにいた皆だが、ドロウスによる懸命な説得により、最終的には全員が首を縦に振ってくれた。
 こうして二人は、名実共に新たな『守護者』となったのである。

 さらに数日後、守護者として、二人が最初の務めを授かる日が訪れた。

「うわぁ……!」

「アリル……挨拶……」

「え?あぁ!そうだね!え、えっと……お初にお目にかかります。魔蝶様」

「この度、守護者のお役目を賜りました……ルリアと申します」

「アリルと申します」

 新たな守護者として、魔蝶にお目通りする通例の儀。
 森の奥深くにひっそりとそびえ立つ大樹に、魔蝶の住処は存在した。
 魔蝶の眷属である蝶とは日頃会話することにも慣れ始めていた彼女たちだったが、彼らの主たる魔蝶。
 その神々しくも雄々しき姿に息を呑む。
 巨大な帆船を彷彿とさせる巨大な羽。
 高名な画家が手掛けたような美しい模様。
 あまりに幻想的な景色に、ついつい口が半開きになっていた。

――新たなる守護者の子らよ。そう臆することはありません。此度の件、さぞや大変だったことでしょう。

 片言のような眷属の蝶の言葉とは違い、ハッキリと、そして深く頭に響き渡る声。

「め、滅相もありません!」

――我が眷属達の目を通し、全てを見ていました。只今、この時より、そなたらもまた我が眷属として迎えましょう。

「光栄の至りです……」

――アリル、そしてルリアよ。我が盾であり、眷属であり、盟友であり、そして子である娘達よ。此処に最初の命を授けます。

「「はっ!」」

――眷属らと共に世界を巡りながら、所縁ある地を繋ぎ、我らが領域を築きなさい。

「……領域?」

――我らは遠く離れた地においても、眷属同士で意思を交わし、その地の事柄を知ることができます。

「あちこちの森に眷属さんを連れて行って、それを結びつけることで、警戒網を作る……」

「おぉ!そういうことか!!ルリア、やっぱり頭いいね……!」

――不穏な輩を事前に察知することで、今回のような悲劇も未然に防ぐことができることでしょう。

「でも、私たち……森の外の事は何も知らない……」

「エムルにすら行ったことないもんね……」

――これはそなたらが成長するための試練でもあるのです。世界を知り、見聞を深め、守護者としても、人としても立派になって帰ることを願っています。

「世界かぁ……」

――さあ、行きなさい。その旅路に幸運あらんことを。恵みの風はどこまでもそなたらの姿を見守っています。

「「はい!」」

「行くよ、ルリア!」

「うん。アリル……!」

 微かな不安を感じつつも、それ以上の期待に胸を膨らませる姉妹は駆け出した。
 森から吹く風に背中を押されながら、その境界線を越え、新たな旅への第一歩を今踏み出す……

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