札幌すすきのの風俗の歴史について、まとめたサイトです。現在の風俗店や嬢についての情報についてはありませんので、ご了承ください。


すすきの風俗関係年表(道内・全国・世界の風俗関係の出来事を含む)

年表の記述方針

  • 札幌(特にすすきの)の性風俗に関する出来事は,できるだけ詳細に記述する。→無印
  • 北海道内の性風俗の関する出来事は,できるだけ記述する。→(道内)
  • 全国・世界の性風俗に関する出来事については,主要なもの,特異なもの等を選んで記述する。→(全国)(世界)
  • 関連分野に関する出来事についても,主要なもの,特異なもの等を選んで記述する。

江戸時代以前

紀元前
  • 紀元前24世紀頃 (世界)古代バビロニアの最古の職業リストに娼婦を意味する「カル・キド」が登場
  • 紀元前13世紀頃 (世界)中期アッシリア法の中で娼婦を序列化
  • 紀元前7世紀頃 (世界)中国・斉の時代に300-700もの廓を設置し,客から代金を徴収して国の歳費としていたとの記述あり
  • 紀元前6-7世紀 (世界)古代ギリシアのソロン,アテナイおよびベイライエウスに「ディクテリオン」(国家の資金で購入した奴隷に売春させる宿)を設立
  • 紀元前4-5世紀 (世界)古代インドの『マヌ法典』に遊女・遊女屋の記述あり
  • 紀元前400年頃 (世界)医学の神様と呼ばれるヒポクラテスの文献に淋病に関する記述
飛鳥・奈良・平安・鎌倉時代
  • 9世紀末 (全国)日本における売春婦としての遊女に関する最古の記録,宇多上皇の狩猟行幸で行われた夜の宴に数人の遊女が来て,同行した貴族官人たちと性的に戯れる様子が描かれている
  • 1193年 (全国)鎌倉幕府は里見義成を「遊女別当」に任じ,それまで自由業だった遊女屋と遊女を取り締まり,制度のもとに営むことを命じた
  • 13世紀頃 (全国)京や鎌倉に売春宿出現
室町時代
  • 1515年 (全国)歌人・三条西実隆の『再昌草』に梅毒に関する記述(現存する文献では日本最古の記録)
  • 1528年 (全国)室町幕府は「傾城局」を設けて,遊女たちを取り締まり,年15貫文の税を課す(1521年との記載のある文献もあり)
  • 1589年 (全国)原三郎左衛門らが豊臣秀吉の許可を得て,京都・二条万里小路に遊郭(二条柳町)を開設
  • 1602年 (全国)京都・二条柳町の遊郭を六条三筋に移転
江戸時代
  • 1617年 (全国)庄司甚内が江戸幕府の許可を得て,分散していた遊女町を吉原(現在の日本橋人形町付近,元吉原)にまとめ上げ,吉原遊郭を開設
  • 1627年 (全国)大阪・新町遊郭を開設
  • 1642年 (全国)京都・六条三筋の遊郭を島原に移転し,島原遊郭を開設
  • 1642年 (全国)長崎の遊女屋が全て丸山の地に集められ,丸山遊郭を開設
  • 1657年 (全国)幕府の命により,吉原遊郭を現在の吉原(現在の千束4丁目付近,新吉原)に移転
  • 1780年頃 (道内)函館の私娼(「洗濯女」「裁縫女」等と呼ばれる)に関する最古記述
  • 1802年 (道内)実質的に遊女屋であった函館の渡世茶屋19店が営業願を奉行所へ提出
  • 1818年 (道内)函館の地蔵町の築島(古築島、後の船場町)への出店も許され,公認の茶屋も31店に増加
  • 1856年 (道内)神威岬以北への女性の立入解禁
  • 1858年 (道内)函館・山ノ上遊廓を開設(遊女屋24店)
  • 1865年3月 (道内)函館・山ノ上遊廓,遊女屋25店・遊女339人,引手茶屋21店・異人揚屋1店・男芸者5人・女芸者21人

明治(1868年-1912年)

1868年-1880年
  • 1868年頃 (道内)小樽・妙見町にあいまい屋出現
  • 1868年頃 (道内)松前・福山に十数店の妓楼あり
  • 1868年頃 (道内)江差・新地遊廓を開設
  • 1869年11月 遊女屋が石狩から元村(現在の札幌市東区元町付近)に移転
  • 1869年 (全国)津田真道が人身売買禁止を建議
  • 1870年10月 (道内)開拓使が北海道西部各郡の本陣・通行屋に対し,飯盛女を置くことを許可
  • 1870年12月 (道内)開拓使が本府建設にともない,北海道西部各郡には隠売女は一切認めず,小樽にのみ遊女屋を認め,他は旅店に飯盛女を置くことを許可
  • 1870年 創成橋(南1西1)に宿屋ができ,飯盛と称する遊女を置く
  • 1870年 (道内)根室に遊郭「花咲楼」開業(当時の娼妓13人)
  • 1871年5月 札幌の清水民次郎,東京より5人の芸者を連れてきて,南3西2の角で遊女屋を開業
  • 1871年7月 開拓使が薄野竜之に命じ,札幌に2丁四方(4区画)に遊廓地を区画し,創世橋付近の旅人宿・飲食店をここに移し,遊郭地を「薄野」と命名,薄野遊廓(南4〜5条西3〜4丁目)が誕生,入廓する売女屋を「旅籠屋」と称呼することも決定
  • 1871年11月 薄野遊郭には13軒以上の売女屋が存在
  • 1871年 (道内)釧路に遊郭開設
  • 1871年 (道内)小樽に金曇町(こんどんちょう)遊郭を開設(芸妓約20人・娼妓約70人,※1873年との記載のある文献もあり)
  • 1871年 (道内)火災(切見世火事)により,函館・山ノ上遊廓が移転し,蓬莱町遊廓を開設
  • 1871年 札幌の飯盛女を置く宿屋が2軒(「秋田屋」,「○八旅館」※○八は合字)から6軒に増加
  • 1871年 日清修好条約締結の機に,人身売買業者による「からゆきさん」が増加,行き先は東アジア・東南アジア・シベリア・オーストラリア・インド・南北アメリカ・アフリカ・ヨーロッパなど広域に渡る
  • 1872年7月 松本弥左衛門,横浜から遊女21人・芸者3人を渡航させ,南6西3に官費の遊女屋「東京楼」を開業
  • 1872年10月 (全国)「芸娼妓解放令(人身売買ヲ禁シ諸奉公人年限ヲ定メ芸娼妓ヲ開放シ之ニ付テノ貸借訴訟ハ取上ケスノ件)」布告(←マリア・ルス号事件における国際裁判の過程において,日本で遊女の人身売買が公認されていることが国際的に注目を浴びたのも一因)
  • 1872年11月 黒田開拓次官が太政官正院に対し「芸娼妓解放令」の施行につき,北海道の特殊事情を考慮して延期を願い出るも,却下
  • 1872年11月 開拓使が「芸娼妓解放令」布達にあたり,芸娼妓営業を願い出るものは許可するなど,4ヵ条の心得を達す
  • 1872年 (道内)寿都,江差に遊郭開設
  • 1873年1月 開拓使が解放令に対し,北海道当分布告見合せの達を発すも,政府から実施すべきと通告
  • 1873年2月 開拓使が「解放令布告施行」を達す,これにより遊女屋の名目を廃し,貸座敷とすること,酌取・飯盛の名目を芸妓・娼妓と改めることを達す
  • 1873年12月 (全国)「貸座敷渡世規則」「娼妓渡世規則」公布
  • 1873年 (世界)ドイツの菌学者アルベルト・ナイサーが淋病を引き起こす病原菌(淋菌)を発見
  • 1874年 (世界)避妊具・性病予防具として本格的なコンドームが出現
  • 1875年 この頃,「薄野遊郭に娼家30戸ばかりがあり,周囲に堤を築いて一廓をなす」という記述あり
  • 1875年 埼玉県が廃娼を断行(翌年の熊谷県と合併し,旧熊谷県内の本庄・深谷の2遊廓はそのまま存続)
  • 1876年1月 (全国)内務省「売淫罰則」(私娼取締)を制定
  • 1876年 (道内)根室・弥生町遊廓を開設
  • 1877年5月 札幌本庁が「札幌小樽貸座敷並ニ芸娼妓営業規則」発布(→貸座敷と旅篭が分離され,地域も限定,鑑札料・毎月の納金・梅毒検査等を義務付け)
  • 1879年 (道内)根室・弥生町遊廓が移転し,平内町遊郭を開設
  • 1879年 (道内)この頃,釧路の貸座敷業9軒・芸妓11人・娼妓22人
  • 1879年 (道内)この頃,根室の遊郭の相場,芸妓一夜1円・一時50銭・線香一本の間25銭
  • 1880年10月 (道内)小樽・入船町の貸座敷業稲垣方から放火により出火,61戸を焼失
1881年-1900年
  • 1881年5月 (道内)小樽・芝居町より出火,約800戸焼失,金曇町遊郭も焼失
  • 1882年 (道内)この頃,根室管内の貸座敷22軒・芸妓38人・娼妓165人
  • 1883年 札幌県,「密売淫罰則・料理店・飲食店取締規則」を制定
  • 1883年 (道内)小樽・金曇町遊廓が量徳町裏手に移転し,住之江遊廓を開設(年末現在,22軒・娼妓75人,※1881年と記載のある文献もあり)
  • 1886年12月 矢島楫子を中心に東京婦人矯風会が発足(一夫一婦制の建白や,当時「からゆきさん」と呼ばれ,東南アジアを中心に多数渡航していた在外売淫婦の取締りを請願,1893年4月に日本キリスト教婦人矯風会に改組)
  • 1887年5月 高崎竜太郎により『札幌繁栄図録』発行,「北海楼」(南4西4),「昇月楼」(南5西3),「小柳楼」(南5西4)の絵図を記載
  • 1888年 この頃,薄野遊郭の貸座敷15軒・芸妓46人・娼妓123人
  • 1889年 (道内)森町に遊郭指定許可が下り,妓楼は「二福楼」の1軒,貸座敷は4軒
  • 1891年 (道内)根室・平内町遊郭が移転し,花園町遊郭を開設
  • 1892年 札幌で私娼の摘発
  • 1894年 (道内)網走・北見町遊廓を開設
  • 1894年 群馬県で廃娼を断行(実体は公娼の私娼化)
  • 1895年 (道内)室蘭・幕西遊廓を開設
  • 1896年 (道内)小樽・住之江遊廓が移転し,松ヶ枝遊廓と手宮遊廓を開設
  • 1897年 この頃,薄野遊郭の貸座敷40軒・娼妓307人
  • 1897年 (道内)旭川・曙町遊廓を開設
  • 1899年 (道内)下帯広村で遊郭営業が許可され,帯広・木賊原(とくさはら)遊廓を開設(現在の帯広市北4〜5条・西5〜7丁目付近)
  • 1899年 この頃,薄野遊郭の貸座敷39軒・芸妓77人・娼妓297人
  • 1899年 (全国)名古屋の娼妓佐藤ふでらが自由廃業の訴訟に勝利
  • 1900年9月 (全国)吉原娼妓の綾衣(あやぎぬ)による新聞『二六新報』への投書から,娼妓廃業騒動が全国的に展開
  • 1900年10月 (全国)内務省「娼妓取締規則」発布(官許の売春婦は,18歳以上の独身者で親の承諾を得た者に限り,所轄警察署の娼妓名簿に登録したうえ,指定の貸座敷以外で商売をしてはならない等,全国一律で規制→公娼制度の確立)
  • 1900年 (道内)釧路・米町遊廓を開設
  • 1900年 (全国・道内)大審院判決により函館の娼妓に娼妓売買契約の無効,廃業の自由が認められる
  • 1900年頃 (道内)帯広・木賊原遊廓に「日の出楼」開業
1901年-1912年
  • 1901年 札幌区会によって薄野遊廓の鴨々川上流地区への移転が決議されるものの,業者の協力を得られず,実現せず
  • 1902年 (全国)大審院の前借金返済命令判決により自由廃業は困難に
  • 1903年 (道内)浦河に遊廓が許可(戦前の浦河には「田中楼(高見楼,高田楼)」「梅花楼」「西川楼」の3軒の遊女屋があったとされる)
  • 1904年 (世界)「醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買取締二關スル國際協定」採択
  • 1904年 (全国)明治37年末の調査では,全国に官許の娼妓4万2000人余,芸妓2万6000人余
  • 1907年 (道内)函館・蓬莱町遊廓が大火により焼失・移転し,大森遊廓(函館遊郭)を開設
  • 1907年 (道内)旭川・中島遊廓を開設
  • 1909年 (全国)国産コンドームの第1号が出現(溶剤に溶かしたゴムを成形したもの)
  • 1910年 (世界)「醜業ヲ行ハシムル爲ノ婦女賣買禁止二關スル國際條約」制定
  • 1911年4月 (全国)東京・吉原遊廓で大火発生,6500戸を焼失
  • 1911年7月 (全国)公娼廃止運動団体として,廓清会が結成
  • 1911年 (全国)京都帝国大学福岡医科大学の開校に伴い,福岡・柳町遊郭が新柳町への移転が完了
  • 1912年1月 (全国)大阪・ミナミの大火が発生し,難波新地乙部遊廓が全焼

大正(1912年-1926年)

  • 1916年 (道内)はっか生産の好景気を背景に,野付牛町(現在の北見市)の町議会が遊郭設置を求めて決議し,飲食店店主らは北海道庁長官に遊郭設置の陳情書を出すものも,日本キリスト教婦人矯風会野付牛支部等の反対運動により設置されず
  • 1917年 札幌の都心の一部となった薄野遊郭の移転が求められ,移転先として白石村菊水(現在の白石区菊水)が決定(リンゴの病害虫で悩む白石村の果樹園主たちが遊郭用地を札幌区に寄付して誘致に成功,1918年に中島公園で開催予定だった開道五十年記念北海道博覧会が移転を加速)
  • 1918年 薄野遊廓が白石村菊水に移転を開始し,札幌遊郭(通称:白石遊郭)となり,1920年には33軒中31軒移転完了(27軒という説もあり)
  • 1918年 (全国)シベリア出兵時のシベリア在住日本人娼婦は853人
  • 1919年 (全国)1912年のミナミの大火を期に,難波新地の乙部遊廓を飛田に移転し,飛田遊郭を開設
  • 1920年 この頃,白石遊郭31軒・娼妓108人
  • 1920年 (道内)この頃,帯広・木賊原遊廓が最盛期(9軒105人,「日の出楼」「一心楼」「大正楼」「開盛楼」「紀の川楼」等)
  • 1920年6月 (全国)外務省資料「在外本邦醜業婦員数調」によると,支那および満州の4967人を筆頭として,シンガポール1136人,バタヴィア1083人など総計8,807人の娼婦
  • 1921年 (世界)国際連盟が「婦人及児童ノ売買禁止ニ関スル国際条約」を採択
  • 1923年9月 (全国)関東大震災が発生し,吉原の娼妓多数が焼死
  • 1923年11月 (全国)久布白落実,羽仁もと子,山川菊栄らにより,全国公娼廃止期成同盟会が結成
  • 1924年 (全国)この頃,全国の貸座敷営業指定地域は545か所,そこで働く娼妓は約5万2千人

昭和初期 戦前・戦中(1926年-1945年)

  • 1926年 (全国)廓清会と矯風会が合同し,廓清会婦人矯風会廃娼連合(後に連盟)を結成
  • 1927年 (道内)この頃,森町の遊郭が最盛期(5軒22人)
  • 1928年 (道内)この頃,道内の主な遊郭,函館・大森67軒366人,札幌・白石32軒314人,根室・梅ケ枝町21軒196人,旭川・中島24軒181人,室蘭・幕西町19軒117人,釧路・米町14人100人,小樽・入船16軒96人,小樽・手宮15軒79人,帯広・木賊原7軒71人,網走・北見町8軒56人,厚岸6軒45人,旭川・曙7軒43人,滝川6軒37人,苫小牧6軒32人,留萌8軒31人
  • 1928年頃 (全国) 大阪で「大阪式カフェー」と呼ばれる「エロカフェー」が出店され,売春が行われる。その後東京にも進出(→遊郭経営を圧迫)
  • 1929年 (世界)朝鮮総督府の『生活状態調査・平壌府』によると,芸妓は日本人(内地人)55名・朝鮮人164名,娼妓は日本人125名・朝鮮人148名,私娼は日本人79名・朝鮮人99名
  • 1930年 この頃,白石遊郭31軒・娼妓223人
    • 大門通の北側に,西門から東門に向かって「松島楼」「昭和」「千代田」「栄清楼勇喜」「金洋楼角ゑび」「太田楼」「朝日開進楼」「新橋高砂」「富山北国」「栄楼」「柏楼長谷川」「玉楼」「正月観月」「新盛楼」「昇月」「いな葉ときわ」「三日月」「釣月甲子楼」
    • 大門通の南側に,東門から西門に向かって「大正楼」「宮島楼」「岡田楼」「いな葉」「北越」「東京閣喜美川」「丸喜楼」「朝日楼」「富士楼」「一二三楼」「喜久川」「福寿美」「敷島」「日光楼」「源氏楼」
  • 1931年5月 (全国・世界) 国際連盟東洋婦女売買調査団が来日(→日本の公娼の実態報告(ジョンソン報告))
  • 1932年10月 (全国)仏教会が廃娼決議
  • 1932年 (世界)第一次上海事件直後,上海に軍慰安所第一号が設置
  • 1933年 (世界)国際連盟が「成年婦女子ノ売買ノ禁止ニ関スル国際条約」を採択
  • 1933年 (世界)現在のコンドームの基礎となるラテックス製コンドームが誕生
  • 1934年 (道内)函館・大森遊郭が大火により消失
  • 1934年 (全国)廃娼論が高揚し,廃娼が間近との報道
  • 1938年 (全国)群馬・山形・高知・和歌山・茨城・宮城の各県内で日本軍慰安婦の国内での大規模徴集が始まる
  • 1944年 (道内)森町に最後まで残っていた「二福楼」が戦時下体制のため廃業
  • 1944年 (全国)「決戦非常措置要綱」の一環として出された「高級享楽停止に関する具体策要綱」により花柳界の大部分が休業を命じられたが,貸座敷は休業を命じられなかった。また,同年の「高級享楽停止に関する前後措置」により,休業した料亭・待合・芸妓置屋などの一部が慰安所として復活させることが決定し,慰安施設になったものは計4842軒,休業前42568人であった芸妓のうち,7131人が慰安施設に移された
  • 1945年3月 (全国)東京・吉原遊郭が東京大空襲により全焼
  • 1945年8月 (全国)東京・吉原遊郭が営業再開

1940年代後半 戦後

  • 1945年8月 (全国)RAA(特殊慰安施設協会)設立,慰安所第一号として大森海岸の料亭「小町園」が指定
  • 1945年 小樽警察署管内ではRAA設置のために貸座敷(公認遊郭)にいた元娼妓を中心に150-160人の接客婦を集め,札幌も同様に元娼妓30人が含まれていた
  • 1945年 札幌警察署が白石遊郭を改装し,貸座敷という名称を廃止して「カフェー」「キャバレー」「バー」「ダンスホール」「レストラン」などに改称させ歓楽街を作った
  • 1945年 薄野にキャバレーやダンスホールが誕生する(ほとんどが違法に売春を斡旋する青線業者)
  • 1946年1月 (全国)GHQにより公娼制度廃止の覚書を提示,前後して公娼制度廃止の内務省保安部長・警保局長通達
  • 1946年2月 (全国)「娼妓取締規則」廃止(→旧遊郭の貸座敷は特殊飲食店に)
  • 1946年3月 (全国)RAAの施設閉鎖
  • 1946年12月 (全国)「最近の風俗取締対策について」通達(→赤線地帯が生まれる)
  • 1947年 (全国)東京・新宿角筈(現在の新宿3丁目)の「帝都座」で「名画アルバム」という催しが始まる(日本最初のストリップショーとされる)
  • 1948年7月 (全国)「風俗営業取締法」(旧風営法)制定(施行は9月)
  • 1948年 戦争中休業していた白石遊郭が復活
  • 1948年 (全国)東京・浅草の「常盤座」で初めて踊りを取り入れたストリップショーが開催
  • 1949年12月 (世界)国連総会で「人身売買及び売買行為の搾取禁止のための条約」決議(1951年発行)

1950年代前半

  • 1950年8月 (全国)大阪・ミナミに初のアルサロ(アルバイトサロン)「ユメノクニ」開店
  • 1950年 (全国)大阪・ミナミに初の同伴喫茶が出現
  • 1951年4月 (全国)東京銀座にトルコ風呂併設の「東京温泉」開店(日本最初のトルコ風呂,ただし着衣の女性が本格的なマッサージをする店で,当時は性的なサービスは無し)
  • 1951年11月 (全国)公娼制度復活反対協議会が設立
  • 1952年12月 (全国)公娼制度復活反対協議会を改組し,売春禁止法制定促進委員会が結成
  • 1952年 北海道最初のトルコ風呂「ススキノ・トルコ・センター」が南6西5に開店(こちらも性的なサービスは無し)
  • 1952年 (全国)福岡・中洲に「博多温泉トルコ」(1975年廃業)が開店(一説によると,開業当時から本番サービスがあったとされる)
  • 1953年 (全国)トルコ風呂都内20店・全国70店に拡大
  • 1953年 (全国)一部トルコ風呂で「スペシャル・サービス(おスペ)」開始(おスペのサービス範囲には諸説あり,当初の手コキサービスから,後年は本番以外の射精サービス(フェラチオを含む)まで広がったのではないかと推測される)
  • 1953年-1954年 (全国)市川房枝ら女性議員を中心に「売春等処罰法案」を国会に提出するも否決
  • 1954年10月 (全国)警視庁少年課がアルサロで働く女子高生グループ44名を補導
  • 1954年 この年,人身売買被害女性は8635名で前年比1386名の増加,被害女性の80%が売春で,全体の40%は未成年

1950年代後半

  • 1955年10月 (全国)愛媛県の16歳の少女の事案で,最高裁は「未成年者の人身売買のような公序良俗に反する契約の前借金は無効」と判決
  • 1956年5月 (全国)「売春防止法」制定
  • 1956年 (全国) この頃,東京都内の一部トルコ風呂で本番サービスが始まったと言われる
  • 1957年10月 (全国)売春汚職事件発生(政治家と赤線業者による贈収賄捜査の裏で,検察内部の派閥抗争が絡み,マスコミまでを巻き込んだ大事件。全国性病予防自治連合会(赤線業者の業界団体)幹部らの逮捕に始まり,国会議員3名も起訴された。)
  • 1957年 白石遊郭廃止
  • 1957年 (全国)日本で高用量ピル発売開始
  • 1957年 (全国)労働省婦人少年局の調べによると,組織売春地区1634か所,業者3万5283人,慰安婦・従業婦・散娼計14万2000人
  • 1958年2月 (全国)遊郭としての吉原閉鎖
  • 1958年4月 (全国)「売春防止法」全面施行(→赤線消滅)
  • 1958年4月 (全国)「人身売買及び他人の売春からの搾取の禁止に関する条約」を国会承認(加入は5月,発行は7月)
  • 1958年8月 (全国)東京・吉原の遊郭「東山」がトルコ風呂「トルコ吉原」に転業(吉原最初のトルコ風呂)
  • 1958年 (全国)トルコ風呂都内33店・全国で100店を超える
  • 1959年2月 (全国)一部改正「風営法」制定(施行は4月,→法律名変更,低照度飲食店・区画席飲食店・深夜における飲食店営業の規制)

1960年代前半

  • 1960年10月 (全国)東京のトルコ風呂「五反田トルコセンター」等が摘発(トルコ風呂の初の摘発)
  • 1960年 (全国)川崎最初のトルコ風呂「京浜トルコ」開店
  • 1960年 (全国)トルコ風呂都内67店・全国167店に,関東を中心に店舗増加・サービスの過激化
  • 1960年 (世界)アメリカでピル(高容量ピル)を経口避妊薬として世界初めて認可
  • 1961-1962年頃 東京・吉原のトルコ風呂「吾妻」に勤務するトルコ嬢アズマにより「椅子洗い」が行われる
  • 1962年頃 (全国)背の高いソファを仕切りにした同伴喫茶が流行
  • 1963年 (全国)東京オリンピックの洗浄作戦の一環として,警視庁が都内で検挙を始める
  • 1963年頃 (全国)パンマと呼ばれるあんま師売春が流行
  • 1964年3月 (全国)警視庁は高級デートクラブ「白金友の会」を摘発,メンバー13人の女性の大半が未成年で,デート料の90%をピンハネ
  • 1964年5月 (全国)一部改正「風営法」制定(施行は8月,→深夜営業の規制強化,18歳未満の利用・就業禁止の徹底)

1960年代後半

  • 1965年1月 (全国)東京・麻布に日本初のテレホンクラブ「クラブ東京」開店
  • 1965年8月 (道内)「北海道迷惑行為防止条例」制定
  • 1966年6月 (全国)一部改正「風営法」制定(施行は7月,→トルコ風呂・ストリップ劇場・ヌードスタジオの規制,トルコ風呂については学校・図書館・児童福祉施設等の周辺200m以内に設置を禁止)
  • 1966年 (全国)トルコ風呂全国で706店に(東京都208店・神奈川県54店・千葉県28店・北海道25店・福島県7店・岐阜県30店・福岡県18店)
  • 1966年 (全国)吉原が地名から消える
  • 1967年 (全国)大阪で「ヒット」という小型キャバレーが開店し,初めて「ピンクサロン」という呼び名を用い,全国に広がる
  • 1968年5月 (全国)山形県に対し余目町に個室付浴場(トルコ風呂)設置の申請され,反対運動が起こる(6月に建設予定地近隣に児童遊園が申請・設置され,8月に「トルコハワイ」営業開始,翌年2月に営業停止処分,その後裁判で行政権の濫用が争われ,1978年6月に最高裁判決が下され,行政側敗訴→余目町個室付浴場事件(トルコハワイ事件))
  • 1968年12月 この頃,すすきののトルコ風呂10店に
  • 1969年 (全国)この頃,川崎トルコ風呂「川崎城」の浜田嬢により「泡踊り」が生まれたと言われる
  • 1969年 (全国)東京・池袋に初のレンタルルーム「ミロワール」開店

1970年代前半

  • 1970年 この頃,札幌のヌード劇場6館に
  • 1970年 (全国)個室付浴場業の禁止法案(公衆浴場法の一部改正)が議員立法化される動きがあり,「全日本特殊浴場協会連合会(全特連)」(東京地区を中心に会員構成)が設立
  • 1971年2月 (全国)石川県・山中温泉でトルコ風呂を経営していた田守世四郎が大津・雄琴に最初のトルコ風呂「花影」開店
  • 1971年3月 (全国)京都府でトルコ風呂の営業禁止
  • 1971年10月 (全国)ストリッパーの一条さゆりの半生を綴った実録小説『一条さゆりの性』が出版され,人気に火がつく
  • 1971年末 (全国)大津・雄琴にトルコ街が形成(京都から移転する店を中心に,1971年末までに7店,1972年には8店が新たに加わり,1973年には全部で29店が営業)
  • 1971年 すすきののトルコ風呂に二輪車が登場
  • 1972年2月 この頃,すすきののトルコ風呂11店に
  • 1972年7月 (全国)一部改正「風営法」施行(→モーテル営業の規制)
  • 1972年10月 (全国)映画『一条さゆり 濡れた欲情』が一般公開
  • 1972年 (全国)那覇市と宮崎市に初のトルコ風呂開店
  • 1972年 (全国)東京・赤坂を中心にホテルのロビーや街頭でお客を引く東南アジアの女性「じゃぱゆきさん」が登場。
  • 1973年 (全国)千葉・栄町のトルコ風呂でイス洗いが人気に
  • 1973年 (全国)この頃,全国のトルコ風呂は1148店
  • 1973年 (世界)低用量ピルが開発(日本での認可は1999年)
  • 1974年6月 (全国)出張トルコ急増
  • 1974年 (全国)『警察白書 昭和49年度版』において,トルコ風呂での売春の横行と暴力団等の「ひも」の関与が問題とされる

1970年代後半

  • 1975年9月 (全国)全国のストリップ劇場で史上最大の摘発が実施され,約4000人のストリッパーのうち2000人が検挙され,「魔の9月」と後に呼ばれる
  • 1975年 (全国)新宿・渋谷に電話でセックスごっこの相手をするテレホンセックスが出現
  • 1976年5月 (全国)この年,トルコ風呂約1240店,トルコ嬢1万7〜8千人,トルコ風呂のない県は青森・山形・群馬・長野・富山・福井・奈良
  • 1976年5月 (全国)個室付浴場業の禁止法案(公衆浴場法の一部改正)が提出されるが,審議未了により廃案
  • 1976年10月 (全国)警視庁は中学生売春グループ16人を補導,蒲田署でも女子高生売春グループ6人を補導
  • 1977年3月 (世界)フィリピンでじゃぱゆきさんが問題化
  • 1977年5月 (全国)福岡・中洲のトルコ風呂「青葉城」など6店が摘発(児童福祉法違反:女子高生勤務)
  • 1977年11月 (全国)全日本特殊浴場協会連合会が当時の厚生大臣宛に法案設立に強く反対する旨の要望書の提出
  • 1977年 すすきののトルコ風呂,この年13店新規開業
  • 1977年 (全国)警視庁が売春関係事犯の全国一斉取締で700名以上を検挙
  • 1977年 (全国)東京・吉原のトルコ風呂「早乙女」が管理売春容疑で摘発
  • 1977年 (全国)トルコ風呂にバイオレンス・サービス(最初にツボ洗いで1回,ベットで1回全て生本番)が広まる,また無制限本番サービスも登場
  • 1978年5月 すすきののトルコ風呂この頃59店に,他に中の島に2店
    • すすきののトルコ風呂「瑾鵾花(きんこんか)」(南6西4),「尼寺」(南6西5旭観光ビル),「修道院」(南5西3ラテンビル),「ニュー修道院」(南5西5野崎ビル),「蘇州城」(南6西3),「台北」(南5西4観光会館),「桃源郷」(南5西5北開ビル),「金瓶梅」(南5西5第一桂和ビル),「女学院・白爵」(南5西3 三番館ビル),「光女学園」(南5西4アイシンビル),「トルコ大学・祇園」(南5西5銀座ビル),「日本橋」(南5西5),「家紋」(南6西5旭観光ビル),「江戸城」(南6西5旭観光ビル),「四海波」(南5西5ヤマトビル),「女の館」(南6西4ファニービル),「飛鳥」(南6西4旭観光ビル),「ハレム」(南5西5銀座ビル),「歌川」(南6西3),「ミカド」(南5西4アイシンビル),「エアーポケット」(南6西4),「エアーライン」(南5西5野崎ビル),「くの一」(南5西4観光会館),「花の館」(南6西4ファニービル)等
    • 中の島のトルコ風呂「歌麿」「ニュー東京」
  • 1978年9月及び12月 全国一斉のストリップ劇場摘発
  • 1978年 すすきのに総工費13億円の豪華トルコ風呂が登場
  • 1978年 (全国)京都・西賀茂に初のノーパン喫茶「ジャーニー」開店
  • 1979年12月 (全国)この年,トルコ風呂1450店,トルコ嬢約1万8千人,利用者は推定2070万人,売り上げは2900億円
  • 1979年 『すすきのTOWN情報』創刊

1980年代前半

  • 1980年4月 この頃,すすきののトルコ風呂80店(建設中も含む)
  • 1980年11月 札幌の本サロ摘発
  • 1980年 (全国)熊本にトルコ風呂「ブルーシャトー」開店(後に、3大ソープの一つとして挙げられることが多い)
  • 1981年1月 (全国)長野・松本でトルコ風呂建設問題が発生し,トルコ風呂絶対反対期成同盟会結成
  • 1981年1月 (全国)『月報「全特浴」』創刊(後に『隔月報「全特連広報」』と誌名変更)
  • 1981年始め (全国)ノーパン喫茶が関東を中心にブームとなり,全国的に展開
  • 1981年3月 (全国)東京・新宿に初のマントル(マンショントルコ)が出現
  • 1981年3月 すすきのに初の女性専用トルコ風呂オープンするも,半年で閉店
  • 1981年7月 (全国)東京に初の性感マッサージと個室マッサージ開店(→この東京と大阪の2つの流れがファッションヘルスに発展したと思われる。ただ,最初のヘルスは小倉とか,名古屋とか,東京・高田馬場という説もあり,はっきりしない。)
  • 1981年 (全国)東京・渋谷に初ののぞき部屋「シアター4・5」が開店し,全国的に展開
  • 1981年 (全国)全日本特殊浴場協会連合会が業界の実情を詳しく訴えた要望書を提出
  • 1981年頃 (全国)全国のピンサロで生尺・口内発射が定着
  • 1982年1月 (全国)大阪・西中島に初のファッション・マッサージ開店(→この東京と大阪の2つの流れがファッションヘルスに発展したと思われる。ただ,最初のヘルスは小倉とか,名古屋とか,東京・高田馬場という説もあり,はっきりしない。)
  • 1982年8月 すすきのの「ノーパン+のぞき劇場+トルコ風呂」の複合店が人気に
  • 1982年 (全国)東京・新宿に女性専用トルコ風呂が出現
  • 1982年 (全国)この年,トルコ風呂1600店以上トルコ嬢2万人以上で,最盛期を迎える。『警察白書』によると,多い地域として東京(216軒)・神奈川(139軒)・愛知(60軒)等があり,ソープランド営業が1軒もないのは青森・山形・群馬等の7県との記述がある。
  • 1982年頃 (全国)個室ヌードが目立ち始める
  • 1982年頃 『すすきのTOWN情報』性風俗関係の広告を掲載開始
  • 1982年頃 札幌に男女交際クラブを偽装したデートクラブの出現
  • 1983年始め (全国)愛人バンク登場(マスコミに取り上げられ,特に有名になったのは「夕ぐれ族」)
  • 1983年3月 すすきのに複合射精産業ビル登場
  • 1983年4月頃 すすきのに「プッシーキャット」開店
  • 1983年10月 (全国)俳優アラン・ドロンが東京・吉原のトルコ風呂「歌麿」で遊んだという噂が立ち,客が押しかけ,翌月摘発を受け閉店
  • 1983年12月 (全国)愛人バンク「夕ぐれ族」の女性社長逮捕(売春防止法違反)
  • 1983年12月 この頃,北海道のトルコ風呂101店,うちすすきのに90店
  • 1983年頃 (全国)東京・新宿歌舞伎町に「アメリカンクリスタル」開店
  • 1984年8月 (全国)トルコ人留学生が厚生大臣に「トルコ風呂」の名称変更を直訴
  • 1984年10月 (全国)横浜特殊浴場協会が「トルコ風呂」の名称使用中止(続いて,愛知県や神戸市の特殊浴場協会も使用中止)
  • 1984年12月 (全国)東京都特殊浴場協会がトルコ風呂の代わりの名称を一般公募し,新名称「ソープランド」を発表(なお,旭川・帯広では「コルト」という名称を使用する等、他の名称を使用する店もあった)
  • 1984年 (全国)東京・池袋に初のキャバクラ(キャバレークラブ)が出現
  • 1984年 (全国)東京・新宿歌舞伎町にイメクラの原型となる「スーパーギャル」が開店,オフィースイメクラの原型「プレジデント企画」も開店
  • 1984年 (世界)HIV(エイズウィルス)発見
  • 1984年頃 すすきのに「アクアマリン」開店

1980年代後半

  • 1985年2月 (全国)「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(新風営法,風適法)施行(→営業時間を制限,ファッションヘルス等も届出対象に)
  • 1985年2月 (道内)北海道で大幅改正「風営法施行条例」及び改正「北海道迷惑行為防止条例」施行(→客引きの禁止,ソープ新規出店の実質禁止?)
  • 1985年2月頃 (全国)新風営法の施行により,ノーパン喫茶が姿を消す
  • 1985年 (全国)東京・新宿に初のテレホンクラブ(テレクラ)開店(最初の店は「アトリエキーホール」「東京12チャンネル」等,諸説ある)
  • 1985年 (全国)大阪に「リッチドール」開店
  • 1985年 (全国)新風営法施行により深夜営業ができなくなったため,早朝営業が広がる
  • 1985年 (全国)日本で初めてエイズ患者を確認
  • 1985年頃 すすきのに「ネグリジャン」開店
  • 1986年 (全国)東京・鶯谷に初のイメクラ(イメージクラブ)「夢」開店
  • 1986年 (全国)東京・吉原に初の情報喫茶開店(日本最初の情報喫茶は,岐阜・金津園と言われる)
  • 1986年 (全国)顔射を謳う初のアダルトビデオ「極め付き顔面発射・狂った樹液」が発売され,顔射が流行
  • 1986年頃 この頃,すすきののソープ93店(おそらくこの頃が最大店舗数),個室マッサージ22店
  • 1987年1月以降 (全国)エイズ騒動(→ソープが不振に)
  • 1987年9月 すすきのに初のマンキャバ(マンションキャバレー)開店
  • 1988年2月 (全国)元祖潮吹き娘「沖田ゆかり」がAVデビューし,潮吹きが話題になる
  • 1988年 (全国)東京・吉原に初のソープ嬢の労働組合(20名参加)が誕生し,ストライキを行う
  • 1989年7月 (全国)NTTがダイヤルQ2サービスを開始
  • 1989年8月 すすきののソープ「江戸城」「大阪城」「モナリザ」「オーデションクラブ」4店摘発(タクシー運転手から客を斡旋,56社の半数以上の運転手が関与)
  • 1989年9月 (全国)兵庫信用金庫神戸駅前支店が地元のソープに1000万円を融資し,売春防止法違反(資金提供)容疑で兵庫県警から書類送検されたものの,神戸地検は同信金を「責任は刑事罰を科すほどではない」と起訴猶予処分に
  • 1989年 (全国)東京・鶯谷に初のニューハーフヘルス「元祖ニューハーフヘルス」開店
  • 1989年 (全国)東京・高田馬場に女子高生の中古セーラー服などを販売をするブルセラショップが出現

1990年代前半

  • 1990年 (全国)大人のパーティーが出現
  • 1990年頃 すすきのにヘルス「マリリン」開店
  • 1991年5月 すすきののヘルス「札幌クリスタル」(南5西5)摘発(不法就労)
  • 1991年9月 この頃,すすきののソープ52店,個室マッサージ30店,デートクラブ9店,テレホンクラブ16店
  • 1991年 (全国)ノーパンしゃぶしゃぶが出現
  • 1992年2月 この頃,すすきののソープ46店
  • 1992年3月 (全国)「暴力団対策法」施行
  • 1992年3月〜5月 暴対法関連ですすきのの性風俗店6店を摘発
  • 1992年 すすきののデートクラブ摘発によりほぼ全滅
  • 1992年 (全国)ランジェリーパブ(ランパブ)が出現・流行
  • 1992年 (全国)大阪府のソープほぼ全滅(厳しい摘発の理由は諸説あり(1990年花博開催・1994年関空開港・1995年大阪APEC開催等),大阪最後のソープと言われる京橋の「ニュー銀橋」は2000年以降も営業していたと言われるが,ソープとしていつ頃まで営業していたか不明。)
  • 1993年7月 (全国)「ハレンチグループ」第1号店「イメクラ・ジュリアナ歌舞伎」が東京・新宿歌舞伎町に出店
  • 1993年9月 『すすきのTOWN情報』性風俗関係の広告を制限
  • 1993年10月 すすきの最大の客引き組織「五条会」解散するものの,12月には「新五条会」を結成し,活動再開
  • 1993年 「ソシアル桂和ビル」(南5西5)をすすきの最初の暴力団排除モデルビル(性風俗も禁止)に指定
  • 1993年 (全国)東京・吉祥寺に初のプラクラ(プライベートクラブ)が出現し,援助交際のたまり場となる
  • 1993年 (全国)外国人女性に対する売春取締が強化される
  • 1993年 (全国)韓国エステが上陸(当初は服を着たまま,指圧・オイルマッサージなど後に手だけのサービス)
  • 1993年 北海道婦人相談所の調査によると,売春理由のうち経済的理由を挙げるものが91.5%,売春の種類は自前売春59.8%管理売春39.0%とのこと
  • 1993年 (全国)「ホットポイントグループ」第1号店が大阪・十三に出店
  • 1993年 (全国)古物営業法違反容疑で初めてブルセラショップが摘発
  • 1993年頃 (全国)「プルプルグループ」第1号店「プルプルハウス」が京都・木屋町に出店
  • 1994年5月 「すすきのビル」(南4西3),「ニュー北星ビル」(南4西3),「恵愛ビル」(南4西4)を暴力団排除モデルビルに指定
  • 1994年 (全国)東京・新宿では性感マッサージが進化をし,素股や全身リップを売りとした性感ヘルスが出現
  • 1994年 (全国)大阪にカップル喫茶が出現
  • 1995年 (全国)「YESグループ」第1号店「サテンドール」が横浜・曙町に出店

1990年代後半

  • 1996年 (全国)「援助交際」が流行語大賞トップテンに入賞
  • 1996年頃 (全国)「ハレンチグループ」が横浜に進出
  • 1997年3月 「YESグループ」すすきの進出(札幌1号店「シレナ」開店)
  • 1997年5月 (全国)神奈川県で店舗型性風俗店の新規出店を禁止(首都圏での初の規制)
  • 1997年頃 (全国)フードル全盛期
  • 1998年1月 (全国)大蔵省接待汚職事件により,大蔵省官僚等が逮捕され,その舞台となった会員制高級ノーパンしゃぶしゃぶが話題に(その店(ローラン)はその後閉店)
  • 1998年3月 (全国)風俗系口コミサイト「日本ピンサロ研究会(日ピン)」が一般公開
  • 1998年 (全国)東京・六本木に日本最初のオナクラ「六本木ミント」開店(当初は「オナパブ」と呼ばれる)
  • 1998年 (全国)女の子付きのビデオBOXが出現
  • 1998年 (全国)失楽園ブームとともに,人妻性感ヘルスが出現
  • 1998年 (全国)風俗情報誌『MAN-ZOKU』を発行する株式会社クリエイターズカンパニーコネクションが「デリバリーヘルス」という名称を発案し,関連会社である株式会社シーズホールディングコーポレーションが商標出願登録(当初は「出張ヘルス」「宅配へルス」という名称も使われた)
  • 1998年頃 この頃,すすきののヘルス60店前後
  • 1998年頃 札幌風俗の口コミ系サイト「札幌ナイト倶楽部」公開(2006年頃まで更新を継続)
  • 1999年3月 (全国)バイアグラ(クエン酸シルデナフィル)解禁
  • 1999年4月 (全国)大幅改正「風営法」施行(→デリヘル・アダルト映像のネット送信も届出対象に,広告の規制)
  • 1999年4月 (全国)改正「風営適正化法施行条例」施行(→性風俗店の宣伝規制,飲食店・マージャン店の営業時間の延長,パチンコの営業時間の規制)
  • 1999年4月 「ハレンチグループ」すすきの進出(札幌1号店「マットDEいってミルク」「カプリ娘」開店)
  • 1999年4月 ストリップ劇場「札幌道頓堀劇場」開館
  • 1999年6月 (全国)ピル(低用量経口避妊薬)解禁
  • 1999年9月 (道内)女子中学生を雇用していた千歳のデリヘル「Gスポット」摘発
  • 1999年9月 北海道への修学旅行の際,東京都立高校定時制の男性教諭が男子生徒11人(18-20才)を札幌市内のソープに連れていく事件発生(教諭はやめるよう説得したが,生徒が聞き入れないため,危険な店に行かないよう数店に分けて入店させたとのことだが,翌年3月「不適切な指導」として地方公務員法違反(信用失墜行為)で諭旨免職)
  • 1999年11月 (全国)「児童買春・児童ポルノ禁止法」施行
  • 1999年12月 『すすきの新聞』創刊
  • 1999年 デンマークで,刑法改正により18歳以上の売春は完全に合法化
  • 1999年頃 すすきののぼったくり・客引きが問題に

2000年代前半

  • 2000年1月 すすきののソープ「迎賓館」摘発(売春防止法違反:売春斡旋,旅行ガイドと添乗員も共謀)
  • 2000年1月 すすきののストリップ劇場「浅草ロック座ススキノ マドンナ」閉館
  • 2000年3月 この頃,すすきののソープ42店,ヘルス百数十店
  • 2000年7月 この頃,すすきののぼったくり店三十数店,2000年前半で5店摘発
  • 2000年10月 札幌のメンズエステ「シャカール」摘発(風営法違反:域外営業,中央区北2西3)
  • 2000年10月 「プラザ6・4ビル」(南6西4)を暴力団排除モデルビルに指定
  • 2000年10月 (全国)風俗サイト「ヘブンネット」(最初は東海エリア)が開設
  • 2000年11月 (全国)東京で「ぼったくり防止条例」施行
  • 2000年11月 (世界)「国際組織犯罪防止条約」を補完する議定書として「国際組織犯罪防止条約人身取引議定書」が国連で採択(2003年12月効力発生,2005年6月国会承認)
  • 2000年 すすきののストリップ劇場「札幌ニューカジノ」閉館
  • 2000年 (世界)オランダで16歳以上の売春が完全に合法化
  • 2000年頃 『シティヘブン北海道版』創刊
  • 2001年1月 (全国)2chからアダルト系匿名掲示板「PinkBBS」が独立
  • 2001年冬頃 この頃,すすきののぼったくり店約30店,客引き150〜200人
  • 2001年春頃 条例施行により,すすきののぼったくり店約10店(一部はエステ店・マッサージ店に衣替え),客引き100人弱に減少
  • 2001年5月 (全国)ハレ系が風俗嬢向けサイト「クラブネットフードル(CNF)」の運用を開始し,嬢のWeb日記等を公開
  • 2001年6月頃 『マンゾク北海道』(後の『すきパラ・まんぞく』)創刊
  • 2001年9月 (道内)北海道で「ぼったくり防止条例」(北海道性風俗営業等に係る不当な勧誘,料金の取立て等の規制に関する条例)施行
  • 2001年 夜業界(水商売・風俗等)向けの情報交換サイト「ホストラブ(ホスラブ)」が開設
  • 2001年頃 (全国)神奈川県で「性風俗店税」を検討
  • 2002年 (世界)ドイツで売春法が施行され,売春が合法化
  • 2002年頃 (全国)名古屋に最初のピデオパブ開店
  • 2002年頃 (全国)日韓ワールドカップ開催前後に,東京都内の繁華街で風俗店の大規模摘発
  • 2003年3月 17歳の嬢を売春させた札幌のデリヘル「ピュピュ」摘発(児童福祉法違反:淫行させる行為,売春防止法違反:周旋)
  • 2003年3月 すすきのの性風俗店「札幌パイパン倶楽部」摘発(風営法違反:域外営業,南5西6)
  • 2003年9月 (全国)「出会い系サイト規制法」施行
  • 2003年9月 すすきのの中国人エステ経営関与(不法就労)で中国人留学生等が逮捕
  • 2003年 札幌のデリヘルグループ「アイズグループ」第1号店「Club恋慕」開店
  • 2003年頃 (道内)この頃,デリヘル道内約660店,旭川約80店,函館約50店,釧路・帯広周辺約50店
  • 2003年頃 札幌の地下街等のカラス族(性風俗店等のスカウト)が問題に
  • 2004年1月 (道内)北海道で改正「迷惑防止条例」施行(→ピンクチラシ禁止)
  • 2004年5月 (世界)韓国で「性売買特別法」施行(→ミアリテキサス,清凉里 588等の風俗街に対する取締強化,風俗街の縮小)
  • 2004年暮れ (全国)東京・新宿歌舞伎町で大規模な摘発実施(歌舞伎町浄化作戦)
  • 2004年以降 (全国)デリヘル利用者に詐欺事件頻発(嬢が18歳未満だったという詐欺や本番行為に関わる詐欺)

2000年代後半

  • 2005年1月〜8月 (全国)横浜・黄金町で大規模な摘発実施,日本三大ちょんの間の一つとも呼ばれた黄金町のちょんの間は全滅(バイバイ作戦)
  • 2005年11月 (全国)「新宿ソフト」摘発(風営法違反:域外営業。テレホンクラブ「リンリンハウス」,漫画喫茶「マンボー」,都内の80店以上のホテヘル,ラブホテル・レンタルルーム,無料案内所,不動産業等を経営)
  • 2005年11月 札幌市東区のハプニングバー「ブルーハート」摘発,経営者と客2名逮捕(公然わいせつ)
  • 2005年12月 札幌市で「ススキノ条例」(札幌市公衆に著しく迷惑をかける風俗営業等に係る勧誘行為等の防止に関する条例)施行(→風俗客引き禁止強化,風俗スカウト禁止)
  • 2005年12月 風俗サイト「ヘブンネット」が北海道エリアを開設
  • 2006年1月 すすきのの有名ヘルス「プッシーキャット」摘発(公然わいせつ)(2006年4月から一時休店,その後復活)
  • 2006年3月 すすきののソープ「ベラージオ」摘発(営業権貸与)
  • 2006年5月 (全国)大幅改正「風営法」施行(→客引き禁止強化,ピンクチラシ禁止,ホテヘル等の受付所・待合所の規制強化,罰則強化)
  • 2006年春〜秋 (全国)埼玉・西川口で大規模な摘発実施,違法風俗店はほぼ全滅
  • 2006年6月 すすきの約300店の性風俗店のうち,数十店に暴力団が実質関与と報道
  • 2006年7月 「YESグループ」社長逮捕(札幌の地下街でのスカウト行為,当時は札幌・東京・横浜・福岡で29店舗を営業)(→グループは1年間広告を自粛)
  • 2006年7月 「プルプルグループ」すすきの進出(札幌1号店「プルプル倶楽部」開店)
  • 2006年9月 地元地域及び札幌市からそれぞれ風適法施行条例の改正要望書が北海道警察に提出(当時のすすきのの店舗型ファッションヘルスは164店)
  • 2006年11月 北24条のピンキャバ「団地妻」摘発・閉店(風営法違反:域外営業)
  • 2006年12月 この頃,客引き約20名に激減,カラス族ほぼ全滅,ぼったくり店減少するも巧妙化
  • 2006年 (道内)ストリップ劇場「登別温泉劇場」休業
  • 2006年 (全国)JKリフレ出現
  • 2006年12月〜2007年3月 すすきので規制強化前の店舗型ヘルス新規出店相次ぐ
  • 2007年2月 (全国)福岡・中洲に女性専用ソープ「CCクラブ」が開店(同年10月28日閉店)
  • 2007年4月 (道内)北海道で改正「風営法施行条例」施行(→ソープ・店舗型ヘルス新規出店の禁止,第10条2項1号で道内全域を禁止地域に指定)
  • 2007年4月 すすきののストリップ劇場「札幌道頓堀劇場」摘発(公然わいせつ,職業安定法違反)
  • 2007年7月 デリヘル「舞姫」「オーロラ」摘発(外国人不法就労)
  • 2007年8月 白石のヘルス「バービーズカフェ」「くー娘(にゃん)」「ファッションルームメアリー」3店摘発(域外営業,白石区本郷通13南1)
  • 2007年8月 南5西4の風俗店「ピックアップ」摘発(ぼったくり防止条例違反)
  • 2007年10月 『すすきのTOWN情報』風俗記事・広告掲載中止
  • 2007年10月頃 すすきのに激安ヘルス「イクワ」開店
  • 2007年12月 (全国)大津・雄琴のソープ「ラブアンドボディー」摘発(売春防止法違反:場所提供)
  • 2007年 (道内)ストリップ劇場「洞爺OSミリオン座」閉館
  • 2007年 「札幌防犯健全協力会」発足(すすきのの店舗型ヘルスの約半数の89店が加盟)
  • 2008年4月 すすきののソープ「江戸城」火災・閉店(ソープ嬢2名・客1名死亡)
  • 2008年6月 すすきののソープ「地中海」摘発(18歳未満の嬢(15歳)を雇用)
  • 2008年 (道内)帯広唯一のソープ「帯広コルト」閉店
  • 2008年頃 札幌市内のすすきの以外のピンキャバ(北24条・琴似・白石等)はほぼ全滅
  • 2008年頃 (道内)ストリップ劇場「登別温泉劇場」土日のみ営業を再開したものの,その後閉館
  • 2009年1月 すすきののストリップ劇場「札幌道頓堀劇場」営業再開
  • 2009年2月 (全国)「ハレンチグループ」が「ハレ系」に名称変更
  • 2009年8月 (全国)沖縄・真栄原で本格的な浄化運動開始(当時の裏風俗店約110店)

2010年代前半

  • 2010年1月 すすきののストリップ劇場「札幌道頓堀劇場」休業
  • 2010年2月 すすきののピンキャバ「ニューまる感」摘発
  • 2010年7月 すすきののソープ「ヤングソープタッチ」摘発(18歳未満の嬢(16歳)を雇用)
  • 2010年8月 すすきのにGOGOグループ1号店「アメキャン」開店
  • 2010年9月 南5東4(豊平橋付近)の裏風俗「カネマツ会館」「五条東会館」摘発
  • 2010年9月 札幌のライブチャット,全国で初摘発(18歳未満の嬢のわいせつ映像配信)
  • 2010年10月〜11月 (全国)京都・五条楽園(五條楽園)の裏風俗店,2度の摘発により壊滅
  • 2010年11月 すすきののピンキャバ「ニューまる感」再摘発
  • 2010年11月 すすきののヘルス「素人倶楽部彩」摘発(18歳未満の嬢(14歳)を雇用)
  • 2010年12月頃 (全国)高松・城東町でソープ摘発(時間外営業)
  • 2010年12月 (全国)関東唯一のラッキーホール「パステル」閉店
  • 2011年1月 (全国)一部改正「風営法」施行(→偽装ラブホ・出会い系喫茶の規制)
  • 2011年1月 プリンスグループ社長逮捕(横浜や札幌のキャバクラ等を経営,風営法違反容疑:名義貸し・無許可営業)
  • 2011年1月 (全国)石川・片山津温泉のソープ「重役室」摘発(売春防止法違反:場所の提供,同年9月風営法の廃業命令,同年10月廃業,向かいに総湯(公共温泉)オープンのため廃業させたと思われ,その後訴訟に)
  • 2011年2月 風俗店への情報漏えい容疑で道警警部補逮捕
  • 2011年2月 (全国)沖縄・真栄原の裏風俗店消滅
  • 2011年3月 (全国)国立女性教育会館発行の『人身取引(トラフィッキング)問題について知る2011』によると,「男性の約4割が性的サービスを買った経験あり」との調査報告あり
  • 2011年9月 札幌のアリバイ屋,全国で初摘発
  • 2011年12月 (全国)高知・堺町でソープ系列店一斉摘発(売春防止法違反:場所の提供)
  • 2011年 (世界)台湾で「性交易専区」での売春を合法化(→合法化後も「性交易専区」で営業する者は稀で,デリヘル形式もしくは置屋形式で地下ビジネス化)
  • 2012年4月 すすきののソープ「シャトールージュ」摘発(時間外営業?)
  • 2012年6月 (全国)神戸・福原のソープ「エスプーマ」摘発(売春防止法違反,福原ソープの摘発は17年ぶり)
  • 2012年7月 (全国)福井のソープ「ひえん別館」摘発
  • 2012年8月 この頃,すすきのの客引き約80人に増加
  • 2012年10月 (全国)東京・吉原のソープ「オレンジグループ」の店舗一斉摘発
  • 2012年11月 (全国)大津・雄琴のソープ「アムアージュ」摘発(売春防止法違反,翌年1月にスカウトともに再逮捕(職業安定法違反:有害業務に就かせる行為),店は2015年2月に復活)
  • 2012年 この年のすすきのの客引き逮捕者は106人に増加
  • 2013年1月 (全国)岐阜・金津園のソープ「デュラスクラッシック」「ゴールドモデルズ」など4店舗摘発(売春防止法違反,金津園ソープの摘発は2007年以来)
  • 2013年3月 (全国)福井のソープ「ホットヘブン」が摘発され,福井県で営業するソープが一時期無くなる(その後,昨年6月に摘発を受け,営業停止中だった「ひえん別館」はソープとして復活,「ホットヘブン」はM性感・ヘルスに転業)
  • 2013年4月 (道内)「北海道暴力団の排除の推進に関する条例」施行
  • 2013年5月頃 すすきののラッキーホール「セブンティーン」閉店(すすきの唯一のラッキーホール(壁越しにフェラ・手コキで射精する店),全国でも2店,他に郡山の「ラッキーホール」しか残っていなかったと思われる)
  • 2013年9月 すすきので高校生の客引きを逮捕
  • 2013年9月 (全国)東京・神奈川・埼玉の風俗店50店以上と契約していた都内最大級のスカウト組織「タレントバンク」摘発(都迷惑防止条例違反)
  • 2013年9月 (全国)東京・新宿区で客引きを全面的に禁止する条例施行
  • 2014年4月 (全国)神戸・京都・福岡・熊本・横浜で店舗型ヘルスを展開する「ホットポイントグループ」が大阪国税局などの税務調査を受け,2013年までの数年間に約32億円の所得隠しを指摘され,数億円の追徴課税を請求される
  • 2014年5月 (全国)日本最大級を謳う東京・上野のハプニングバー「KUNKUN」摘発(公然わいせつほう助)
  • 2014年6月 (全国)東京の韓国人デリヘル摘発(経営者は売春防止法違反:周旋,出入国管理及び難民認定法違反:不法就労助長,ドライバーは道路運送法違反:有償運送で検挙)
  • 2014年7月 (道内)旭川市で「3・6条例」(旭川市客引き勧誘行為等の防止に関する条例)施行
  • 2014年9月 (全国)金沢地裁が2011年9月の片山津温泉のソープ「重役室」の廃業命令は違法と判決,取消を県に命令(その後の展開については不明)
  • 2014年11月 すすきのの客引き9名を暴行容疑で逮捕
  • 2014年11月 (全国)福岡で出会い系サイトを利用した管理売春組織を摘発(経営者は売春防止法違反,みかじめ料を徴収していた暴力団組員は組織的犯罪処罰法違反:犯罪収益等収受で検挙)

2010年代後半

  • 2015年1月 すすきののキャバクラ「ちゅっぱチャップス」摘発(ぼったくり)
  • 2015年1月 (全国)東京等のホテヘル・デリヘル「サンキューグループ」摘発(売春防止法違反)
  • 2015年2月 (道内)伊達のデリヘル摘発(18歳未満の嬢(17歳)を雇用,児童福祉法違反:淫行させる行為)
  • 2015年5月 (全国)福岡・中洲のソープ「グランドオペラ」摘発(売春防止法違反:場所提供),経営者は名古屋・東京・横浜のデリヘル・ホテヘルも経営
  • 2015年6月 (全国)福岡県で改正「迷惑行為防止条例」施行(→規制対象にキャバクラ・案内所の客引き・スカウトを加えた他,全国で初めてガールズバーも規制対象に,また客待ち(声を掛けず,従業員が立っている行為)も規制対象に)
  • 2015年6月 (全国)改正「風営法」制定(→(即時施行)ダンスホール・ダンス教室等の規制解除,(翌年6月施行)クラブ等を特定遊興飲食店営業として規制,関連条例改正により店舗型性風俗店等の営業開始を日の出から午前6時に変更)
  • 2015年7月 (全国)愛知県で改正青少年保護育成条例施行(→全国で初めてJKビジネスを全面規制)
  • 2015年8月 (道内)北見のデリヘル摘発(18才未満の嬢(17才)を雇用,児童福祉法違反:淫行させる行為,風営法違反:年少者雇用)
  • 2015年10月 (全国)鳥取・皆生温泉のソープ一斉摘発(売春防止法違反)
  • 2015年11月 (全国)神戸・福原のソープ「クラブ宝石」摘発(売春防止法違反:場所提供)
  • 2015年12月 第一桂和ビルにあった古参の「アクアマリン」閉店(1984年頃開店?)
  • 2016年1月 すすきのの風俗店(店名不明,住所は南5西5)の男性従業員と店舗を経営する有限会社「北陽ランド」を書類送検(18才未満の嬢(16歳)を雇用,風営法違反:年少者雇用)
  • 2016年1月 (全国)ソープ「アレグリア」(秋田・大町),「鎌倉御殿VIP room」(いわき・小名浜),「クリスタル東京」(水戸・天王町)摘発(売春防止法違反:場所提供)
  • 2016年1月 (全国)勧誘した女性をソープに紹介したとして,東京・池袋を拠点にするスカウト組織「SSC」の代表等5人を逮捕(職業安定法違反:有害業務職業紹介)
  • 2016年1月 (全国)0.00mm等の過激な宣伝で有名だった福岡・中洲のソープ・ヘルス「特攻(ぶっこみ)グループ(凄かろうもんグループ)」一斉摘発(無届出営業,その後2月に18才未満の嬢(16才)を雇用(児童福祉法違反:淫行させる行為)と売春防止法違反:周旋で再逮捕)
  • 2016年1月 (全国)マッサージ嬢を派遣して不特定の客に性的サービスをさせた東京のレンタルルーム摘発(風営法違反:禁止地域内営業)
  • 2016年4月 (全国)横浜のマンションの一室で営業していた同性向け風俗店が住民と和解し,立ち退きに合意
  • 2016年5月 (道内)帯広・北見のデリヘル摘発(18才未満の嬢(16才)を雇用,児童福祉法違反:淫行させる行為,風営法違反:年少者雇用)
  • 2016年5月 (道内)18歳未満の年少者を雇用し,無届出で暴力団員が経営していた室蘭の風俗店摘発(風営法違反:無届出営業・年少者雇用)
  • 2016年6月 (全国)マンヘル(マンションヘルス)として使用することを隠して賃貸契約した大阪の不動産会社社員らを書類送検(宅建業法違反)
  • 2016年6月 (全国)改正「風営法」施行(→クラブ等を特定遊興飲食店営業として規制,関係条例改正により店舗型性風俗店等の営業開始を日の出から午前6時に変更)
  • 2016年6月 改正「ススキノ条例」施行(→風営法改正に伴い,特定遊興飲食店営業の追加)
  • 2016年7月 (全国)大津・雄琴のソープ「大手町商事」摘発(売春防止法違反:場所提供)
  • 2016年7月 出会い系サイトを利用し,暴力団員が経営していた札幌の違法デートクラブ摘発(売春防止法違反:周旋)
  • 2016年9月 (全国)AV女優在籍を謳っていた東京・吉原のソープ「オートクチュール」「ラテンクオーター」摘発(売春防止法違反:場所提供),同年11月ソープにAV女優を紹介していた芸能プロ3社の幹部も摘発(職業安定法違反:有害業務紹介)
  • 2016年9月頃 南6西5の「ヤナギビル」解体(「あしたのニョー」「マツタケキヨシ」等の風俗店が入っていた。その後,駐車場に)
  • 2016年10月 北海道新聞の記事によると,道警は客引きを2005年から延べ737人摘発。現在のススキノの客引きは120人程度,客引きへの苦情は年間700件前後寄せられ,今年も9月末時点で600件を上回る。
  • 2016年11月 札幌の飲食店内(ハプニングバー?)において,性器を露出するなどしていた客7人及び同店の経営者1人検挙(公然わいせつ・同幇助)
  • 2016年11月 札幌のメンズエステ店摘発(風営法違反:域外営業)
  • 2016年12月 (道内)法人税約2800万円を脱税したとして,釧路地検はデリヘルを営む釧路市と帯広市の5社の実質的経営者と経理業務を受託した会社役員を在宅起訴し,法人5社も起訴(法人税法違反)
  • 2016年 (全国)国立感染症研究所のデータよると,2016年末の梅毒感染者数が2011年の約5.5倍に
  • 2017年2月 (全国)岐阜・金津園の艶グループの高級ソープ「すずめの宿」「コットンクラブ」摘発(売春防止法違反:場所提供)
  • 2017年5月 (道内)改正「北海道迷惑防止条例」施行(→規制対象営業の客引き行為の規制強化,客待ち行為規制の新設等)
  • 2017年7月 (道内)改正「北海道暴力団の排除の推進に関する条例」施行(→すすきのと旭川の3・6街においてみかじめ料・用心棒料を支払った店側にも罰則)
  • 2017年8月 個人営業の女性向けデリヘル「ブルームーン」摘発(風営法違反:無届出営業)
  • 2017年8月 中学校のすぐ側で,16歳と17歳の女性に性的なサービスを行わせていた札幌市東区のマッサージ店摘発(風営法違反:域外営業・年少者雇用)
  • 2017年夏頃 南5西5の「第1桂和ビル」解体(1963年12月建設,晩年は「アクアマリン」や「ライズグループ」等の風俗店が入っていた)

すすきの全般年表

  • 1871年 北海道開拓使により薄野遊廓(南4〜5条西3〜4丁目)が建設
  • 1880年 札幌警察署薄野交番所(薄野交番)設置
  • 1898年 南7条西4丁目に「豊川稲荷(曹洞宗玉宝禅寺)」が建立
  • 1918年 札幌市電薄野駅開業
  • 1920年 薄野遊廓が白石区菊水(白石遊郭,1957年廃止)に移転
  • 1921年 映画館「美満寿館」開業(その後「札幌大映劇場」を経て,1955年「札幌東宝公楽」に館名変更)
  • 1922年 南6西4に札幌で2番目の公設市場「第二公設廉売市場」が設置(後の「すすきの市場」)
  • 1927年 薄野のカフェ・エルムに初のネオンが点く
  • 1945年 薄野にキャバレーやダンスホールが誕生する(ほとんどが違法に売春を斡旋する青線業者)
  • 1945年 料亭「川甚」開店
  • 1951年 南5西3(東宝公楽横)に「公楽ラーメン名店街」開業
  • 1958年 南6西4に「すすきの市場」の新ビル建築(現在,地下飲食店街「薄野ゼロ番地」や「ススキノアパート」などが入居する道内最古の公営住宅)
  • 1964年 行政による露店の強制撤去
  • 1964年11月 南4西3に「薄野派出所」建設
  • 1967年 『すすきのタイムス』創刊
  • 1971年 地下鉄南北線すすきの駅・さっぽろ地下街開業
  • 1971年 キャバレー「札幌クラブハイツ」開店
  • 1971年 南5西3に「元祖ラーメン横丁」開業
  • 1972年 マンモスキャバレー「エンペラー」開店
  • 1974年 マンモスキャバレー「ミカド」開店
  • 1974年6月 「松坂屋札幌店」開店
  • 1976年 南4西3に「新ラーメン横丁」開業
  • 1979年4月 「松坂屋札幌店」は「ヨークマツザカヤ」として店名変更し,新装開店
  • 1979年12月 『すすきのTOWN情報』創刊
  • 1981年 第1回すすきの雪まつり(現在のすすきの氷の祭典)開催
  • 1983年 雪まつり正式会場に
  • 1986年 すすきので天然温泉が掘削
  • 1988年 地下鉄東豊線豊水すすきの駅開業
  • 1992年 大型ディスコ「釈迦曼陀羅」閉店
  • 1994年3月 「ヨークマツザカヤ」は「ロビンソン百貨店札幌店」に店名変更
  • 1994年 警察法改正により「薄野派出所」から「すすきの交番」に名称変更
  • 1997年 ディスコ「パシャ」閉店
  • 1999年 『すすきの新聞』創刊
  • 1999年 地元商店主らでつくる民間防犯団体が防犯カメラ設置
  • 2001年 高級クラブ「チカル」閉店
  • 2003年 札幌駅前に「JRタワー」「大丸札幌店」が開業し,札幌駅周辺の店舗等が充実し,人の流れが変わり,すすきのの飲み屋が減少,ビジネスホテル・風俗店・駐車場が増加
  • 2004年7月 フリーペーパー『すすきの通信』創刊
  • 2005年 すすきの交差点にある時計付き街灯が老朽化のため撤去
  • 2005年3月 大型映像ビジョン「道新ビジョン」設置
  • 2006年 キャバレー「エンペラー」閉店
  • 2008年 「ロビンソン百貨店」が撤退を表明
  • 2008年 時計付き街灯が再建
  • 2009年1月 「ロビンソン百貨店」閉店
  • 2009年3月 ロビンソン百貨店の後に,総合商業施設「専門店街ススキノラフィラ」開店し,地下にイトーヨーカ堂も出店
  • 2010年8月 「札幌東宝公楽」が閉館
  • 2011年3月 札幌駅前通地下歩行空間(チ・カ・ホ)が完成し,札幌駅からすすきの駅まで地下道が通じる
  • 2011年12月 南3西3に京都の「餃子の王将」道内1号店(すすきの店)開店、しばらく行列が続く
  • 2012年 警察庁がすすきのに街頭防犯カメラ40台を設置
  • 2012年4月 『すすきの新聞』休刊
  • 2012年10月 ホテル大手の「アパグループ」が3館あった「ススキノグリーンホテル」を買収
  • 2013年2月 国内唯一の大型キャバレー「札幌クラブハイツ」閉店
  • 2014年2月 ススキノ交差点の大型映像ビジョン「道新ビジョン」の放映が終了
  • 2014年3月 『すすきの新聞』フリーペーパーとして復刊
  • 2014年9月 35年営業した老舗喫茶「サンローゼ ススキノ店」(南3西3)閉店
  • 2014年11月 「プリンス会館」(南7西4)で火災発生
  • 2015年6月 南6西4に「すすきのラーメン館」開店(翌年5月営業終了)
  • 2015年8月 ススキノ交差点の大型デジタルサイネージで,動画広告配信サービス「SABRO.TV(サブロー)」が開始
  • 2015年12月 南5西3(札幌東宝公楽跡地)に「ラウンドワン札幌すすきの店」開店
  • 2015年12月 路面電車ループ化,すすきの停車場リニューアル
  • 2016年10月 141年営業した北海道最古の寿司店「東寿し」(南4西3)閉店
  • 2016年10月 「旭パーキング6条」(南6西5)解体
  • 2017年2月 南8西5にロッジ風ライフスタイルホテル「アンワインド札幌」開店
  • 2017年3月 南6西5にビジネスホテル「ホテルWBF札幌すすきの」開店
  • 2017年3月 「北欧パーキング」(南7西5)解体
  • 2017年6月 「ロッテリア札幌すすきの店」(南4西3)閉店
  • 2017年7月 南7西4にビジネスホテル「ホテルネッツ札幌」開店
  • 2017年8月 ロッテリア跡(南4西3)に「セブン―イレブンすすきの交番前店」開店

このページを作成のために参考とした情報源

  • 『新札幌市史』等の各市町村史
  • 『現代風俗史年表(明治編,大正・昭和[戦前]編,昭和戦後編)』
  • 『リアルタイム「北海道の50年」 すすきの風俗編』
  • 『北の女性史』
  • 『北海道の女性 : 変わる意識とライフスタイル 平成5年度』
  • 『北海道遊里史考』
  • 『人身取引(トラフィッキング)問題について知る 2011』
  • 『北海道新聞』等の新聞記事
  • 北海道札幌方面中央警察署サイト(特に事件簿のページ)
  • すすきの観光協会サイト

今後調査する資料・情報源

  • 『新札幌市史』等の各市町村史(未調査分)
  • 『北海道衛生誌』
  • 『日本遊里史』
  • 『吉原はこんな所でございました』
  • 『わたしたちの証言 北海道終戦史』
  • 『月刊ミューザー:トルコ風呂ファンの必勝本』
  • 特集「ススキノを斬る!」『北方ジャーナル』(YESグループ社長のインタビュー記事あり)

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