行方の分からなくなっていた兄の竹夫が見つかり、駄目になってしまいそうだった会社へ取引先から救いの手が差し伸べられると知った晩、
梅子は幸せな気持ちに包まれていた。
「竹夫兄さん、そういう人が見つかってよかった」
何よりも兄を支えてくれようとする静子という存在に、心から祝福したい気持ちがあふれ出て、言葉となって口からこぼれる。
「俺も。見つかってよかった」
枕を並べ、黙って梅子の話を聞いていた信郎が呟いた。
その言葉は短いけれど、「好き」などとは決して言わない夫からの、確かな愛の言葉だった。
嬉しくなった梅子は「私も」と応えると、満ち足りた笑顔を信郎に向ける。
寝ようとして一旦は目を閉じたが、胸の奥からこみあげてくる温かな気持ちが睡魔を追い払ってしまい、どうも寝付けそうにない。
布団の端に置いていた左手の小指に信郎の小指がほんの少し触れ、梅子の小指が反応を示すと、信郎の小指もそれに応じた。
小指同士を何度かじゃれつかせた後、信郎の手が梅子の手を包み込んで、梅子も信郎の手を握り返す。
「……ノブ」
頭だけを信郎に向けて名を呼ぶと、信郎も目を開いてゴロリと体を寄せてきた。
「梅子……」
広げられた信郎の両腕の中へ、梅子も転がって体を収め、顔をうずめて胸いっぱいに信郎の匂いを吸い込んだ。
目を閉じて顔を上げれば、思った通りに唇が重なる。久し振りの、口と口とを貪りあう性的な口づけ。
子供が出来たと告げてから、夜の営みを求められることがなくなっていた。
飢えた欲望を少しでもいやすように、差し出された信郎の舌へ夢中になって吸い付く。
もっと、もっと。ノブと繋がりたい。そう思い、深く信郎を求めていた梅子の口が、ふと緩んだ。
梅子の反応に気づいた信郎がスッと口を離して、どうしたとやさしく問いかける。
「何か、いま、お腹が動いた気がしたんだけど……」
まだ時期じゃないし、きっと気のせいだと説明すると、信郎が触ってもいいかと聞いてきた。
梅子が黙って頷き、信郎も少し緊張した顔で頷く。信郎の大きな手が、そっと梅子のお腹の上に当てられた。
「ここに、いるんだな。俺たちの、子供」
子供の頃から共に落ちこぼれだった自分たちが大人になって、途中いろいろあったけれど結婚をし、新しい命を授かった。
「本当に、不思議ね」
お腹を撫でながら布団の中を覗く信郎の視線があまりにも優しくて、目の奥がジンと熱くなってくる。
泣いてしまいそうな顔を見られないよう、目の前にある信郎の頭を抱きしめると、信郎の腕が梅子の腰へと回された。
「大切にするからな」
その言葉が向けられているのは自分なのか、お腹の子供なのか。どちらかは分からなかったが、どちらでも梅子は幸せだった。
「……有難う」
感謝の言葉とともに、梅子の目からポロリと涙がこぼれ落ち、梅子はその喜びを噛みしめていた。

――終――

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