<おまけ>

「嫉妬心?」
「そう、弥生さんも嫉妬すれば、山倉さんに積極的にならずにはいられないと思って」
子供達を寝かしつけた後で、信郎は妻を自分の布団に招き入れていた。
幼い頃と変わらないキラキラした眼で、梅子は信郎に今日の出来事の報告をしていた。

「へぇ…」
信夫が思案顔になる。
「あれ?ノブはそう思わない?」
「嫉妬は…結構辛いからな」
そう言うと、信郎は遠い眼差しになる。

「松岡さんが酔って家に来たことがあっただろ?
 もう梅子とは何でもないって解ってるのに、やっぱり気になったな」
信郎はその時の自分を思い出して苦い笑みを浮かべる。
「でも、弥生さんには幸せになってほしいし、嫉妬でうまく行くんならいいのかもしれないな」
「うん…」
「俺なんかにはすごく素直なのにな…山倉さんには素直になれないのか…」
「…待って、ノブに素直ってどういうこと?」
梅子はうずめていた夫の胸からぱっと顔をあげ、詰め寄った。

「ん?医院を手伝ってくれてるだろ?患者が居ずに暇な時とか、外の空気を吸いに出てきたりするから、声はかけるぞ。
 あの人好奇心が強いのかな。工場まで入ってきて機械とか結構熱心に見てるぞ。…どうした、梅子?」
妻が険しく眉を寄せるのを、信郎は不思議そうに眺める。
「…やっぱり、良くなかったかも…」
「あ?」
「嫉妬を利用するなんて、私、酷いことした…」
「なんだよ、急に」
「弥生さんでも…私の知らないところでノブが女の人と何か話してるのは…」
「…気になるってか」
梅子がコクンとうなづく。

ふぅ、と信郎が大きく息を吐いた。
「…何やってんのかな、俺達」
信郎がしみじみと呟く。
「子供が2人もいて、ずっと夫婦してんのに」
「…そうね」
少しだけ恥ずかしそうに、視線をさ迷わせる梅子の頬に、信郎は手を当てる。
きょとんと夫を見つめる梅子。

「大丈夫だ、嫉妬して得ることもある。
 俺は、俺と結婚して幸せだって梅子の気持ちを知ることができた。
 きっと弥生さんだって、嫉妬から何かつかめることもあるさ。
 梅子だって、俺への嫉妬と引き換えに、あれがあるんじゃねぇのか?」

信郎が顔を上げ、引き出しの1つを見つめる。
そこにはいつも大事にあの指輪がしまわれていた。
梅子は、あの時の胸の苦しさと共に、信郎に愛されていることを実感した安堵感を思い出す。

「結局、『終わり良ければ、全て良し』、なんだよ」

信郎が安心させるように妻の頭をぽんぽんと撫でる。
そして、包むような優しい加減で、若い頃と未だ変わらず折れそうに華奢な妻の体を、その逞しい腕でそっと抱きしめた。
涙が出そうな幸福感の中で、梅子の胸の一部分がチクチクと痛む。
その時、梅子の胸に浮かんでいたのは……『良し』に終われなかった、昔の恋人の姿だった。
信郎と結婚したことを後悔したことなど一度もないが、
松岡のことを考えるたびに、時々言いようのない切なさがこみ上げる。

せめて…松岡さんにも素敵な人が見つかれば…。

梅子は愛しい人の胸に顔を埋めながら、
山倉や弥生以上に先行きの心配な松岡の幸せを心から願うのだった。

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