1-685 しずかなぬくもり

鮭、おかか、梅干し、こんぶ、ツナマヨ、照り焼きハンバーグ。
多種多様なおにぎりが俺の手によって陳列されていく。早くしないと痛んじまうからな。
ここは都内のとあるコンビニ。俺はここで一年ほど前からアルバイトをしている。ちょっとしたわけありで。
「おーい、清夜(せいや)くーん。こっち来てくれるー?」
「ちょっと待ってください……よっと」
最後に鶏五目を置き店長のところへ向かう。
「どうかしましたか?」
「清夜くんにお客さんだよ」
店長がそう言うと同時に、小柄な少女が顔を覗かせた。
「お、春(はる)か。つーことは……もう六時か」
俺の言葉に春は、こくん、と頷いた。
こいつ…春と俺はいわゆる恋人同士である。小柄で無口なこいつと平均的な背丈と性格を持つ俺。ある事件がきっかけで付き合い始めたのであるが、それはまたの機会に。
この時間ぴったりに春が来るのはもはやお馴染みの光景で、用件もいつも通り…
「これ」
そう言って差し出された包みを、俺はありがたく受け取った。
中身は手作り弁当。俺の動力源と言っても過言ではない。
この弁当があと二時間ほどあるバイトを乗り切るための必須アイテムなのだ。

店長に一言断りを入れてから裏方へ引っ込み休憩、もとい夕食に入る。
春も自分の弁当箱を取り出し、椅子にすとんと腰を降ろした。その隣に俺も座る。
と、いすががたがたと動いたかと思ったら、いつの間にか俺と春の椅子と俺と春がぴったりとくっついていた。
「……」
そのままなにも言わず俺の腕に自分の腕を回す春。おーい。
「……」
ついに弁当食べ始めちゃいましたよこの人。まるで、これが自然体だ、みたいな感じですよ。
まあ、ある意味本当なんだけれども。
幸い俺が右利きで春は左利きなので食事に不自由はない。というわけで、先に空腹を満たすとしますか。


ものの十分で平らげてやったぜ。腹減ってたし手作り弁当だしな。いつもうまい飯ありがとう、春。
「……ん」
いまの呻きは『どういたしまして』という意味だろう。
ところで春さんや。いつになったら腕を解放してくれるのかね。
「……」
黙殺されたよ。無視だよちくしょー。
しかしどんなときもポーカーフェイスだな。なんとか別な顔を拝めないものか…………そうだ!
俺は春の体をぐいっと引っ張り、そのまま自分の足の上に座らせた。
「…!?」
お、あせってるあせってる。やっぱかわいーな、春は。

「やっぱかわいーな、春は」
本心がそのまま言葉になった。まあ事実だし、別に問題はないだろ、うん。
「…そう」
そっけない振りしてもバレバレだぞ、春。顔も耳も真っ赤。
……そういやデザートまだだったな。今ここで食べちゃおうかな。
「うれしい……」
刹那、春が抱きついてきた。自然と頬が触れ合い、互いの熱を伝えあう。
いきなりの抱擁に少し動揺したが、すぐに抱きしめ返してやる。
案外こいつは甘えん坊だ。俺に抱きつくと落ち着く、なんて前に言ってたし、さっきみたく腕を絡ませるなんて日常茶飯事。

でも…まあ。

こうしてただ抱き合うってのも……悪くないかもな。


それから休憩時間が終わるまで、俺たちは抱き合っていた。



バイトが終わった後、春を俺の家に招待した。デザートをまだ食ってなかったらからだ。
もちろん残すなんて真似は絶対にしない。端から端までおいしくいただいたぜ。
ちょっと疲れたからもう寝るな。おやすみなさいっと


おわり

続き

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2008年07月20日(日) 12:57:10 Modified by ID:iUg7qc7IYw




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