1-694 ぬくもりとのであい

とある雨の日のこと。もうすぐ葉桜が見え始める日。
バイトも終わって帰宅する途中、一人の顔見知りの少女を見つけた。
そいつは、傘もささずに立ち尽くしていた。
「よう。隣の席の春さんだったよな。こんなとこでなにを……」
何気なく前に回り込み、顔をのぞき込んでみる。そして、言葉を失った。

知っている。俺はこの顔を知っている

「……風邪ひくぞ。俺ん家この近くだから、よってけ」
そう言って傘に招き入れる。特に抵抗は示さなかったが、自分からは決して動こうとしない。
しかたなく手を握り歩き始める。

握ったその手は、氷のように冷たかった。

「風呂はいってこい。これ、着替えとタオルだ」
ぽん、ぽんと手に持たせ背中を押して浴室に向かう。そうでもしなきゃ動きそうにねぇ。重症だなこりゃ
脱衣場にたたき込みドアを閉める。さすがにここまで一緒はやばい。幸い着替えの音が聞こえたので風呂には入るようだ。
俺もちゃっちゃ着替えを済ませ、エプロンを装備する
「さて、今日の献立は…」
客を招いて飯を食わせるのは初めてだ。下手なものは出せない。
となると、得意料理でいくべきか。

結果、野菜炒めとコンソメスープができあがった。後はあいつが風呂から上がってくるのを…
「……」
「お、もう上がってたのか。そんじゃ、飯にすっか」
「……いいの?」
「もちろんだ」


「家に帰れないやつをほっぽりだすわけにはいかねーからな」


「……!」
その顔を見るに図星らしいな。ほぼ確信してたから予想通りってとこか。
「ま、詳しい話は飯食いながらでいいだろ。腹減ったし」
「…待って」
ん?どうかしたか?
「どうして、わかったの?」
どうして、か。まあ、強いて言えば…
「昔の俺と、同じ顔をしてたからな」
「…!それって…」
「ストップ。飯が先だ」
先に釘を刺し椅子に腰を降ろす。春はまだなにか言いたそうにしてたが、渋々と言った感じで俺の向かいに腰を降ろした。
そして、奇妙な夕食が始まった。



飯を食いつつ詳しい話を聞いてみた。結論から言えば、両親の喧嘩が原因らしい。
元々仲の悪かった親が何かのきっかけで大喧嘩になり、あれよという間に離婚となったらしい。
そして話題は、春をどちらが引き取るかということになり、両者共こう言ったらしい。
『お前の子供なんて願い下げだ』と。

「やれやれ。ふざけた親ってのはどこにでもいるんだねぇ。子供の前でよくもまあそんなことを」
わざと嫌みっぽく愚痴ってみるが、それで春の気が紛れるわけでもない。つまりは無意味ってことだ。
「……あなたの両親も、そうだったの?」
「いや、微妙に違うな。常に冷戦状態だったが派手は喧嘩はしてなかった」
そのかわり、終わりはあっけなかったっけなぁ。
「確か……そうそう、入学式から帰ったら机に手紙が一つ。内容は『父さんたち離婚した。これからは一人で頑張れ』だったな」
「………それだけ?」
「ああ、そんだけ」
どうした?なんか顔色悪いけど、大丈夫か?
「…それから…ずっと一人で……」
そういう春の目には、なにか光るものが、ってもしかしてそれって…
「お、おい、どうした?なんで泣いてんだよ?」
「ひっく……だっ…て…私が、そんなことになったら…私……私…!」
…なるほど。確かに独りはキツい。俺は身を持ってそれを知っている。一度全て投げ出そうとしたこともあった。
ましてやこいつは女の子。いきなり世間に放り出されたりしたら、どうなるかは火を見るより明らかだ。
「…やだ……そんな……そんなの私…耐えられない……!」


そう言うと声をあげて泣き始めてしまった。
「お、おい春、落ち付けって」
「やだ…やだ……!」
ああもう、こういうときどうすりゃいいんだよ!?
えーっと整理整理。つまりこいつは一人でいることに不安を感じて泣いてんだよな?な!?
一人じゃないことを自覚させれば、ってどうやんだよそんなの!!
あー!もうわけわかんねぇ!どうにもなれ!
「春っ!!」
椅子をガタンと弾き飛ばしドスドスと春に近づきその勢いのままギューーっと抱きしめた。
「…え……ぁ……?」
「大丈夫だ!俺がいる!俺がお前を支えてやる!不安になったら甘えていいし、いつでも家に来い!つーかウチに住め!!だから泣くな!頼むから!」
一気に叫び切ると、春の顔が視界一杯にあった。まるでキスでもしそうな距離……は?
「それって……プロポーズ?」
……ひ?
「え、えっと………これからよろしく…お世話になりますっ」
……あれ?どうなってんのこれ?
プロ坊主?坊主にプロとか何とかあんの?
あれ、俺家族できんの?あ、どうぞよろしくお願いします?
「そ、それじゃ…恋人の…誓いを…」




あれ?この唇にあたってる柔らかいのなんだろ?


まず目に入ったのは、燦々と輝く日の光だった。
……夢?ユメ?
そっか、夢だったか。懐かしい夢だな。
俺テンパり過ぎだろ!とか、ブツ切りすぎないか?とかなんとか突っ込みどころは多かったが、俺とこいつの出発点を映した夢だったから良い夢の内に入るだろう。
なあ、お前も覚えてるだろ?春。
………まだ寝てるのか。ま、昨日は結構激しかったからな。疲れたんだろう。
俺は元気バリバリだが。
さて、まずは朝飯だ。日本の定番メニューにするか、俺の大好物であり、かつ今すぐ食べられる朝飯。


みんななら、どっちを食べるんだろうな?





ちなみに、今日バイト休み。ゆっくりたっぷり残さずたべるとしますか。


続き
2008年07月20日(日) 12:58:08 Modified by ID:iUg7qc7IYw




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