1-944 無題

「なっなんでもとくんがいるのぉ!?」
いいとも総集編も半ば終わりかけたころ、俺の恋人様はやっと目覚めて、そうのたまった。
安眠を奪い、忍耐力を試された最後がこれかよ。
「……よーく、思い出してみようか紗智ちゃん。まず、問1ここはどこでしょうか。そして問2着ているシャツは誰のものでしょうか。最後に問3、問1・2から導かれる答えは!?」
腕の中でキョロキョロとしたあと恋人様は上目使いで口元にへらりとした笑みを作り、擦り寄るように首を傾げた。
「えーと、ごめん……ね?」
「うむ。むしろ俺が聞きたい。何で宿題がわからなくて終わらないから泊めて! の結果がこうなるのか?」
付き合って三ヶ月、初めての恋人のお泊まり。
心踊るシチュエーション! と言いたいところだが、そうはいかないものらしい。
完璧文系の紗智は分厚い数学のプリントを抱えて(お泊まりセットとともに)土曜日やって来た。
親になんて言ってきたのかとか気にはなったけど、それよりもあまりに逼迫した表情にすぐさまプリントにとりかかる。
なんせ紗智は受験生。予備校だけでもいっぱいいっぱいなのに学校の補習まで入ったら二人の時間どころか睡眠時間が無くなりかねない。

来年は学部は違えど同じキャンパスで過ごすためにも協力してやるのが、彼氏というものだろう。決して自分の利益を最優先したわけではないと宣言しよう。
決して噴水横でアイスを一緒に食べたりしたいとかそんな理由ではない。
「えーと、プリント手伝ってもらったら案外早く終わって……さすが塾で数学の先生してるだけあるよね!」
「ありがとう、だけどそこはいいから」
「それでお風呂かりたら、友達のとこに泊まるクセが出て、パジャマ忘れたからシャツ借りてー」
おかげで俺はしあわせと苦悩を知る。紗智は細いし見た目から胸は期待はしてなかったが、普通程度にはあるとわかったし、何より脚が綺麗だった。
簡単に掴めそうな足首、ほっそりとしたふくらはぎから続く、もちっとしてなめらかな太ももは大変美味しそうで、目のやりばと言うものが。
「ベッドで一緒に寝ようとしたら、もとくんがソファいこうとして、悪いし、ソファに寝てみたらめちゃめちゃ居心地よかったから、私がそこで寝ることにしたんだよね」
一目で気に入って買ったラブソファは実はベッドより金をかけたから、当然といえば当然なんだけども。

そこで猫のように丸くなる紗智にタオルケットをかけて、俺はベッドに入った。これが土曜の深夜。
「でね、喉乾いたなーって起きて……寝ぼけて間違えちゃったみたい」
「そうか」
間違えで俺は、寝不足に……せっかくの休日が寝不足に……。だったら最初から一緒に寝てればよかった。
彼氏の心、彼女知らず。紗智はにこにこと話しはじめる。
「うん、でね! 夢にもとくんが出てきたよ」
「どんな夢?」
俺の質問は話の流れから至極自然なものだと思う。しかし紗智は少しそばかすの浮く頬を赤くした。
「あ、うん、ふつー。ちょーふつーのゆめだよー」
感情の抜けた声で、誰だってわかる嘘をつく。
小さな顎を捕まえてこちらを向かせると、目を見てないのに、泳いだ視線とさらに上気した頬にピンときた。
「何、俺にキスでもされた?」
華奢な肩が大きく震えた。赤みは首筋にまで広がっている。
「ど、して……」
「わかるかって?」
どれぐらい熱いか確かめようと喉元に顔を寄せて「夢じゃないから」と囁いた。
「ウソ」
「紗智じゃないから、嘘つかないよ。あれは現実」
「ウソだよー! だってあんな、あんなっ」

互いの額をくっつけると、紗智は涙目になりはじめている。
「あんなってキスねだったり、抱きついてきたり、好きとか言ったりのどれ? それとも全部?」
「もとくんのバカぁっ! 恥ずかしいぃい」
「ふーん、じゃあもうしないし、かまわないから安心していいよ」
背を向けて小さくなっても自分からは離れようとしない身体を離す。
起き上がろうとした瞬間思い切り引っ張られ、紗智を潰しそうになりながら、上に倒れこんだ。
「危ないだろうが」
「やだ」
会話がつながらない。
「……もっとしてくれなきゃ、やだ」
「何を?」
「意地悪!」
「なんとでも」
膨らんだ頬を指でつつく。甘いものと素敵なものでできているのは本当かもしれない。
「欲しいものは口に出していいましょう。それが人間の試練デース。夢で出来たなら今も出来る」
「違うもん! 夢だからできたの!」
しばらく紗智は「バカ」だの「意地悪」だの口の中で呟いて、
(頭は理系科目を除いて酷くはないはずなのに、あきれるほど悪口の語彙が貧しい)
最後は泣き声とうめきが半々になり、ため息をついた。
本当に見ていて飽きないなぁと思う。
付き合うことにしたのも百面相が面白かったからだし。

そもそも自分からくっついてくるのは平気なのに、言葉にするのは照れるとは矛盾してないだろうか。
それともくっついてくるのは無意識なんだろうか……謎は深まるが、まぁ気分がいいので良しとする。
紗智は俺をキッと睨んだかと思ったらそっぽを向いて口を開いた。
「……も、もっと、その……ギューとか、ちゅ……とかしたいし、して、かまってほしいですっ」
言い終わるやいなや両手で顔を覆うから、それを外して、「はい、よくできました。ご褒美」と可愛い唇に望み通りにキスをした。

試練の先にはご褒美があるのは誰も同じなわけですね、神様。
2008年07月20日(日) 13:24:30 Modified by amae_girl




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