2-782 『衣替え』

 10月に入れば、日が暮れるのは早くなる。6時過ぎには真っ暗だし、気温も下がり少し肌寒くなる。
 下校しているのはそんな時間。
 でも、まだ冬も来ていないのに……。
「何でこんなに寒いんだよ。あ、くしゃみでる」
「そんな格好してるからでしょ。今日から冬服だよ?それに天気予報で夕方冬並みに冷え込むって言ってたし」
 俺は半袖ワイシャツにズボンの夏服。昼間はあんなに暖かかったのになぁ。隣のコイツはちゃんと冬服だし、おまけにマフラーまでしてる。
「そんなら、朝学校いくとき教えてくれたっていいじゃんか。家隣なんだしさ」
「あたしはユウジみたいに遅刻ギリギリになるまで寝てないもん」
 何だよ、じゃあ俺が悪いってか。いや、実際悪いのか。
 ふと周りを見ると寒いからなのか、日が暮れて暗いからなのか、人がまるっきりいない。それが余計に夏服を着てる俺には寒く感じる。
「なあ、ユウ、オマエのマフラーだけでも貸してくれよ」
 これ以上寒くならないように自分の腕をさすりながら言ってみる。
「あたしは寒がりなの。バカに貸して風邪でも引いたらどうするのよ」
 この女、幼なじみのクセに俺にやさしやとか無いのか。
 イラっときたが我慢する。家までまだ距離がある。寒さをしのぐにはユウに頼むしかない。
「なあ、これじゃあ俺家に着く頃には風邪引いちゃうって。幼なじみとして頼む!何かあったまりそうなモノを!」
 俺が着るにはユウのブレザーはサイズが小さいし、コイツのことだから絶対貸してくれない。貸してくれるとしたらマフラーしかないだろう。本音を言うとあったまりさえすれば、本当になんでもいい。
「あったかいモノならいいの……?」
「そう!お願いします!」
「どうしても……?」
「どうしても!」
「うーん。じゃあ……」
 お、なんかいけそうだな。
「じゃあさ……腕、貸して?」
 何故腕かわからないが、とりあえず頷く。というかコイツ、なんか照れてる?
 ユウの真意をわからずぼけぇっとしていると、腕に「ぎゅっ」という感触がした。これって。
「ユ、ユウ?」
「こ、これならあったかいよね……?」 コイツは俺の右腕をしっかり抱きしめてくっついている。 あったかいモノって体温ですか?
「ユ、ユウ?」
「違うよ!?だって、あたし、これ以上寒くなりたくないだけだし、アンタがあったまりたいって言うから!それに本当に風邪引かれても困るし……」

 恥ずかしくて見れないけど、ユウの顔が赤くなっているのがわかる。だって俺もそうだから。
 そのままユウに引っ張られる。でも腕は組んだまま。ちょっと歩きにくい。そういや下校中だったっけ。
「ユウジ、あったかい?」
 反射的にぶんぶんど頭を縦に振る。そりゃあ柔らかいし、あったかいし、ユウは頭を寄せてるからなんか甘いし。
「良かったぁ。でも、もっと……くっつかない?寒いから」
 腕にユウの力を感じる。
「ねぇ、手、冷たいから……今度はユウジがあっためて」
「え、手?」
「はやくして。寒いんだから」
 恐る恐るユウの手をそっと握る。少し冷たい。
「これじゃあ寒いよぉ……。もっと」
 少し強く力を込めると、ユウも痛いくらいに握り返してくる。
 こうして歩いていると冷たさとか、柔らかさの感覚が無くなるくらい心臓がうるさい。腕から伝わるユウの音も。
 どうしたらいいのかわからないまま、二人の体が熱くなっているのがわかる。 今どれくらいくっついてる?家まであとどのくらいだ?どこまで行けばいい?もしかしてこのままずっと?
「んん、ユウジ、すごくあったかいよ……もっと」
 ユウの言葉でいろいろと限界になって立ち止まる。
 そこはタイミングが良いのか悪いのか俺の家の前。ユウがそれに気づいてぱっと離れた。
「じ、じゅ、じゃあな」
 気まずさをごまかすために言ってみるが上手く言えない。
「うん。ユウジ……今度はさ、もっと、ゆっくり帰ろ」
「え?」
 ユウはそのまま顔を真っ赤にして走っていった。暗かったけど絶対そうだ。俺も真っ赤だろうから。
 明日は冷え込むのかどうか天気予報見なきゃな。あと、まだ少しだけ夏服で学校に行こう。もちろん帰りも。
 家の前で突っ立ったまま、肩と腕にまだ匂いとぬくもりが残っているのを感じてそう思った。



おわり
2008年10月04日(土) 21:38:34 Modified by bureizuraz




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