3-174 無題

「今日も疲れた……」
 いつも仕事から帰ってくる度に口にしてしまうこの言葉。
 つい最近までは虚しく響くだけだったこの言葉にも、今は応えが
返ってくるようになった。
「お疲れさまぁ」
 ……それが喜ばしい事なのかどうか、まだ俺にはわからないが。
「そうだ、俺は疲れた。故に寝る」
「えー、もう寝ちゃうのぉ?」
 俺に同居人ができたのは、先々週の事だった。
 冗談のような話だが……まあ、その、拾ったのだ。いやホントに。
「だったらわたしをギューってしたまま寝ていいよっ」
「……いや、ごめん、勘弁して」
 だって、普通『拾ってください』って書かれたダンボール箱に、
パッと見美少女が入ってたら拾うだろ、男として!?
「えー、なんでぇ? 癒し効果バツ、グンっ、だよ?」
「X-GUNネタって……お前歳いくつだ」
「乙女に歳を聞くなんて、デリカシーないなぁ」
 ……この会話だけでより一層疲れてきた。
「とにかく! 俺は疲れてるんだから、のんびり一人で寝かせてくれ!」
「えー、イチャイチャしようよー」
「より疲れるから駄目っ! ……だって、その、お前とイチャイチャしてると、さ」
「エッチな気分になって襲っちゃうから?」
「そうですとも!」
 そうですとも……拾ったその日に、誘われて欲情して襲っちゃいましたとも!
 見た目ロリなぷにぷに系で、やたら甘えん坊で幼く見えるのに、
その技っつったら、プロのお姉さん顔負けだよっ!? 誘い方とか堂に入ってるし!
 イチャイチャしながら寝てたら、いつの間にか彼女下にして俺が腰振る事に
なるのは目に見えてますよっ!? まさしく精魂尽き果てるわっ!
 まったく……何か聞かれたくないっぽいから詳しい素性とか聞いてないけど、
ちゃんと聞いた方がいいんだろうなぁ、やっぱり。
 まあ、それも明日以降の話だ。とにかく俺は寝たい。早く寝たい。
「じゃあ、今日は誘わないから……だから、ギュッとして寝るだけ。ね?」
 ………………。
 ま、まあ、このまま問答してても埒が明かないし、な?
 べ、別に実はこいつの抱き心地が凄い気持ちよくてヤミツキになってる
とか、そういう事は絶対に無いからな? ホントだぞ?
「ギュッとするだけだぞ……約束だからな」
「うん♪」
 とりあえず、軽くシャワーを浴び、二人でメシを食い、早々に俺は床に着いた。
「ほら、おいで」
「う、うん……」
 俺の身体によりそうように、彼女は体を横たえた。
「なんか……ちょっとキンチョー?」
「なんでだよ」
「だって……えっちぃ事無しで、こうやって男の人の腕の中に抱かれるのって、
 実は初めてだから、さ」
「…………」
 つまり、えっちぃ事有りだと相当経験ありまくりって事ですか。
 ……何かこう、俺が思ってる以上に複雑な事情がありそうだな、こいつにも。
まあ、そうでもなきゃ、あんな風にダンボール箱の中に入ってないか。
「……じゃあ、ギュッとしててね」
「ああ」
「……ずっと、離さないでね?」
「俺は寝相がいいから安心しとけ」
「……ずっと……ずっと離さないでいてくれる?」
 ……あれ? なんか、いつもと雰囲気違うな、こいつ。
「……ああ、ずっと離さないよ」
 俺の言葉に、返ってくる言葉はなかった。
 その代わりに、だろうか。俺の体を、彼女はギュッと抱きしめた。
 強く――強く。
2008年11月14日(金) 02:46:15 Modified by amae_girl




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