3-178 小ネタ

「まーくん、お話があります」
 帰宅早々おかえりの言葉もなしに強い調子で木神結花(きがみゆか)は言った。
 ポニーテールにフリルのついたエプロン姿。大江学園の制服を着ていることを除けば
そのまま若奥様といった雰囲気だった。
「どうしたんだ?」
 許嫁兼クラスメートである少女のちょっと不機嫌な様子に源正義(みなもとまさよし)
は首を傾げる。
 ? 何かあったか?
「お昼のことです」
「昼……?」
「風紀委員のお勤めご苦労様です。でも、でもでもっ! 私の目の前で別の女の子と手
をつなぐことはないと思うのっ!」
「手をつなぐ……?」
 思い当たることが無い。結花は何の話をしているのだろうか?
「亜紀ちゃんと! 手ぇ繋いでたもん!」
「あ、あぁ! 如月のことか……って、あれは倒れた所を助け起こしてただけだぞ」
「むぅ〜」
 そんなこと分かってるもん! でもでもまーくんが亜紀ちゃんと手繋ぐのはイヤだも
ん!
 と、うるんだ瞳とぷっくり膨らんだほっぺが物語る。
 正義と結花は互いの父親同士が決めた許嫁で同居を強要されていたが、正義と結
花もその縁談は嫌がってはいない。むしろ結花は正義にベタ惚れだった。
 かなり円満なプチ夫婦である二人だったが問題があるとすれば、結花の独占欲の強
さだった。

「分かった、分かった……」
 もっとも正義も結花と付き合って長い。彼女の機嫌の取り方はよく心得ているつもり
だった。
「ほら、おいで」
 リビングのソファーの真ん中に座り結花を呼ぶ。
「うん」
 ぷくぅ〜としていた顔を逆転させ笑顔で結花は正義の元に駆け寄った。
 ちょこん
 正義のひざの上に慣れた様子で結花は腰かける。
「えへへ〜」
 結花のポニーテールが頬をくすぐる。少しこそばゆかったので正義は結花の頭を縛る
ゴムを解く。
「ふぇ、まーくん?」
「んー? どうした?」
「えっと、その……恥ずかしい」
 首筋に唇を埋めながら抱きしめると、結花は少し照れたようにつぶやいた。
「今さら恥ずかしがる仲でもないだろ?」
「そうだけどぉ…………♪」
 言葉と裏腹に嬉しそうな声音で結花は鳴いた。
「どうしたら機嫌直る?」
 答えは予想できていたが、正義はあえて聞いた。耳元でそっとくすぐるような声で優
しく囁く。
「ん〜。たっぷり甘えさせてくれて、優しくしてくれたら♪」
「りょーかい」
「ひゃん!」
 耳たぶを甘く噛むと結花が喜びとも抗議ともとれない声をあげる。


「耳噛んでなんて言ってないもん」
「じゃあ、どうして欲しい」
「き、キスして欲しいもん」
「どこに?」
 ボンッ!
 含み笑いで正義が言うと結花の顔は面白いほど赤くなる。
「どどど、どこにって……その……そりゃ口にだけど……他のところはね、寝る前に」
「ん」
 リクエストに答え正義は結花の唇を寄せる。朝晩1日2ケタは繰り返される口付け
は慣れたものだった。
「んぅ……ちゅ……ん」
「……ん……」
 何度も唇を交わし、互いの唾液が混じり合う。息が詰まるほど寄せ合って、やがて正
義の手が結花のエプロンの下に潜っていく。
「ひゃ、あぁ……まーくん」
 体をまさぐられ結花はくすぐったさではない別の感覚を覚えていた。拒絶の無い甘え
た声を漏らし結花は正義にすべてを任せていく。

 そんな二人を止めたのは何だか黒っぽい異臭だった。

「ん?」
「あ……」
「なんか焦げくさい……」
「お鍋火にかけっぱなしだった!!」
「え……」
 我に帰った結花が慌てて台所に飛んでいく。
 エプロンをしていたということは当然料理をしていたわけで……。
「大丈夫か?」
 結花を追い台所を覗くと何だか大部分が真っ黒になった肉じゃががぷすぷすと焦げ
ていた。
「ふぇ……」
 泣きそうな顔で結花は肉じゃがを眺めていたが、さいばしで一かけらじゃがいもを掴
み食べる。
「苦い……」
 さらに泣きそうになりながら結花は言う。
「こんなんじゃ、まーくんに食べてもらえないよ」
「どれどれ……」

 ちゅ

「大丈夫だろ、この位だったら全然食べれるって」
 唇に手をあて真っ赤な顔をしている結花に正義は笑いかける。
「まーくん……もうっ」
 苦いはずの料理はなぜか甘い味がした。
2008年12月06日(土) 23:53:31 Modified by amae_girl




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