3-327 『傘』

「なんでこんなに時間かかんだよ。もう6時過ぎてんぞ」
「ユウジがテスト前にちょっと勉強教えてくれ、って言ったからでしょ!もう、あたしも勉強しときたかったのにぃ」
「お前の教え方が悪いんだよ」
「アンタがバカ過ぎなの」
「わかった。じゃあお前には、二度と勉強教えてもらわないから」
「こっちのセリフだよ。二度とユウジには勉強教えてあげないんだから」
 お互いにふん、なんてそっぽ向きながら帰り仕度をして、ユウより先に教室を出る。あぁ、中間テストが近いからってコイツに頼ろうとしたのが間違いだった。
 げた箱で靴に履き替えながら、外を見てみる。昼から降りだした雨が夕方を過ぎた今でもザーザーだ。傘の無い奴はずぶ濡れだろう。
 でも、俺は毎朝、天気予報をチェックするようにしている。だから傘を持ってきてるので大丈夫。
 やっぱり天気予報は見るもんだな。なんて思いながら傘立てから自分のものを取る。……そのはずだったけど。
 無い。俺のビニール傘が無い。
「え、ウソ?盗られた?」
 他には、折りたたみ傘みたいなちっちゃくて、赤い傘しかない。てことは。
「ユウジ、変な顔してどうしたの」
 追いついて来たユウが靴に履き替えながら俺に聞く。
「傘、盗られた……。ちゃんと置いといたのに……」
「そんなとこに置いとくのが悪いの。バッカじゃない?」
 おい、せめて慰めるとかしないのかよ。このやろ、腹立ってきた。
「じゃあお前どうなんだよ」
「あたしはちゃんと傘持って来たし、目立たないところに置いといたから大丈夫。アンタみたいなバカと違うの」
 コイツ、笑ってやがる……。ちくしょう、言い返してやりたいが、文句が浮かんでこない。
「で、ユウジどうするの」
「え?」
「傘、無いんでしょ」
 そうだった。ムカついてる場合じゃない。家まで距離があるから走るのはきついしなぁ。
「ユウジがいいなら……。あ、あたしの傘に、いれてあげてもいいけど……」
 急にユウはもじもじしながら、だんだんと小声になっていく。
「ユウジが、走って帰りたいんなら、別だよ?でも、あたしの傘大きいから、できたら、一緒にさ……あれ?」
 何でコイツ不思議そうに傘立てを見てんだ。今置いてあるのは一本しかないんだから、何がおかしいんだろ。あ、もしかして。

「……どうした?」
「傘、無くなってる。ちゃんと置いてたのに」
 その瞬間、俺は「そんなとこに置いとくのが悪いんだよ。バッカじゃねえの?」とさっきの仕返しに言いたくなったが我慢した。この状況じゃそんなこと言えない。
「どうしよう、盗られちゃった……」
 困った様子でオロオロしだすユウ。とりあえず落ち着かせないといけない。
「大丈夫だって、傘ならあるだろ?」
 安心のアピールになるかはわからないけど、傘立てに残っているちっちゃな傘を広げてみる。やっぱり小さい。これじゃあ一人でいっぱいいっぱいだ。これはユウに使わして、俺は走って帰るしかないかなぁ……。
「これなら、なんとか二人とも大丈夫かもね」
「え?」
「ねぇ、帰ろ?」
 さっきのオロオロどこ行った。というかこの傘のどこ見て大丈夫って確信があるんだよ。傘は一本しかないんだぞ。
「ね、こうして一緒にさ……」
 ユウは顔を赤らめながら、ぐいっと俺の右腕にしがみつく。
「お、おい!ユウ?」
「……傘、さして」
 そのままユウに腕を引っ張られ、二人で顔を真っ赤にしながら相合い傘で学校を出た。
 そのまま数分、感触とかが恥ずかしくて黙って歩く。けど、これじゃあ間がもたない。
「あのさ……ユウ。お前、大丈夫か?雨、濡れてない?」
「……大丈夫。ユウジは?」
「あー平気平気、大丈夫。濡れてない」
 実際、この傘じゃ小さ過ぎて、二人くっつくとどちらかの体半分がどうしても出てしまう。ユウに雨があたらないようにしていたら、ブレザーの左側はもうぐっしょりと濡れてしまった。まあ、ユウが濡れてないみたいだからいいけど。
「あのね、ユウジ……ちょっと、いい?」
「ん?」
「おんぶ……して欲しいなぁ」
 こっちをちらちら見ながら、恥ずかしそうに、俺にどうかなと聞いてくる。
「は?」
「だって!くっついたままだと歩きにくいし、狭いし、おんぶだったら……あたしが乗っかって傘させるし。そうすれば大丈夫でしょ?」
 おい、一体何が大丈夫なんだよ。
「はい!傘はあたし!ユウジはこれ!」
 さっと傘を奪われ、ユウにカバンを押しつけられる。
「じゃあ……乗るよ!」
 いきなり言われて慌ててカバンを腕に通して構える。これで準備万端。
「って、俺はまだいいとは言ってないぞ!」
「んしょっと!」

 ユウはそんなことお構いなしに、背中に乗ってきた。こうなったら仕方ない。落とさないようにしっかり背負う。
「んっ……。ユウジ、手、冷たい」
 なんで手なんだ。あれ、でもおんぶしてる訳だから手に感じてるこのやらかい感触は……。ふともも?しかも直に!?
「や、やらしい気持ちとか全く無いからな!」
「別にいいよ……おんぶしてって言ったのあたしだから。それよりさ……」
 別にいいよと言われても、背中にも柔らかいものが。
「もっと……くっつかないと、ね」
 俺の首にユウの腕が回される。顔が近いのが息遣いでわかる。みるみる自分の顔が熱くなるのが恥ずかしい。
 それより、背負う体温の方がずっと高く感じるのは気のせいだろうか。
「ん、やっぱり恥ずかしいね……」
「じゃあ下りろよ」
「やだぁ、……これがいいんだもん」
 ぎゅっと密着が増す。制服の肩がぐしょっとした。
「あれ?ユウジ、制服濡れてる」
「……気にすんな」
「バカ……ウソツキ」
 耳にかかる息がくすぐったい。それに熱い。
「でもね……」
 声と共に息が離れて、首の付け根あたりにユウのおでこがつくのを感じる。
「ユウジ……」

「……すきだよ」

 今、ぼそぼそと何か聞こえたような。
「え?ごめん聞こえなかった。もっかい言ってくれ」
「あ、えっ!あ、あたし何も言ってないよ!ホント!えっと……」
 いきなり首がぎゅっときつくなる。なんでそんなにアタフタしてんだよ。下ネタでも言ったのかコイツは。
 それより力弱めて……ちょっと、強い、苦しい……。
「とにかく今の、全部忘れて!あたし何も言ってないから!あ〜もう!なんで言っちゃったかなぁ……あたしのバカ!」
 わかったか、ら離して、首、が締ま……。も、もう……ダ、メだ、意、識が……。
「きゃあ!ちょっと、いきなり倒れないでよ!え、ウソ?ユウジ、大丈夫!?」

 結局、俺が気がついたときには、ユウが携帯でユウの母親に連絡。車で迎えに来てもらうことになった。
 車内で「どうしてユウジ君は気絶してたの?」と聞かれて、ユウは何故か耳まで真っ赤にしていた。
 俺はなんかわかんないけど、それを可愛いなと思う。
 相合い傘には向かないちっちゃな傘。
 天気予報で言ってたな。次に雨が降るのはいつだっけ。
 そのときが来るまでこの傘は、盗られないように大事に持っておくことにしよう。



おわり
2008年12月07日(日) 00:20:33 Modified by amae_girl




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