3-457 『休日の過ごし方』

話は前スレでちょっと投下したやつの続き物。
男子高校生と六歳上の保健医さんの話です。





『休日の過ごし方』



 その日は両親が友人の結婚式に泊まりがけで出かけたため、家には朝からぼくしか
いなかった。
 日曜日だしこれはチャンスなのかなあ、とトーストをかじりながらぼんやり考えていると、
玄関のベルが鳴った。
 朝から誰だろう。ちょっと億劫に思いながら玄関まで行く。
 鍵を外して扉を開けると、ぼくより少し小さな人影が勢いよく跳び込んできた。
 咄嗟に抱き止めると、人影は嬉しそうに笑った。
「おはよー、青くん!」
「い、伊月さん!?」
 跳び込んできた相手は、幼馴染みの仲村伊月その人だった。
「んー、今日も一日一青くんっ」
 謎のフレーズを発しながら、ぼくの頭に頬を擦り寄せる伊月さん。
 薄手のブラウス越しに柔らかい胸の感触を受けて頭がくらくらしたが、なんとかこらえて
問いかける。
「ど、どうしたの? こんな朝早くに」
「今日は一日時間あるので、こないだの続きをしに来ましたー」
 伊月さんはあっさり答えた。
 この間の続きとは、やっぱり保健室の続きのことなんだろうか。
 親もいないしチャンスだとぼくも思う。
 でも、まさかこんな朝早くに来るなんて思いもしなかった。
「というわけでお邪魔していいかな?」
「あ、あの、伊月さん」
「何?」
「まさか、今からするわけじゃないよね?」
「……したくないの?」
 うわあ、やる気満々だこの人。
「朝からそういうことするのはムードに欠けると思う」
「……そっか。ごめんね。私、先走っちゃった」
 反省反省、と伊月さんはぼくの体から離れた。
「一日青くんの好きにしていいっていう約束だったから、できるだけ早い時間から側に
いようって思ったの。だから青くん、何でも言ってね」
 そんな魅力的なことを言って、彼女は笑顔を向けてくる。
 魅力的だけど、同時に悪魔的な誘惑だとも思う。のめり込むと魂まで奪われそうな。
 伊月さんなら奪われてもいいかなって思うけど。
「ちょっと待ってて。まだごはん食べてないんだ」
「あ、そうだったの? ごめんね、やっぱり早かったかな」
「いいよ、あとトースト半分だし。それより今日は時間あるんだよね?」
「うん、明日の朝までフリーです」
「……デートしない?」
「もう、反応薄いなー……デート?」
 伊月さんの目が輝いた。

「せっかくの日曜日だし、二人でどこかに出かけるのもよくないかな?」
「私ボウリング行きたい! 今日こそ夢のパーフェクトを」
「前回のスコアは61だったような」
「あのときは二割しか力出してなかったの! 本気出せば五倍で行けます」
 五倍なら約300。計算は合ってる。
「じゃあちょっと待ってて。すぐに食べ終えるから」
「食べさせてあげようか?」
「トースト半分でされても虚しいだけだよ」
 ダイニングに戻ると食べかけの冷めたトーストが寂しそうに横たわっていた。ぼくは
それをひっ掴み、牛乳と合わせて一気に喉の奥に流し込んだ。
 それから急いで歯を磨き、部屋に戻って身支度を整える。そんなに着飾る必要はないと
思い、ジーンズにチェックのシャツと動きやすい服を選んだ。
 部屋の鍵掛けを確認して伊月さんに声をかけると、なぜかキッチンから顔を出した。
「お皿洗ってたの」
「え? 別によかったのに」
「ううん、洗いたかったの。少しでも奥様気分を味わおうかと」
「……」
 嬉しそうな顔でさらりと言われて、ぼくは恥ずかしくなった。
 このまま付き合いを重ねていけば、伊月さんとそういう関係になるのも十分にありうる
ことだ。
 気恥ずかしく思うと同時に、彼女がそういうことを考えているのが嬉しくもあった。
「じゃあ行こうか」
「うん」
 ぼくが右手を差し出すと、伊月さんは小さな手でしっかり握ってきた。
 何度も受けてきたその感触は、包まれるように柔らかく温かかった。

      ◇   ◇   ◇

 誰かと街中を歩くとき、手を繋ぐのはどういう場合か。
 誰かが小さな子供なら迷子にならないように。目や足のよくない人なら支えになるように。
恋人なら愛情を求め合うように。
 伊月さんは間違いなく愛情を求める方だ。ぼくより六つも年上だけど、ぼくの前では
隙だらけな程に甘えてくる。
 恋人として、幼馴染みとして、それはとても嬉しい。
 ただ──昔と比べるとその様子はまるで別人なので、たまに違和感を覚える。
 昔は普通に頼れるお姉さんだった。いや、今が頼りないわけじゃないけど、隙はほとんど
なかったと思う。
「考えごと?」
 はっと気付くと伊月さんが覗き込むように見つめてきていた。心配そうな表情にぼくは
慌てて首を振る。
「何でもない。ちょっと昔のことを思い出してただけ」
「昔のこと?」
「前の伊月さんは手の繋ぎ方が微妙に違ったなあとか、まあそんなことを」
「……どう違った?」
「うーん、形がどうこうってわけじゃないけど、感触が違ったと思う。昔はもっと遠慮がち
だったような」
 伊月さんの目が丸くなった。
 それから小さく笑みを浮かべる。なんだかおかしげな笑みだった。
「ふーん、今は遠慮が足りないと?」
「え? ……い、いや、そういう意味じゃなくて」
「そんな失礼なこと言う青くんには、罰としてもっと遠慮なく接してあげましょう!」
 そう言うと、伊月さんはぼくの右手におもいっきり抱きついてきた。
「うわっ」
「青くんの腕相変わらずほそーい」
 たっぷりとした量と柔らかい感触を併せ持った二つのふくらみが、二の腕辺りに押し付け
られる。何度となく繰り返された行為だけど、その気持ちよさは格別で飽きることはない。
 でも街中でされるのはさすがに恥ずかしい。
「伊月さん、くっつきすぎだよ」
「え? 気持ちよくなかった?」
 気持ちいいですが歩きにくいです。
「腕組むのはいいけど、体重かけられたらちょっと歩きづらくて」
「もう、青くん頼りないなあ。『支えてやるからバッチ来い!』ってくらいの心構えは
ないの?」
「すいません、体育3です」
「……五段階評価?」
「……十段階評価」
 昔から運動は苦手だ。体も人より弱いし、その上偏頭痛持ちだし。
 伊月さんは心配そうな表情になった。
「ボウリング、やめる?」
 ぼくは苦笑した。
「2、3ゲームくらい大丈夫だよ。それに、ボウリング行きたいんでしょ?」
「……うん」
「じゃあ行こうよ。伊月さんがしたいならぼくもしたい」
 伊月さんは嬉しそうに笑うと、また腕を強く抱き締めてきた。
 ぼくは柔らかい感触にどぎまぎしながら、伊月さんの歩調に合わせてゆっくりと歩いた。

      ◇   ◇   ◇

 頭程もある青い球が床の上を転がっていく。
 投球者のフォームは以前よりもずっと滑らかで、逆ピラミッド状に並んだ十本のピンの
真ん中を完璧に捉えているように見えた。
 だがピンは思ったように倒れてくれず、左右に割れるように三本のピンが残った。
 それを見て伊月さんはあうう、と奇妙な声を漏らした。
「またスプリット……」
 これで四度目だ。1ゲームでは多すぎる回数と言える。
 残ったピンの内、左の二本を二投目に倒して、伊月さんは第9フレームを終えた。
「球が真っ直ぐ行きすぎなんじゃないかな。筋は悪くないと思うけど」
 ここまでで伊月さんのスコアは83。一見低いけどガーターは出してないし、第一ゲーム
とは大違いだ。スコアも既に上回っている。
「ラストでスペア取れれば100超えるかもね。頑張って」
「超えたら褒めてくれる?」
「うん」
「抱き締めてぎゅってしてくれる?」
「それはちょっと……頭撫でるくらいなら」
「じゃあ、ストライク取ったら?」
 伊月さんの問いかけにぼくは少しだけ迷った。
「……抱き締めればいいの?」
「うん! できればキスもしてほしい」
「そ、それはさすがに恥ずかしいけど……わかった、いいよ」
「本当? 頑張る!」
 恥ずかしさを除けば、そもそもぼくにデメリットのない申し出だ。伊月さんが喜ぶなら
別に受けてもいいと思った。
 ぼくの番が終わった後、伊月さんがいよいよ最後の投球に入った。
「ほっ!」
 気負いすぎたのか、球は中心から微妙にずれた。
 しかしそれが功を奏した。ピンアクションが綺麗にはまり、十本のピンが勢いよく一掃
された。
 見事なストライクだった。
 ぼくが驚きに固まっていると、伊月さんが振り向いて会心の笑顔を見せた。
 Vサインまですると、一気に駆け寄って抱きついてくる。
「青くんっ!」
「い、伊月さん、まだ終わってないよ!」
 頬を擦りつけて甘えてくる彼女をぼくは慌てて押しとどめた。

      ◇   ◇   ◇

 昼食はボウリング場の近くにあったファミレスで済ませることにした。伊月さんはチーズ
ハンバーグにグリーンサラダとライスのセット、ぼくは和風パスタと若鶏の唐揚げをそれぞれ
注文した。
 やってきた料理を早速一口食べると、伊月さんは体を小さく震わせてから幸せそうな
笑顔を浮かべた。
「やっぱり運動した後の食事は最高だねー」
 たかがファミレスの料理でも、この満面の笑みを見ているとこちらもおいしく感じられる。
食事の味は共に食べる相手によっても変化する。
 伊月さんと一緒に食べるごはんはいつもおいしい。
「なーに? 私の顔に何かついてる?」
 ぼくがぼう、と見つめていると、伊月さんが楽しそうに尋ねてきた。
「……ご飯粒ついてる」
「え、うそ!?」
 慌てて確認する伊月さん。
「うん、うそ」
「……こら」
「伊月さんがあんまり楽しそうにしてるから、ちょっとからかってみようと思って」
「青くんのいじわる」
「……でも、楽しんでもらえてるならよかった」
 ぼくはしみじみと思い、呟いた。
 すると伊月さんが少し顔を曇らせた。
「……どうしたの?」
「うん……言ったよね。今日は青くんが一日私を好きにしていいって」
「あ……う、うん」
 いかがわしいことを想像してつい顔が熱くなる。
「けど、私ばっかり楽しんでいいのかなって、ちょっと考えちゃって」
「……」
「青くん優しいから私すぐに甘えちゃうし、今日ももうちょっと私が抑えた方が、青くん
楽しめるんじゃないかなーとか……」
「楽しいよ」
 らしくない伊月さんの言葉を遮って、ぼくは言った。
「え?」
「伊月さんと一緒にいられるだけで楽しい。伊月さんとデートしてるから楽しい」
「……」
「それに、伊月さんが楽しんでる姿を見るのが好きなんだ。伊月さんが笑ってるとぼくも
嬉しいし、……その、甘えられるのも、すごく嬉しい」
「……」
 伊月さんは放心したかのように固まった。
「だ、だから別に伊月さんに甘えられても、ぼくは全然困らないし、人前ではちょっと
恥ずかしいけど、もちろん嫌じゃないし、その……」
 ぼくは自分の言葉に気恥ずかしくなって、ごまかすように言葉を連ねる。
「青くん」
「な、何?」
 見ると、伊月さんはどこか困ったような顔で微笑んでいた。目が微かに潤んで見えた。

「もう……なんでそんなこと言うの?」
「え?」
「そんなこと言われたら私、もっともっと甘えちゃうよ」
 伊月さんはそう言うと、唐揚げを一つフォークで刺して、こちらに差し出してきた。
「食べさせてあげるね。あーんして」
「……」
 切り替え早いよ。
「あ、ごめん。ふーふーしてなかった。熱いよね」
「……恥ずかしいんだけど」
「さっき嫌いじゃないって言った。それともやっぱり嫌?」
「……いただきます」
 観念して唐揚げを食べる。ファミレスにしてはかなりおいしい。
 嬉しげな顔が視界に眩しく、ぼくは食べながら赤面した。
「はい、次は青くんの番」
 唐揚げを呑み込んだところでフォークを渡される。
「えっと……」
「ハンバーグまだ残ってるの。食べさせて」
 にっこり笑って口を小さく開ける。
 ぼくは苦笑いするしかなかった。
「はい、あーん」
「あーん」
 伊月さんは楽しそうにぼくが差し出したハンバーグをくわえこんだ。

      ◇   ◇   ◇

 午後からは特に何もしないで、二人で街を歩いた。
 適当に店を冷やかしたり、その辺りで缶コーヒーを買って飲み合うだけで楽しかった。
 途中、カツサンドを売っているのを見掛けて、伊月さんが何か思い付いたように買いに
行った。
「小腹空いちゃったし、どこかベンチか何かで食べよ」
 ちょうど駅近くの公園にベンチがあるので、ぼくらはそこに向かった。
 しかしベンチはお年寄りの方々に占領されていた。
「うーん、残念」
「芝生があるからそっちで食べよう」
「仕方ないか。うん、食べよ食べよ」
 芝生に腰を下ろしてカツサンドを取り出す。
 小さな紙箱の中から一つ取り出して伊月さんに渡す。伊月さんは一口食べると「うん、
上等上等」と一人ごちた。
 ぼくも一つ食べてみる。
「あ、おいしい」
 カツは厚いけどパンは薄く、柔らかい食感が美味だ。
 すると伊月さんがむう、と唸った。
「ダメだよ青くん。そういうときは『ソースの味って男のコだよな』って言わなきゃ」
「は?」
 言葉の意味を掴めない。確かにソース味が染みておいしいけど、……男のコ?
「知らないならいいんだけどね。やっぱりベンチで食べるべきなんだけど」
 何が不満なのかぼくにはよくわからなかったけど、芝生は芝生で気持ちいいと思う。
 ぽかぽかと暖かい陽気が撫でるような風と相まって心地よい。

「えい」
 唐突に声を上げて、伊月さんが後ろに倒れ込んだ。
 芝生の上に寝転がって、眩しそうに空を見つめている。
「服が汚れるよ」
「いいよ別に。上等な服でもないし、それに気持ちいいから」
 芝生は芝生で問題ないらしい。彼女にならってぼくも寝転がってみた。
 ふわふわとまではいかないものの、柔らかい感触は寝心地がよかった。
 芝の匂いが体に染み込むような、うたた寝したくなる空気が気持ちいい。
「のどかだね」
「うん」
 手を繋いで、並んで空を見上げる。飛行機が音を立てて飛んでいくのが見えた。綿毛の
ような白い雲は、日の光をはね返すように眩しい。
 伊月さんがぼくの体にくっついてきた。
「ふふ」
「なに?」
「ううん。ただ、幸せだなって」
「……うん」
 腕をぎゅっと抱き枕代わりに抱き締めて、伊月さんはんんー、と小さく悶えた。
 ぼくはその体をもう一方の腕で抱き寄せる。
 驚いたように体が硬直したが、すぐに力を抜いて身を預けてきた。
 こんなことを自然とやれるようになった自分に驚く。伊月さんの甘えっぷりがうつったの
かもしれない。
「このまま眠っちゃいたい……」
 うとうととした様子で伊月さんは呟く。ぼくは耳元で囁いた。
「こんなところで眠ったら風邪ひくよ。ちゃんと家に帰って寝ないと」
「うん……」
 目を閉じたまま頷く。
「帰ったら、一緒に寝てくれる?」
「……うん、いいよ」
 伊月さんはそれを聞くと嬉しげに頬を緩めた。

      ◇   ◇   ◇

 家に帰り着いてからぼくらはすぐにシャワーを浴びた。
 伊月さんは風呂場でもやたらくっつきたがった。柔らかい胸や太股が押し付けられる度に
襲いかかりそうになったが、このままここでしてしまうと食事さえ忘れてしまいそうで、
ぼくは必死に心頭滅却に努めた。必死になってる時点で果たせてないような気がするけど。
 浴室を出て着替えると、午後六時過ぎだった。食事どうしようかと訊くと、私が作ると
言ったので伊月さんに任せることにした。ぼくは米を洗ったり野菜を刻んだり、手伝いに
回った。
 ご飯、大根の味噌汁、ポテトサラダ、アジの塩焼き、豚肉の野菜炒めと、内容は比較的
簡単なものに終始したが、疲れていることを考えるとしょうがないと言えた。疲れていても
きちんとバランスのよいメニューに仕上げる辺り、さすが伊月さんだと思った。
 食事はどれもおいしかった。野菜炒めは唐辛子でピリ辛に作ってあって、ご飯がよく
進んだ。伊月さんはぼくの食べる様子を見ながらずっとニコニコしていた。
 さすがに後片付けまでさせるわけにはいかないと思い、伊月さんを強引に休ませた。
多少不満そうにしていたけど、やはり疲れているのか結局は素直に居間に引っ込んでいった。
 二人分なら食器はそんなに多くない。手早く片付けてぼくは居間に戻った。
 伊月さんはソファーで横になって眠っていた。
 静かな寝息を立てて、本当にぐっすり眠っていた。ぼくの接近にも足音にもまるで反応
しない。朝も早かったし、よほど疲れていたんだろう。
 綺麗な寝顔だった。改めて彼女が美人であることを認識する。
 こんなに綺麗な人が自分の彼女でいいんだろうか。年下で、特に何かを持っているわけ
でもないぼくなんかが。
 ……いや、卑下するのも失礼な話だ。彼女がぼくを選んでくれた。ぼくはそれを受け
入れた。それだけで十分じゃないか。
 眠っている伊月さんの傍らに腰を下ろす。今は下ろしている長い黒髪を撫でると、伊月
さんはくすぐったそうに身じろぎした。
 ぼくはその様子をかわいく思い、しばらくの間艶やかな髪の感触を楽しんだ。

      ◇   ◇   ◇

 伊月さんが目を覚ましたのは十時頃だった。
 ぼくはその間ずっと伊月さんの側にいて、本を読んだりテレビを見たりしていた。
 被せた毛布にしがみつきながら、伊月さんはソファーの上で大きなあくびをする。
「ごめんね、一人で眠っちゃって」
「疲れてたんでしょ。ごはんまで作ってもらったし、もっと休んでてもいいくらいだよ」
「んー、じゃあちょっとお姉さんの言うこと聞いてくれる?」
 伊月さんがいたずらっぽくお願いしてくる。何、と問うとにっこり笑って、
「一緒に寝てくれる?」
「……添い寝?」
「あ、そんなこと言ってとぼけるんだ。昼間にも言ったじゃない。一緒に寝てくれるって」
 『一緒に眠る』と『一緒に寝る』では、明らかに意味が違うわけで。
「明日学校なんですが……」
「私もだよ」
「一回じゃ収まりつかないかも」
「むしろたくさんしてほしいなー」
「……」
「……」
 伊月さんの目が期待するようにこちらを見つめている。
 ぼくは小さくため息をついた。
「……本当は、ぼくもすごくしたいんだ」
「うん」
「でも伊月さんが疲れているときに、無理をさせたくないんだ」
「遠慮しなくていいのに」
「それでも、さ」
「……ホント優しいね。青くんは」
「いや、単に度胸がないだけだよ」
「だろうね……青くん基本的にへたれだもん。日本ウェルター級三位くらい」
「ウェルターて」
「でもここぞというときかっこいいから王者にはなれないんだよね」
 それはいいことだと思うのですが。
「……遠慮はしなくていいの?」
「遠慮したらしばらくさせてあげないよ?」
「伊月さんの方が先に音を上げると思う」
「お姉ちゃんをナメるなよー。青くん禁止令が出ても三日くらいは耐えられるんだから」
「……」
 たぶん、本気で三日しか耐えられないのだろう。ぼくがいなくなったらこの人はどう
なってしまうんだろうか。
 いや、逆にこの人がいなくなったら、
「……」
 空恐ろしくなった。三日という期限つきなら大丈夫かもしれない。でも、一緒にいられる
保障がなくなったら、ぼくだって耐えられない。
「どうしたの?」
「いや……離れないようにしないとって思っただけ」
 耐えられないのはぼくも同じだから。

 ──ぱっ、と
 瞬間、伊月さんがぼくの手を握った。
「い……」
「ちゃんといるよ、ここに」
 小さな手が、その温もりでもって強く自己を主張してくる。
「私たち、きっとすごく相性のいいカップルなんだよ。青くんは私を受け止めて、私は
青くんを引っ張って」
「……」
「それで迷惑をかけることもあるけど、私たち『それがいい』って思えるでしょ? それって
絶対他の人に対しては無理だもん。お互いにこの人しかいないって思えるのは、すっごく
幸運なことなんだよ」
「……」
「でも、だからこそ私たち手遅れなんだよね。私には、青くんのいない世界なんて考え
られないから」
「……」
 ああ──そこまで想われているんだ。
 それはとても嬉しかった。きっと、同じだから。
「……ぼくも、一緒だよ」
 伊月さんは満面の笑みを浮かべた。
「なら、絶対に私から離れないでね。私も絶対に離さないから」
「わかった。約束する」
「うん。……キスして」
 ぼくは伊月さんの上体を抱き起こすと、桜色の綺麗な唇に優しく口付けた。
 愛しい想いをただその行為に乗せて。

      ◇   ◇   ◇

 ぼくらは抱き合いながらぼくの部屋に入った。
 伊月さんの体をベッドに横たえると、ぼくは彼女の上に覆い被さった。
 抱き締めて、髪を撫でて、顔のいたるところにキスをする。唇に、鼻に、額に、目尻に、
頬に、耳に、髪に、うなじに、愛情を送り込んだ。
 伊月さんはくすぐったそうに身をよじる。
「……青くんのキス、好き」
 うっとりと呟く伊月さんの顔は高揚したように赤みを帯びている。なんだか発情している
みたいだ。ぼくは軽く息を呑んだ。
 いつも伊月さんが主導権を握っていたので、こうして体を委ねてくるのは新鮮だった。
 本当にぼくの好きにしていいのだ。その事実がぼくを興奮させた。
 首筋から鎖骨に舌を這わせていくと、微かな喘ぎ声が耳元に届いた。パジャマのボタンを
外して白い素肌に直接触れると、よりはっきりと声が洩れた。
 白のブラジャーが煽情的に脳を刺激する。高鳴る心臓に突き動かされるように剥ぎ取ると、
形の良い綺麗な乳房がぼくの目を釘付けにした。
 誘惑するように揺れる胸を、半ば押さえ付けるように鷲掴む。
「んっ」
 色っぽい声がぼくの胸に染み込むように響く。マシュマロのように柔らかい感触が掌から
脳に強烈な刺激として伝わってきた。
 乳首に吸い付くと、はっきりと体が震えた。
「やっ、あんっ」
 もちろん乳は出ないが、吸い付きたくなるのはたぶん男の本能みたいなものだ。それに
気持ちよさそうな彼女の様子を見ると、もっと喘がせたいと思ってしまう。
 乳首を舌でチロチロと転がし、固くなっていく先端を甘噛みする。右手でもう一方の胸を
丹念に揉み込みながら、指で先を押し潰す。
「乳首、勃起してるよ」
 せっかく主導権を握っているのだからと、らしくもなく意地悪く囁いてみる。
 伊月さんの顔が真っ赤になった。
「……青くんのどS」
「たまには、ね。気持ちよくない?」
「ううん、気持ちいい……もっといっぱいさわって……」
 両胸をしつこく何度も何度も揉みしだいた。白い肌がほのかに上気し、まるで熟れた
果実のように桃色に変わる。こんなに柔らかいもの、どれだけ揉んでも絶対に飽きない
と思う。
 伊月さんが脚をもじもじと動かすので、ぼくは名残惜しいながらも右手を離し、下の
パジャマパンツの中に手を突っ込んだ。
 ショーツの中にまで右手を差し込み、股をまさぐる。ショーツはほとんどぐっしょりと
濡れていて、まるでおもらしをしているみたいだった。
 もちろんそれは尿ではなくて、彼女の愛液だ。胸を揉まれて興奮したのだろうか。

 秘部に触れると、染み出した温かい液がくちゅりと音を立てた。
「……このまま挿れてもいいくらいだね」
 伊月さんが恥ずかしそうに顔を背ける。
 ぼくはその様子を少し怪訝に思った。
「本当に恥ずかしいの?」
「……どういう意味?」
「なんか、伊月さんらしくないというか」
 伊月さんはきょとんと目を丸くした。
「いつもの伊月さんなら、こういうことしてもあんまり恥ずかしがったりしないから。
まさか演技してるわけじゃないよね」
 演技ならこちらのツボをよく突いてると思う。
 だが、伊月さんはそれを聞くと不満そうに顔をしかめた。
「……青くんの脳内では、いったいどんな仲村伊月像が描かれているのかな」
 ものすごく不機嫌そうに言われて、ぼくは自身の失言に気付いた。
「あ、いや、いつも余裕たっぷりだったから、その、」
「……私がするのと青くんにされるのとでは全然違うのっ!」
 真っ赤な顔で叫ぶ伊月さん。
「……攻められるのに慣れてないってこと?」
「だって、青くんいつもと違うんだもん。いつもはあんないじわる言わないのに」
 そんなに過激なことは言ってないつもりだが、なかなか効果があったらしい。
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど、恥ずかしいよ……」
「こんなに濡れてるもんね」
 秘所の入口を強めに撫でると、伊月さんは「ひゃっ」と声を上げた。
「エッチしたくてうずうずしてるの?」
 中指を中まで進入させる。
「んっ、……それ、は」
 ほぐすようにかきまぜながら、膣の感触を楽しむ。
「エッチしたくて朝からずっと待ってたんだよね。セックスのためだけに早起きしてうちに
来たんだもんね」
「ち、ちが──あんっ!」
 指の腹で側面を擦ると、びくりと体が震えた。
「違わないよ。さっきから挿れてほしくて脚動きっぱなしだもん」
「んっ、そんな、こと……」
 ぼくはこんなにSだっただろうか? 普段とは違うやり方のせいか、ドキドキ感が全然
違う。
 伊月さんのあそこはもう全然弄る必要がない。愛液が洪水のように漏れ出てきて、中が
ひくひく痙攣するように動いている。
 指を引き抜いて、パンツとショーツをするすると脱がす。こもった雌の匂いが股の間から
漂ってきて、こちらの雄の本能を刺激される。
「もう、いいよね?」
 伊月さんはこくりと頷き、
「……やっぱりダメ」
「…………えっ!?」
 完全に臨戦態勢だったぼくは、予想外の言葉に固まった。
 意地悪しすぎたかな?
「……え、なんで? だって今頷いたのに、」
「……」
 伊月さんはじっとこちらを見つめている。
 その目はなんだか不満気で、ぼくはなぜか慌てた。自分の至らなさを責められている
ような気がした。
 しかし理由はわからない。
「……ごめん、やっぱり意地悪しすぎたよね。慣れないことするものじゃ」
「違うの」
 伊月さんは首を振ると、ぼくの服に手をかけた。
 服?
「脱いでくれないと、直にくっつけないじゃない……」
「…………」
 ぼくは急いで服を脱ぎにかかった。

 互いに生まれたままの姿になって、改めて向き直る。
 仰向けになってこちらを見つめてくる伊月さんの体はどこもかしこも綺麗だった。ほくろ
一つない白い肌に微かに浮く汗がやけに色っぽい。
「いれて……青くん」
 伊月さんの言葉に答える手間さえ惜しく、ぼくは一気に彼女の膣内に進入した。
「ああああっっ!!」
 嬌声が部屋に響いた。待ちに待っただろう逸物を、膣口から奥まで全体で締め上げて
くる。危うく出そうになり、ぼくはなんとか力を込めてこらえた。
「い、伊月さん」
「ひさびさのあおくんだ……あおくぅん」
 陶酔したように甘い声を洩らす伊月さん。
 中の具合は液でとろとろで、伊月さんにまったく痛みはないようだ。しかし締め付けは
精液を絞り取るかのようにきつく、どれだけ長く保たせられるだろうかとぼくは不安に
なった。気を抜くとあっという間に出てしまいそうだ。
「あおくん」
「な、なに?」
「ぎゅってして」
 両手を広げて期待の目を向けてくる。
 ぼくはゆっくりと伊月さんの上体を持ち上げて、抱き締めた。
「……」
「……」
 体が直に触れ合い、温もりが汗ばんだ肌を通して伝わってくる。
 性的な興奮とは別に、愛しい人の温もりにドキドキした。
 伊月さんは安心したようににっこりと微笑む。
「あおくん……だいすきだよ」
「……うん。ぼくも大好きだ」
 しばらく動かずに、ただくっついてお互いを確かめ合った。
「ドキドキしてるね」
「うん……そろそろうごいて」
「わかった」
 対面座位の体勢で、ぼくは腰を動かし始めた。
 相変わらず膣内は窮屈だ。絡み付く襞々の感触は性器が溶かされるような錯覚さえ受けて、
下腹部全体に強烈に響く。
 しかし愛液の量がいつもより多いようで、案外スムーズに動ける。
「ん、あん……あ、おっき……あん」
 そんな意識はないだろうが、間近でそんな声を聞かされるともっと激しくしたくなる。
 緩慢な動きである程度慣らしていくと、ぼくにも少し余裕が生まれた。これならちょっと
くらい激しく動いても大丈夫だろう。
 腰に手を回して文字通り本腰を入れた。
「きゃうっ」
 腰をぐいぐいと押し付けて膣内の感触を堪能する。硬い肉棒で内部をぐちゃぐちゃに
かき回しにかかる。
「やっ! あっ、んんっ! あんっ! はげ、し……あっ、あぁん!」
 一際激しい嬌声が上がり、こちらの興奮を助長させる。
 たまらなく気持ちいい。
 この世の何よりも気持ちいいとさえ思える快感に、ぼくはただ溺れていく。

「あおく……んんっ」
 すぐ目の前にあるみずみずしい唇を奪う。
「ん……んちゅ、あむ……んん……」
 吸い付いたといった方が正しいくらいに夢中でキスをした。唾液でべたべたになるのも
構わず舌を絡め合った。
 きつく抱き締め合うことで互いの胸が密着する。柔らかい感触の向こうに心臓の鼓動を
はっきりと感じた。伊月さんもドキドキしているようだ。当たり前だろう。こんな行為、
ドキドキしないでやれるわけがない。
 肉付きのいいおしりを鷲掴んで、さらに激しく腰を突き上げた。
「ふああっ! あんっ、あくっ、だめっ、やんっ、あっ、あっあっあっ、あぁっ!!」
 小刻みなリズムでひたすら腰を振る。亀頭が襞々に擦れて奥に突き当たる度に快感が
生まれる。陰嚢の奥がどんどんむず痒くなっていく。
「あおくん、きもちいいのぉ……もっと、もっとして……」
「伊月さん……伊月さんっ」
「あんっ、あっ、やっ、あっあっあっあっ、あぁっ、だめっ、いく、いっちゃうっ」
 甲高い声に合わせるように射精感が高まっていく。
「いくよ、伊月さん! 中に出すよ!」
「うんっ、あおくん、きて、きてぇっ!」
 瞬間、限界が訪れた。
 引き絞られた矢が放たれるように、膣奥で精液が勢いよく噴き出た。
「ううっ!」
「ああああああああっっっ!!!」
 伊月さんの絶頂の声が部屋中に響き渡った。
 精液と愛液が混ざり合う膣中で、ぼくは自分の性器を尚も動かし続ける。溜まりに
溜まった精液を出し切るように、びくびくと性器が震えた。
「んん……」
 余韻に浸る伊月さんはぼくの体にしがみついて少しも離れない。
 荒い呼吸を繰り返しながら、ぼくらはしばらく繋がったままでいた。

      ◇   ◇   ◇

 ようやく射精が止まり、気分が落ち着いてきた。
 逸物を引き抜こうとすると、伊月さんが腕に力を込めた。
「伊月さん?」
 ぼくは怪訝に思って尋ねる。
「離れないで……」
 絶頂を迎えて力が入らないのだろう。腕の力はどこか弱々しい。
 陰嚢の奥が再びうずいたような気がした。
「伊月さん」
「え? ……きゃあ!」
 中に挿さったままの肉棒をぐい、と突き動かすと、伊月さんは悲鳴を上げた。
「あ、青くん?」
「ごめん、またしたい」
 伊月さんはびっくりしたように目を丸くした。
「今日の青くん、すごいね……」
「ごめん、止まらなくて」
 伊月さんはクス、と小さく笑った。
 その笑みは子供のやることをしょうがないなあと許す母親のようで、しかしその奥には
嬉しさがはっきりと見えるようで、
「……ううん、私もしたい。だから、たくさんして」
 本当に嬉しそうに、彼女は笑った。
 ぼくはごくりと生唾を呑んだ。
「伊月さんっ!」
「あっ」
 許可をもらった以上、もう我慢はできなかった。
 小さな悲鳴が上がるのにも構わず、ぼくは腰を振り始めた。
 伊月さんもそれに合わせるように体をリズミカルに動かす。
「あおくん、あん、あっ、あっあっ、あおくぅんっ」
「ふっ、ううっ」
 獣のように互いを求め合い、ぼくらはその夜何度も何度も愛し合った。

      ◇   ◇   ◇

 別に深い何かがあったわけじゃない。
 ずっと弟みたいな存在だった彼を見る目が、ちょっと変わっただけだ。
 高校の頃、初恋の先輩が他の女の子と付き合っていることを知って、少し淋しくなった。
 泣かなかった。嫉妬もなかった。ただ、告白できなかった自分が悔しかった。
 せめて想いを伝えられれば、それだけでよかったのに。
 そんな思いにとらわれているときに、ある男の子が言ったのだ。
『お姉ちゃん、元気出して』
 近所に住む男の子だった。よく一緒に遊んだ相手だったが、私が高校に上がってからは
あまり会っていなかった。
 元気だよ、と答えると、彼は心配そうに顔を曇らせた。
『でも、淋しそうだよ』
 私は驚いて、しばらく彼の顔をまじまじと見つめてしまった。
 男の子は私の手を取った。
 私の手を包むにはその手は少し小さくて、けれどとても温かかった。
 昔遊んでいた頃は、私が彼の手を優しく握ってあげていたのに。
 私はその小さな手を、きゅっ、と握り返した。
 初めて私が彼に寄りかかった日──
「……たったそれだけのことだよ」
 横で眠る彼に言うでもなく、私は呟いた。
 その日からあなたを見る目が少し変わっただけ。
 手を握るときも意識が少し変わっただけ。
 特別って程のことはない。
 変わったのは唯一、私の心。
「大好き、だよ」
 私は彼の胸に寄り添い、かつてよりずっと大きくなった手を握った。
 温かい感触はどこまでも心地よかった。
2008年12月07日(日) 00:47:57 Modified by amae_girl




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