3-913 かゆあま

なんて事はない、ただ修学旅行に行っただけだ。
四泊五日のオーストラリア旅行。
友達と青春を謳歌してきたわけだ。
だが、帰ってきた俺を待っていたのは、もぬけの殻の我が家だった。
時計の針は午後7時。
時間的には、両親や居候の従姉妹が居るはずなんだが…

「なんだこりゃ…」

リビングに足を踏み入れた俺は、テーブル上に開かれた一冊の日記帳を見つけた。
赤色の丁装のそれは、確かに従姉妹のものだったはずだ。

「うーん…見るべきか見ないべきか…」

日記を勝手に読むのはどうかと思ったが、結局読む事にした。



〇月×日
今日からうー君(海、という俺の名前を従姉妹はこう呼ぶ)が修学旅行に行きます。
行かないで、って言いたかったけど我慢しました。
えへへ、お姉ちゃん偉いでしょ?

〇月△日
うー君がいなくなって一日。
家にうー君がいないだけで泣きそうになった。
早く帰ってきてうー君。

〇月☆日
叔父さんと叔母さんが旅行に出かけた。
うー君に甘えたい。

〇月▽日
うー君うー君うー君うー君うー君
うー君うー君うー君うー君うー君
うー君うー君うー君うー君うー君
うー君うー君うー君うー君うー君
うー君うー君うー君うー君うー君


〇月□日
かゆ







あま



いったい何があったのだろうか。
あまりに支離滅裂で、猟奇的とすら思えるその内容に、思わず背筋がうすら寒くなった。

「何があったんだ…雪姉ちゃん…」

そう呟いた直後、背後からドアの開く音が聞こえた。
それに内心跳びはねるほど驚きつつ、ゆっくりと振り返る。

「うー………君?」

いつもは綺麗にととのっている髪をボサボサにして、目は虚ろ、そんなまるで幽鬼なような従姉妹がいた。
その様子に後退りながら、恐る恐る声をかけてみる。

「ど、どーしたんだよ雪姉ちゃん!
髪、凄いことになってるぜ?」

雪姉ちゃんのプレッシャーに圧されて、声が尻すぼみに小さくなってしまった。

「うー君…
うー君、うー君だっ!」

目に生気が戻ったかと思う間もなく、雪姉ちゃんは俺に飛びついてきた。
雪姉ちゃんを受け止め慣れているので、転びはしないが、いつもより勢いが強くて少しよろけた。

「うー君うー君うー君っ!
さびしかったよぉ!
あまえたかったよぉ!」

俺の胸にごすごす頭を擦りつけながら、雪姉ちゃんは叫んだ。
なんだか申し訳ない気持ちになったので、とりあえず頭を撫でる。

「うー君…ヒック…」

叫ぶのをやめて、しゃくり上げ始める雪姉ちゃんをよしよしと宥める。
よく顔を見て見ると、まぶたがぱんぱんに腫れていた。

「五日間、放っておいて悪かった」
「…さびしかったんだから」
「う…ごめん」
「…いっぱい甘えたかったんだから」
「そ、それは…」
「…言い訳無用」

ぎゅっと俺を抱きしめる力を強める。

「罰として、五日間おもいっきり甘えさせて」
「…はい」

それから五日間、想像を絶する甘えが繰り広げられた事は、いわずもがなだろう。
2008年12月07日(日) 01:37:57 Modified by amae_girl




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