6-765 人前では

木陰で涼んでいる少女の姿が視界に入る。
今日も、いつもの曲がり角で彼女が待っていた。
急ぎ足で近づくと、彼女は「遅い」という表情をこちらに向けた。
そんなにゆっくりと来た覚えはないのだが、「ごめん」と彼女に一声かける。
すると彼女はしぶしぶという表情ながらも僕の横にくっついてきた。
素直に謝ったのが良かったのか、どうやら一応は許してくれたらしい。
彼女に気付かれないようにホッと一安心していると、急に彼女が僕の手をつかんできた。
いつものことではあるが、少々驚いたので彼女の顔をちらっと眺める。
そこには「何か文句ある?」とのメッセージが張り付いていた。
恐怖を感じたのであわてて視線を前方に戻す。
すると彼女はそれが「OK」のサインであると認識したのか、ぎゅっと握る力を強めてくる。
彼女の様子を見なくても、ちょっぴり機嫌がよくなったのが僕にはわかった。

「人前では甘えるの禁止」との通達が彼女にはなされている。
そう言わないと、彼女はいつでもどこでもどんなときでも甘えてくるからだ。
現在、彼女が手を繋ぐだけで良しとしているのは、ある種の妥協点なのかもしれない。

そんなことを考えていると、いつの間にか僕の家にたどり着いていた。
依然として彼女は僕の手を握ったまま。
心なしかぷるぷると震えているように感じた。
そんな彼女を横目に見ながら、玄関のドアを開ける。
その直後―――、

「もう限界だよ! お兄ちゃん!!」

彼女はそう言いながら、僕の胸に飛びかかってきた。

ちなみにこんなエピソードがある。
「人前では甘えるの禁止」と告げた直後は、当然のことながら彼女の猛反発に見舞われた。
それこそ、家が一つ壊れてしまわんばかりの勢いで…。
なので僕は慌てて「家の中ならいくらでも甘えてOK」と付け加えて、彼女を納得させたのだ。

今にして思えば、あの時の僕はバカだったとしか言いようが無い。
この後の展開はご想像にまかせることにする。
2009年10月28日(水) 21:10:53 Modified by amae_girl




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