6-935 遠距離
あの暑い日から、数えて三ヶ月と少し。季節は秋から冬へ。
それでもまだ終わらない夏があるとするなら――列車の中で一人、そんなことを考えていた数日前。
そして今日。出来る限りの働きと節約でお金を貯め、スケジュールを重ねに重ねた上で、最後の夏を追いかけに行く。
こんなにも寒くなったというのに、僕の頭は夏日のままだと友達から笑われた。
構わない。変に逆上せているのも、よく分かっている。それでも、僕は振り切りたい。
列車、飛行機、バスと乗り継いで凡そ半日。時刻は午後三時を回っていた。
何度も電話で話をする。近付く度に、その声が段々活き活きとしてくる。待ち侘びた、再会。
彼女と会える――そう思うだけで、顔が綻ぶ。嬉しくてたまらない。
逸る気持ちを抑えながら、初めて踏み締める土地を、一歩一歩と進んで行く。
彼女の家は、近い。
到着。インターホンを鳴らす。懐かしい名字の入った表札。
まるで玄関で待っていたかのように、間を置かず開くドア。紛れもない、彼女がそこに立っていた。
「来たよ」
ぼうっとした表情で、立ち尽くす彼女。とても長い間会えなくて、まるで接触が切れてしまったかのような、そんな心地。
でも僕は手を差し出した。恐る恐る、彼女はそれを取ると、自分の頬へと当てる。
「……ずっと、会いたかった」
僕の手に意識を預けるように、目を瞑る。頬から伝わる、彼女の感触と感情。
強い衝動を抑え込むように、お互いにしばらく動けなかった。
「――いらっしゃい」
やっと切り出した言葉。僕を笑顔で、何よりも素敵な笑顔で、迎え入れてくれた。
彼女の両親は仕事で本州まで出張中。それなりに付き合いもあったけど、泊めてもらいに来るのも――とこのタイミングを計った。
それに、久々の対面だ。何があるか分からない…なんて、本当は考えちゃいけないんだけど。
そう、いけないんだけど…僕は初めて薬局で、ある物を買って来ていた。疾しい自分が情けないと思いながらも。
情けない僕は、彼女の後に続いて家の中を案内してもらう。長い髪が揺れながら、良い香りを放つ。
視線を落とすと、紫のミニスカートとハイソックスの組み合わせがお洒落だ。相変わらず綺麗で可愛くて、どきどきしてしまう。
「お腹、空いてない?」
彼女はそう言って、僕に皿いっぱいのクッキーを持って来てくれた。僕の為に、焼いていてくれたらしい。
一つ取って、口に運ぶ。
「――美味しい」
彼女は嬉しそうに息を吐き、僕の隣に座った。そして、腕を絡めてきた。
「あなたの腕…久しぶり」
愛でるようにもう一方の手で、腕をすーっと撫でる。
暢気にクッキーを食べていられる状況じゃない。気持ち良くて、そして落ち着かない。
「今夜は一緒に、寝ようね?」
早くも心臓が爆発しそうになった。恐らく、無垢な誘いだ。抱き枕になってほしいと――ただそれ故に、余計に響く。
しばらく話をした後、夕食の買い物に二人で出かける。そして、帰って来て一緒に作る。
彼女はこの三ヶ月間、僕に触れられず我慢してきたのが影響してか、僕に絶えず寄り添って来る。
甘えるような態度は、まるで動物のようだ。僕も何とか自制心を働かせ、上手く包容する。
喜ぶ顔が、僕の全てを癒してくれる。見る人から見ればいちゃいちゃしたカップルのように見えるかもしれないけど、それでも良いみたい。
離れて再確認出来た。やっぱり彼女のことが好きだ。
夕食を終え、また話をする。本当はテーブルを挟んで顔を付き合わせるのが一般的なのかもしれない。
けど、彼女は僕の隣。一緒にソファに座って、視線は低音のテレビにやりながら、時々ちらっと顔を見る。
面と向かうより、体を触れ合わせていたいんだな。変な言い方をすれば、性癖ってことになるのだろうか。
「…寂しい思いをさせて、ごめんね」
「謝らないで。今日の為に、ちょっと不安な時もあったけど…耐えられた。あなたのお陰」
ぎゅっと強くなる、腕への力。押し付けられる部分に、どうしても意識が行く。
「好きって気持ちとね、真っ直ぐ向かい合えた。近くにいないから、それが分かる」
同じだ。それが何だか嬉しくて、もっと触れ合いたくなる。でも、積極的に行くべきかどうか、迷う。
彼女のことを思えば思うほど、優柔不断に陥っていく自分。どんな僕でも認めてくれる気はするんだけど、どこか怖い。
僕はそっと、肩を抱き寄せた。寄せるに留まった――と言った方が良いかもしれないけど、これでも思い切った方だ。
「……」
彼女はただ小さく呼吸をしている。僕の体にぴったりくっついて、離れない。
「あ、あの――」
「何?」
「本当は、僕が気を利かせないといけないのに…もしかして、焦れてる?」
近くできょとん、とした表情を浮かべる彼女。そしてゆっくりと、変化していく。
「ふふ…ごめんね。でも、気を使わなくても良いよ? 私が自然とあなたを求めるように、あなたも私を求めて良い」
それがどんな要求でも、受け入れられると言うのだろうか?
「だってお互いに”好き”なんだもの」
その言葉を聞いて、安心した。彼女の体を、僕は抱き締める。
「キス、したい。君は…したい?」
どきどきしながら、尋ねた。して良いのは分かってる。でも、彼女の口からそれが聞きたい。
僕なんかには勿体無いような女の子に、一方的に手を出すのは何だか違う気がする。嫌なら良いんだ。それでも全然平気だから。
すると彼女は、僕の腕を緩めて、ぽん――と、押し倒してきた。
「あっ――?」
体が、そして唇が覆い被さってきた。あまりにも情景的なキスに、我を忘れる。
二度目の味。憧れの存在だった彼女が僕と交わり行くのには、一抹の哀しさがある。
でも、やっぱり心は嬉しくて時めくようだ。そっと唇を離し、僕を覗き込む彼女が愛しい。
「…よく分からないけど、あなたともっと触れられるなら――何だってしたい」
清廉な彼女にそんなことを言わせるなんて、僕は意気地なしか、でなければ意地悪だ。
今度こそ、僕から――その体勢のまま、腕を回して彼女にキス。
「…ん、ぅ」
長過ぎず、短過ぎない間隔でまとめる。心は不自然なほどに、落ち着いていた。
「……っ、…僕、君を壊してしまわないかって不安で、迷っていたんだ。でも、ありがとう…大好きだ」
うん――と頷くその目尻が、薄く光っていた。
僕はもう一度キスをした。触れ合う内に、段々と体が欲求を先行させ始める。
でも止めない。僕は僕の思う形で、彼女を愛す。元に戻れなくなったって良い。
「ん…む、ぅ…」
舌を絡めて、交じり合う。こんなに柔らかいなんて、そしてこんなに健気に応じてくるなんて思わなくて、僕は没頭した。
今日は感情の限界を、いくつ突破してしまうのだろうか。
今までは、彼女から触れてくることの多かった体。けれど今度は、僕が触れる。
最初は何ともない部分から、徐々に胸や背中や、普段は無意識に当たることしかない所へ。
「…くっ…」
何度か反応しながらも、自然に見て嫌がっているようではない。でも、あくまで優しくは努める。
息が段々荒くなり始めた頃、僕は彼女の体の部分一つ一つに、キスをしていた。
最後にまた、唇に。すっかり力が抜けた彼女の体だったけど、その顔は穏やかな笑顔だった。
「――エッチなこと、して良い?」
「え? えと…私は、その…知識すらなくって、どうしたら良いのか…」
気持ちと体に任せれば良い。安心させるべく、抱き締めて擦る。
その吐息が段々と苦しそうに変わり始める。手の動きを、少しづつ刺激に変えて。
胸を愛撫すると、一際彼女の悶えが強まる。頻繁に声をかけながら、時間をかけて解す。
上気してきたところで、上着を剥ぐ。僕はもう、未知の領域へと踏み入れている。
そして再び刺激を入れながら、今度は下へも手を伸ばす。股に近い部分に触れただけで、あっと深い吐息が漏れる。
太腿や腰周りからゆっくりと愛して、そしてミニスカートの中へ手を伸ばす。
長く慎重な作業とも言えるけど、僕の消極的な気分を開いていくには、このくらいがちょうど良いのかもしれない。
「っ…!」
下から下着に触れ、彼女のそれを感じ取る。嫌でも興奮してくる自分と、悩ましく反応する彼女。
優しく撫でながら、一方の手も胸へと宛がって揉み解す。
すぐにも暴走しそうな理性を抑えていると、彼女が僕の手首を掴んできた。
限界? 我に返るように、僕は体から離れる。
「少し、休もうか?」
苦し紛れ。本当は次の機会を待った方が良いのかもしれない。でも、こんな不完全燃焼は――。
そんなことを考えていると、目の前で彼女は口を開いた。
「全部…脱ぐから、待ってて」
予想外の言葉に僕は思わず、え? と素っ頓狂な声を上げてしまった。
ハイソックスを下ろすと、彼女の綺麗な素足。落ちるミニスカートに、覚える背徳感。
そこで僕は抱き締める。本能で彼女は、脱ぐことを意識した。けどやっぱり、この先は……。
でも、顔と顔を近付けていると、そんな迷いも徐々に消えて行く。うっとりと薄目を瞑り、そして探るようにキスをする。
体が熱くなる。僕も洋服を脱ぎながら、彼女と懸命に抱き合う。
お互いに求め合いながらふらふらと、彼女の部屋へ。一枚、また一枚と纏う物を失いながら。
僕らはベッドに倒れ込んだ。きつく抱き合って、キスをする。
体に尽く触れるもの――それは、彼女の髪と肌だけだ。今は下着すら、間に存在しない状況で、二人の距離はとても近い。
「ぷは…ぁ」
溶け込むように舌を交えると、唾がお互いを纏い、口を離しても糸のように繋ぐ。
さっきまでのことが、嘘みたいに思える。僕に触れる胸の突起、臍そして足の付け根から先まで、触れて絡まる。
「…ちょっと待ってて? 付けるから」
水入りは禁物だけど、大事なことだった。万が一、ということもある。
「――行かないで」
彼女が退きかけた僕の手首を掴んだ。今にも泣きそうな表情で、だけど凄く色っぽい。
…神様、どうか今回だけは見逃して下さい。
大きくなっていた僕のそれを、彼女の中に、慎重に挿し込んだ。
「うっ…はぁ、んっ…!」
綺麗な喘ぎ声だった。僕はもう、右も左も分からない。彼女のことしか考えられなかった。
「…いっ…!」
貫かれる痛みに耐える彼女。辛そうで、思わず抱き締めた。
中は熱く、きつく、そして程好く濡れていた。僕を最良の状態で受け止めてくれている。
初めてなのに、不思議とそんな気がしなかった。ずっと前から知っているような…不思議な感覚。
強く抱き締め返されて、伝ってくる涙。切なく震える吐息に、僕は芯から強くなれそうな気がした。
体を動かすと、彼女が僕のそれを締め付けてくる。気持ち良くて、油断したら全て抜けてしまいそうなほどだ。
「好き…だっ」
涙で汚れながらも、嬉しいと笑う彼女。そんな彼女が、好き。
「もう…出そうっ…!」
咄嗟に、僕の体を抱き締めてくる。最大限の力を振り絞って、僕と繋がろうとして。
「――うわぁっ!!」
「っ…あぁぁっ……!!」
僕のそれから、どくどくと鼓動しながら放出される、熱い何か。
しっかりと体を捕まえて、彼女は中へと導いてくれた。そして今も、精一杯受け止めている。
これほど人を愛していると思ったことは、ないかもしれない。二人で重ねた心と体は、しっかりと共鳴していた。
「……はあっ…はぁっ…」
やがて抜けきると同時に、張っていた力まで抜けてしまう。どさり、と彼女の上へと倒れる。
ついでにもう一度だけキスをすると、僕は隣に転がるようにして、仰向けになる。
気持ちが納まるにつれ、放心状態に変わる。そして熱は引きながらも、逆上せたようにくらくらする。
「…はあ…はあ…」
隣の彼女が、僕の腕に触れた。一瞬離れた体を惜しむかのように、またくっつけてくる。
「…はあ…好き…大好き、だから…」
溢れ返るような幸せに、僕の意識は戻ってきた。二の腕に押し付けられる胸の感触は、服越しでない裸のそれであることを再確認して、またどきどきする。
柔らかくて、少しつんとした部分があって、そしてとくとくと鼓動が聞こえるようで、何か不思議な切なさを感じる。
「…だから、今日は…離れないで」
「うん」
誓ったって良い。絶対離さない。これからもずっと、彼女を――。
僕の隣で、安心したように眠る女の子。裸の彼女と、裸枕。
もうエッチなことはしないけど、それでも体をくっつけて、足までぴったりと絡める彼女は、結構甘えんぼうなのかもしれない。
寝顔は、満更でもなさそうだった。本心なんて分かりっこないんだけど、彼女も確かに僕を求めてくれた。
嬉しかった。彼女は性的なアプローチはあまり出来ないだろうし、あまりする気はないかもしれない。
それは、これまでの付き合いで何となく分かる――けど、それでも良い。それさえ分かっていれば良い。
朝、彼女と触れ合ったまま目覚める幸せ。僕は、幸せだ。でも、それもすぐ終わり。
彼女は目を覚ますと、我に返ったかのように顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに布団に隠れていた。
シャワーを借りて服を着替えると、少しして彼女も着替えて出てきた。微かに漂う石鹸の香りが、鼻をくすぐる。
二人して朝食を作って、適当に食べる。それから家の片付け。その間も、何度か僕の腕に巻きついてくる彼女。
――僕が午前の内に帰ってしまうことを、分かっているから。
一通り終わって、やっぱり近付いてきた彼女。今度は僕から、その体を抱き寄せる。
あっと小さく声を出すも、すぐに体を預けてくる。小さく、心細げな感じがして、僕はもっと力を込める。
「まだ、一緒にいたい」
宥めるつもりで髪を撫でると、今更ながらその細やかな感触に気を惹かれる。
ここにいられる残りの時間、なるべくこうしていてあげたい。切なさが少しでも和らぐなら……。
空港まで送りに来てくれた彼女。人前でも構わない。ずっと手を繋いでいた。
天気は良く、季節も深秋とは思えないほど暖かい。プルオーバーと黒タイツ姿の彼女が、愛らしくてたまらない。
でも…最後の夏よ、さようなら。
「――じゃあ、もう飛行機が出ちゃう。向こうに着いたらすぐに電話するよ」
「ありがとう。嬉しかった」
「また絶対会いに行く」
「私も今度は…行きたいな」
「じゃあ――」
「…大好き、だよ?」
「僕も、大好き」
繋がりは変ですがとりあえず、責任もって書きました。これで本当の本当に終わりです
そして、四月後半からちょくちょくこのスレには投下させて頂いています
お話に色々な反応を貰えて、大変励みになっています。これからもよろしくお願いします
それでもまだ終わらない夏があるとするなら――列車の中で一人、そんなことを考えていた数日前。
そして今日。出来る限りの働きと節約でお金を貯め、スケジュールを重ねに重ねた上で、最後の夏を追いかけに行く。
こんなにも寒くなったというのに、僕の頭は夏日のままだと友達から笑われた。
構わない。変に逆上せているのも、よく分かっている。それでも、僕は振り切りたい。
列車、飛行機、バスと乗り継いで凡そ半日。時刻は午後三時を回っていた。
何度も電話で話をする。近付く度に、その声が段々活き活きとしてくる。待ち侘びた、再会。
彼女と会える――そう思うだけで、顔が綻ぶ。嬉しくてたまらない。
逸る気持ちを抑えながら、初めて踏み締める土地を、一歩一歩と進んで行く。
彼女の家は、近い。
到着。インターホンを鳴らす。懐かしい名字の入った表札。
まるで玄関で待っていたかのように、間を置かず開くドア。紛れもない、彼女がそこに立っていた。
「来たよ」
ぼうっとした表情で、立ち尽くす彼女。とても長い間会えなくて、まるで接触が切れてしまったかのような、そんな心地。
でも僕は手を差し出した。恐る恐る、彼女はそれを取ると、自分の頬へと当てる。
「……ずっと、会いたかった」
僕の手に意識を預けるように、目を瞑る。頬から伝わる、彼女の感触と感情。
強い衝動を抑え込むように、お互いにしばらく動けなかった。
「――いらっしゃい」
やっと切り出した言葉。僕を笑顔で、何よりも素敵な笑顔で、迎え入れてくれた。
彼女の両親は仕事で本州まで出張中。それなりに付き合いもあったけど、泊めてもらいに来るのも――とこのタイミングを計った。
それに、久々の対面だ。何があるか分からない…なんて、本当は考えちゃいけないんだけど。
そう、いけないんだけど…僕は初めて薬局で、ある物を買って来ていた。疾しい自分が情けないと思いながらも。
情けない僕は、彼女の後に続いて家の中を案内してもらう。長い髪が揺れながら、良い香りを放つ。
視線を落とすと、紫のミニスカートとハイソックスの組み合わせがお洒落だ。相変わらず綺麗で可愛くて、どきどきしてしまう。
「お腹、空いてない?」
彼女はそう言って、僕に皿いっぱいのクッキーを持って来てくれた。僕の為に、焼いていてくれたらしい。
一つ取って、口に運ぶ。
「――美味しい」
彼女は嬉しそうに息を吐き、僕の隣に座った。そして、腕を絡めてきた。
「あなたの腕…久しぶり」
愛でるようにもう一方の手で、腕をすーっと撫でる。
暢気にクッキーを食べていられる状況じゃない。気持ち良くて、そして落ち着かない。
「今夜は一緒に、寝ようね?」
早くも心臓が爆発しそうになった。恐らく、無垢な誘いだ。抱き枕になってほしいと――ただそれ故に、余計に響く。
しばらく話をした後、夕食の買い物に二人で出かける。そして、帰って来て一緒に作る。
彼女はこの三ヶ月間、僕に触れられず我慢してきたのが影響してか、僕に絶えず寄り添って来る。
甘えるような態度は、まるで動物のようだ。僕も何とか自制心を働かせ、上手く包容する。
喜ぶ顔が、僕の全てを癒してくれる。見る人から見ればいちゃいちゃしたカップルのように見えるかもしれないけど、それでも良いみたい。
離れて再確認出来た。やっぱり彼女のことが好きだ。
夕食を終え、また話をする。本当はテーブルを挟んで顔を付き合わせるのが一般的なのかもしれない。
けど、彼女は僕の隣。一緒にソファに座って、視線は低音のテレビにやりながら、時々ちらっと顔を見る。
面と向かうより、体を触れ合わせていたいんだな。変な言い方をすれば、性癖ってことになるのだろうか。
「…寂しい思いをさせて、ごめんね」
「謝らないで。今日の為に、ちょっと不安な時もあったけど…耐えられた。あなたのお陰」
ぎゅっと強くなる、腕への力。押し付けられる部分に、どうしても意識が行く。
「好きって気持ちとね、真っ直ぐ向かい合えた。近くにいないから、それが分かる」
同じだ。それが何だか嬉しくて、もっと触れ合いたくなる。でも、積極的に行くべきかどうか、迷う。
彼女のことを思えば思うほど、優柔不断に陥っていく自分。どんな僕でも認めてくれる気はするんだけど、どこか怖い。
僕はそっと、肩を抱き寄せた。寄せるに留まった――と言った方が良いかもしれないけど、これでも思い切った方だ。
「……」
彼女はただ小さく呼吸をしている。僕の体にぴったりくっついて、離れない。
「あ、あの――」
「何?」
「本当は、僕が気を利かせないといけないのに…もしかして、焦れてる?」
近くできょとん、とした表情を浮かべる彼女。そしてゆっくりと、変化していく。
「ふふ…ごめんね。でも、気を使わなくても良いよ? 私が自然とあなたを求めるように、あなたも私を求めて良い」
それがどんな要求でも、受け入れられると言うのだろうか?
「だってお互いに”好き”なんだもの」
その言葉を聞いて、安心した。彼女の体を、僕は抱き締める。
「キス、したい。君は…したい?」
どきどきしながら、尋ねた。して良いのは分かってる。でも、彼女の口からそれが聞きたい。
僕なんかには勿体無いような女の子に、一方的に手を出すのは何だか違う気がする。嫌なら良いんだ。それでも全然平気だから。
すると彼女は、僕の腕を緩めて、ぽん――と、押し倒してきた。
「あっ――?」
体が、そして唇が覆い被さってきた。あまりにも情景的なキスに、我を忘れる。
二度目の味。憧れの存在だった彼女が僕と交わり行くのには、一抹の哀しさがある。
でも、やっぱり心は嬉しくて時めくようだ。そっと唇を離し、僕を覗き込む彼女が愛しい。
「…よく分からないけど、あなたともっと触れられるなら――何だってしたい」
清廉な彼女にそんなことを言わせるなんて、僕は意気地なしか、でなければ意地悪だ。
今度こそ、僕から――その体勢のまま、腕を回して彼女にキス。
「…ん、ぅ」
長過ぎず、短過ぎない間隔でまとめる。心は不自然なほどに、落ち着いていた。
「……っ、…僕、君を壊してしまわないかって不安で、迷っていたんだ。でも、ありがとう…大好きだ」
うん――と頷くその目尻が、薄く光っていた。
僕はもう一度キスをした。触れ合う内に、段々と体が欲求を先行させ始める。
でも止めない。僕は僕の思う形で、彼女を愛す。元に戻れなくなったって良い。
「ん…む、ぅ…」
舌を絡めて、交じり合う。こんなに柔らかいなんて、そしてこんなに健気に応じてくるなんて思わなくて、僕は没頭した。
今日は感情の限界を、いくつ突破してしまうのだろうか。
今までは、彼女から触れてくることの多かった体。けれど今度は、僕が触れる。
最初は何ともない部分から、徐々に胸や背中や、普段は無意識に当たることしかない所へ。
「…くっ…」
何度か反応しながらも、自然に見て嫌がっているようではない。でも、あくまで優しくは努める。
息が段々荒くなり始めた頃、僕は彼女の体の部分一つ一つに、キスをしていた。
最後にまた、唇に。すっかり力が抜けた彼女の体だったけど、その顔は穏やかな笑顔だった。
「――エッチなこと、して良い?」
「え? えと…私は、その…知識すらなくって、どうしたら良いのか…」
気持ちと体に任せれば良い。安心させるべく、抱き締めて擦る。
その吐息が段々と苦しそうに変わり始める。手の動きを、少しづつ刺激に変えて。
胸を愛撫すると、一際彼女の悶えが強まる。頻繁に声をかけながら、時間をかけて解す。
上気してきたところで、上着を剥ぐ。僕はもう、未知の領域へと踏み入れている。
そして再び刺激を入れながら、今度は下へも手を伸ばす。股に近い部分に触れただけで、あっと深い吐息が漏れる。
太腿や腰周りからゆっくりと愛して、そしてミニスカートの中へ手を伸ばす。
長く慎重な作業とも言えるけど、僕の消極的な気分を開いていくには、このくらいがちょうど良いのかもしれない。
「っ…!」
下から下着に触れ、彼女のそれを感じ取る。嫌でも興奮してくる自分と、悩ましく反応する彼女。
優しく撫でながら、一方の手も胸へと宛がって揉み解す。
すぐにも暴走しそうな理性を抑えていると、彼女が僕の手首を掴んできた。
限界? 我に返るように、僕は体から離れる。
「少し、休もうか?」
苦し紛れ。本当は次の機会を待った方が良いのかもしれない。でも、こんな不完全燃焼は――。
そんなことを考えていると、目の前で彼女は口を開いた。
「全部…脱ぐから、待ってて」
予想外の言葉に僕は思わず、え? と素っ頓狂な声を上げてしまった。
ハイソックスを下ろすと、彼女の綺麗な素足。落ちるミニスカートに、覚える背徳感。
そこで僕は抱き締める。本能で彼女は、脱ぐことを意識した。けどやっぱり、この先は……。
でも、顔と顔を近付けていると、そんな迷いも徐々に消えて行く。うっとりと薄目を瞑り、そして探るようにキスをする。
体が熱くなる。僕も洋服を脱ぎながら、彼女と懸命に抱き合う。
お互いに求め合いながらふらふらと、彼女の部屋へ。一枚、また一枚と纏う物を失いながら。
僕らはベッドに倒れ込んだ。きつく抱き合って、キスをする。
体に尽く触れるもの――それは、彼女の髪と肌だけだ。今は下着すら、間に存在しない状況で、二人の距離はとても近い。
「ぷは…ぁ」
溶け込むように舌を交えると、唾がお互いを纏い、口を離しても糸のように繋ぐ。
さっきまでのことが、嘘みたいに思える。僕に触れる胸の突起、臍そして足の付け根から先まで、触れて絡まる。
「…ちょっと待ってて? 付けるから」
水入りは禁物だけど、大事なことだった。万が一、ということもある。
「――行かないで」
彼女が退きかけた僕の手首を掴んだ。今にも泣きそうな表情で、だけど凄く色っぽい。
…神様、どうか今回だけは見逃して下さい。
大きくなっていた僕のそれを、彼女の中に、慎重に挿し込んだ。
「うっ…はぁ、んっ…!」
綺麗な喘ぎ声だった。僕はもう、右も左も分からない。彼女のことしか考えられなかった。
「…いっ…!」
貫かれる痛みに耐える彼女。辛そうで、思わず抱き締めた。
中は熱く、きつく、そして程好く濡れていた。僕を最良の状態で受け止めてくれている。
初めてなのに、不思議とそんな気がしなかった。ずっと前から知っているような…不思議な感覚。
強く抱き締め返されて、伝ってくる涙。切なく震える吐息に、僕は芯から強くなれそうな気がした。
体を動かすと、彼女が僕のそれを締め付けてくる。気持ち良くて、油断したら全て抜けてしまいそうなほどだ。
「好き…だっ」
涙で汚れながらも、嬉しいと笑う彼女。そんな彼女が、好き。
「もう…出そうっ…!」
咄嗟に、僕の体を抱き締めてくる。最大限の力を振り絞って、僕と繋がろうとして。
「――うわぁっ!!」
「っ…あぁぁっ……!!」
僕のそれから、どくどくと鼓動しながら放出される、熱い何か。
しっかりと体を捕まえて、彼女は中へと導いてくれた。そして今も、精一杯受け止めている。
これほど人を愛していると思ったことは、ないかもしれない。二人で重ねた心と体は、しっかりと共鳴していた。
「……はあっ…はぁっ…」
やがて抜けきると同時に、張っていた力まで抜けてしまう。どさり、と彼女の上へと倒れる。
ついでにもう一度だけキスをすると、僕は隣に転がるようにして、仰向けになる。
気持ちが納まるにつれ、放心状態に変わる。そして熱は引きながらも、逆上せたようにくらくらする。
「…はあ…はあ…」
隣の彼女が、僕の腕に触れた。一瞬離れた体を惜しむかのように、またくっつけてくる。
「…はあ…好き…大好き、だから…」
溢れ返るような幸せに、僕の意識は戻ってきた。二の腕に押し付けられる胸の感触は、服越しでない裸のそれであることを再確認して、またどきどきする。
柔らかくて、少しつんとした部分があって、そしてとくとくと鼓動が聞こえるようで、何か不思議な切なさを感じる。
「…だから、今日は…離れないで」
「うん」
誓ったって良い。絶対離さない。これからもずっと、彼女を――。
僕の隣で、安心したように眠る女の子。裸の彼女と、裸枕。
もうエッチなことはしないけど、それでも体をくっつけて、足までぴったりと絡める彼女は、結構甘えんぼうなのかもしれない。
寝顔は、満更でもなさそうだった。本心なんて分かりっこないんだけど、彼女も確かに僕を求めてくれた。
嬉しかった。彼女は性的なアプローチはあまり出来ないだろうし、あまりする気はないかもしれない。
それは、これまでの付き合いで何となく分かる――けど、それでも良い。それさえ分かっていれば良い。
朝、彼女と触れ合ったまま目覚める幸せ。僕は、幸せだ。でも、それもすぐ終わり。
彼女は目を覚ますと、我に返ったかのように顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに布団に隠れていた。
シャワーを借りて服を着替えると、少しして彼女も着替えて出てきた。微かに漂う石鹸の香りが、鼻をくすぐる。
二人して朝食を作って、適当に食べる。それから家の片付け。その間も、何度か僕の腕に巻きついてくる彼女。
――僕が午前の内に帰ってしまうことを、分かっているから。
一通り終わって、やっぱり近付いてきた彼女。今度は僕から、その体を抱き寄せる。
あっと小さく声を出すも、すぐに体を預けてくる。小さく、心細げな感じがして、僕はもっと力を込める。
「まだ、一緒にいたい」
宥めるつもりで髪を撫でると、今更ながらその細やかな感触に気を惹かれる。
ここにいられる残りの時間、なるべくこうしていてあげたい。切なさが少しでも和らぐなら……。
空港まで送りに来てくれた彼女。人前でも構わない。ずっと手を繋いでいた。
天気は良く、季節も深秋とは思えないほど暖かい。プルオーバーと黒タイツ姿の彼女が、愛らしくてたまらない。
でも…最後の夏よ、さようなら。
「――じゃあ、もう飛行機が出ちゃう。向こうに着いたらすぐに電話するよ」
「ありがとう。嬉しかった」
「また絶対会いに行く」
「私も今度は…行きたいな」
「じゃあ――」
「…大好き、だよ?」
「僕も、大好き」
繋がりは変ですがとりあえず、責任もって書きました。これで本当の本当に終わりです
そして、四月後半からちょくちょくこのスレには投下させて頂いています
お話に色々な反応を貰えて、大変励みになっています。これからもよろしくお願いします
2009年10月28日(水) 21:43:40 Modified by amae_girl