東静高速鉄道グループの資料集へようこそ。このページでは、静岡県を中心に鉄道やバスを運行している架空交通企業グループ『東静高速鉄道グループ』の資料をご覧いただけます。

東海電気鉄道(とうかいでんきてつどう)は、神崎県神崎市藤崎区に本社を持つ鉄道事業者。現在は東静高速鉄道(現:東静ホールディングス)の子会社だが、かつてはグループ中核企業として静岡県伊豆地方などでも鉄道事業を行っていた。社名は当時の名残で、かつて東海地方に路線展開を計画していたことを物語る。現在でも東海明日香交通などの子会社を傘下に抱えて『東海電気鉄道グループ』の中核企業となっている。この項目では、東海電気鉄道の前身企業である神崎鉄道及び舞方線の前身である西神崎鉄道、青葉台線の前身である中村鉄道についても記述する。



企業データ

  • 企 業 名:東海電気鉄道株式会社(TokaiElekitrickRailway Co.ltd)
  • 本社所在地:神崎県神崎市藤崎区南台354(TER-NCTビル4階〜6階)
  • 会社設立日:平成2年(1990年)10月22日
  • 代 表 者:代表取締役社長 秋月花梨
  • 業   種:陸運業
  • 事業内容 :旅客鉄道事業 等
  • 資 本 金:162億9000万円(2008年12月現在)
  • 従業員数 :1550人(2008年12月現在)

歴史(神崎鉄道)

  • 1919年02月13日:沿線自治体や地元企業の出資により神崎鉄道株式会社設立。
  • 1920年10月19日:神崎港線宮原港〜神崎,神崎〜石川町(現在の愛菜線)が石川町線として開業。同時に今坂線(神崎〜今坂)が開業。
  • 1925年09月30日:明日香線(現:廃止,神崎〜柚子原)が開業。
  • 1954年10月13日:新明日香線(現在の春菜線,神崎〜柚子原)が開業。旧線となった明日香線廃止。
  • 1956年05月17日:中村鉄道を吸収合併。
  • 1951年06月23日:全線電化工事開始。
  • 1952年09月27日:全線電化開業。
  • 1987年10月13日:神崎港線延伸(宮原港〜電鉄三島)開業。同時に石川町線と統合し三島線(三島〜石川町)へと路線名変更。
  • 1987年10月13日:(vs静岡東部交通静岡東海闘争事件が起きた。
  • 1990年06月14日:鉄道事業廃止届出。同時に静岡東部交通と和解した。
  • 1991年05月19日:廃止。東海電気鉄道株式会社に鉄道・バス事業一切を譲渡。
  • 1992年03月24日:会社清算完了。

歴史(西神崎鉄道)

  • 1930年03月20日:地元炭鉱会社などの出資により西神崎鉄道株式会社設立。
  • 1931年04月05日:西神崎鉄道線(神崎〜舞方港)開業。
  • 1954年03月31日:西神崎鉄道線一部区間(舞方港〜舞方)廃止。
  • 1954年10月12日:全線電化工事実施。
  • 1955年12月13日:全線電化開業。
  • 1998年02月10日:廃止。東海電気鉄道株式会社に鉄道事業一切を譲渡。
  • 1999年03月14日:会社清算完了。

歴史(中村鉄道)

  • 1945年12月11日:地元炭鉱会社などの出資により、中村鉄道株式会社設立。
  • 1946年10月10日:中村鉄道線(神崎〜中村)開業。
  • 1956年05月17日:神崎鉄道に吸収合併される。

歴史(東海電気鉄道)

  • 1990年10月22日:準備会社として東海電気鉄道株式会社設立。秋月孝仁が社長に就任。
  • 1991年05月20日:神崎鉄道(既廃業)から鉄道・バス事業一切を譲受。営業運転を暫定的に開始。
  • 1991年05月21日:一部区間ずつの改修工事を開始。
  • 1992年02月10日:全線竣工。自社発注車1000形電車導入。従来車廃車開始。
  • 1992年02月20日:JR東日本から103系電車導入。1000形に編入。
  • 1992年03月15日:駅名を一部改称(電鉄〜の名の駅を東海〜という駅名に)
  • 1992年03月15日:三島線(電鉄三島〜石川町)を西伊豆線(石川町〜東海三津)と三島線(東海三津〜東海三島)に分離。
  • 1992年04月01日:新明日香線・青葉台線・西伊豆線・三島線、営業運転を本格的に開始。
  • 1995年05月12日:今坂線の営業運転を本格的に開始。
  • 1996年10月06日:JR東日本・JR東海から165系電車購入。4000形とした。
  • 1998年02月12日:西神崎鉄道(既廃業)から舞方線を引継、改修工事実施。代替バス運行開始。
  • 1999年06月12日:舞方線開業。同時に代替バスの運行を終了した。
  • 2000年05月10日:沼津電鉄(既廃業)から鉄道線を引継、沼津線として開業。
  • 2004年10月12日:静岡県伊豆地方で乗合バス事業開始(現在の東静バス沼津営業所・伊豆長岡営業所管内)
  • 2005年04月01日:5000形・旧5300形・(二階建車両連結)旧5400形運転開始。
  • 2005年10月01日:首都急湘南線との相互乗り入れを開始。5500形,9000形,7000形の運転を開始。
  • 2006年03月31日:東海電気鉄道青葉台営業所及び管内の路線バス全線廃止。
  • 2006年04月01日:旧東海電気鉄道青葉台営業所及び路線を継承して、青葉台交通が営業開始。
  • 2006年04月12日:JR東日本から113系電車を、東急電鉄から8000系を導入。それぞれ3100形・8200形に改造。
  • 2006年05月13日:関岡電気鉄道との相互直通運転を開始。直通列車に旧5300形及び旧5400形を充当。
  • 2006年07月20日:経営不振や社長不在の事態が起きる。高岡定男常務取締役が社長代行に就任。
  • 2006年08月12日:社長代行(高岡定男常務取締役)の人物による横領事件発覚。
  • 2006年08月19日:秋月孝仁社長及び高岡社長代行が辞任。秋月花梨が次期社長に就任。
  • 2006年10月06日:事実上の経営破綻。関岡電鉄及び首都急行湘南線との相互直通運転廃止。
  • 2006年10月12日:(旧)東静高速鉄道の傘下となる。
  • 2006年10月14日:全6線のうち3線を再編。春菜線(宮原港〜柚子原,新明日香線を改称)、愛菜線(神崎〜石川町)、三島線(宮原港〜東海三島)に。
  • 2006年11月10日:静岡県内の鉄道・バス事業一切を東静高速鉄道に譲渡。
  • 2007年03月13日:4200形電車導入(⇒2008年譲渡)。
  • 2007年03月31日:4000形電車の一部の更新改造工事を開始。
  • 2007年05月12日:JR東海・JR東日本から113系電車導入。3200形に改造。
  • 2007年08月11日:旧1000形置換用として新1000形電車導入・増備開始。
  • 2007年08月31日:旧1000形電車引退。
  • 2007年09月01日:IC乗車券『IluCa』導入。
  • 2008年10月20日:4200形電車全車を東静高速鉄道に譲渡。
  • 2008年11月10日:青葉台線(青葉台〜ひまわり岬)廃止。代替バスを青葉台交通が運行開始。
  • 2009年03月15日:青葉台交通の主要株主が東海電気鉄道から東静高速鉄道(⇒東静ホールディングス)に変更。グループから外れる。
  • 2009年09月12日:東静高速鉄道から10100形電車12両(2編成,制御車4両)を購入。
  • 2009年10月01日:1000形100番台(←元東静高速鉄道10100形電車)運行開始。
  • 2016年06月30日:東静高速鉄道から3000形電車21両(7編成)を購入。
  • 2016年09月01日:3000形(←元東静高速鉄道3000形電車)運行開始。
  • 2016年12月24日:3100形電車が引退。さよなら出発式開催、さよなら列車運転。

東海電気鉄道グループ

東海電気鉄道及び連結子会社,提携会社で構成されている。
東海明日香交通株式会社(バス事業)…連結子会社
株式会社ツバサホテル(宿泊施設運営)…連結子会社
株式会社東海ドリームシップ(船舶事業)…連結子会社
株式会社神崎自動車学校(自動車教習)…連結子会社

嘗ての東海電気鉄道グループ加盟会社

青葉台交通株式会社(バス事業)…2009年3月15日付で離脱。現在は提携会社扱い。

鉄道事業

本線格である春菜線を筆頭に5路線の運行を行っております。

列車種別

特急列車、快速列車、各駅停車の3つの種別を運転している。
  • 特急列車
春菜線及び舞方線で運転されている。
長距離乗車する乗客が着席して移動できるサービス及びを提供しているのと同時に速達性を持つ、文字道理の看板列車。基本的に観光客などが多く利用している。少し前までは特急券(全線250円)を乗車券と別に購入する必要があったが、現在は特急券が廃止されたため、特別な料金はなしで利用できる。
現在、以下の列車が各線で運転されている。
・グランビューうみかぜ(春菜線,東静高速鉄道西伊豆線・三島線)
・みなどり      (舞方線)
尚、愛菜線にも、近く特急列車『あいな』を定期列車として運行を開始する計画がある。
  • 快速
青葉台線を除く各線で運転されている。
基本的に二階建車両を連結した車両で運転されるが、朝夕ラッシュ時には3200形電車4連2本が併結して8連となり、快速列車として活躍するが、現在では本数の減った元JR165系である旧4000形電車が3連3本併結の9連を組んで春菜線を朝夕ラッシュ時に1往復する通勤快速も存在する。
  • 各駅停車
各駅に停車する列車で、各線区で折り返し運転を行う。特急と快速の前後に運転されており、特急や快速列車の停車しない駅と停車する駅の連絡などに使用される。一部の列車は特急車両を用いる場合があるが、それは回送を兼ねた列車であり、普通乗車料金で優等車両に乗車できることから満員となることが多かった(現在では特急料金撤廃)。

所有車両

  • (新)1000形電車(自社発注車)
  • 1100形電車(元JR東日本209系)
  • 3000形電車(元東静高速鉄道3000形電車)
  • 3200形電車(元JR113系)
  • 4000形電車(元JR165系,車体・機器更新車)
  • 5000形電車(現在の形式は2代目)
  • 5300形電車(快速列車専用車両。当形式は2代目)
  • 旧1000形電車(元JR103系電車,自社発注車)*動態保存車1編成
  • EL6500形電気機関車?(事業用,東静高速鉄道リース車両)

過去の保有車両

  • 旧5300形電車(快速列車専用車両,中間付随車が4扉車であった)
  • 旧5400形電車(快速専用車両。中間車にダブルデッカーを連結。)
  • 9000形電車(首都急行8000系と仕様を合わせて製造された通勤型電車。)
  • 5500形電車(首都急行N-01系と仕様を合わせて製造された通勤型電車。)
  • 7000形電車(首都急行N-31系と仕様を合わせて製造された特急形電車。)
  • 8200形電車(元東京急行電鉄8000系。旧1000形電車置き換えを目的として導入。)
  • 3100形電車(元JR113系)

 旧1000形電車及び3100形電車以外は、後述する大規模横領事件によって、首都急行及び関岡電鉄へと売却された。
 関岡電鉄では引退した旧車両の代替車両として旧5300形及び旧5400形を導入。一時期、東海電気鉄道カラーのままで運行していたが、近年に塗装変更を行っている。現在は愛佳交通と関岡電鉄が相互直通運転を行っており、車体カラーこそ違うが、元々は共通設計で製造された愛佳交通5500形が直通列車として乗り入れており、関岡電鉄線内では仕様などがほぼ同じの兄弟車両(関岡電鉄5300系及び5400系)が並ぶことがある。

製造メーカー

自社発注車は東急車輛製造で製造されていたが、最近の車両は東静車輌工業で製造されている。

運行路線

過去の運行路線

その他

全線でIC乗車券『IluCa』を使用する事が可能。

バス事業

 神崎県内で路線バスの運行も行っている。多くの路線は提携会社である青葉台交通に譲渡されたが、東海電気鉄道自動車部本体では8路線(一部はコミュニティーバス)を運行しており、環境に考慮した車両の導入を随時実施している。

運行路線(路線バス)


神崎営業所管内
1031〜1032系統:神崎駅〜白鳥丘〜明日香町駅〜綾木区役所〜南神崎市役所前〜今坂町役場前〜綾香瀬
1401〜1402系統:神崎駅〜御幸町〜龍禅寺〜神崎学園大学前〜神崎スターライトタウン
1501〜1502系統:神崎駅〜有里〜美里区役所前〜高倉記念病院前〜市立図書館前〜神崎本町〜神崎駅
1501〜1502系統:明日香町駅〜真田町〜笹塚本城〜宮原本町〜宮原駅〜宮原町役場前〜明日香町駅

中田町営業所管内
1001〜1002系統:神崎駅〜神崎市役所前〜花村区役所〜美鈴公園前〜綾坂〜綾戸本町
1003〜1004系統:神崎駅〜神崎市役所前〜花村区役所〜綾坂二条〜綾坂〜南綾戸駅前〜綾戸市役所
1011〜1012系統:神崎駅〜神崎市役所前〜中田町市役所前⇒高村総合病院⇒神崎市役所前〜神崎駅
1505〜1506系統:綾戸本町〜綾戸市役所〜中里町〜冬月町〜片倉〜里田町〜野久保〜綾戸本町

車両に関する事

 三菱ふそう製や日野自動車製を多く導入していたが、現在では京浜バス工業や野田川電装などから多くの車両を導入している。観光車両についても、現在は三菱車で統一されている。

その他

全線でIC乗車券『IluCa』を使用する事が可能。現在、東海電気鉄道自動車部のバスのカラーリングは、元々青葉台交通が東海電気鉄道との決別の意を明らかにするために考案されたものだが、現在ではグループ会社全体に繁栄されている。最後に新塗装への切り替えを始めたのは東海電気鉄道自動車部であった。
 1987年10月13日に神崎鉄道が宮原港線を延伸(宮原港〜東海三島)開業した事により、先に開業していた静岡東部交通伊豆下田線との乗客争奪合戦が繰り広げられることとなった。これが後に『静岡東海闘争事件』といわれる出来事の発端で、1990年06月14日に両社が和解(後に神崎鉄道が会社清算し、東海電気鉄道が継承)するまで双方の列車運行妨害を初めとした多くの騒動が繰り広げられた。その中でも特に、列車の運転間隔をできる限り短くして『待たずに乗れる』政策やスピードアップなどを図って『速く快適に移動』政策などが展開された。しかし、双方の線路が単線という中で対抗していくというのは無理な話であった。和解政策後は第三種鉄道事業者『静岡東海鉄道』を設立して、平行していた線区を両社が譲渡して相互使用可能となるようにしていた。その後、2006年11月にこれまで東海電気鉄道で運行していた沼津線や西伊豆線を東静高速鉄道の路線としたことから、相互使用する理由がなくなり静岡東海鉄道は解散、旧静岡東海鉄道線は東静高速鉄道の路線となった。

第3種鉄道事業者『静岡東海鉄道』会社概要
会社名称静岡東海鉄道株式会社(Shizuoka-Tokai Railway Co.ltd)
本社所在地静岡県三島市中田町××-××
会社設立日1990年10月12日
代表者代表取締役社長 高住良治(当時:静岡東部交通社長兼務)
業 種陸運業
事業内容第三種鉄道事業者(三島線の路線管理など)
資本金10億円
株式比率静岡東部交通50%,神崎鉄道(⇒東海電気鉄道)50%

東海電気鉄道青葉台営業所⇒青葉台交通,独立騒動(青葉台抗争)

 旧青葉台営業所管内の路線を廃止する事を決めた際、地元住民及び青葉台営業所配属の社員などの働きかけなどが原因となり第一次〜第三次と続く東海電気鉄道と青葉台市民などと大喧嘩(通称:青葉台抗争)が起き、何度も業務改善命令を受けた(自動車部の問題であったためか、東海電気鉄道の秋月花梨社長はこの問題を改善命令を受けるまで知らなかった)。
 秋月社長自身は青葉台営業所管内の路線バス廃止には反対していたため、自動車部は社長室を通さないで決めていたらしい。
 この問題に関しては当時の自動車部の責任者などを懲戒免職などの重い処分を下したうえで、社長自ら青葉台市役所などを訪れて謝罪した。
 現在では青葉台交通などとの和解も成立したが、当時は東海電気鉄道に対する抗議活動が酷く、営業所に留め置かれていた路線バス車両が焼き討ちにあうこともあったが、電車などの鉄道に関する施設などは無傷であった。
 これは鉄道部自体は青葉台交通の路線維持行動に賛同した者が多く、締め出される前から代替の停留所用の土地を確保するなどの運行手助けのために奔走したことがあげられる。
 この事もあってか、自動車部と鉄道部の連携が悪化、同じ会社内ながら対立して内紛状態になってしまったことから、事業に支障が見られることもしばしばあった。
 2006年07月20日に経営不振や社長不在の事態が起き、(当時)高岡定男常務取締役が社長代行に就任した。鉄道線は依然として黒字を保っており、ほんの少しの経営戦略際策定及び企業努力によって、業績向上は簡単に行えるはずであった。
 しかし、突如として本社ビル(TER-CCCターミナルビル)の売却を行うため、本社を移転(そのため、旧秋月邸に本社の機能がおかれた)。そして、新型車両の大半の売却と、首都急行湘南線との相互乗り入れ廃止が実施された。しかし、その売却した収益が東海電気鉄道に入ることはありませんでした。そのことから2006年08月12日に高岡定男社長代行兼常務取締役による大規模横領事件が発覚したのです。さらに高岡社長代行は東海電気鉄道の会社清算を発表するなど、会社の取り潰し計画が表面化してきたのです。
 発覚から1週間後の8月19日、病床に伏せていた秋月孝仁社長及び高岡定男社長代行兼常務取締役の辞任を発表。事実上の高岡政権下となった東海電気鉄道が会社清算を発表してからの出来事であった。
 後任の社長として秋月花梨が社長に就任したのだが、会社再建が絶望的状態となったために発表された清算業務の指揮を執ることを目的に就任となった。
 しかし、秋月花梨社長は会社清算計画を白紙撤回し、会社再建に向けた計画の策定と行動に着手しました。
 その行動も無駄に終わり、2006年10月06日には事実上の経営破たん状態となってしまった。その後は別会社への資産譲渡などを行って会社を清算することも考えられたが、それでも会社再建を諦めなかった秋月社長は、静岡県内で平行する鉄道路線を運行していた東静高速鉄道本社へと出向き、会社再建に関する支援を要請。
 破綻から6日後の10月12日に、(旧)東静高速鉄道の傘下企業となり、会社再建することを発表。翌月の11月10日には、静岡県内の鉄道・バス事業一切を東静高速鉄道に譲渡し、神崎県内専業の会社とする事で業務幅を縮小した形での会社再建となった。
 

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