最終更新:ID:SuG8CH8eDg 2013年10月17日(木) 07:57:23履歴
この日が来てしまった。
バレンタインデー前日。何が偶然か、今年のバレンタインデーは日曜日。
たっぷりとしっかりと前日に時間が用意されている辺り、ボクはいやおうなしに緊張が高まる。
今まではこういったイベントに(色恋沙汰としては)無縁だったから、どうなるか分からない。
この前、学園で優子が瑞希ちゃんへと連絡を取ってからはとんとん拍子。
二人きりでバレンタインデーのチョコレート作りを計画してくれて約束をしたのはいいのだけど……
2月13日の土曜日の昼下がり。冬場としては中々日差しのある陽気の中、ボクは学区内の商店街で、どことなく鼓動を速めながら待ち合わせをしていた。
「こんにちは! お待たせしてしまって申し訳ありません!」
「あ、いやいや。ボクも今さっき来た所だから」
「ごめんなさい。午前中にいろいろと準備をしていて……。商店街で少し買い出しもあるので、ちょっとお付き合いして下さい」
「アハハッ、お安い御用だよ。今日はボクから誘ったんだし、正直お菓子作りとかあまりやったこと無くてさ。今日はよろしくお願いするよ」
「任せてください! 美味しいお菓子を作ってびっくりさせちゃいましょう!」
午前中はなにやら『下ごしらえ』で時間を割いてくれて、これから材料の買い出しをするあたり、瑞希ちゃんも相当な気合の入りようだ。
こころなしか、瑞希ちゃんの瞳の奥になにやら闘志のような揺らめきが見えなくもない気がする。
最初は優子と代表に肩を掴んで首を横に振ったけど、今さら乗り掛かった船だ。
思いを伝えるべく、勇気を出そう。
ボク達はお喋りもそこそこに商店街の店へと買い出しに走った。
……うまく作れるといいな……
――――姫路家・キッチン
商店街のスーパーマーケットで板チョコを購入し、飾り用のスプレーやラッピング用品を購入した頃には時計は2時を回っていた。
商店街から少しした所にある瑞希ちゃんのお家はとても綺麗で、思わずボクも背筋を伸ばして入るほどだ。
「えっと、材料は袋から出してこっちの台に。ラッピング用品はひとまずリビングに置きましょうか」
「オッケー。……っていうか、ホント凄いキッチンだねぇ……。調理器具も本格的だし、やっぱ日々お菓子作りとかお料理しているのが分かるというか……」
ボクの家より明らかに広いキッチンには綺麗な調理器具、本格的なオーブンやレンジ、きちんと整理されて並ぶ食器類が一層キラキラとキッチンを光らせる。
調理台も広く、お菓子作りの材料を置くには悠々余るスペース、目を丸くしながらボクはピカピカのキッチンを見渡した。
「お母さんもお料理が好きですから、私も影響されちゃって……。やっぱりお料理で人を喜ばせるのは嬉しくなりますし、だから凝っちゃって……」
買い出しのビニール袋を整理しながら瑞希ちゃんが喋る。
Fクラスながらも学年次席の実力を引っ提げる瑞希ちゃんの原動力は天性の才能もさることながら『凝る』ことにあるかもしれない。
「だから今日のお菓子作りも頑張らないと! 明日はバレンタインデーですから、あき……コホン。頑張って渡す人がよろこんでくれるチョコレートを作らないといけませんね!」
「アハハ。ご教授頼みます」
ボクもアレだったけど、瑞希ちゃんはもっと分かりやすいよなぁ……
吉井君が喜んでくれるチョコレートかぁ……、これだけ気合も愛情も込めて作るチョコレートなんだからいくらニブい吉井君でも気づくものだと思うけど……
「しかし、気合の入れようが凄いね……逆に申し訳ないよ。午前中もほとんど時間を割いてくれたんでしょ?」
「ええ。ちょっと下準備がありまして……。スーパーや百円ショップや薬局に行っていて準備が……」
ん? 薬局?
「って、お喋りだと時間がもったいないですね。お喋りしながらでもお菓子作りは出来ますし、始めましょうか!」
あれ? なんか違和感があるけど、薬局ってお菓子作りに必要な器具でも買えたっけ?
些細な疑問を持ちながらボクはエプロンを身につけて戦闘開始の準備を整えていた
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「瑞希ちゃん。チョコレート刻んだけど、こんな感じでどう?」
「上手ですよ! じゃあこっちのボウルに全部入れちゃってください」
買ってきたチョコレートを包丁で細く刻み、バラバラになったチョコレートの山。
ボクと瑞希ちゃんの分を合わせれば相当な量で中々大変だったけど、コツを掴んでそうも時間はかからずにまずは第一段階を終えた。
刻んだチョコを入れたボウルより一回り大きいボウルにお湯を張り、そこにチョコ入りのボウルを浮かべるとじわじわと下の方からチョコレートのいい香りが漂う。
「えっと、これであとは溶かして行けばいいんだよね?」
「はい。空気を混ぜ込んだ方が滑らかなのでしっかりとヘラでかき回しながら溶かしちゃいましょう」
解けてきたチョコレートをゴムべらで馴染ませていく。
山となっていたチョコレートがあっという間に滑らかな液状になれば、円を描きながらかき回してしっかりと空気と混ぜ合わせる。
「こんな感じかな? あとは型に流し込んで固めればいいんだっけ?」
「はい。ですが、今回はちょっとワンポイントを入れたく思います」
そう言うと瑞希ちゃんはごそごそと何かを取り出す。
ズラリと並んだ小瓶の山。20近くある小瓶には何やら分からないカタカナ語が並んでいる。
「何これ?」
「特製のフレーバーです。要は香りづけですね。午前中に色々回って買ってきたんです」
「へぇ……あ、確かにこれ、いい香りがする」
小瓶の一つを手に取り蓋を開ければ、ふわん……と、何やら甘い香りがする。
顔に近づけなくとも開けただけで香りがする辺り、恐らくバニラエッセンスか何かの類なのだろう。
「結構いい香りするね。チョコレートの風味には確かにマッチするかも」
「はい! 私はちょっとだけ分量を調整して色々なブレンドをしてみますねっ」
「あ、それボクも!」
「その人の好きな香りってあると思うんです! だから、イメージした香りに近いフレーバーを混ぜるとよろこぶと思いますよ!」
ムッツリーニ君が喜んでくれる香り、かぁ……
え〜っと、ムッツリーニ君が好きそうな香り……
……………
「……エッチな事が好きな人の香りって……!」
「はい?」
「ぅわぁっ!? いやいやいや何でもない何でもない!! え〜と、じゃあこの桃っぽい香りのする奴と、これと混ぜてみようかなーっと」
「……? なんで急に焦って……?」
思考が桃色=桃の香りっぽいフレーバー という短絡的な考え……
だけど、ムッツリーニ君の好きな香りって……分かる訳ないじゃん……!!
何種類かの小瓶を開けて基本のフレーバーと一緒に合いそうなフレーバーを探す。
混ぜすぎておかしな香りにならないようにボクは2種類の瓶の液を数滴落としてよーくチョコレートに練り込んだ。
「瑞希ちゃんは出来た?」
「はい!あとは冷やして固めたらラッピングですね」
「あ……あのさぁ、瑞希ちゃん。この型って、他の無いの……?」
「? いえ、バレンタインデーなのですからハート型がいいのでは?」
「い、いやほら! もっと、こう……その何て言うかな。ふ、普通の形の方が引かれないというか、なんというか……」
でん、と置かれた型は紛れもない大きなハートマーク。
いざこれにチョコを流し込んだ完成形を想像すると顔が真っ赤になってしまう。
「本気で思いを伝えるにはこれくらいしなきゃ駄目ですっ!」
「ほ、本気っ……」
「はい! 形で引かれるなんてそんなことないですっ! 男の子はチョコレートを貰って嬉しくないはずないですっ! ……きっと、よろこんでくれるはずですよ?」
ゴクリ、と生唾を飲む。
ふ、と先日の代表との会話を思い出す。
大切なのは一歩を踏み出す勇気なのだと。
素直に本音をぶつけるのだと。
は……ハートマークも……一つの勇気、か……
「わ……分かった。 じゃあこれを流し込んで……」
トロトロとチョコレートを型に流し込む。
ふわりとチョコレートと桃の香りが漂うと、今からでも完成を期待してしまう。
ボクの期待と一緒に2つのチョコレートは冷蔵庫内にしまわれた。
初めてのお菓子作りは特にトラブルもなく終わり、数十分して出来たチョコレートをラッピングして渾身の一作が完成した頃には、もう夕陽のオレンジ色が窓から差し込んでいた。
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「で、出来た……」
「上手に出来たじゃないですか! くれぐれも帰る時に落として割らないようにしてくださいね!」
出来ちゃった。うわぁ……本当に作っちゃった……。
ここここれを、ムッツリーニ君に……
「ご、ごめん、なんかすごく今から緊張しちゃうんだけど…… そういや味見もせずに全部チョコレート使っちゃったし、味が変だとか無いとか、うわぁぁぁぁ」
「大丈夫ですよっ! あとは自信を持って勇気を出す事! 私も……頑張りますから」
まるで、一つの戦いを終えた得も言われぬ連帯感がボクと瑞希ちゃんの間に生まれていた。
明日は勇気を振り絞るだけ。やるだけの事は……やった。
「今日は本当にありがとう! じゃ、ボクは帰るけど瑞希ちゃんも明日は頑張って!」
「はい! お互いに……勇気を出して頑張りましょう!」
茜空をバックに玄関まで見送っていた瑞希ちゃんに別れを告げ、鞄にはボクの作ったチョコレートを抱えながら日が落ちるのがまだまだ早い土曜日の夕方の道を歩く。
決戦は明日、ムッツリーニ君の予定は調査済み。勇気を振り絞って渡すだけだ!
『おや? 姫路か? どうしたんじゃ、こんな所で』
『あっ、木下君。奇遇ですね。部活の帰りですか?』
『ああ。演劇部は土曜もあるからの……って、ここは姫路の家だったのか。案外近所にあるものなのじゃな。お主は外で何をしておったのじゃ?』
『お見送りです。今日はちょっと集まってお菓子作りをしていまして……』
『な、なんじゃとっ!!?』
『え? 明日はバレンタインデーじゃないですか? そんなに変ですか?』
『いいい、いや、そうでなくてな……その……それは“普通のチョコレート”なのじゃな?』
『はい。 市販のチョコレートを使ってお菓子作りをしていましたが……』
『それはどんなふうに作った!? 焼いたのか!? 溶かしたのか!?』
『ふ……普通のチョコレートの作り方ですよ……? チョコを刻んで、溶かして……』
『か……考えればチョコレートを溶かして固めるのじゃからな……、姫路よ悪かっ』
『で、香りづけに薬局で買った薬品を調合して作ったフレーバーを混ぜ込んで』
『姫路よっっ!!!!?』
『は、はい!?』
『お主、薬局と今申したか!?』
『え、ええ。香り付けの薬品とか風味づけの薬品とか色々……』
『……あ、ああああ明久の命が危ないっ……! これは一大事なのじゃ……!』(小声)
『あの……木下君……?』
『姫路よっ! すまぬ! ワシは急用を思い出した!! 急いで帰らねばならぬ!! さらばじゃっ!!』
『あっ! き、木下君!?』
ダダダダダ………
『あああああああ……悪夢じゃ……明日のバレンタインデーは絶対に姫路に近づいてはならぬと全員に連絡せねば……!!』
「……どうしたんでしょう? さっきの木下君、急に焦り出して走って帰っちゃいました……」
先ほどまで簡単な片づけをしてもらい、帰った後に解けた金属製のボウルの処理と、副産物の廃液を処理している姿がそこにあった。
「でも、愛子ちゃんも頑張って作っていたし……私も明日は頑張らないと……」
冷蔵庫を開けると、ラッピングされたチョコを眺めてにこりと笑う。
薄眼から眺めるその目尻は、どことなく妖気染みた雰囲気を醸し出す。
「……フフッ……明久君、明日は『悦んで』くれるといいなぁ……」
瞳の奥にゆらめく紫色の煌めきがほんのわずかに強くなると、鼻歌を歌いながら後片付けをするのだった。
to be continued...
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相変わらずの殺人料理w
相変わらずの殺人料理w