2chエロパロ板の「井上堅二 バカとテストと召喚獣でエロパロ」の作品をまとめたサイトです。

「おはよう、姫路さん」
下駄箱で上履きにはきかえ、顔をあげる瞬間にかけられた声
「おはようございます、明久くん」

私はきちんと笑えていましたか?


明久くんと並んで教室へ向かう
すごく、すごく嬉しくて自然に笑みがこぼれてしまう
なんだか顔が少しあつい
昨日見たテレビの話や学校のこと
たわいない話から、また新しく明久くんを知ることができて嬉しい

明久くん
私の好きな人

「おはよー」
「おぉ、明久と姫路が一緒とは珍しいのぅ」
明久くんが教室のドアをあけて私を待っていてくれる
小さな優しさが嬉しくて
「おはようございます」
今日は少し大きな声で挨拶ができた気がする

教室に入るとすぐに美波ちゃんと目があった
「おはよう、瑞希 ついでにアキも」
少し元気がない美波ちゃんの笑顔
私の大切な友だち

美波ちゃんは大切なお友だち
美波ちゃんの好きな人は明久くん
私の好きな人も、明久くん
このことに気がついた時、こわくてたまらなかった
明久くんはずっと好きだった初恋の人
美波ちゃんは…


「アキ、アンタ3回ぐらい死なないとわからないみたいね」
「ははは、美波 人生は一回、リセットボタンはないんだよ?ね、雄二?」
「社会的抹殺、精神的抹殺、肉体的抹殺のちょうど3回で一回の人生を白紙にリセットできるぞ、よかったな、明久」
「…生殺し…(ブハッ)」
「ムッツリーニ!?いったいどうしたのじゃ!?」

休み時間に広がるいつもと同じ光景
いつもの楽しい時間のはずなのに
「姫路も、どうしたのじゃ?ぼーっとして」
土屋くんを介抱していた木下くんが不意に話しかけてきた
「ちょっとなんだかぼーっとしてしまって…」
頭の奥の隅の方が痛む
「そういえば、ちょっと変ね」
美波ちゃんが明久くんに綺麗な間接技を決めながら眉を寄せる
「ちょっとじゃなくて!!変なのは僕の左肩の位、ちぃ〜!!美波、ギブ、ギブ〜!!」
いいなぁ、美波ちゃん
明久くんに密着できて

男の子が多いこのクラスになったとき、最初はちょっと怖かった
あまり男の子と話すのは得意じゃないから
そして、男の子もあまり私と話すのは楽しくなさそうだから

でも明久くんがいて、美波ちゃんとお友だちになって、坂本くんや木下くん、あまりたくさんはお話したことがないけれど土屋くんたちとお話するようになって
私はFクラスが大好きになった

でも、どこか皆と少し距離を感じてしまう
美波ちゃんみたいに皆と接せない
皆、私にどこか遠い
美波ちゃんみたいに接してもらえない

ゆらゆら、ゆらゆら、私だけがレースのカーテンごしに隔たれた世界に

「あれ?姫路さん、大丈夫?」
美波ちゃんから離れた明久くんが私の顔を覗きこむ
一気に顔に血が登るのがわかる
何気なくオデコに置かれた明久くんの左手と急上昇する私の体温
「わっ、本当に姫路さん大丈夫?保健室に行く!?」
オデコから離れた手は名残惜しいけれど、感触が残って…

そして視界の隅にうつる美波ちゃんの背中

「だっ、大丈夫です、ありがとうございます」
あわてて顔の前で手をふり否定する
「そう?」
訝しげにこちらを見る明久くん
「まぁ、どうしてもきついときはこのバカに言えば、授業中だろうとすぐに保健室までつれて行ってくれるぜ、姫路」
「保健室…(ドバッ)」
「その単語で鼻血がでるお主の体はどうなっておるのじゃ」

授業がはじまっても、時々明久くんの視線を感じる
私の体調を気づかってくれているのがわかって、とても嬉しいけれどとても申し訳なくなる
さっきくしゃみをしてしまった時にさりげなく窓をしめてくれた坂本くん
美波ちゃんも視線こそ感じないけれど気にしてくれている気配がする
部活用にもっていたのど飴をわけてくれた木下くん
「…冷えは女子の体によくない」とカイロをくれた土屋くん
皆、とても優しくて、いつだって心配ばかりかけて足手まといな自分に泣きたくなる
せめて自分にできることとして、少しでも勉強をして召喚獣を強くしたい
皆の役に立ちたい
私が皆に返せるものは他にないから

姫路さんが変だ
なんだろう、いつもと少しちがう気がする
さっきの休み時間から珍しくぼーっとしていて顔が少し赤い
心なしか姫路さんの大きな目もうるんで、その普段は愛らしい唇も赤く少し開かれて…
「…ってなんだよ!!僕はそんなよこしまな目で見てない…とは絶対には言い切れないけどとにかくそんなんじゃないんだ!!」
「どうした、明久 なにを自分の変態性を宣言してるんだ?」
呆れ顔の雄二が言う
あれ?別に僕変態宣言したつもりはないんだけど…なんでそんな目で見るの美波
「明久よ、個人的趣向にとやかく言うつもりはないのじゃが、公言する必要もあるまい」
「雄二は私に個人的趣向をきちんと伝えるべき…」
いつの間にか昼休みになっていて、やっぱりいつの間にか霧島さんが雄二の隣にいる
そして雄二のちゃぶ台に並ぶ2つのお揃いの包みのお弁当
「雄二は卵焼きは甘いのと辛いのどちらが好き?」
「まて翔子、卵焼きで辛いってどういうことだ?」
「この間お義母さんの卵焼きが甘いと言っていたから、雄二の好みを知るべく今日はデスソースをいれてみた はい、あ〜ん」
「ちょっとまて!!あれはうちの母親が氷砂糖で卵焼きを作ってたから愚痴っただけでけして卵焼きに辛さは求め…もぐぁっ!」
「いゃぁ〜、雄二、うらやましいなぁ」
後ろから雄二を羽交い締めにして退路を立つ
「てめっ、あきひ…辛っ、てか痛てぇ!!!なんらほれ!!くっそ、涙で視界が」
可愛い女の子からの手作り弁当なんて、全男子高校生の憧れ「はい、あ〜ん」までしてもらうなんて、僕は、僕は許せない!!!
「雄二なんて黒板消しの粉でむせ殺してやるぅ!!」
「なにを泣きながらよくわからん物騒なことをいっておるのじゃ」
心のオアシス秀吉はお弁当を食べている姿も可愛いなぁ
「秀吉があ〜んしてくれるなら僕はデスソース卵焼きぐらいなんともない気がするよ」
僕がそう言うと、何かを思い出したかのように身震いをして秀吉が言った
「…明久よ、誰が食べさせようと危険なものは危険だと知っておるじゃろうに」
「うん、命は大事だよね!!」

「…いいものがとれた」
ムッツリーニがカメラを確認しながら言っている
さっきの雄二と霧島さんをとったらしい
「土屋、ポスターサイズを新居に飾るからお願い…」
「新居なんかねぇ!!そしてムッツリーニ、そんなデータ今すぐ消去しろ!!
翔子、箸かせ 自分で食う」
諦めたのか雄二は霧島さんのお弁当を食べはじめた
「ハンバーグはちょっと自信作…」
ハンバーグを指して、はにかみながら自慢気に微笑む霧島さんは可愛いなぁ
「あ、本当だ うまい てか翔子、お前普通に作れるんだから普通に作ってくれよ」
「…これから毎日俺のお弁当を作れなんて男らしいプロポーズ…」
ほほを染めうっとりする霧島さん
「どう考えてもちがうだろ!!」
お弁当箱と箸をおいて、あわてて突っ込む雄二は本当に憎らしいなぁ
「くっそ〜!!雄二なんか、雄二なんか、馬の耳に念仏棄爍〜!!」
「明久、それを言うなら馬に蹴られて死ねじゃし、用法もまちがっておるぞ」

「瑞希、もういいの?」
「はい、なんだか今日はお腹がいっぱいで」
「だめよ瑞希 調子がよくないときこそしっかり食べないと」
姫路さんを気づかう美波の声がする
こういう時はやっぱり美波はお姉ちゃんなんだな、と思う
優しいな、とも
「ありがとうございます美波ちゃん でも今日はもう…」
姫路さんやっぱり体調が悪いのかな?
それとも女の子特有のダイエットとか?
姫路さん全然太ってないのに時々妙に気にするもんなぁ
むしろ抱きしめたら折れちゃいそうなぐらい華奢なのに
もう少しふっくらと逆ダイエットすべきは美波のむ…
「邪気を感じたわ」
「なんで僕は美波に地面に叩きつけられた上に後頭部踏みつけられてんの!!?」

異変は五時間目におきた

やっぱり姫路さんの様子はおかしくて
珍しくノートをとる手が止まりがちだった
「ねぇ、姫路さん やっぱり保健室に…」
「え…?何ですか明久くん…?」

こっちを向いた姫路さんの顔は全速力で走った後みたいに赤くて呼吸も小さくだけど乱れがちで、大きく潤んだ瞳と赤く少し開いた唇と…
「って、だからちがうだろ〜!?」
「うるさいぞ、吉井」
鉄人からの声と共に短くなったチョークがパチンコ玉のように飛んできて僕の使っているちゃぶ台にめり込む
「バカはバカなりにせめて授業中ぐらいは大人しくしていろ、
ん?」
鉄人が僕の横に視線を止め、何かに気づいたようだ
「吉井、大人しくすらできんのなら教室をでて姫路を保健室に連れていけ 姫路、最近頑張っているのは知っているが体調を整えるのも勉強の一環だぞ」
「あのっ…」
「はい、大人しく保健室に行ってきます!!」
やっぱり鉄人の目から見ても姫路さんは調子がよくないらしい
戸惑う姫路さんを連れて教室を出る
もちろんクラスの皆の突き刺すような、むしろ刺し殺されるような視線を感じながら
あぁ、何かもう今日はこの後教室に戻ったら生きて帰れない気がする…

「あのっ、明久くん」
教室をでるなり姫路さんが立ち止まって言う
「なぁに、姫路さん 早く保健室に行こう?」
早く元気になってほしいから
「私…、私は1人で保健室に行けますから教室に戻ってください」
声を押し出すように告げる姫路さん
赤い頬で潤んだ瞳で困ったように見上げてくる様はものすごく可愛いけれど
ん?僕は今死刑を宣告された?
「今教室に戻ったら僕の命がないよっ!!」
きょとんと小首を傾げる姫路さんはこの後に待ち構えている死刑もやむ終えなしと思えるほどに可愛かった

私はまた、繰り返してしまった
自分の体調不良に明久くんを巻き込んでしまった
明久くんの優しさと振り分け試験の事を考えれば十分に予想できた事なのに

心のどこかで意地悪な声がする
本当ハコウナルコトヲ望ンデイタクセニ
頭が痛い
熱で視界がぼやけて世界はゆらゆら、ゆらゆら
夢の中にいるようで立っている感覚すらおぼつかない

「姫路さん、大丈夫?保健室まで歩ける?」
明久くんの心地良い声
「はい、これ以上ご迷惑はおかけできません」
今の声は私?
明久くんはなんで少し悲しそうな顔をするんですか?
ゆらゆら、ゆらゆら
誰もいない、授業中の廊下
雲の上を歩いているような
「姫路さん!」
不意にもつれた足ととっさに転ばないように支えてくれた明久くんの腕
「大丈夫?ゆっくりでいいから、きつくなったら言ってね」
解かれた腕の代わりに差し出された左手
きっとこれは白昼夢
熱いのはどちらの手?

「すみません、明久くん 授業を抜けさせてしまって」
手をつないでゆっくりと廊下を歩く
私の歩調に合わせてくれる
「全く問題ないよ、授業は受けても受けなくても僕には全く違いがないから」
そんな風に笑ってくれるけれど、私知っています
最近の明久くんはとても一生懸命お勉強を頑張っている事を
だから大切な授業時間を私の為に使ってしまうのは申し訳なくて…
どうしたんでしょう?明久くんがビックリした顔で立ち止まってしまいました

「姫路さん…声に出てる…よ…」
明久くん、顔が赤いです、うつってなければいいんで…
「って、きゃぁぁぁぁぁ!!」
「しー!!姫路さん!今授業中だから!!」


私の悲鳴で廊下を見に来るであろう先生から隠れるように近くの空き教室に入った
「ビックリしたぁ…」
「すみません、私なんだかもう、すみません…」
近くの席に座り込む
恥ずかしい、情けない、色々な気持ちがぐるぐる回って思考がまとまらない
こんなに迷惑ばかりかけてしまってきちんとあやまらなきゃならないのに
言葉はでてこないで涙がでてきてしまって
「姫路さん!?」
私ずるいですね
私が泣いてしまったら明久くんが困って優しくしてくれるとわかっているのに
涙が止まらない
弱い、弱い私の心 こんなことではダメだと、わかっているのに…
ふと、おでこにふれる優しい感触
「あぁ、やっぱり」
明久くんは困った顔で笑って
「姫路さん、高熱で涙がでやすくなってるんだね」
と私につげた

姫路さんのおでこがとても熱くて
僕の冷えた右手はジンジンとしびれたようだ
僕の冷たい右手に姫路さんがあまり気持ち良さそうにしているから、そのままほっぺたに滑らせて左目の涙をぬぐった

「明久くんの手は気持ちがいいです」
目を閉じて姫路さんが僕の右手にほほをすりよせる、そんな仔猫のような動作が可愛い

迷惑をかけられないと君は言う
君の役に立ちたいと僕は思う
例え頼りない僕でも何か…えっと、アイスノンぐらいにはなるんじゃないかな?

てかさ、なんかさっきからよく考えなくてもラッキーなことばかりじゃない?
さっき繋いでいた左手、もう片手に今は君の頬
きこえるのはすーすーと規則正しい呼吸だけ…
「って、あれ?姫路さん、大丈夫?もしかして寝ちゃってない?え?保健室は?」

結局、寝ている姫路さんを起こせなかった僕はメールで霧島さんに助けを求めた


「…瑞希、保健室に行こう」
運よく休み時間近くだったから、霧島さんはすぐに来てくれた
「…あれ?翔子ちゃん?私…?」
寝起きと高熱でぼやけた反応の姫路さん
一応、寒くないかと僕の上着を眠ってしまった姫路さんの肩にかけたけれど

「今は休み時間 瑞希は5限終わりに熱がでて保健室に行く途中」
てきぱきと状況を整理して伝え、姫路さんの手を引いて保健室に向かう
やっぱり霧島さんはすごいや
熱がある姫路さん相手に少し浮かれていた自分がちょっと後ろめたいような…
「吉井」
廊下の曲がり角で霧島さんが僕を呼ぶ
「瑞希を連れてきてくれてありがとう」
僕の良心がシクシクと泣き出す声が聞こえた気がした

授業が始まって少しした頃、僕は教室に戻った
皆の呪い殺さんばかりの視線が痛かったけれど、今は授業中だ 生徒は自由に動けない
ふふっ僕の作戦勝ちだね!!
無事に自分の席に座って筆箱を出す
ノートをとろうとするけれど
「あれ?シンが出てこない」
シャーペンの中にシンが入っている音はするのに出てこない
仕方なく他のペンを使おうとするけれどどれを使っても僕のノートに一文字も書けなかった
「あれ?なんでこっちも?」
ふと、秀吉と目が合った
何かを伝えようと口をゆっくり動かしている
「ん?ボ?…ド?…ボ・ン・ド?ボンド!?」

しまった
休み時間中既に、無防備だった僕の文房具に裁きが下されていたらしい 恐ろしいクラスだ
これは授業が終わる前に荷物をまとめてチャイムと同時に教室を出なければ…!!

こっそりと荷物をまとめていると今度は美波が小声で話しかけてきた
(瑞希は?)
(うん、ちょっと熱が高いみたい 保健室で休んでると思うよ?)
(そう …ん?思うよ?)
(え?あ、連れて行って後は任せてきたから)
(ふ〜ん…?)
危ない危ない
高熱のせいとは言え姫路さんが泣いてたなんてばれたら美波に何をされるか…
わざわざ霧島さんに応援を頼んだ意味がなくなってしまう

(瑞希の荷物、どうしよう)
(ん?保健室に持って行ったら?)
(ウチ今日用事があって、終わってすぐのバスに乗らないと間に合わないのよ)
なるほど 確かに保健室はバス停から離れた所にあるから、寄っていたらバスに間に合わないかも
でも、まさか僕が姫路さんの、女の子の荷物を勝手にさわるわけにはいかないしなぁ
(あ、そうだ 雄二経由で霧島さんにお願いしたら?)
(そうね、そうするわ)
僕がメールでまたお願いしてもいいけれど、放課後の僕にメールを打つ時間はないんだ
僕が生き延びるために
それに例え伝言であっても雄二からのメールの方が霧島さんも嬉しいだろうしね


夢を見た
美波ちゃんの夢
今まで自分の気持ちで必死だった分、きっと知らずに何度も傷つけた
私が明久くんといられて嬉しいとき、美波ちゃんはきっと少し悲しい
私がそうであるように

美波ちゃんは強くて明るくてすごく優しくて、とても可愛い女の子
ちょっと意地っ張りさんなところも魅力的な可愛い可愛い女の子
そうしてきっと明久くんと一番仲の良い女の子

どうしてわからなかったの?本当に気がつかなかったの?
後悔ばかりがクルクル回る

「…瑞希、起きてる?カバン」
翔子ちゃんの声がして、ベッド横のカーテンが開けられる
「あ、翔子ちゃん ありがとうございます」ちゃんと笑ったつもりだった
「…何故泣いているの?」
翔子ちゃんの言葉に驚いて頬をさわると確かにぬれている
「瑞希、悩みをきくぐらいなら私にもできる …私たちは友だちだから」
少しの沈黙寝後の、優しい翔子ちゃんの声に何かの均衡がくずれた
「私…私は、自分のことばかりでだめだなぁと 皆さん優しいのに私のせいで優しい人まで傷つけてしまって…」
涙で途切れ途切れの私の言葉を翔子ちゃんは静かに聞いてくれた
「それは…島田?」
ほら、やっぱり翔子ちゃんは気がついていたのに

「瑞希は…瑞希はどうしたい?」
私…?私は美波ちゃんをこれ以上傷つけたくありません
「仮に島田が吉井を好きだとして、吉井を諦める?」
明久くんを諦める?この気持ちを手放せる?明久くんのいない生活を想像できる? 問われるだけでこんなにも心が痛いに
「逆に、瑞希の気持ちのせいで島田が吉井を諦めたら?」
こんな気持ちを私のせいで美波ちゃんが!?
「絶対嫌です!!」
だって私は知っているから
少しのことで喜んだり悲しんだりするこの気持ちの楽しさを
「ならきっと、瑞希は今まで通りでいい」
意外な言葉に驚く私に翔子ちゃんは微笑みながら告げる
「島田は多分、瑞希の気持ちを知っている …知った上で自分の恋をしている 」
相手の気持ちを知った上での自分の恋 どちらかが傷つくのはわかっていても
「だって自分の気持ちはかえられない 片想いなら誰か一人だけの優先席じゃない 吉井に見合うようにそれぞれにがんばればいいだけ」
それが例え大切な友だちであっても
自分より魅力的な女の子だとしても
私なりに努力をすることは私にもできるけれど



「合言葉は?」『殺せ!殺せ!殺せ!』
「罪状は?」『教師公認で授業をサボったあげく』『姫路さんを保健室に送りオオカミ!!!』
「送りオオカミとかなれるわけないじゃないかぁ!!!」
「いたぞ!罪人だ」『殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!』

授業が終わってすぐに教室をでたのに覆面のクラスメート達にあっという間に追い付かれ、校舎中追い回されるはめになった
しかし目標の避難所までは後少し
あそこまでは奴らも追ってこれないだろう
後100m・80・50・10 よし、避難完了!!!ミッションクリアー!!
ようやく僕は一息つく
避難場所は保健室
けして姫路さんが気になって、とかじゃなくて少しまえにクラスメートが来た場所なら僕が来ても不自然じゃないし、
きっと姫路さんはもう帰っているだろうけど、保健の先生がいるから須川くん達も無茶なことはできないだろうし、
一応姫路さんが大丈夫そうか先生にききたいし、ほらね!?もうナチュラルにこれは保健室に行くっきゃないわけで!!
だけど保健室には先生がいなかった

カタン、と音がした方をとたんに警戒しながら向くと、ベッドの上に姫路さんがいた
「あれ?姫路さんまだ残ってたの?」
言いながら気がついた 姫路さんは僕のブレザーを着ている そして(ブカブカブレザー+ミニスカート)×姫路さんの破壊力は半端じゃない さらにそのブレザーが自分のだという事実が加わるともう多分これはクリティカルヒットを繰り出す凶器だ
「あの…えっと、翔子ちゃんに、荷物と坂本くんをロッカーからだしてくるからまっててと言われたので待っています」
まだ熱が高いのか、赤い顔をしてベッドに座ったままで姫路さんが答えてくれる

「あぁそうなんだ あれ姫路さんの荷物は?」
「翔子ちゃんが先に持ってきてくれました 明久くんはどうしたんですか?どこか痛いんですか?」
急に心配そうな表情になる姫路さん
自分の方がよっぽど重症だろうに
「いや、僕はー」
「見つけたぞ、吉井明久!!!」
突然窓から人が飛び込んできた
「須川くん!?くっ、しまった!!」
「はぁっはっは!!もう遅いわ!!我が笛の音に集まりし同士で貴様を切り刻んで…」
勝ち誇った顔でホイッスルを構える須川くん
もはや、これまでか…と思ったそのときだった
「須川くん、めっ!!ですよ」
僕たちの緊張感に場違いな柔らかい声が入り込んできた
「ひっ…姫路!!」
「あんな所から入ってきたら危ないですよ 」
眉を寄せて、多分怒っている怖い顔のつもりなのだろう姫路さんが須川くんをしかる
「だがしかし、我らが同士による…」
「いけません」反論すら許さず言い切る

そんな姿すら圧倒的に可愛くて、その後次々に現れるFFF団を叱る姫路さんに僕らは可愛いは正義という言葉の威力を強制理解させられた

「姫路に叱られた…優しく叱られた… 」
「姫路さんが俺に゛めっ!!゛とお言葉を…」
「踏んでください、私は貴女の家畜…」
なんだかみんな、それぞれにトリップしているみたいだったので、その間に姫路さんの荷物も持ってこっそり抜け出した

「大丈夫?ごめんね、無理させて 歩ける?」
抜け出したものの、熱でフラフラしている姫路さんの足どりはおぼつかない
元々変な所で転んだりするしなぁ、姫路さん
だから、これは必要な、むしろ安全保障上義務で
「きついでしょ?捕まって…」全部言い切るまえに僕らの手は再びつながれた
やっぱり霧島さん戻るまで待つべきだったかな そんなにつかまるものを探していたなんて
でも逃げるチャンスをみすみす逃すわけには行かないし、ましてやあそこに一人姫路さんを残していくわけにもいかないし
そんなことを考えていると携帯がなった
雄二からだ

「おぅ明久」
なんだかニヤニヤしている雄二の気配が電話ごしに伝わってくる
「あ、雄二 霧島さんといるんでしょ?ごめん、姫路さんを須川くん達に追われてた僕が保健室から連れ出しちゃったんだ もしかして保健室まで行っちゃった?」
「あぁ知ってる 大丈夫だ今お前達が見えているから」

なんだって!?
思わず切ってしまった電話を片手に身構えて周囲をうかがう
「姫路さん、雄二達が来るから手を…」
「嫌です」
下を向いて、はっきりと姫路さんが思いがけない言葉を言う
「いや、でもほら、こんなところを見られて誤解でもされたら姫路さん嫌でしょ?」
あわてる僕の左手を姫路さんが強く握った
「私はかまいません 明久くんは…明久くんは嫌ですか?私と手をつなぐの」
うつむいたままそう言うとつないだ手の力が弱まる
「えっ、いや…嫌じゃないよ!!嫌なわけはないけど…!!」
むしろ姫路さんと手をつなげてうれしいんだけど、雄二達に見られるのは…
「けど…?」
顔をあげて潤んだ目で見上げるのはやめてほしい
そんな風に言われてしまうと敗けを認めるしかないじゃないか
「…うん、雄二達探そうか」
姫路さんは今熱でフラフラしているから仕方ない、これは決してやましいことじゃないんだ、
そう自分に言い聞かせて今にもほどけそうだった姫路さんの手を握り直した

「ずいぶんと仲がいいな よかったなぁ、明久」
殴り飛ばしたくなるような笑みを浮かべながら奴が現れたのはその少し後だった
はっ…恥ずかしい
覚悟を決めたつもりだったけど、これはやっぱり、かなり恥ずかしいよ!!
後頭部に一撃加えて雄二の記憶から抹消してやろうか、と考えていると
「…私達だって仲が良い 雄二、良かったね」
ガシャン、という金属音とともにそっと雄二の手を握った霧島さんがそんなことを言った
「なっ…、手錠だと!?」
「…ちなみに鍵はここ」
そう言うと霧島さんは小さな鍵を、自分のブラウスの首もとから中に滑り込ませた
「…手をつないで帰るか、私の服を脱がせるか、雄二の好きな方でいい」
「とかいいながらボタンをはずしかけるな!!」
あぁ、神様、いま僕は本気で雄二が憎いです!!!
姫路さんと手をつないでなければ確実に奴の首をしめて息の根を…
あれ?姫路さんと手?
急に恥ずかしさがよみがえってきて、僕は横目で姫路さんの様子をうかがった
姫路さんはなぜか、じっと、真剣な顔でつないだ僕らの手を見ていた


例えば私じゃなくても
私じゃなくても明久くんはきっとこんな風に手をつないでくれると知っている
同じように親切に接する人だとわかっている
明久くんがそんな人だということはとても嬉しなことで、ちょっぴり寂しい
私が明久くんの特別な人間ではないということがわかるから
でも、手をつないでいる今だけは少しだけ夢を見させてくださいね
例え後で夢からさめたとしても
今だけは

「…なら手をつないで帰る?」
「それも断る」
「…」
「無言で人の手をつかんで自分のボタンにあてがうな!!!」
珍しく本気で焦る坂本くんの声がきこえて視線をあげる
「…じゃぁ手をつないで帰る?」
「どっちもお断…」
「…または首輪を鎖につないで帰る」
「手をつないで帰らせてください」
黒い首輪と太めのリードをちょっと名残惜しそうに鞄にしまう翔子ちゃん
そうでした、ロッカーに入れた坂本くんと荷物をとりに行った翔子ちゃんをまっていたんでした
そんな私の視線に気がついたようで
「ごめんね、瑞希 私は今日、送ってあげられなくなった」
そう言いながら坂本くんの手を握った手を見せて、翔子ちゃんは携帯電話を私にわたす
翔子ちゃんの意図を理解してカメラ機能を準備する
「あとは吉井、瑞希を頼んでもいい?」
シャッターを押した手に力が入り、はからずも連写になってしまった
「なっ…姫路?お前何を!?」
「えっ?だって翔子ちゃんが記念撮影してほしいと…」
「消せ!!今すぐ消してくれ!!!」
「…例え愛する夫の頼みでもそれはきけない」
握った手を引き寄せて翔子ちゃんは坂本くんの頭部を固定し、私から携帯電話をとりあげられないようにした
「まず夫でもなけりゃ、今まできいてもらった頼みがあったか!?むしろ一つもないだろ…」
力なくうなだれた坂本くんが少しかわいそうになる
「じゃ、じゃあ、これでおあいこということで…」
自分の携帯電話のカメラ機能を準備してシャッターをきるだけにして翔子ちゃんにわたした
「…はい、チーズ」
隣で明久くんが急にカメラを向けられて反射的に微笑む気配がした

「…何のおあいこだ…?」
「…ぶれてしまって難しい」
「あ〜もう、貸せ!!オラ、とるぞ!!」
機械が苦手な翔子ちゃんに代わって坂本くんがとってくれる
なんやかんや言いながら、やっぱり坂本くんは優しい
坂本くんは絶対否定するけれど特に翔子ちゃんには…ね
「綺麗にとってやったんだ、姫路、今の明久との写真俺に一枚送れ」
そういいながら携帯電話を私に返してくれる坂本くん
するとあわてたように明久くんも
「あっ?ちょっと!! 霧島さん!!雄二と手をつないでる写真僕にも送って!!」
「ふっ、やっぱり明久だな、明久 写真も満足に撮れない翔子に写真をメールに添付するなんて高等技術できるわけないだろう!」
「今、バカって言うかわりに僕の名前を使ったね?前から一度雄二とは決着を着けなきゃいけないと思ってたんだよ」
「おもしれぇ、もう二度とお前のその減らず口が聞けないかと思うと寂しくすら感じるぜ!!」
なんだか周囲が燃えたように暑い気がする
熱があがった?
少し不安になりながら送信ボタンを同時に押した
「送信しました」
「…した」

一瞬の静けさの後に鳴り響く2つの受信音
「翔子…さん?」
「…なぁに、雄二?」
「お前どうやって…」
「…雄二たちがおしゃべりしている間に瑞希にセッティングしてもらって、私がボタンを押した」
「二人ともおしゃべりに夢中で気がつかなかったんですね」
「ちなみに雄二と吉井のにもそれぞれ送った」
「ちょっと恥ずかしいですね」

ぱっと勢いよく二人がメールの画像を確認する
再び沈黙の後

「明久ぁ、テメェの携帯をあくまでも事故で壊す!!」
「それは確実に事故じゃないよね!?雄二の携帯こそ、うっかり僕のデータを消したうえに霧島さんとの写真を壁紙にしてあげるよ!!」

仲良く話す二人に翔子ちゃんが話しかけた
「…ところで何故雄二は吉井の写真がいるの? 返答次第で今後の雄二の人生の…有無が決まる」
「まて、有無ってなんだ、有無って!!」
「有るか…無いか」
「意味はきいてねぇ!!」
「…質問に答えたのに、雄二はワガママさん」
「自分の人生かかってんのにワガママもなんもあるかぁ!!」

「そう言えば明久くんも坂本くんの写真を…」
どうしよう、噂には聞いていたしもしやと思うこともあったけれど、実際に証拠を目の前にだされるとちょっと挫けそうになる
せめて好意の対象が女の子ならまだ望みも持てるのに…
「まって、姫路さん!!今のタイミングで何かに思い当たったような顔をして手を離そうとしないで!!多分確実にそれは違うから!!」
そう言いながら明久くんがつないだ手を強く握り直す
「でも…」
いいよどむ私に明久くんがあわてたように
「違うよ!!雄二も僕もFFFの皆の断罪の証拠や相手の弱みを手に入れたいだけだから!!」
と教えてくれた

「よくわかりませんが…お二人とも仲良しなんですね」
二人がすごく仲良しなのは本当
どのように、どのくらい仲良しかは…私にははっきりわからないけれど
「…なんかひっかかるけど」
不安そうな表情で私を見る明久くんがかわいい
かっこよかったりかわいかったり、明久くんは忙しいですね
明久くんは、毎日こんな風に明久くんとお話ができて私がとても嬉しいということに、きっと気がついていない
でもね、こんな他愛ない会話も、切り取っておきたいくらい愛しくてたまらないんです
こんな毎日が続くように、頑張ろう、と私に勇気をくれるんです
もっと、もっと強くなりたい
私の大切な人の、大切な人たちの足手まといじゃなくて力になれるように
なのに実際はすぐに足手まといになるうえに大切な友達の想いに気がつけなくて…
『瑞希は瑞希の想い 島田は島田の想い 想いはなにも変わらない』

また涙がでそうでつないだ手を強く握った
すると、明久くんが驚いたように私を見た
なんだろう?
そうして私を見つめたまま明久くんが優しく話しかける
「姫路さん、ごめんね 帰ろう?」
「えっ…?あ、はい」
なんで明久くんは謝るんですか?
でも、その優しい声に、眼差しに、体の熱が一瞬さらに上がるのがわかった
訳がわからないまま、あなたの優しさに酔ってしまいそう

そうだ、帰るんだったと思い出す
そこでようやく、大急ぎで保健室を離れた時から明久くんが私の荷物を持ってくれていたことに気がつく
申し訳なくて自分で持とうと手を伸ばすと
「今日は僕が持つよ 曲がりなりにも男だし任せて」
と明久くんが微笑む
「でも…(明久くんはあんなにスカートとかも似合うのに)」
「うん、今絶対男らしさアピール必要な空気生まれたよね!?」

「僕たちそろそろ帰るね」
まだ仲よくじゃれあっていた翔子ちゃんと坂本くんに明久くんが声をかける
僕たち…僕たち…僕たち
それは今は私と明久くんだけを指す言葉で、思わず反芻してしまう
「あぁ、姫路、ゆっくり休めよ 明久、弱っている姫路につけこむなよ」
「…なるべく頑張るよ」
「私もつけこまないよう頑張ります…」
「お前もかよ…」
「…瑞希、頑張って 夫を可愛らしく誘惑するのも妻の役目」
「翔子ちゃん!妻とかおっ…おっ…夫とか…!!」
「ゆっ、雄二!!姫路さんの体温がさっきから尋常じゃないぐらい上昇してるんだ!!救急車をよんで!!」
目の前の景色がぐるぐる回っていた


なんやかんやですっかり帰るのが遅れてしまった
雄二たちといた時はわりと姫路さんが普段通りだから失念していたけれど、姫路さんに手を握られて、彼女の熱さに、熱があったことを思い出した
君といると嬉しくて、いつまでも一瞬にいられればいいのにと夢見てしまう
ごめんね、きつかったでしょう?
優しい姫路さんは僕たちに気を使ってギリギリまで我慢をしてしまうから
僕がもっとバカじゃなきゃ早く気づいてあげられたのに

「明久くん…」
繋いだ手を軽くクンッと姫路さんが引っ張る
「ん?どうしたの?」
「あの…もう少しだけでいいのでゆっくり歩いてもらってもいいですか?」
あぁ、しまった
急いで送らなきゃと思うあまり、姫路さんと僕は歩幅がちがうことを忘れていた
姫路さん、ごく一部を除いて小柄だしなぁ
「ごめんね無理させちゃって」
そういって歩調を緩める
あれ?意識してゆっくり歩くってけっこう難しいな
「いっ、いいえ!!トロい私が悪いんです…」
申し訳なさそうに言う姿が可愛くて、ちょっとだけ
「何なら抱っこかオンブしようか?」
と勇気をだして冗談を言ってみる
次の瞬間、真っ赤になった姫路さんから破裂音が聞こえた気がした

「大丈夫?」
「…スミマセン…ダイジョウブデス…」
「うん、全然大丈夫じゃないね」
とりあえず近くのベンチに姫路さんを座らせて様子を見る
「寒くない?僕何か飲み物買ってこようか?」
ベンチに腰かけて赤い顔のままうつむいてしまった姫路さんにきいた
「…で」
「え?」
「…行かないでください 隣に…」
そういって姫路さんは自分の隣を叩いて僕に座るよう促した
なんだろう、やっぱりちょっと調子に乗りすぎた?
だって、二人で手をつないで帰るとか、もう明日須川くんや美波たちに何をされても文句言えないぐらいの状況で
いや、やっぱり命は惜しいしこの幸運は知られたくはないけど
あ、後、姉さんに知られたら…
「明久くん」
「あぁぁぁぁ、スミマセンでした!!僕が調子に乗ってました!!恋人同士みたいなんて身に過ぎた夢でした!!」
「? 明久くん、早口すぎて何て言ったかわかりませんでした 何ですか?」
「あ…、いや、大丈夫 OK 幻覚だよ」
「?」
どうしてこう可愛いのか…不思議そうに僕を見上げて小首をかしげる姫路さんを見ながら、こんな状況で調子に乗らない奴なんかいないんじゃないかな?と思う
というか、もういい加減理性とかいらないんじゃないかな
僕もう十分に頑張ったよね
これは不可抗力ってやつだよね
『弱っている姫路につけこむなよ』
…そうだね雄二
危うく僕は人の道を踏み外しがてら自分の明日からの命も投げ捨てる所だったよ
第一姫路さんは病人だ
それなのにやれやれ、まったく何を考えているのか
「明久くん」
姫路さんが遠慮気味に僕の袖を引っ張る
「ん、なぁに?」
「…抱っこしてください」

…あれ?
抱っこ?ラッコ?あの北の海にいるとかいう毛むくじゃらななの生き物?
いや、むしろ今姫路さんが何か言った気がしたけどそれ自体が気のせいだったのかも
もう、いやだなぁ、僕ってば
「えぇっと…なぁに?」
どぎまぎしながら問い返す
今度はちゃんと聞き取らないと
「……抱っこ…して…くださ…い」
最後の方は消え入るような声で、うつむきながら君が言うから

「えっ、ちょっと、姫路さん!?待って、ストップ!!調子に乗りすぎたことは謝るから!!」
僕は必死に打ち砕かれた理性のかけらを握りしめた

言っている途中で恥ずかしくて下を向いてしまったから明久くんの表情は見えなかったけれど、迷惑だったことはわかった
一呼吸おいてから自分の中の勇気が砕けた音が聞こえた気がした
全身の勇気を振り絞って、口にしたお願い
頭がぼぅっとしている今なら、葉月ちゃんみたいに素直に甘えられそうで、明久くんも多少の事ならいつもより受け入れてくれそうな錯覚に陥っていて
あぁ、何か駄目ですね、私
坂本くんにも『弱ったところにつけこむな』って言われていたのに
明久くんといつもより一緒にいられて、いつもみたいに優しくしてもらって、いつもよりあなたの温度に触れて
ちょっとだけ、いいえ、かなり調子に乗ってしまっていたみたいです
うつむいて見つめていたベンチがゆらゆら揺れ始めた
「あ…の、ひ、姫路さん…?」
ほら、あんまり黙って下を向いているとまた心配をかけてしまう
そして今度こそこの涙は堪えないと
こんな事で泣いたら親切な明久くんに申し訳ない
ぐっと目に力を入れて深く息を吸う
大丈夫、明久くんは冗談を言ったんだから
気まずくならないように冗談でかえせばいい
「…な〜んて、驚きました?」
明久くんの顔を見ずに言う
うまく笑えているといいな
「私なんか抱っこしたら明久くん潰れちゃいますよ、ふふっ」
だから座った状態の抱っこならちょっとは大丈夫かな、と思ったんだけど…ダメ、ダメ!!また涙が浮かんでしまうから
飲み込んだはずの涙がまた浮かんできてしまって、それを振り切るように立ち上がる

「もう、すぐそこなのでここからは一人で帰れます、ありがとうございました」
明久くんの言葉が、沈黙が怖くて一気に口にする
これ以上この場にいて泣き出すのが怖かった
明久くんの顔を見て泣いてしまうのが怖かった
さっきまでのぬくもりが今はちょっとつらくて
ごめんなさい、冗談を本気にとるなんて重たいでしょう?
明久くんが変に思わないように、不自然にならないように、そっと、慎重に自分のカバンに手をのばす
…でものばした手はカバンに触れることはなくて
「姫路さん、ごめんね 嫌なら言ってね」
「えっ…?」

何が起きたのかよくわからなかった
不意に両足をすくい上げられて、明久くんの顔がいつもより近くにあって…
「きゃぁぁぁぁぁ!!おちっ…落ちます!!落ちます!!」
日常の中では起こり得ない、宙に持ち上げられた不安定な状態
自分が重いという自覚
その二つ以外真っ白になった私はパニックになってしがみついた

「…えっと、大丈夫だよ、姫路さん」
思いがけず近くから明久くんの声が聞こえる
顔をあげるとすぐそばに、本当にすぐそばに明久くんの顔があって、さっきとはまたちがうパニックが私を襲う
「あっの…、おも、お、重いので、あのっ、冗談で、そのっ、あのっ、すみません…」
恥ずかしいやら重いであろう我が身が情けないやら明久くんに申し訳ないやらで、また涙が浮かぶ
もう消えてしまいたい…
「大丈夫だよ、だけど、もう少ししっかりつかまってくれていたほうが楽かな」
そう言われてあわててまたしがみついた私に笑いながら明久くんが優しい言葉をくれた
「姫路さん別に重たくないし、それ以前に姫路さんを絶対落としたりしないから」
「ただ、ちょっと目のやり場に困るからそろそろ降ろすね」
そう明久くんが言葉をつけ足して私をそっと降ろしてくれた

確かに彼女は「抱っこ」と言った
最初は調子に乗りすぎた僕への冗談だと、そんなうまい話があるはずがないとおもったけれど
「明久くん潰れちゃいますよ、ふふっ」
そう言われた時に、いつも君が体重を気にしていたことと、雄二ほど強くないにしても僕だって男だからそのぐらい何てことないという意地、さらにそんな二つ理由があるし、というほんのごくわずかな言い訳とで僕は君を持ち上げた

だいたい姫路さんは気にしすぎなんだと思う
姫路さんが重すぎて持ち上げられないとか、あり得ないしこんなに柔らかいし髪がふわふわしてなんだかいい匂いかつそんなに強くくっつかれると…
「…えっと、大丈夫だよ、姫路さん」
だから少し離れて
僕の理性が帰ってくるために
カムバック、理性
だけど、少しだけ体を離して涙ぐんだ目で至近距離から見られている限り、僕の理性はなかなか帰ってきそうにない
困ったなぁ
それにもうちょっと抱きついてもらわないと、思ったよりお姫様抱っこってやつは持ちにくい
さようなら、僕の理性
さようなら、明日の僕の命
今なら笑顔で死ねるよきっと

あわててしがみついてくる姫路さんが可愛くてもうなんだか人生に悔いはない
頼られてる!!
まぁ、僕が抱えあげてしまっているから、僕を頼るしかないんだけど
わかっていても、姫路さんに頼られるって嬉しい!!
そんな僕を頼る姿を見ていたいけど、いい加減安心させてあげなきゃね
「姫路さん別に重たくないし」
本当になんで重いとか思うんだろう?
「それ以前に姫路さんを絶対に落としたりしないから」
落としたりするはずない
どんな状況だろうと、抱え上げた姫路さんを落としてしまうことなんか
どんな状況だろうと、抱え上げた姫路さんを落としてしまうことなんか

ただ、降ろすことあるけどね
今みたいにスカートがだいぶ危険ゾーン近くまで上がってしまってる時とかは
オーケー、まだ僕の鼻の血管はギリギリ持ちこたえているよ
「ただ、ちょっと目のやり場に困るからそろそろ降ろすね」
そう言いながら慎重に姫路さんを降ろす
姫路さんはなんのことかわからなかったみたいできょとんとしたまま、僕にしがみついていた手を離した

よし、このまま話を反らそう
そしてその間に僕の理性をいい加減呼び戻さないと、このままだと明日の朝日すら拝めない気がする
「姫路さん、全然重くないよ?何でそんなに気にするのか不思議なくらいなのに」
とりあえず、ちゃんと伝えておかないと
姫路さんを持ち上げられないから抱っこできない、とかそんな誤解をさせてしまったら困る
気にしていることを知っているから

すると姫路さんはとたんに顔を曇らせてうつむいた
少ししてから声を絞り出すようにして教えてくれる理由
「…明久くんは、明久くんは試着したお洋服が入らなかったことってありますか?」
「え?服?」
「やっぱりないですよね… 私、たまにあるんです…」
しょんぼりとする姫路さん
こんなに華奢な姫路さんでも入らない服?サイズちがいじゃなくて?
「上着の前ボタンがしまらなかったり、着られてもきつかったり、布が引っ張られてお洋服のラインが崩れてしまったり… もちろん昔よりは丸くなくなったつもりですけど、やっぱり私は丸いんだなぁと実感してしまって…」
…え〜っと、それは確実に太っている云々の次元じゃないよね?
一部をのぞいて華奢な姫路さんの、そののぞいた一部の話だよね?
てか、普通そこはマイナス評価ではなくプラス評価だよね?
でも、うつむいてしまった姫路さんを見る限り本人には大問題のようで
そしてその事に関して幸か不幸か僕はなにもしてあげられないから
「あのさ、女の子の服の事はよくわからないけど、少なくとも僕にとって姫路さんは全然重くないよ」
と精一杯の気持ちだけは伝えた


夕食の後、部屋にもどってベッドに座るとなんだかどっと疲れがでた
あの後、そのまままた手をつないで姫路さんを家まで送った
それからふわふわした気分のまま、家に帰って夕食をつくった

「アキくん、今日はなんだかふわふわしていますね」
「えっ!!?」
「姉さんはオムレツはトロトロ派でしたがふわふわも美味しいものですね」
「…あぁ、うん」
「アキくんはトロトロになるキスとふわふわのキス、どちらを姉さんとしたいですか?ちなみに姉さんはこちらもトロトロ派です」
「待って!!身内にする質問としておかしい上に姉さんとするって前提がまず変だって気がついて!!」
「それでは、異性不純交遊は禁止なので必然的に相手は同性となりますが、アキくんはトロトロのキス派ですか、ふわふわのキス派ですか?」
「男同士のキスもおかしいし、何より嫌だぁぁぁぁぁ!!!!」

一気に夢見心地もさめ、変わらない日常に戻ったおかげで姉さんに今日の事はバレなかったけれど
部屋にもどって一人になったとたんに君の感触が思い出されて、つないだ手が、ほほに触れた手が、抱き上げた熱が、どうしようもなく恥ずかしい
「明日起きたら全部夢だったってオチはないよね…」
枕に顔を埋めてジタバタしたあと、不意に気がついた
だいたい僕にこんなラッキーが続くはずがない
そんなことを考えていると携帯電話が聞き慣れた音で鳴り、雄二からメールが届く
『俺は翔子が好きだ』
「あ〜雄二まだ霧島さんといるんだぁ、へぇーこんな時間まで」
そのまま須川くん他クラスメートの名を手当たり次第宛名に入れたメールを新規作成する
そして今日もらった霧島さんと雄二の写真を添付する
「裏切り者に死を…」
とまさに送ろうとしたとき、雄二からもう一通メールがきた

『わかっているとは思うが、さっきのは翔子が勝手に送った ジョーカーはお互いの手にあるのを忘れるな 俺は無駄死にするつもりはない』
添付画像を開くとそこには手をつないで写る僕と姫路さん

手をつないでいる僕と…

少なくとも手をつないだことは現実のようだ
僕は作りかけのメールのアドレスからクラスメートたちを消して雄二のアドレスを入れ、『了解』と送った
もちろん添付画像はそのままで

翌日姫路さんは休みだった
その次の日も
どんな顔して会えばいいんだろうという心配が、早く元気になるといいなという心配にかわったまま休日になった

つないだ手や抱き上げた記憶はまだ思い返す度に恥ずかしくむず痒いけれど
顔が見たい
声が聞きたい

君に会いたい

家まで明久くんに送ってもらって、玄関を開けたところまでは覚えている
次に気がついた時は翌日、自分のベッドの上だった
少しだけ楽になった体と頭でノロノロと昨日の事を思い出す
ここ数日自分の中でグルグルと考えていた答えの見つからない迷い
美波ちゃんや坂本くんたちの優しさ
翔子ちゃんのアドバイス
明久くんの…

それは思わず枕に顔を埋めてしまう程の強烈な出来事で、今さらながら恥ずかしくて仕方がない
自分でもよくあんな事を言ったものだと思う
そしてよく明久くんはあんな戯れ言に付き合ってくれたものだ、と
あんなに優しくされると、少しだけ期待してしまう
本当はすごくうぬぼれたいのだけれど、きっと友だちとしての優しさであって明久くんにとっての特別な存在にはまだ届かないんだろうな、と心にブレーキがかかる

それでも、少しだけの期待は残って、私の頬をゆるませる
目覚めてすぐは、普段ではできない自分の言動とあまりの行為に夢かと疑ったけれど
それでもいいと思わせる程の幸福は、夢じゃなかった秘密の証拠を携帯電話に残していった

この幸せの証拠はお守り
この想いをもう迷わないためのお守り

私は私ができることを
少しでもみんなの力になれるように
明久くんに想いを伝えられる自分になるように
そうして
美波ちゃんと素敵なライバルになれるように

私は私ができることを全力でただがんばろう
そのためのお守り

熱がひいて学校へ行ったら木下くんやみんなにお礼を言おう
明久くんに笑顔であいさつもしよう
美波ちゃんとも…笑顔でいっぱいお話をしよう

熱にうかされてとぎれとぎれにそんなことを考えていた
とりあえず勉強をしよう
休んだ2日間ぶんはこの土日でしっかり補わないと

「…おはよう、瑞希」
「おはようございます、翔子ちゃん、坂本くん」
正門の所で二人に会った
「お〜、よくなったか 」
「はい、ありがとうございました」
眠たげにアクビをこらえていた坂本くんが、私に目を向けて何かを含むように笑う
「そういや、姫路が休むようになってからあのバカいやに早く学校にきてるぜ?」
「?」
なんだろう?明久くんは私がお休みしている間に補習でも受けているのだろうか?
「…ついさっき、吉井が靴箱へ行くのを見た」
翔子ちゃんが教えてくれる
「あ、じゃぁ、急いで行ってみます」
補習じゃないにしても用事があって早く来ているのだろうから、そのお邪魔はしないように、その前にお礼を言ってしまおう
「瑞希…、元気になってよかった」
「はい ありがとうございました」
翔子ちゃんにお礼を言って靴箱へ急ぐ


「ありゃ、わかってなかったな 姫路の思考はたまに明久並になるからな」
「…吉井が瑞希の出欠を気にして早く来ていること?」
「傍目から見てりゃ、単純な事なのにな」
「…単純な事だからかえって本人には見えにくい事もあると思う」
「ほぅ、例えば?」
「雄二が私を好きだということ」
「…いや、まて なんの話だ?」
「雄二はわざと気がつかないようにしてる それでも私の気持ちは変わらないけれど… たまに不安になる」
「…」
「…でも不安なときは雄二の傍にちゃんと居られるようになったから、もう平気」
「…だから、お前のそれは全部昔の勘違いなんだって」
「うん、大丈夫 私は雄二が好き」
「…朝っぱらから真顔で言うなよ 恥ずかしい奴だな」


急いで靴箱へ向かったけれど、明久くんの姿は見当たらなかった
もう、補習へ向かってしまったのだろうか
美波ちゃんや木下くんや土屋くん、お礼を言いたい人はたくさんいるけれど、今、明久くんに会いたかったのに

少しだけしょんぼりしながら、上靴に履き替えて顔をあげた瞬間にかけられた声

「おはよう、姫路さん」
自分が息を切らせながら、もう体調は大丈夫?と問う人がそこにいて
「おはようございます、明久くん どうしたんですか?大丈夫ですか?」
驚きで思わず問いを返す
「あ〜、あはは…、姫路さんが見えたから、もうよくなったかなぁって気になって走ってきて…」
驚かせてごめんねと、そんな嬉しい言葉をくれるから
あなたといるときは笑顔でいたいのに、また泣きそうになる
「はい、お陰ですっかりよくなりました ありがとうございました」


私は上手に笑えていましたか?


fin

このページへのコメント

明久が姫路さんと甘酸っぱいような話だと思いました。2人はお似合いの2人だと思い、11巻は明久と姫路さんエンドて〆てくれることを期待します

0
Posted by 召喚獣 2013年03月08日(金) 21:32:59 返信

読んでて恥ずかしくなるくらい初々しかった。
明瑞万歳!

0
Posted by   2012年04月06日(金) 11:05:37 返信

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