その他19

「もうすぐ……もうすぐあなたに会えるわね……アリシア」
薄暗い部屋を、試験管のようなカプセルの明かりだけがほのかに照らしている。広間の中心には、ただそのカプセルのみが機械に繋がれていた。
そしてカプセルにすがりつく女性が一人。それほどの歳でもないだろうに、顔には皺が刻まれていた。やつれ果てた美貌とは逆に、その眼はなにかに取り憑かれたかのように狂気の光を放っている。
彼女はただ涙を流し、時折「もう少し……」と呟くのみだった――


「うわぁ、すごいなあ。虹の世界かぁ……」
僕はしずかちゃんに借りた漫画を見て素直に感想を言った。
漫画の内容は、"虹の向こうの世界からこの世界に現れた少女が、普通の人として暮らしながら不思議な力で事件を解決する"という、よくある魔法少女ものだった。
学校帰りにしずかちゃんの家に遊びに行くと、昔の漫画が出てきたと見せてくれたんだ。少女漫画だけど読み始めると面白くて、つい全部読んでしまった。
外を見るとうっすらと虹が見えた。
「ねえ、しずかちゃん、虹って綺麗だよね。七色に光っててさぁ……魔法少女が降りてきたりして。ああ、僕も虹のすべり台に乗ってみたいなぁ」
ふと、そんなことを言ってみるとしずかちゃんはクスクスと笑い出した。
「やだぁ、のび太さんったら。虹は光の屈折や反射で見えるもので、漫画みたいに虹に触ることなんてできないわよ」
「え?あ、いや。あはははは、知ってるよー。ちょっと言ってみただけだって」
本当は知らなかった……。恥ずかしいなあ。顔が赤くなってるかもしれない。

「それに魔法ネタは一度やってるじゃない。最近映画にもなったし」
「え?なんのこと?」

「でも、虹って本当に綺麗よね。本当に触れたらいいなあって私も思うわ」
「だよね、そう思うよねぇ」
しずかちゃんならわかってくれると思ってた。
「あっ。ごめんなさい、のび太さん。私これからピアノのお稽古があるの」
「そうなんだ、じゃあもう帰るよ」
しずかちゃんに見送られて外に出ると、もう虹は消えていた。
(あーあ。もっと見たかったのに……)

「それじゃあ行ってきまーす」
そう言って家を出ると台所からママの声が返ってきた。
「いってらっしゃい、ドラちゃん。車に気をつけてね」
どらやきを買いにお菓子屋さんの方へと向かう。空はもう、ちょっと赤く染まってる。
そろそろのび太くんも帰ってくる頃かな?
そんなことを考えながら歩いてると、後ろから声をかけられた。
「こんにちは、ドラえもん」
ランドセルを背負った小学生の女の子だ。左右に結んだ髪がぴょこぴょこ跳ねてる。
「やあ、こんにちは。なのはちゃんは学校の帰り?」
高町なのはちゃん。彼女はこの近くの喫茶店『翠屋』の娘さんで、確か今は小学3年生だったかな?
「うん。ドラえもんはどら焼きを買いにきたの?」
「そうだよ。この先のお菓子屋さんに」
喫茶店なんて普段は行かないけど、翠屋にはたまに行くことがある。のび太くんが以前、お使いのサイフを落とした時に、なのはちゃんに助けてもらったらしい。
「あっ、そうそう。お父さんがドラえもん用のメニューを作ってみたって言ってたよ。これから来てみない?」
「えっ?これから?」
どうしようかなぁ。行ってみたいけど、どら焼きも食べたいし……。そう思って僕が迷ってると、
「ねっ。食べてみてよ」
なのはちゃんは僕の手を引っ張って歩き出した。
うーん。しっかりしてるなぁ。のび太にも少しは見習って欲しい。

「おかえり、なのは。いらっしゃい、ドラえもん」
店長さんの士郎さん――なのはちゃんのお父さんだ――が僕たちを迎えてくれた。
「こんにちは」
翠屋は夕方に入って少し賑わっている時間帯だった。
「よいしょっ」
僕はカウンターの席に跳び乗って料理を待つ。
「はい、お待ちどうさま」
しばらくして出てきたのは、なんだかどら焼きに似た形のお菓子だ。ホットケーキかな?
ナイフとフォークで切り、口に運ぶ。
「もぐもぐ――美味しいっ!」
それは薄めに焼いたホットケーキであんこを挟んだものだった。どら焼きに似てるような、そうでないような……。でも不思議に美味しい。
僕は夢中で食べ終わって、ミルクをごくごくと飲み干す。
「あー美味しかった」
気付くと士郎さんはニコニコと僕を見ていた。なんだか照れ臭いなぁ。
「ごちそうさまでした。ほんとに僕好みですね」
どら焼き用のお金、500円を渡して店を出た。後ろでは士郎さんとなのはちゃんが手を振って見送ってくれた。のび太くんにも教えてあげよう。
外はちょっとだけ夕立がポツポツと降っていた。
「まあいいか、どうせすぐ止むよね。そろそろのび太くんは帰ってきてるかな?」
案の定、帰り道で雨は止んだ。

「あーあ。止んじゃった」
このまま振り続けてくれれば中止になったのに。
帰り道でジャイアンとスネ夫に野球の人数合わせに捕まってしまった。せっかく夕立が降ったのに、すぐに止むとか言っちゃってさ。
でも断るとまたジャイアンが怒るだろうしなあ……。
ろくにボールも来ないポジションでずっと空を見上げていた。赤い夕日が落ちていく。
もう虹は見えないかなぁ。
「おーい!のび太―!!」
ほんとに虹の世界があれば面白いのに。
その時、空を七色の光が横切った。
(虹かな!?)
でもすぐにそれは見えなくなった。変わりに見えてきたのは白いボールだ。しかもぐんぐん近づいてくる。
「わぁ!!」
目の前に星が飛んだ気がした。すぐに痛みが走る。
「のび太――!!早く起きろぉー!」
視界がぼやけている。メガネメガネ……。
「あったっ!」
メガネを掛けなおすと、そこには真っ赤な夕日が――いや、真っ赤なジャイアンが……。
「ご、ごごごご、ごめんなさーーい!!」
僕はその後起こることを想像できた。だから僕はすぐに背を向けて全力で走りだす。
「待てー!!のび太―!!」
後ろからはジャイアンがバットを振り回しながら追いかけてくる。後ろをちらっと見ると、スネ夫や他のみんなも一緒だ。
徐々にその差は縮まってくる。僕は無駄とは知りつつも、叫ばずにはいられなかった。

「ドラえも――――ん!!!!」


『ドラえもん のび太と虹の魔法使い(仮)』

[単発総合目次へ][その他系目次へ][TOPページへ]
2007年06月02日(土) 09:04:09 Modified by beast0916




スマートフォン版で見る