その他76

「ここ…何処だろう…。どうして私こんな所を歩いてるんだろう…。」
なのはは薄暗い森の中を一人歩いていた。自分がどうしてこんな所にいるのか…
何故こんな所を歩いているのか分からない。周囲を見回しても見覚えの無い上に
薄暗くて良く分からない。空を眺めても、やはり薄暗い。
しかし、この周囲の風景が普通では無い事は理解出来た。
例えば天に浮かぶ太陽。普通ならば直視出来ない程の光を放つはずのそれが
逆に闇を放出している。黒い太陽なのである。
「何か…とても気味が悪い…。誰かいないの?」
良い加減心細くなって来た。と、その時だ。目の前に辛うじて人影が見えたのである。
「あ! 良かった! 誰かいたんだ!」
なのはや藁をも掴む思いで人影の方へ走った。しかし…
「え? ええええええ!?」
それを見た瞬間なのはは思わず驚いてしまった。
「私…み…見てはいけない物を見てしまったかもしれない…。」
なのはが驚くのも無理は無かった。確かにそこには人がいた。
しかしただの人では無い。木が人の形をしているのか…人が木になったのか…
とにかく、その様な物が立っていたのである。
「こ…こ…これは…。」
しかもこの木になった人の数は一人二人どころの騒ぎでは無い。
もう彼方此方にそれが立っているのである。
「一体これは何なの!?」
「こいつ等は自分で自分の命を絶った者の末路さ。」
「え!?」
いつの間にかなのはの目の前に一人の目付きの悪い青年が立っていた。
年齢的にはなのはと同じ位で、何処か不思議な雰囲気を持った青年だった。
「あの…こ…ここは…何処なんですか?」
「お前はまだ分からないのか? ここが…。」
「は…ハイ…恥ずかしながら…。ここが何処なのか教えてもらえませんでしょうか?」
目の前の青年の不思議な雰囲気に押され、なのはも思わず下手に出てしまう。
そしてこの後青年の口から出た言葉は意外な物だった。
「ここは地獄。生前罪を犯した者が落ちる場所だ。」
「え? えええええええええええ!?」
驚くのも無理は無い。いきなりこの様な事を言われて驚かない方が凄い。
「そんな…そんな…それじゃあ私…地獄に落ちちゃったんですかぁ!?」
「残念ながらその通りだな。」
「そんな…そんな…私まだ19歳なのに…ワケも分からずいきなり死んだ事にされて…
それも有無も言わせずに地獄行きになるなんて…酷すぎるよぉぉ!!」
ワケも分からず突然地獄に落ちてしまったなのはは思い切り落ち込み、
地に跪いて地面をバンバン叩いていたが、目の前の青年は逆にそれが良い事で
あるかのように不敵な笑みを浮かべていた。
「だが地獄も悪くは無いぜ? 何しろここには選りすぐりの悪人が集まってる場所だからな。」
「そ…それが嫌なんですけど…。」
青年はフォローしているつもりなのだろうが、なのはにとってはフォローでも何でもなく、
傷に塩水を塗りこむような効果にしかならなかった。
「…それで…私は一体何の地獄に落ちたんでしょう…。」
「そんな事は俺は知らん。少なくともここにいる連中の様に木になっていないと言う事は確かだが…。」
そうして青年はこの場から立ち去ろうと歩き始めたのだが、とてこんなワケも
分からない場所で一人になるのは嫌ななのはは、とりあえずこの青年に付いて行く事にした。
「ちょっと待って! 私も連れてって! こんなワケも分からない所で一人は嫌だよ!」
「…ったくだらしの無い奴だな…。勝手にしろ…。」
青年に付いて行く中、周囲を見ると見た事も無い様な怪物がひしめき歩いているのを見て
本当にここは地獄なんだなと実感していた。相変わらず薄暗い空がますます恐怖をかきたてる。
「あの…地獄に落ちたらいつまでここにいなきゃならないんですか…?」
「それは永遠だ。人の一生は精々が数十年程度だが、死後、地獄に落ちたら最後
永遠に責め苦を受け続けねばならない。これが地獄と言う所なのだ。」
「そ…そんな…酷すぎるよ! 後生過ぎるよ! 今まで一人でも多くの人の命を
守る為に戦って来たのは何だったの!?」
また泣き出してしまったなのはに青年もほとほと困り果てる程だった。
「ええい一々泣くな! しかし…お前の気持ちも分からないでも無い。
神がどの様な基準で善悪を判断しているのかは俺にも分からない。
既に生前に犯した罪を償い、また罰を受けた者もいるだろう。
しかし、神に対してそれは通用しないのだ。確かに人は誰もが
本人の知らない内に罪を犯している事は分かってる。
俺も俺なりの正義を信じて戦って来た。だがその結果がこれだ…。」
「…。」
「もう犬にかまれたと思って諦めるんだな。」
「無理です…。」
いくらなんでもこの状況を妥協する事は出来ない。
と、そんな時にふと正面が明るくなっているのが見えた。
「え? あれは…街?」
その明かりは電灯の明かり。何と目の前にビル街があるでは無いか。
「嘘! 地獄なのに街があるの!?」
「地獄にだって街はあるさ。」
流石に地獄に街があるなどなのはは想像も出来なかった。
空はやはり薄暗いままだが、このビル街の照明明るい。
そしてビル街の中では人が生活を営んでいたのである。
「何か少し安心しちゃった…。」
「おっと…いくら街があると言ってもここが地獄だと言う事を忘れるな? 例えば…あれなんかな…。」
するとどうだろう。今度は突然バイクに乗った集団が現れたのである。
それも前からだけでは無い。後からも同様の集団が走ってくる。
しかもただバイクに乗っているだけでは無く、誰もが何かしらの武装をしていた。
「な…何が始まるの!?」
「これからケンカが始まるのさ。」
「ケンカ!?」
「ケンカと言っても地獄のケンカだ。タダで済むはずが無い。」
思わずなのはは道を空けて道路の端に寄っていたのだが、確かに青年の言う通りかもしれない。
地獄にいる者は既に死亡した者であるからしてこれ以上死にようがない。
その上、選りすぐりの悪人が揃った場所でもある故にどんな残虐な行為もまかり通る。
それすなわち、地獄のケンカは現世で言う所の殺し合い以上に情け容赦の無い物である事は
想像に難くないのである。
「わ…わ…どうしよどうしよ!」
この状況でどうすれば良いか分からずなのはが焦っていると、
その時突如としてバイクに乗っていた武装集団がバイクや身に付けていた武装と融合し、
怪物へ変化したでは無いか。そして怪物化した状態での殺し合い(既に死んでるから殺し合いと
言えるのか微妙な所ではあるが…)を始めたのである。
「え!? ちょっと! 今の何なの!? あの人達怪物になっちゃった!」
「ここ地獄では物質のある現世と違い、精神力が物を言う世界だ。だからこそ生きていた頃は
ただの人間であった者も、その精神も持ち様によって地獄ではあの様に変化する事もある。」
なのはは完全にヒザが笑うくらい焦っていたが、この状況にあっても表情一つ崩さない
青年の肝は凄く据わっていると思えた。しかしその間にも地獄のケンカが続いている。
怪物化した者同士の壮絶なケンカ。それはもう前述の通りケンカのレベルを遥かに超越している。
身が切られ、骨が砕けるのは当たり前。脳や内臓が潰され、大量の血が噴出す。
「キャァ!」
なのはも思わず目を背けてしまう様な惨状だった。しかし、死ぬ事は無い。
どんなにグチャグチャにされようとも、ここ地獄でこれ以上死にようがない。
しばらくすればまた元に戻る。同時に地獄に落ちるような悪人だからこそ
あのような情け容赦の無い戦いが出来るのである。…とそうこうしてる間に
ケンカのドサクサに紛れて怪物化した人の一人がなのはに襲い掛かってきたでは無いか。
「嫌ぁ!」
怪物化した人間は釘バットと融合した腕を振り上げ、情け容赦無くなのはの顔面目掛けて振り下ろした。
「その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる!」
「キャア!」
「ま、死ぬ事は無いから安心しろ。死ぬ程痛いだろうけどな…。」
青年は助ける気は無いらしく、まるで他人事の様になのはに対しアドバイス(?)を送っていたが…
次の瞬間、吹っ飛んだのはなのはでは無く、なのはに襲い掛かった怪物の方だった。
「何?」
「みんな…あんまり調子に乗っちゃ駄目だよ…。少し…頭冷やそうか…。」
その時のなのはは先程まで泣き言を言っていたなのはとは全くの別人だった。
怪物に襲われると言う極限状態がなのはの内に棲む悪魔を目覚めさせたのである。
そして左手にレイジングハートを握り締め、右手は人差し指を立たせた状態で
その場にいる怪物達に向ける。直後になのはの足元に魔法陣が現れ、
指先から極太の魔砲を発射! 喧嘩両成敗的にその場にいる怪物達を
見境無く次々に撃ち飛ばして行くのである。
「ほぉ…面白い事が出来るんだな…。今の現世ではあんな能力を持った奴がいるのか?」
魔砲を連発するなのはに青年も感心していたのだが、そんな時また新たに何者かが現れた。
「ここにいたかデビルマン不動明!」
「ん!?」
青年の目の前に現れ、敵意を燃やす軍服に身を包んだ目付きの鋭い謎の美女。
「今度こそ決着を付けるぞ! デビルマン!」
謎の美女は巨大化し、純白の翼を持つ鳥人へ姿を変えた。
「シレーヌか!? 決着ならば既に以前付いたはずだが!?」
「あのような物を決着とは言わぬ!」
「仕方ないのか!?」
謎の美女が鳥人へ変身した事に合わせ、青年も変身、巨大化した。
純白の鳥人へ変身した謎の美女とは対照的に頭部に蝙蝠の翼の生えた悪魔の様な人間である。
そして巨大な怪物同士の対決が始まった。そのあまりの熾烈さにビルは崩れ、周囲にいた
怪物達も次々に下敷きになっていく。
「え!? うそ! あれがあの人なの!?」
次々降り注ぐ瓦礫をかわしながらなのはは変身した青年の姿に驚愕していた。
…と、その時である。巨大怪物同士の戦いによって発生した巨大なエネルギーの
流れ弾がなのはの近くに着弾し、なのはは強烈な光に包まれ吹き飛ばされてしまった…

「はっ…。」
なのはが目を覚ますと、そこは病室だった。
「なのはさん!」
「よかった! なのはさんが目を覚ましてくれた!」
なのはが寝ていたベッドの隣にはスバルとティアナの二人がおり、
涙を滝の様にボロボロと流していた。

後で詳しく聞いた話によるとなのはは訓練中の事故で気を失い、それから三日間寝たままだったのだという。
つまりなのはは死んではいなかったのである。いずれにせよ良かった。
しかし…じゃあなのはが見たあの光景は夢だったのか…?
それとも…眠り続けていた三日間の間に見た臨死体験と言う奴なのか…
それはなのはには分からない。そして本当にあれが死後の世界なのかも
本当に死なない限りは分かりようが無い。そしてまだ死ぬつもりもない。
仮にあれが本当に死後の世界の地獄だったとしても、なのははまだ生きている。
だからこそ死なない。本当に命の火が燃え尽きるまで…生き抜いてみせる。

おわり

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2007年07月16日(月) 19:02:00 Modified by beast0916




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