その他91

太陽の光が一段と強くなる中で、いつものような長話はようやく終わりに近づいてきた。

「さて、皆さん……私の話はここで終わりますが皆さんはスマートブレインの学生です」
「その誇り高き称号に恥じぬよう、上の上たる夏休みを過ごすように」

あーちくしょう! 暑い、暑い! 蒸し暑い……いったいなんなんだ今日の暑さは
いくら夏だからってこれじゃいつか絶対に倒れちまうぞ!
自慢にはならないがもう少し話が延長されていたら倒れる自信がある。

「……ったくなんでクーラーが効いてないんだよ」
「外にクーラーがあるわけないだろ・・・何を言ってるんだ」

俺は乾巧、18歳。高校2年生……なんだよ、年が合わないって?
他人より高校に入学するのが遅かっただけだ! 別に留年したわけじゃねえ!
とにかくこの『私立スマートブレイン高校(通称“脳学”)』に通っている高校2年生なんだよ!

「けど今日さえ我慢すれば、明日から夏休みだしいいんじゃないかな」

俺の後ろで話しているこいつは“澤田亜希”って名前で俺より2つ年下の16歳だが同じく高校2年生だ。
いつもヘッドフォンをつけて音楽を聴いている、手先の器用さは一級品で特に折り紙は上手い
さすがにこの場では身につけていないがまるで音楽が身体の一部になってるかのようだ


この名門中の名門である高校に入るにはそれなりに厳しい試験が必要なはずなのだが・・・
俺が普段バイトしている『菊地クリーニング店』で配達に行っていた時のこと
先程まで全校生徒に向けて挨拶をしていた“村上峡児”という校長の家に配達しに行った瞬間

[おお・・・素晴らしい、あなたは上の上を超えられる資質が充分にある]

と言われて半ば強制的に入学が決定されてしまったのだ、こっちの話も聞かずに。
当然バイトのこともあるし店長である啓太郎と店員その2である真理に相談したが

『いいじゃないそれ! タッ君ならきっと学校でも楽しくやれるよ!』
『そうだよ! 店のことは何も心配しなくていいから』
『いやバイトには出るけど……俺そろそろ19だぞ? もう遅いんじゃないか?』
『何言ってるのさ? だからこそ昔あの日に失った青春を取り戻す時なんじゃないか!』

真理も啓太郎も反対しないどころか賛同しやがった、あいつら俺をなんだと……ただのアルバイトか。
普段はあまり連絡をとらない親父達のところにも連絡してみた、すると

『是非入りなさい! 風来坊のおまえもいい加減落ちつかないとな!』
『応援してるわ! もし恋人ができたら連れてくるのよ!』
『できねえよ!』

――驚くどころか電話の向こうで涙を流して喜んでやがったのだ。
とどめに何時の間にかいやがった居候兼バイトの男が近づいて来ていつもの顔で言った。

『いいんじゃないかな? 君がいなければ俺達も幾分か平和に過ごせるし』
『君は学校生活を満喫するといい、少ない友達も少しは増えるかもしれないしな』


もちろんその後も金がないとか相応しくないとかいろいろ断る口実を使ったが
問題点はすべて向こうが解決してしまいそれどころか贈り物……というか賄賂を押しつけやがった。
ちなみに決して金関係の物を渡されたわけではない、しかし俺はそれが気にいった。
ついつい貰っておくと言ってしまいその時点でここに入学することは決定事項となってしまったのだ。

「……確かにあれは役立つけど、なんであんなものくれたんだろうな?」
「ん? ……ああ、あれかい? さあね、あの校長の考えることはわからないから。」
「そりゃそうだよな、知ってる奴がいたら顔を見てみたいぜ」
「まったくだね」

俺達の話し声に気付いたのか村上校長がこちらを睨む、すると怒鳴り声と共にいつものあれが飛んでくる

「こらそこ! 私語を慎みなさい!」

普通教師が投げるものはチョークと相場が決まってるのだがあろうことかこの校長は薔薇を投げつけてくる。
しかもスピードが速く人間の身体を討ち抜きかねないほどの鋭さを秘めている
一度誰かに大怪我させたこともあるという噂があるがその時にこんなことを口にしたらしい

『上の上が予想外のことに冷静に対応するのは当然。あの程度を避けれない下の下の生徒が悪いのです』

真実かどうかはともかく言いそうだ……まったく末恐ろしい校長だよな。
なぜここが最難関と呼ばれるのか今更ながらわかった気がするぜ

そして終業式も終わり明日から夏休み……なのだがまるで予定を立てていなかった。
澤田とは帰り道が一緒というか学生寮で暮らしているのだから一緒でも仕方ない。
歩きながら取り留めのない話をして寮までの道を歩いている。

「通知表はどうだったのかな、総合評価がどれくらいなのかを教えてほしい」
「中の上」
「へえ、やるね。俺は上の下だったけど」
「……つーかそのヘッドフォン付けてて暑くないのか?」

俺の突っ込みも澤田は馬の耳に念仏でまるで聞く耳を持たずにいつものように音楽を聴いている。

そしてまたもやこの単語がでたが脳学では通知表を数字ではなく言葉で表している
「上の上」から「下の下」まで9段階ほどある・・・ちなみにこれは校長の独断らしい。
私立だからたぶん問題はないのだろうが……わかりにくいのかわかりやすいのか。


「おや?」
「どうした澤田?」
「見ろよ、あいつは……」

立ち止まった澤田は真正面にいた一人の人間を指差していた、その後ろ姿は見間違え様もない
少しキノコっぽいような髪型といかにも真面目そうに制服を正しく着ているその男は……

「おいそこの偽善者!」
「・・・おれは木場勇治だけど」
「ああそうだったか?」

自分達よりひとつ上の学年にいる木場勇治だった。俺は偽善者と呼びがちだが
こいつはよくクリーニングを頼みに来る言わば常連客というやつだ。
真理のやつがどことなく気に入っているがそれがあの草加雅人は気に入っていない。

「……乾君、一応おれは先輩なんだけどな」
「年は俺と同じぐらいだろ、それより……また勉強か?」
「うん。そろそろ大学受験も近いからね」
「たしか建築技師になるとかって言ってたな……あんま無理すんなよ」
「ああ、ありがとう。」
「別に・・・」

誰かに礼を言われるとつい反射的にこんな態度を取ってしまうのはもう癖だった。
しかも俺は口が非常に悪い、少し口を開いて本音を喋っただけで学園中の人間から距離を置かれた。
それでもまだ普通に接してくれるのは木場と澤田を除けば殆どいない。
これではまた草加雅人にバカにされる、あいつの行動すべてが俺は気に入らなかった。
どうにかしてあの男を見返してやりたいと思ったが方法がない……そう考えていたときだった。

『ディエチ、クアットロ! 無事か……じっとしてろ、今行く!』

どこからか幻聴が聞こえてきた……と思ったがどうやらそうではないらしい。
木場も澤田も驚きながらも周囲を見渡しているが何も見えない
今度は声の聞こえてきた方向を見ると・・・猛烈な勢いで砂煙を上げながらなにかが迫ってきた。

『IS機動……! いくぞ、ライドインパルスッ!!』
「えぇっ!?」

撒き上がった砂煙の奥に見えていた人影が消えたと思った瞬間弾き飛ばされていた……木場勇治が
宙を舞い回転しながら美しい弧を描き地面に叩きつけられた、ああおしい
着地さえ成功していれば高評価・・・って違う、そうじゃねえ!

「おい大丈夫か、木場!? おい!」
「約束、して・・・俺の・・・俺のできなかったこと、君が・・・」
「ふざけんな! 俺が建築技師になれるわけねえだろ!!」
「確かにそれもそうだね……あ」

少々の打ち身ですんだことを運が言いと喜びながら制服についた泥を払って立ち上がる木場。
しかし手に持っていたはずの参考書は……不運なこと近くの川に落ちて流されていった
木場は笑顔でいるが少々落ち込んでいる、あの参考書は大事なものだったらしいが……

「……不運でしたね、木場勇治」
「ううん、いいんだ。俺の身体をあの参考書が守ってくれたみたいだから」
「だけどあんたは受験のことも……」
「仕方ないさ、また新しいのを買うことにするよ」

やはり落ち込んでいる……無理も無い、木場の奴は暇があればあの参考書でいつも勉強していたのだから。
あれは同じく建築技師である親から貰ったものでとても大切なものだと言っていた。
……買い直せるわけがない。参考書は買い直せてもあの本の本当の価値は戻せない。

意気消沈している木場を見ての俺の頭にだんだん怒りと血が登ってきて顔が真っ赤になっていく。
熱に弱い俺の頭はほとんどオーバーヒート寸前だったが不思議なことに行動は冷静だった。

「……おい木場、そこでじっとしてろ」
「乾君?」
「澤田は木場を見張っててくれ」
「おい…?」

俺は静かに呟きながらポケットの中から携帯電話を取り出す――それはただの携帯じゃない
“φ”のマークがついたその電話に特別な暗号を入力する。
"5821"『Auto Vajin Come Closer』
特殊音声が鳴り響いた数秒後、一台のバイクが無人走行して俺の傍にやってくる。

それは銀色のオフロードバイク[SB-555V]通称“オートバジン”と呼ぶハイテクメカだった。

「乾君? 何を・・・」
「……ちょっと行ってくるぜ」
「行くってどこに!?」
「乾君!!」

木場の言葉を聞こえないふりしてハンドル部分に下がっていたメットを被りオートバジンに乗った。
エンジンを吹かして走らせるとすぐにミラーから澤田と木場の姿は見えなくる。
もう何も聞こえない、聞く気もない……走り出した理由はたったひとつ。
あの時通り過ぎていった声の主を見つけること、それ以外にない

「許さねえぞあの野郎……絶対にとっ捕まえて、あの偽善者に謝らせてやる!!」

たとえどんな理由があったとてもあいつの大切な物を奪ったことだけは許せない。
俺は怒りと共にオートバジンのスピードをさらに上げて、怒りを乗せるかのように走り続けた。

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2007年08月04日(土) 19:32:53 Modified by beast0916




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