なのはStS+φ’s正伝2話

(ふぅ……いろいろあったけど、なんとかなったってことでいいかな?)

結論から先に言うとBランクの試験は残念ながら2人とも不合格だった。
しかし試験官の特別な計らいで本局武装隊の特別講習を3日間受けてから再試験をするとのことで…… 
さらに時空管理局本局・遺失物管理部こと機動六課へのスカウトの話まで飛び込んできた。
特定遺失物の捜査と保守・管理のための新設部隊のフォワードとして
やる気満々だったスバルと違い畏縮していたティアナもスバルの説得(?)に心を動かされ

「ったく何が悲しくてわたしはどこいってもあんたとコンビ扱いなのよ……まあいいわ
 巧くこなせればあたしの夢、執務官への短縮コース。ついでにあんたの御守もやってあげるわよ」
「……ふふっ、やっぱりティアはティアだね! あははっ」
「ちょっと何笑ってんのよ? まったくあんたも夢くらいあるでしょうが」

2人の機動六課への入隊はほぼ確定的となり今は帰る途中の電車の中
スバルは命の恩人にして憧れの人でもあり今は教導官となった高町なのはとの再会
そしていつかは同じ部隊に入れると思うと興奮を止められなかった。

「機動六課、かあ・・・」
「……ねえスバル」
「あれ? ティア、起きてたんだ」

その一方ティアナは試験中に起こった出来事について考え込んでいた。
それはもちろんいきなり落ちてきた赤い光とそこから現れた青年のことである。
とはいえ自分一人の考えでは答えはでないので仕方なくスバルにも聞いてみることにする

「あれっていったいなんだったと思う?」
「あれ?」
「試験中にいきなり現れて消えてったあの雪まみれ男」
「あーうん、それは私も気になってるんだけど……」

2人は試験中に突如発生した非常事態を覚えてるままに思い出していた。
ゴール直前でスバルがポカをやらかして激突寸前になったこと
いきなり目の前に落ちてきた赤い光と雪まみれの青年
その青年がいきなりポケットの中に手を入れた瞬間……

「またあの光がでてきて……いつのまにか消えちゃってた、と」
「……ねえティア? あれって夢だったのかな?」
「あんたねえ……あの時の激突で頭がおかしくなっちゃったの?」
「だっていきなり現れていきなり消えるなんて……」

ティアナはそれ以降何も聞こうとしなかったがスバルの言う事もわかる気がする。
確かにおかしいとは思っている。いきなり現れるだけならともかくすぐに消えてしまうなんて
あの男はなぜあの場所に現れたのかが掴めなかった

「アンカーガンを向けてもたいして驚きもしなかったし」

あの時ティアナは倒れた時も手放さなかったアンカーガンを
突き付け威嚇行動を取ったがそれは無視されていた。
その銃口の先にいるターゲットが誰か気付いてないはずはなかったのに

「八神二佐や高町教導官、それにハラオウン執務官はどう考えてるのかな……」
「あの前後だけ何も写ってないって言ってたよね?」

あの強力な赤い光が一瞬のことではあるがすべてのサーチャーの機能を停止させてしまっていた
八神はやてはその機能を回復させるための作業で外のほうにまで手がまわらず
そして高町なのははその光を直視したせいで一瞬だが目が眩んでしまった

つまりその青年――乾巧を直接確認できたのは目の前にいたスバルとティアナを除けば
肉眼でそれを見ていたフェイト・T・ハラオウンのみということになる
2人はもちろん3人の言葉を信じたが今は機動六課設立前、迂闊なことはできない
それにあくまで新設される機動六課の最優先任務はロストロギアの探索と調査である。

幸い巧が現れた瞬間のデータは撮れていないから外に漏れるようなことはないので
なのはとフェイト、そしてはやてからはこのことを決して口外しないように言われている。
いったいあの青年が何者なのか、目の当たりにしたスバルとティアナはかなり気にしていた。

(いけないいけない、今はそういうことを考えてる余裕はないはずよ)

雑念を振り払うティアナ。とにかく今は再試験のことだけを考えなければならない。
先ほどスバルが無茶をしたと言ったが彼女にそうさせた原因を作ったのは自分だ
だからこそ一人で合格しろと告げたが相棒はそれを受け入れず……こういう結果になった。

「ティア? どしたの、もしかしてまだ足が……」
「大丈夫よ、ちゃんと治療してもらったから」
「ならいいけど……うん、気になるよね」

(今はとにかく再試験に合格する事だけを考えるのよ……一緒に)
(……わざわざ念話を使わなくても、伝わってるよ)

 ティアナが顔を伏せたせいでスバルはその表情を見ることはなかったが
 大事な相棒と同じ気持ちでいられてる、それだけで彼女は嬉しかった

(夢…ぜったいに叶えようね)
(当たり前よ)

そして数日後、2人は再試験に見事合格しBランク魔導士へと昇格。
遠くない未来に機動六課の前線フォワード“スターズ分隊”の一員として戦うことになる。

一瞬で試験会場から姿を消した当の乾巧は月明かりに照らされるのも気にせずにギターを弾いている。
微風が巧の身体を吹き抜け熱を冷やすが彼にはそれが心地良く感じている。
巧は昔の一件で熱さ・暑さに関することはすべて嫌いとなっていた。

(もう10年か……意外と長生きできるもんだな)

彼はすでに人間として生きていた時間よりも長く、オルフェノクだった。
何をするわけでもなく、ただ生きている。生きて旅を続けている。
別に生きる理由はないがだからといって死ななければならない理由も特にない。
巧はもう10年間も生き続け……残り時間は確実に少なくなっていた。

それでもギターを奏でる巧の指は止まらない、止めたくもなかった。
もう弾き始めてから彼是1時間近くは経過しているだろう。

「おい……そこにいる奴、出てこい」

しかし誰かの足音と草を踏む音が耳に入ったのをきっかけに指が止まる。
巧はあの事故から全感覚が常人より鋭くなっていた。
光のない闇夜でも見渡せるその目に入ってきた人影は先ほど知り合った女性。
もう一人のほうは姿が見当たらないことを確認し少し安堵した。

「立ち聞きして申し訳ありません、つい聞き入ってしまいました。」
「おいそれ盗み聞きの間違いじゃないのか?」
「そう言われてみればそうですね」

金色のロングヘアーに紫のリボンらしきものを身につけた女性に
巧は何認めてるんだよ、と心の中で呟こうとしたが

「認めてどうすんだよおまえ、開き直りか?」

ご丁寧に余計な一言まで付け加えて口に出してしまった。
巧は良くも悪くも率直で隠し事ができない男である。
しかし目の前で物腰の柔らかそうな女性は軽く笑ってそれを受け流す。

(ふぅ……またやっちまったみたいだな)

誤解されやすい性格である巧は無愛想ではあるが決して無神経な人間ではない。
表情には出さないがこういう応対しかできない自分に深く悩んでいる。
しかし生まれつきの口の悪さは簡単に直るものではない。
そんなこともまるで気にせずに近くまで寄ってきた金色の髪の女性は巧に告げた。

「あの……申し訳ありませんが私たちはもう就寝の時間なのです」
「そうか。あのうるさい奴はどうした?」
「ヌエラならもう眠っています。」
「そうか、よかった」

女性は巧が先ほどまで奏でていたギターに吸い込まれそうになっていた。 
その余韻がまだ残っていたのかそれをじっと見つめている。
巧がそれを不審げに見ていると女性は失礼と感じたのか謝った。
別に謝る必要はないと巧は思った……案の定また口にしてしまったが。

その言葉を聞いた金髪の女性はただ微笑むだけだがその表情が巧を微妙な気持ちにさせる。

「正直に言えば、彼女にも聞かせたかったですが。」
「それだけはやめろ頼むから」
「いい音色ですね、そのギターというのはあなたの世界で流行っているのですか?」
「さあな……それよりカリム、ひとつ聞いていいか?」

巧はその女性――聖王教会所属の騎士でもある――カリム・グラシアに尋ねる。
再び巧の顔が真剣なものになり、カリムもそれにつられて少し真面目な顔になった。
一瞬言うべきか言わざるべきか迷ったがやはり口に出してしまっていた。
最後にギターを一心不乱に弾いていたとき、頭の隅でずっと考えていたことを。


「おまえは俺を……俺の音楽を誰かに、誰かに聞いてほしいって思うか?」


2人の間に冷えた風が吹いたがその問いにカリムは口を開きかけ少しだけ迷う。
外の風と共に流れてくる旋律と聞こえてくるギターの音色に導かれるかのように
足を進め気が付いたらそこに巧がいたこと、巧のギターに惹きつけられていたことを知った。

不意に風が止みそれを待っていたかのように口が開き、彼女の心から発せられた言葉は巧を驚かせる。


「私は……あなたのその音色をあなただけのものにしておくには惜しいと感じます。」
『俺には分かるんだよ、お前の中の音楽は外に出たがってる』

カリムが発したその言葉に、未だ夢に呪われたままの陽気な青年の姿が脳裏に過ぎった。
土下座をしてまで巧に弾かせたいと願ったかつての天才ギタリストの言葉が
その意見に賛同していた人々の思いが巧の心の中に波紋を発生させる。

「……そんな大袈裟に答えなくてもいいんだよ」
「大袈裟じゃないですよ、私は本当にそう思ったんです。」

“ 聖王教会 ”……ミッドチルダ・ベルカ自治領に所在するこの場所で
乾巧は今更ながら自分の置かれている状況をとてももどかしく感じていた。

そして取り戻せない時間は味わったことのない後悔へと変わり彼の心を揺り動かす……

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2007年06月26日(火) 20:45:22 Modified by beast0916




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