リリカルボウケンジャー1

 無音の闇が広がっている。
 それができたのは何時のことなのだろう、それともこの世界が創られた瞬間から存在していたのだろうか。それを識るモノはなく、また、それを識る術は無い。
 それは永劫の闇。
 星星の瞬きすら呑み込む、濃縮された闇。
 時間と空間、そんな概念すら忘却させる、希釈の闇。
 生命の輝きを、一瞬きで終わらせる、虚無の闇。
 闇の中では、光は呑み込まれるしかないのか。ただ悲鳴をあげることすらもできず、闇に敗北することしかできないのか。
 闇の前には、生命は無力なのか。
 光と闇の戦いは、闇の勝利に終わる運命なのか。
 ……否!
『否』と叫ぶその意思こそが、虚無を討ち祓う光芒となる。

***

「――ンっ」
 西堀さくらは強張った背筋を伸ばして、五時間の勤務の疲れを緩和しようとした。
 だが上手くいかず、逆に肩に違和感を覚え、右肩をぐりぐりとまわしてみるが、違和感はなかなか拭えない。
 座っているだけだから駄目なのは理解していたが、他の事をして観測任務に支障をきたすわけにもいかない。
 ダイボイジャーで宇宙空間探査任務についてから三ヶ月、そのことは身をもってよく知らされている。
 宇宙空間においては、石ころ一つでも巡航速度のダイボイジャーには重大なダメージを与える存在であり、その一撃ダイボイジャーが沈む可能性すらある。
 実際、出航して一週間ほどで、三十センチ程度の岩と衝突してしまい、それの修理のためにダイボイジャーは変形機構を失ってしまった。
 だからさくらは同乗している明石暁との相談で、交代で監視任務にあたることにしたのだが、それはさくらにとっては不幸なこと。
 広大な宇宙に、未知なるプレシャス、冒険を求めた暁とは違い。さくらにとってこの旅路は、想い人との二人きりの旅行でもあったのだ。
 仕事に私情を挟むわけではないが、宇宙に行ってしまえば二度と会うことができないかもしれない。それはさくらにとって何よりも怖かった、だから付いてきた。
 そこには、もしかしたら何か進展があるかもしれない、という期待もあった。
 限定された空間に男女二人きり、もしかしたら、ではなく、さくらの予定では確実に進展があるはずだったのだが。
 交代での寝起き、寝ても冷めても冒険のことばかり考えている冒険馬鹿。
 これは押し倒した方が早いんじゃないかと、考えもしたが――実行に移せるほどの勇気もなかった。
 二人の関係は進展もないまま、ようやく火星につこうかとしていた。
 さくらはモニターに表示されている赤い星を観て、不意に想った。
 かつて火星には生命が存在した可能性もあったといわれている。
 正確な所は解っていない。
 そうかもしれないし、そうでないかもしれない――それを調べるのも、今回の任務の一環だ。
 その時、宇宙空間航行船として改造された際増設された居住スペースへ繋がる扉が開かれ、暁が現れた。
「どうだ、火星の様子は」
 暁を見て、さくらは時計を確認したが、まだ交代の時間にはなっていない。
 そのさくらの様子をみて、暁は笑った。
「いや、なに、少し気になってな」
「はぁ」
 さくらは息を洩らした。
 宇宙にでても不滅の牙明石暁という男に変化はない、常に冒険に目を輝かせているのがこの不滅の牙。
 今は火星という新たなステージを前に、常以上に気が昂ぶっているのだろう。
「現在のところ、異変はありません。静かなものです」
「そうか、それならいいんだが……」
 いまいち煮え切らない暁の言葉。
「何か気になることでもあるんですか?」
「……それが――いや、なんでもない。忘れてくれ」
「はぁ」
 そう言われると余計気になるのだが、暁は言う気がないようで、中央シートに座ると。
「じゃあ、少し早いが交代にしよう」
「あ、はい」
 そういって、さくらが立ち上がった瞬間のことであった。
 観測システムに異常が起きた。
「これは」
 火星表面に熱量の発生。
 ダイボイジャーに搭載された熱源探知レーダーは、プラス十六…十七…十九……熱量が増大化していく、既に二三を超えた。
 それはこれまで観測されている限りの火星のデータにおいては、最大値の更新である。
 更新は続く。
「さくら、記録を――」
「採っています。ですが、これはいったいどういうことなんでしょうか」
「さあな、しかし、これは面白いことになりそうだ」
「――え?」
 暁の口には確かな笑みが浮かんでいた。
 それはこの状況においては狂気とも言える貌かもしれない、状況についていけなくなった狂気だと――しかし、違う。
 この男、明石暁に限って言えば、それは違う、この男はこの状況を愉しんでいる。
 それは酷く狂気に似ているが、その笑みは狂気などではなく、無垢なる子供の純粋な興味の笑顔。
 あれはなんだ?
 これからどうなる?
 ただそれだけを見ている、未知の状況に対しても刃向かうことなく受け入れ、それを凌駕してしまう。
 それが明石暁という男だと、ボウケンジャーとして共に戦っている間に学んだことだ。
 さくらは口元に笑みを浮かべた。
「取り合えず、一つ目の成果になりそうですね、明石さん」
「ああ。――む? 熱量の増加の目があるな」
「目、ですか?」
「ああ」
 さくらは一瞬意味を掴みかねたが、暁が熱量の中心点を指差して、台風の目と同じ意味だと気づいた。
「映像拡大します」
 さくらは操作板で指を躍らせ、モニター上に表示されている映像を、暁が示した熱量の目を中心に拡大。ダイボイジャーの眼が一瞬だけ宙間に瞬き、モニターの映像が変化する。
 そこに映し出されたのは、
「な――」
 さくらは言葉を失いもし、しかしそれをどこかで見たことがあるという錯覚を覚えた。
 火星の表面にいたのは、蛸――否、蛸という表記は正しくないだろう。
 その蛸はさくらが知るような、食用の蛸ではなく。軟体生物特有のグロテスクさをもったまま、直立で動いていた。
 それも一匹や二匹ではない、蛸は無数にいた。
 さくらは数を数えようとして放棄した、それだけ蛸は火星上に群がっており、それに加え増えていっている。
 いまや火星の表面の一部が、蛸で覆われ、地表が見えなくなっていた。
「親父でも連れてくれば喜びそうなシチュエーションだな――彼らとコンタクトを取れると思うか、さくら」
「……私的な見解になりますが、おそらく不可能かと」
「ほう、その理由は?」
「私たちには彼らと交感できる手段がないように思われます。
 変身して火星表面に降りても、私たちの声を伝えるだけの空気はありませんし、私たちが使用する言語を使える可能性もありえないでしょう。
 それにどのような文明か――私には彼らがこの瞬間に出現したように見えましたけど――存在するかは分かりません、
 ですからジェスチャーでの意思伝達も不可能に思えます」
 さくらは顔を青ざめさせながらも、それだけ言ってのけた。
 その回答に暁は満足し、自分の中にある回答とも符合することを確かめると、頷き。
「現在俺たちが優先すべき任務は、この映像を地球に伝えることだ。電信は可能な距離だったか?」
「……はい、タイムラグが生じますが、この位置ならば、地球への電信は可能です」
「よし、ならば、この映像をミスターボイスへ」
「了解」
 さくらはすぐさま行動に移し、事実映像の一部は地球にまで到達した――だが、それは、直ぐに遮断されてしまった。
 強力な電波障害かとさくらは考えたが、それは違った。
 ダイボイジャーの内臓電源が、全て消され、艦内が暗黒に包まれる。
「――チーフっ」
「慌てるなっ」
『そう、慌てない方がいい』
 暁とさくらの二人きりの艦内に、もう一人、聞き覚えのない声が聞こえた。
 さくらは周囲を見たが、暗闇で何も見えない。手探りで予備電源への切り替えをしようとしたが、うまくいかず、椅子から落ちそうになる――
 そこを暁の腕が抱き寄せた。
 さくらを太い腕で抱いた暁が闇に向かって呼びかける。
「誰だ。あの火星にいるものたちの首領格だと考えていいのか」
『その質問は難しい、そうでもあるし、そうでもないといえる――』
「なら、お前は誰だ」
『そうだな、答える理由はないが、答えておこう、答えるとすれば』
 暗転したモニターに、一瞬象形文字に似た線が表示され、それが瞬く間に変容していき、英語へと。
 Nyarlathotep
 モニターにはそう表示されていた。

***


『定置観測隊からの報告によれば、当該世界太陽系第四惑星火星にて、当該世界標準時刻紀元前2007年に異変が発生。
 それまで観測していた限り生物が存在していなかった、第四惑星に生物を確認されました』
 時空管理局・巡航L級8番艦。次元空間航行艦船アースラに持ち込まれたその事件は、難解極めていた。だがすべきことは決まっている。
『我々に与えられた任務は、当該宙域での調査です。
 アースラで第四惑星まで行きますので、ハラウオン執務官には当該宙域から発せられた電信の内容を受信した施設までいき、その内容の確認をお願いします』
 既に当該世界第三惑星地球に転送されたフェイト・T・テスタロッサは、空間モニターの向こうにいるエイミィ・リミエッタに頷いてみせ。
「了解」
 短く答えた。
 空間モニターの映像がエイミィから、フェイトの義理の兄であり、アースラ艦長であるクロノ・ハラウオンに切り替わる。
『本来ならば、君を行かせるような任務ではないのだが。どうやらその世界の情勢は不安定のようでな――それに、人手が足りないんだ』
 頬を掻き申し訳無さそうにいうクロノに、フェイトは小さく口元に笑みを浮かべ。
「分かっています。それよりも、そちらの方こそ気をつけてくださいね、何があるか分かりませんから」
『ああ、心配するな――じゃあ、君の働きに期待する』
 そういって空間モニターは切れた。
 フェイトは息を吐くと、事前に渡された情報を再確認することとした。
 フェイトが向かう先、それは――サージェス財団日本支部。


***


 サージェスレスキュー、それが現在の彼の肩書きである。
 大規模災害に出動し、被災者の救出や、火災の鎮圧が彼の役目だ。
 しかし、サージェスレスキューはまだ彼一人しかおらず、彼の仕事には定められた休日というのは存在しない。
 だが彼にとって、この仕事内容に不満はなかった。
 今日の闘いの場は水族館。
『すまない。施設地下最奥部に、施設職員が五名ほど取り残されている。我々も部隊を派遣したが、』
「ア? 何かあったのか」
『二十分経過しても連絡がつかない』
「つまり、ソイツらも連れて来いってこったろ?」
『ああ、……頼む』
 たった一人のサージェスレスキュー/高丘映士は手の甲でくいっと鼻の下を擦ると、口端を釣り上げて笑った。
「俺様に任せろ――ゴーゴーチェンジャー、スタートアップ!」
 そういって、不敵なまでの自信を鎧いボウケンシルバーは今日も自らの戦場へと赴く。
 
***

 水族館内部は、現在外部による水抜き作業を行っている最中であるが、映士/ボウケンシルバーの目にはそうは見えなかった。
 漏れ出した水と魚で、水族館の地下全体が水族館と化していた。
 入り口付近では、逃げ出した魚の救助活動を行っているが、水面付近に来るのは小魚ばかりで中々捗っていないようだ。
 電源を直ぐに切断したから良かったものの、流れたままであれば、凄惨な状況になっていただろう。
 土産モノコーナーから流れ出してきたお菓子やぬいぐるみを払いのけ、こんな状況でも騒がずゆったりと泳ぐエイの隣を並泳し、ボウケンシルバーは施設内を進んでいく。
 施設内は迷うような複雑さもなく、まず二人を見つけると、地上まで連れて行き、再び潜った。
 その際、現場指揮官から施設内の水抜き作業の様子を聞かれたが、内部に変化がないことを告げると。
「まあ、そうだな。少ししたら変化も起きるだろう、水抜き用の設備は正しく起動した」
「おうっ」
 潜ってみても変化はないように思えた。
 それに先行しているレスキュー隊員が見つからないのも、不思議な話だった。
 その理由は焦らずとも、施設を進んでいくことで判明した。
 施設最奥に位置する展示物は深海魚、途中鮫と遭遇したこともあり、映士は今回の任務にいつになく乗り気になっていた。
 父と世界を駆けていた頃も、ボウケンジャーの一員としてネガティブとの戦闘をしていた頃も、遊ぶ暇は少なく、水族館になど来たことがなかった。
 だから、鮫を見たのもこれが初めてだったのだ。
「食ったら美味そうだったな」
 どうにもシンプルなのがこの男である。
 最奥部に到達しても、周囲環境は水によって満たされていて、けれどその水は濁っていた。
 そして――
「アアッ?」
 そこには、ダイビングスーツを着た人間の一部が漂っていた。
「な、おいっ、嘘だろ」
 無残にも引き裂かれ――いや、食い千切られたような、人間の残骸。それも一つや二つではなく、無数に。
 映士はアクセルスーツ頭部のライトを左右上下に向け、生存者を探す。
 生物相手には反応しないサガスナイパーサガスモードを起動して振り回すが、誰も見つからない。
 ――いや、見つけた。
「なんだ、テメエら」
 水槽の奥に立ち、何かを喰らう異形の獣たち。
 映士には見慣れたものであり、こういった光景も少なからず見てきた。
 だが、だからといって赦せる様なものではない。
「テメエらがやったのか、テメエらがやったのかって訊いてんだよっ! サガスナイパー、スナイパーモード!」
 ボウケンシルバー専用ボウケンアームズであるサガスナイパーを手動で変形させ、狙いを付けるのも素早く、引き金を引く。
 映士とそう変わらない身長の、魚か蛙によく似た異形は、喰らうのに夢中で逃げ遅れ、半数の三体を撃ち抜いた。
 残り三体、サガスナイパーを再変形、サガスピアへ。
 後ろ手に構えると、壁を蹴り、勢いをつけ突撃。
 異形どももまた、床を蹴り、人間と同じ五本の指のまたにある水かきで、水中を突き進み突撃してくる。
 映士の知識にはこんな生物の存在はない。
 人間――いや、類人猿によく似た体つきで、蛙面、水かきを持ち、鰓まで持つ、ぬらぬらとした肌のそれが何かということは映士にとってはどうでもいいことだ。
 彼は以前、これと似たようなものとも戦ったことがあった。
 進化のレールを外れた存在――アシュ。
 こいつらが何者だろうが知ったことではない、どうせアシュの一種だろう。重要なのは、一つ、こいつらが人間に危害を加えた、それが重要だ。
「うおおぉぉぉぉぉっ!」
 気迫一閃、先頭の異形を二つに割り、返しでもう一体の鰓を突き、最後の一体を蹴り飛ばし、サガスナイパーへ再変形、体勢を崩した人型蛙へ撃つ。
 瞬く間に殲滅したが、しかし、自分の遅さに映士は苛立った。
 救えなかった。
 その後悔が映士を苛もうとする――が、事態はそれを許さなかった。
 人型蛙たちが立っていた場所を良く見れば、大穴が開いていることが分かっただろう。
 その大穴は、どこかへと繋がっていた、そうとしか考えられない事態が生じた。
 大穴から何か――それを何かと言われれば、それは肉で編まれた縄、或いは肉の触手。赤黒い体色の触手が、大穴から溢れ出し、
「あ? ――っ」
 映士を捕らえ、大穴に引きずり込んだ。


***


 現代の科学水準を超えた危険な力を持つ秘宝――プレシャスを、安全に管理する為に創られたのが実働チームボウケンジャー。
 彼らの任務とは、プレシャスの探索であり、プレシャスを狙うネガティブシンジケートからプレシャスを護ること。
「……要は時空管理局をスケールダウンした組織、か」
 フェイトが接触することとなったのは、サージェス財団の代表でありボウケンジャーへ指令を与える存在、ミスターボイス。
 火星宙域から発せられた電信は、サージェスミュージアムで受信されたらしく、フェイトはミュージアムを訪れていた。
 クロノから与えられた情報によると、ボウケンジャーの隊員は通常時、ここで学芸員をしているとのこと。
 その居所さえ掴めない、ミスターボイスへの直接接触手段が存在しない為、ボウケンジャーを介して接触することにしたのだが。
「……うわ」
 海鳴市にも同様の施設は存在したし、小学校時代見学に行ったこともあったが、サージェスミュージアムにあるものは一味違っていた。
 恐竜の骨格標本が幾つも並び、近代の発明品――特にレオナルド・ジョルダーナの作品を再現したものが多数展示されていたり。
 触れることはできなかったが、百鬼鏡や初音の鼓、風水羅板、ハーメルンの笛といったロストロギア指定を受けていいものが展示されていた。
 中でも、シンデレラの靴を見つけた時、フェイトの目は輝いていた。
 ガラスケースの中飾られたシンデレラの靴には、フェイトも聞いたことがあり、一瞬仕事を忘れて見入っていると。
「よお」
 いつのまにやら隣に一人、黒いジャケットを着た男が腕を組んで立っていた。
「これ好きなのか」
「え、あ、まあ」
 一時とはいえ、気を抜いてしまっていたせいで、少々声が裏返ってしまった。
 男はふんと鼻を鳴らすと。
「ま、見てくのはいいけどよ、学校は大丈夫なのか? こんな時間に来て」
「――え」
 時刻は朝十時、フェイトの見た目は中学生そのもの――その心配は当然といえた。
「はい、今日は休みなので」
「そうか、なら楽しんでってくれ。分からないことがあったら――そうだな、黄色か青のジャケット着た奴に訊いてくれ」
 そういって立ち去ろうとした男の、ジャケットの背にSGSの三文字――ボウケンジャーは普段ミュージアムで学芸員をしている。
「待ってくださいっ、貴方、ボウケンジャーですよね」
 フェイトがそう叫ぶと、男は何もないところですっころびそうになりながらも、振り返り、面倒臭そうに応えた。
「そうだ。ボウケンブラック、伊能真墨。なんで知ってるんだよ」
「それは、……私は時空管理局執務官フェイト・T・ハラウオン、サージェス財団代表ミスターボイスとの対面を希望します」
 真墨の顔が微かに歪んだ。
「わけわかんねぇが……取り合えず、付いて来てもらおうか。ミスターボイスのこと、誰から聞いたか、聞かせてもらう」
「はい」

***

 ミュージアムから直結で繋がっているサロンルームにフェイトは通された、その道のり、真澄は口を開かず、フェイトもまた沈黙していた。
 だが、不快な感じはしなかった。
 苛立っているようだったが、それはフェイトへ向けられているのではなく、別の誰か――サージェスへと向けられているように感じた。
 それもそうだろう、見ず知らずの少女に組織のこと――どうやらミスターボイスとは、内部で使われる暗号のようだ。――を知られているのだから、その情報管理能力を疑いたくなるのも仕方ない。
 けれど、時空管理局の前には、この程度の秘密を知ることなど容易なのだ。
 そのことを説明すれば、真澄の苛立ちも消えるかと思い、説明しようかとも思ったが、その前にサロンについてしまい機会は失われた。
「おいボイス、出て来い。客だ客」
 乱暴な口調で叫ぶ真澄にフェイトも驚いたが、サロンにいた二人の男女も声をあげて驚いた。
 ソファに座って、パソコンを弄っていた青いジャケットを着た男が立ち上がり。
「なーに怒ってんの? ていうか、お客って――この子?」
「ああそうだ」
 青いジャケットの男はフェイトを見て、ふーんと感心したように唸ると、にっこり人のいい笑みを浮かべ。
「ね、かーのじょ。僕の名前は最上蒼太、蒼太って呼んでね」
「あ、はい」
「名前知りたいな、教えてくれる?」
「フェイト、フェイト・ハラウオンです」
「フェイトちゃんか、いい名前だね。後でお茶でも――」
 さりげなくフェイトの手を握ろうとした蒼太の服を引き、真墨が苛立った口調で叫ぶ。
「ガキ口説いてんじゃねぇっ」
「おっと、ひどいな、お茶くらいいいじゃない」
 そう言いながらも、蒼太は肩を竦め下がったのだが、給湯室にいた黄色いジャケットのフェイトより年上のツインテールの少女が、フェイトを見て、目を輝かせた。
「きゃー」
「――っ」
 黄色いジャケットの間宮菜月は、怯えるフェイトに抱きついた。
「かわいいー、誰この子。ねえ真墨ぃ、この子誰ー」
 頬ずりしてくる菜月にフェイトは戸惑いながらも、
「私はフェイト・T――」
「いちいち律儀に答えなくていい、いい加減話がすすまねぇっ。菜月も誰とも分からない内から抱きつくな」
「えー、だって可愛いよ。ねぇ、ズバーン?」
 一瞬、菜月が言った言葉の意味が理解できなかった。なんで語尾にズバーンと付けるのだろうか、と。
 その答えは――
 菜月の腰に付けられていた黄金の剣が、外れ、地面に落下する直前、変形、巨大化した。
 人間の男性と同じほどの身長の、黄金魔人にフェイトは言葉を失った。
 無機質ともいえる対の瞳がフェイトを捉え、
「あ……えと…はじめまして」
 思わず挨拶するフェイトに、黄金魔人は。
「ズン、ズバーン。バンバン」
「え、あの」
「ズンズン、ズン、ズバーン」
「……あ、あの」
「ズバーン」
「……ずばーん」
「ズバーン、バンバン」
 ズバーンは最後に一度、フェイトの肩を叩くと、これで出番が終わったというように剣に戻り、菜月の腰にくっついた。
 隙をみてフェイトを誘おうとする蒼太、終始笑顔の菜月、菜月に抱きつかれ困惑したままのフェイト――真墨はうんざりしたように、ため息をつくと。
「とにかく、ボイス。いいからとっとと出て来い」
 その言葉にサロンの奥の壁一面に埋め込まれた三台のモニターが、それまで外の風景を映していた状態から変化し、
「そんなに呼ばなくても聞こえてるよ」
「ならとっとと出て来い」
「もー、真墨クンは厳しいなあ」
 三台の中央モニターに、銀色の逆三角錐に目と口がついたキャラクターが表示された。
 それはにっこりと微笑むと、左右のモニターに表示された手を動かしながら。
「まあいいや。それよりも、フェイト・T・テスタロッサちゃん?」
「あ、はい」
「初めまして、ボクがサージェス財団代表ミスターボイスだよ」
「アナタが……」
 フェイトはその姿――モニター上に表示された逆三角錐を見て、絶句した。
 姿を見せない理由は理解できるが、それでもこんな形の代弁者が現れるとは思ってもみなかった。
 おちょくられてるような気すらしたが、しかしボウケンジャーの反応を見る限り、この逆三角錐がミスターボイスのようだ。
 フェイトは表情を改めると。
「初めまして、時空管理局執務官フェイト・テスタロッサ・ハラウオンです。今回訪問させていただいた理由は――」
「うん、それについては今からボイスが説明しようと思っていたところなんだ」
「――え?」
 驚くフェイトを横目に、真墨はボイスを睨みつけ、蒼太があれと口を開いた。
「ということは、ミスターボイスはフェイトちゃんが来るの知ってたんですか」
「うん、久しぶりに会った友人に教えられてね。フェイトちゃんが来ることも、これからきみたちがどうすればいいのかも聞いたんだ」
「その友人て?」菜月が小首を傾げる。
「古い古い友人さ、てっきりもう会うこともないと思っていた……じゃあ、話そうか、あったことと起きること、それにどうすればいいかを」

***

 時空管理局の中枢が存在し、次元世界の中でも高度に発達した文明を持つ世界のうちの一つ――ミッドチルダ。
 その時空管理局本部にある無限書庫に、一人の少年がいた。
 今は昼時、本来ならば業務時間外ではあるのだが、彼は友人であるクロノ・ハラウオンのためにあることを調べていた。
 それというのも、一時間ほど前、ある次元世界に調査のため飛んだクロノから連絡があったのだ。
 クロノはいつになく冷静さを逸しており、唐突に空間モニターで彼の前に現れると、一歩的にも言ったのだ。
『フェイトに伝えろっ、HGウエルズ、宇宙戦争、……だっ。いいな。これから起きようとしているのは宇宙戦そ――』
 一歩的に途切れた空間モニター、それから彼側から連絡をつけようとしても、クロノ/アースラには繋がらない。
 彼はクロノから与えられた言葉を、正確に伝える為、クロノの言葉を無限書庫で調べていた。
 現在、片付けの最中である無限書庫からその情報を得るのには時間がいった。
 ハーバート・ジョージ・ウエルズ、イギリスの小説家、SFの父とも言われている。
 宇宙戦争とは、どうやら彼の著作のようだ。
 宇宙戦争――1898年に書かれたSF小説。20世紀の初めに火星人が地球に到来し、地球を侵略する様子を英国人男性による回顧録書かれた作品。
 それが調べ終わっても、なんでクロノがフェイトにこのことを伝えろと言ったのか分からなかったが。
「うーん、どういうことなんだろ?」
「ンー? なんか悩んでる?」
 昼食から帰ってきた――もとい、フライドチキンを咥えて、現在昼食中のアルフが彼に訊いた。彼がそれを伝えると、アルフは簡単に答えた。
「あれじゃないの? ほら、フェイトたちが調査にいったのって、あっちの世界の火星でしょ。ほらその小説の舞台にさ」
「あ、火星」
「だから、その小説みたいなことが起きるんじゃないの……えーと、火星から、侵略者?」
「そんなっ」
 驚いたが、しかしクロノは冗談をいうような男ではない、少なくとも下らない冗句は。
 だから、アルフの予想が正しければ――
「空間モニター……フェイトっ」
 空間モニターを表示させたが、
「え?」
「うそ」
 フェイトにも通じず、砂嵐のような画面を表示するばかり。
 だが、フェイトたちのいる世界に通じないような距離ではない、それが示すのは何らかの異変が起きているということ。
 だが、既にクロノからヒントは与えられている、打開策は存在するということだ、フェイトにさえ伝えられれば。
 彼/ユーノ・スクライアは無限書庫から出ると、アルフに
「通信が回復するのを待つより、クロノたちに応援を派遣した方が良さそうだ」
「そだね。じゃあ、あたしが管理局の方に連絡入れといてあげるから、ユーノはなのは呼んどいて」
「――ふぇ?」
「必要でしょ、こういう時にはさ」
 アルフはにひっと笑うと、振り返り管理局へ報告へ行こうとしたが、足を止めた。
 そこには、一人の少女と四人の騎士が立っていた。
「んー? なんの話ぃ?」


***

「明石クンたちから連絡があったのは、今から二日前――連絡というべきではないのかもしれない。送られてきたのはほんの一瞬の映像」
 ボイスが消え、その変わりに映像が映し出された、それを見て真墨は首を傾げた。
「なんだこりゃ」
「岩……どこかの星ですか?」
 蒼太が訊くと、映像が拡大。それを見て、菜月が短い悲鳴をあげた。
 何か分からなかったそれは、隙間なく群がる赤色の蛸。
「なんだよ、これ」
 真墨が先程と同じことを呟いた、それへフェイトが思わず口走った。
「まさか、……火星人」
 ボウケンジャー三名が、思わずフェイトを振り返った。
 沈黙する四人。
 蒼太、軽やかに笑うと。
「まっさか、そんなわけないですよね。ミスターボイス」
「それが、そのまさかなんだ」
 ボイスは映像を消すと、再び、自らをモニターを映すと。
「今君たちが見たのは火星人、火星人と呼称される存在で、彼らの目的はこの地球を侵略することだ」
「冗談だろ」
「そう言いたい所なんだけど、今回ばかりは無理なんだ。それにこうして話している暇はない、彼らの先遣隊は既に派遣されている、ボウケンジャー、火星人を迎え撃ってくれ」
 真墨はチッと舌打つと、モニターに背を向け。
「ボウケンジャー、出動だ」
「もう少し詳しく聞かせて欲しいところなんだけど」
「グチグチ言うな蒼太」
「はいはいってね」
 歩いていく三人を見ていたフェイトへ、ボイスが言った。
「できたら、君の力を貸して欲しい」
 フェイトは青い瞳でボイスを見据えた、言葉の裏を知りたかったからだが、傀儡人形をいくら睨んでもそんなものは解らない。
「君が乗って来たアースラとも連絡が取れなくなっている、彼らを救うためには今現在、この状況を打破する必要がある、だから――」
「分かりました」
 フェイトは頷いた、現在起こっていることは、明らかな異常事態だ。これを放っておけるほど、フェイトはのんきではなく。
 フェイトは困っている人たちを見捨てられるような少女ではない。
 自らの力できることならば、全力を尽くすのがフェイト・T・ハラウオンという少女なのだ。
「微力ですが、協力します」
「ありがとう」
 ボイスの礼にフェイトは再び頷き、ボウケンジャーの後を追った。

 誰もいなくなったサロンに、ぽつり、ボイスの呟きが響いた。
「間にあってくれよ、鋼造クン」

***

 火星から向かってきているという、火星人の部隊が降下するであろうポイントは既に監視衛星からの映像で判明していた。
 各国は部隊を展開しようとしていたが、火星人を迎え撃つという、夢のような話にそれは遅遅として進んでいない。
 火星人の第一降下ポイントは――ロンドン。
 十台のビーグルからなるアルティメットダイボウケンは、その紅の翼で向かっていたが、しかし間に合いそうになかった。
 既に空には幾筋もの降下の帯が流れていた。
「くそ、間に合わないってのかよ」
 ボウケンブラックに変身した真墨がハンドルの上部を叩いた。
「でもこれ以上速くは飛べないよ」
 ボウケンイエロー/菜月がおろおろしながら言う。
「どうすれば、いいんだ」
 ボウケンブルー/蒼太がそう言った時、シートに腰掛ていたフェイトが立ち上がり、コクピットから出て行こうとした。
 それにボウケンブラックが気づき。
「おい、どうする気だ」
 訊くと。
 フェイトは桜色の唇に、うっすら笑みを浮かべ。
「私が先行します」
「先行? どうやって」
 フェイトは祈願型インテリジェントデバイス〈バルディッシュ・アサルト〉を取り出し。
「こう見えても私、魔導師なんです」
「――え?」
「バルディッシュ、セットアップ!」
 フェイトの言葉に反応し、〈バルディッシュ・アサルト〉が黄金の煌きを見せる。
 閃光が消えると、そこには先程までとは、全く違う姿のフェイトが立っていた。
「うわ、すご」
 菜月が素直な感想を洩らした。
 黒依の上から黒い外套を纏い、金の髪は左右で二つにまとめられ、その手にはインテリジェンスデバイス〈バルディッシュ・アサルト〉その真の姿、ベルカ式カートリッジシステム『CVK792-R』を組み込んだ閃光の戦斧。
 真墨はその姿を見て、マスクの下でふんと鼻を鳴らすと。
「任せる」
「了解」

***

 フェイトはアルティメットダイボウケンから出ると、風向きを確認しながら、飛び降り飛翔する。
「ブリッツアクション」
 短い詠唱、
「Yes Sir !」
 直後、フェイトは閃光の弾丸と化した。

 敵の数は目視で分かるだけで十五、それを地上に落着する前に撃墜しなければならない。
 幅十メートルクラスの弾丸が地球を穿てば、どれだけの被害が出るか。
 なんとしても阻止しなければならない、フェイトは火星人の降下カプセルの下方に回りこむと、迎え撃つべく。
 黄金のが展開環状魔法陣が精製される、魔力光が溢れる。ベルカ式カートリッジシステムが唸りをあげ、連続的にロード/ロード/ロード/ロード。
「いくよ、バルディッシュ。――撃ち貫け、轟雷! プラズマ・スマッシャー!!」
 フェイトの叫びが、バルディッシュ・アサルトを介し、咆哮する。
 純粋魔力はまるで下から上へと突き上げる、逆転した稲光のように迸り、火星人の降下カプセルを飲み込んだ。
 フェイトは勝利を確信した。
 必要ないかとも考えたが四発ものロード、状態異常の魔力を注ぎ込んだAAAクラスの中・近距離砲撃魔法。
 ――だが、
「……なにっ」
 火星人の降下カプセルは確かに、フェイトの攻撃によって粉々になったのだが、それはあくまで外殻でしかなかったのだ。
 殻を破ってその中から、入りきるわけのない量の同様の降下カプセルが出てきた。
「――なっ。圧縮魔法?」
 迎撃を予測していた火星人たちは、事前にくす玉方式での魔術的降下カプセルの精製に成功していたのだ。
 迫るカプセル群を前に、フェイトは一瞬対応が遅れた。
 それは全力に近い形で魔法を撃ち、その上で予測を大幅に凌駕された結果。
「――くっ」
『アルティメットブラスター!』
 フェイトに衝突しそうな降下カプセルが、アルティメットダイボウケンの放ったブラスターによって砕け散り。
 破片が降り注ぐ前に、アルティメットダイボウケンがフェイトを庇った。
『大丈夫か』
 フェイトはアルティメットダイボウケンの手に乗ると、真墨の声に頷き。
「すいません、失敗しました」
『謝るのは後だ。今は連中を止めるのが先決だ』
「了解」
 フェイトは手から飛び降りると、再び降下カプセルを追った。
 既に降下カプセルは地表まで後数百メートルもなかった。
「ジャケットパージ、ソニックフォーム!」
 フェイトを鎧っていたバリアジャケットが弾け、黒衣だけになり、光速で降下カプセルを追撃する。
 それは風よりも早く、瞬きよりも速く、刹那よりも迅い。それは雷迅。
「うおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 既にフェイトの発動できる魔法では、地表にダメージを与えない限り、降下カプセル全てを殲滅することはできない。
 なのはならば、あれらだけを狙い撃つことも可能かも知れない。
 ここになのはがいれば、そう願っても――なのははいない。
 今、フェイトにできることは、フェイトにできる限りのことをすることだけ。
 環状魔方陣が展開しながら、バルディッシュをザンバーフォームへ。
「アルカス・クルタス・エイギアス……」
 一機の降下カプセルにザンバーの光の刃を突き立てると、
「疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル」
ザンバーをアックスモードへ、ロード、爆発する降下カプセルの上で、次なる魔法を発動。
「フォトンランサー・ファランクスシフト!」
 精製される光球は五十、そこから同高度にいるカプセルに向かって、斉射。
 次々にカプセルが蜂の巣になり、爆発、炎上。
 圧倒的火力の前に破壊される侵略軍。
 撃ち尽くすと、フェイトは爆発するカプセルの上から飛び上がった。
 見ればアルティメットダイボウケンも落としていたようで、半数以上のカプセルを破壊することができたが、まだ半数以上が残っていた。
 そしてそれらは、地表に衝突した。
「Defensor Plus」
 バルディッシュ・アサルトが主を護るべく、自動詠唱を行った。
 この一撃で、逃げ遅れたロンドン市民の三分の一が死亡した。
「……遅かったの」
『まだだ、まだ終わってないっ!』


 続く

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2007年06月15日(金) 18:10:41 Modified by beast0916




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