愚者の書1話
『我輩は猫である。名前はまだない』
……なんだこりゃ? つまりホームレスの猫の話だってのか? 理解不能、理解不能。
っていうかホームレスじゃなくて、猫なら野良だな。野良猫に名前がねーのは当たり前だ。なんだ、理解可能。つまらん。
おれは途端に興味を失って、覗き込んでいた本に尻を向けた。
やっぱり人間の考える事はよくわからねーぜ。こんな当たり前の事を書いた本が売れるんだからな。マヌケな奴らだ。
そもそも『犬』である俺が本を読もうなんて考えたのが悪かったのだ。
チクショー、『平穏』が一番だが、それと『退屈』は違うぜ。ロクな事が思い浮かばねえ。
おれの名はイギー。アホな本の猫のように自己紹介すると、おれは犬である。
しかも、ただの犬じゃあないぜ。とびっきりの能力と知性を兼ね備えた最高の犬さ。
外に出れば、おれの力に恐れをなした野良犬どもが帝王にのし上げちまう。そんな生まれながらのキングがおれだ。
一時は金持ちの飼い犬になってた事もあったが、人間ってのがどうしようもなく大マヌケなモンだと理解してからは野良を続けている。
その気になれば、逆に人間を支配しちまう事もできるんだが、そんな面倒くさい夢はおれにはねぇー。
おれは気ままにちょっとゼイタクして、いい女と恋をして、なんのトラブルもねえ平和な一生を送りたいだけだ。
だが、おれのように選ばれた人間ならぬ犬ってのは、ワケのわからねえ運命って奴に翻弄されるのが常らしい。
悠々自適な野良犬ライフをエンジョイしていたおれは、ある日を境にとんでもない戦いに巻き込まれる事になっちまったのだ! チクショー!
おっと、だが結果だけ言えば、それももう過去のことになっちまった。
散々痛くて苦しい思いをしまくったクソッタレな戦いも、今はもう終わった。
少なくとも、おれの戦いは終わったのだ。後の事はどうなったか知らねえ。
そして今、おれが一体どんな生活をしているかというと―――。
「ん? なんや、イギー起きとったんか。おはよう」
能天気な声と嗅ぎ慣れた匂いが近づいて来たので、おれはそっちを向いた。
犬のおれに『おはよう』なんて頭のゆるい事を抜かしやがる車椅子の天然娘。コイツは『はやて』という。
おれは今、このパープリン女の家に住み着いていた。
―――おっと! 早速勘違いなんてしてくれるなよ? おれは別にコイツに飼われてるわけじゃねえ。
むしろおれは、この娘の懇願を受けてこの家に『居てやっている』だけなのだ。本当だぜ?
障害を持っているクセに、コイツはこのクソ広い家に一人で住んでいるらしい。
おれにしたら、なんともうらやましい限りの生活だが、やっぱり人間は分からねえぜ。一人だと寂しいんだとよ。
喋れねえおれに散々話しやがった内容は、結局その一言に尽きた。
一人じゃ生きていけねえ、なんて人間の貧弱さを証明する言葉だ。
正直、おれを愛玩ペットとして家に置くようなつもりなら、その日の内に即行で逃げ出してただろうぜ。屁の一つもかましてな。
だが、コイツは馬鹿っぽいが、なかなか理解力のある奴だった。
犬に話しかけるようなマヌケではあったが、犬のおれに対しても真摯なその態度は見所があると思ったのだ。
何より、実はコイツには借りがある。
例のとんでもない戦いでズタボロになってくたばりかけてた俺を助け、その後の世話までやってくれた物好きな奴なのだ。
その恩を返そうなんて馬鹿な事考えたわけじゃないが……ま、完全に傷が癒えるまで世話に『なってやる』くらいは思ったのさ。
そんなワケで、『八神はやて』の世話になって数日。
退屈極まりないが、今のおれには十分ありがたみを感じられる平穏な日々を過ごしていた。
朝っぱらから何がそんなに楽しいのか、おれを見るたびに浮かべる『はやて』の笑顔。
何やら期待を込めた視線を注ぎまくるのがウザいので、仕方なくおれは挨拶代わりに視線を返してやった。
「うん。そんなら、すぐにご飯にしよな」
面倒くさそうなおれの一瞥を一体どう受け取ったのか、はやては満足そうに頷いて台所へ向かって行く。
ケッ、ホントにわかんねェー。何がそんなに嬉しいんだ?
……ま、別にいいぜ。
この程度の愛想振るだけで飯が出てくるなら、自販機よりもお得ってもんだ。
車椅子のまま器用に調理をするはやての背中を眺めながら、屁をこく。
こうして眺める光景も、大分見慣れてきた。
「ご飯やでー」
おれの鋭敏な嗅覚が芳しい香りを捉え、はやてが呼ぶと同時に俺は三本しかない足で立ち上がった。
椅子に座ったはやてのすぐ傍の床に置かれる、おれ専用の皿。ご丁寧に名前まで書いてある。
おれがこの家に来た時、はやてが嬉々として用意した物だがこれには正直うんざりだ。
しかし、別にドッグフードでも構いやしねーが、はやての作る飯はウマイ。それだけはご機嫌だ。
『いただきます』をする習慣のないおれが即行で飯をがっつくのを何故か嬉しそうに見守って、はやても飯を食い始めた。
ンまぁーい!
やはり、はやての料理の腕だけは認めてもいい。
元野良のクセに人間に施しを受ける事をとりたてて惨めに思った事は無い。
ッツーか、おれは野良は好きだが、そーいうプライドという奴は面倒だから持たない主義だ。
飯を貪るおれを時折楽しげに眺めるはやての視線を毎回のように感じて、それに慣れている自分にちょっぴり呆れる。
はやてと並んで食う飯―――それに違和感を感じなくなったのは、いつからか。
おれは馴れ合いや愛想ってのが嫌いだ。
だが……まあ、馴染むモンだなぁ、と思うのだった。
そいつは、別に悪いコトじゃねーさ。そうだろう?
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……なんだこりゃ? つまりホームレスの猫の話だってのか? 理解不能、理解不能。
っていうかホームレスじゃなくて、猫なら野良だな。野良猫に名前がねーのは当たり前だ。なんだ、理解可能。つまらん。
おれは途端に興味を失って、覗き込んでいた本に尻を向けた。
やっぱり人間の考える事はよくわからねーぜ。こんな当たり前の事を書いた本が売れるんだからな。マヌケな奴らだ。
そもそも『犬』である俺が本を読もうなんて考えたのが悪かったのだ。
チクショー、『平穏』が一番だが、それと『退屈』は違うぜ。ロクな事が思い浮かばねえ。
おれの名はイギー。アホな本の猫のように自己紹介すると、おれは犬である。
しかも、ただの犬じゃあないぜ。とびっきりの能力と知性を兼ね備えた最高の犬さ。
外に出れば、おれの力に恐れをなした野良犬どもが帝王にのし上げちまう。そんな生まれながらのキングがおれだ。
一時は金持ちの飼い犬になってた事もあったが、人間ってのがどうしようもなく大マヌケなモンだと理解してからは野良を続けている。
その気になれば、逆に人間を支配しちまう事もできるんだが、そんな面倒くさい夢はおれにはねぇー。
おれは気ままにちょっとゼイタクして、いい女と恋をして、なんのトラブルもねえ平和な一生を送りたいだけだ。
だが、おれのように選ばれた人間ならぬ犬ってのは、ワケのわからねえ運命って奴に翻弄されるのが常らしい。
悠々自適な野良犬ライフをエンジョイしていたおれは、ある日を境にとんでもない戦いに巻き込まれる事になっちまったのだ! チクショー!
おっと、だが結果だけ言えば、それももう過去のことになっちまった。
散々痛くて苦しい思いをしまくったクソッタレな戦いも、今はもう終わった。
少なくとも、おれの戦いは終わったのだ。後の事はどうなったか知らねえ。
そして今、おれが一体どんな生活をしているかというと―――。
「ん? なんや、イギー起きとったんか。おはよう」
能天気な声と嗅ぎ慣れた匂いが近づいて来たので、おれはそっちを向いた。
犬のおれに『おはよう』なんて頭のゆるい事を抜かしやがる車椅子の天然娘。コイツは『はやて』という。
おれは今、このパープリン女の家に住み着いていた。
―――おっと! 早速勘違いなんてしてくれるなよ? おれは別にコイツに飼われてるわけじゃねえ。
むしろおれは、この娘の懇願を受けてこの家に『居てやっている』だけなのだ。本当だぜ?
障害を持っているクセに、コイツはこのクソ広い家に一人で住んでいるらしい。
おれにしたら、なんともうらやましい限りの生活だが、やっぱり人間は分からねえぜ。一人だと寂しいんだとよ。
喋れねえおれに散々話しやがった内容は、結局その一言に尽きた。
一人じゃ生きていけねえ、なんて人間の貧弱さを証明する言葉だ。
正直、おれを愛玩ペットとして家に置くようなつもりなら、その日の内に即行で逃げ出してただろうぜ。屁の一つもかましてな。
だが、コイツは馬鹿っぽいが、なかなか理解力のある奴だった。
犬に話しかけるようなマヌケではあったが、犬のおれに対しても真摯なその態度は見所があると思ったのだ。
何より、実はコイツには借りがある。
例のとんでもない戦いでズタボロになってくたばりかけてた俺を助け、その後の世話までやってくれた物好きな奴なのだ。
その恩を返そうなんて馬鹿な事考えたわけじゃないが……ま、完全に傷が癒えるまで世話に『なってやる』くらいは思ったのさ。
そんなワケで、『八神はやて』の世話になって数日。
退屈極まりないが、今のおれには十分ありがたみを感じられる平穏な日々を過ごしていた。
朝っぱらから何がそんなに楽しいのか、おれを見るたびに浮かべる『はやて』の笑顔。
何やら期待を込めた視線を注ぎまくるのがウザいので、仕方なくおれは挨拶代わりに視線を返してやった。
「うん。そんなら、すぐにご飯にしよな」
面倒くさそうなおれの一瞥を一体どう受け取ったのか、はやては満足そうに頷いて台所へ向かって行く。
ケッ、ホントにわかんねェー。何がそんなに嬉しいんだ?
……ま、別にいいぜ。
この程度の愛想振るだけで飯が出てくるなら、自販機よりもお得ってもんだ。
車椅子のまま器用に調理をするはやての背中を眺めながら、屁をこく。
こうして眺める光景も、大分見慣れてきた。
「ご飯やでー」
おれの鋭敏な嗅覚が芳しい香りを捉え、はやてが呼ぶと同時に俺は三本しかない足で立ち上がった。
椅子に座ったはやてのすぐ傍の床に置かれる、おれ専用の皿。ご丁寧に名前まで書いてある。
おれがこの家に来た時、はやてが嬉々として用意した物だがこれには正直うんざりだ。
しかし、別にドッグフードでも構いやしねーが、はやての作る飯はウマイ。それだけはご機嫌だ。
『いただきます』をする習慣のないおれが即行で飯をがっつくのを何故か嬉しそうに見守って、はやても飯を食い始めた。
ンまぁーい!
やはり、はやての料理の腕だけは認めてもいい。
元野良のクセに人間に施しを受ける事をとりたてて惨めに思った事は無い。
ッツーか、おれは野良は好きだが、そーいうプライドという奴は面倒だから持たない主義だ。
飯を貪るおれを時折楽しげに眺めるはやての視線を毎回のように感じて、それに慣れている自分にちょっぴり呆れる。
はやてと並んで食う飯―――それに違和感を感じなくなったのは、いつからか。
おれは馴れ合いや愛想ってのが嫌いだ。
だが……まあ、馴染むモンだなぁ、と思うのだった。
そいつは、別に悪いコトじゃねーさ。そうだろう?
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2007年06月28日(木) 21:49:02 Modified by beast0916