想いの在り処1話

阻むもの全てを閃光で撃ち貫いた。
砲撃魔法―――ディバインバスターを以って瓦礫を軒並み吹き飛ばす。
もうもうと立ち込める噴煙には逡巡の一欠片も見ることなく、その中に身を躍らせた。
最高速度。瞬きひとつほどの時間も無く視界は晴れて、望んだひとを視界に捉えた。
崩壊寸前の大地。そこらじゅうで地割れが起こり、黒い深淵が覗いている。
そしてその一角で独りくずおれる、黒衣の少女。
表情は窺えないが、それでも呆然と眼下を見下ろしていることはなんとなく分かった。
状況は推し測るまでも無い。苦いものが心中に湧き上がるのを覚えながらも、それを抑えこむように努める。
時間が無いのだ。
「フェイトちゃん!!」
呼びかける。
「飛んで!こっちに!」
手を伸ばす。
見上げ返してきた表情は触れれば壊れそうなくらいに儚げだった。だが――それも束の間。
もう一度だけ下を見て、また見上げられた顔には確かにひとつの意思を浮かべて。
手が伸びる。
片や素手の、片や黒い手袋に包まれた二つのてのひらがゆっくりとその距離を詰めて。

―――刹那、世界が歪んだ。



最後に目にしたのは、明るい闇。
暗転した視界と、自分を取り囲む黄金の円環。
そして、手を取り合い彼方へ去っていく自分達の姿。
それが示す意味など塵一つほどにも理解出来ぬまま、勢いを増す環の輝きに呑まれて。
高町なのはは、意識を失った。


 Magical Girl Lyrical Nanoha
              Cross
       The Legend of Heroes “Sora No Kiseki”


意識を失ったのが不意の事態であったなら、それが取り戻されるのもまた唐突なものなのか。
倒れ伏していた身体を起こし、霞の掛かったような頭で周囲を見渡して、
とりあえず分かったのは自分が居るのが見たことのない場所だということだった。
屋内、ではある。かなり天井が高いのか、上を見上げても目に映るのは真っ黒な闇だけ。
床と左右の壁は青を基調にしていて、いくつか設置された照明と、模様のように走る光が辺りを薄く照らしている。
調度品の類は……皆無。
『時の庭園』。意識を失う直前まで居たあの場所でないことは明白だった。
次元震の只中で崩壊の一途を辿っていたあの場所とはあまりに違いすぎる。
風景の共通点などカケラも有りはしないし、あまりに整然としている
――長く人の手が入っていないのか、床には薄く埃さえ積もっているではないか――からだ。
(床に…埃?)
ふとその単語が意識に留まる。自分はその床に倒れてたのではなかったか?しかもうつ伏せで。
その状況が意味するところに思い至り、視線を周囲から自分、顔よりも下に移して、そのあまりに予想通りの状況に……。
(わわっ!?)
絶句。
着衣の前面が存分に埃まみれになっていた。慌てて掌ではたき落とそうとして、それもふと止まる。
着慣れ見慣れた白い服。丸二年とさらに一ヶ月あまりの付き合いでいまさら見紛う訳もない、私立聖祥附属の制服である。
意識の途切れる前まで身に纏っていた筈の、バリアジャケットではなく。そして―――。
「…レイジングハート?」
呼び掛けは無為に、闇に溶ける。改めてあたりを見渡しても、求めたものは目に映らず。
バリアジャケットと同じくして手にしていたはずの愛杖の姿もまた、ありはしなかった。
最早完全に、全てが理解の外であった。『右も左も分からない』というのはこういうのをいうのだろう。
不可解な事が起きて、気づいてみれば何処とも知れない場所。おまけに一人身一つである。
知る人もいなければ知らない人さえいない。取るべき行動の指針はおろか、その起点になる自分の状況さえ分からない。
身を震わせる。
分からないことに。その恐ろしさに。独りであることに。その寂しさに。
熱いような寒いような判じ難い、しかし間違いなく嫌な感覚が体の奥底からこみあげてくる。
喉元から、或いは瞼のうちから溢れ出そうとするそれを、必至になって押さえ込んだ。
泣いてはいけないと、こんなところで泣いたらきっと何もかも諦めてしまうと、そう思ったから。
固く目を閉じて、口を閉ざして、それでも少しだけ涙が、嗚咽が漏れた。
押さえつけた心の中は瞬く間に嵐の海のように荒れて、決壊寸前なのが目に見えるよう。抑えきることなど到底叶わな―――。

オオオオオオオオオォォオォォォオォォオォン!!!!!

――いと思われたそれを虚空の彼方へすっ飛ばしたのは咆哮にも似た何かの響きだった。
完全に不意打ちでやってきたそれに、身体が凍りつく。続くものは沈黙。
数瞬の間を置いて、かちかちに凝り固まった体から力を抜いた。そろりと音のしたほうを伺う。通路になった先。
明るい場所、尚且つ開けた場所でもあるらしく、四角く切り取られた光が見える。
さらにいくばくかの逡巡を重ねて、そちらへ向かうことに決めた。音がしたのだからきっと誰かがいるはずだ。
ひどく剣呑な気配のする轟音だったのが躊躇いを誘うが、そこは目を瞑る。何せ、今は動かなければ始まらない状況なのだ。
すぐ近くというほどではないが、けっして遠い距離ではない。恐る恐るの足でも一分と掛からない距離。
近づくにつれてまた音が聞こえてきた。具体的な聞き覚えはないがなんとなくは分かるような音。機械類の駆動音、だろうか。
発生源は――今の位置からでは死角。好奇にも似た感情が生まれて歩みが少し早足になる。ほどなくして視界が開けて。
息を、飲んだ。

それは異形。機械の獣。
人の何倍にも及ぶ体躯を満遍なく白い鋼が覆う。
蜥蜴か竜を模したようなフォルムは曲線が多用されており、その様は流麗とさえ言えるだろう。
無論、だからといってこれが何のために造り出されたものなのか、見誤る者などいないだろう。
踏みしめる脚は二対四本。さらに人馬の如く上半身にも赤と青、鍵爪のような二本の腕を併せ持つ。
その狂爪の、美しくも禍禍しい輝きを前に疑う余地などありはしない。
これは破壊するモノ。
敵となる全てを焼き払い、打ち砕き、それによって遣わしたものの守護を成す。故に、

『《環の守護者》トロイメライ』

それが、この異形に冠された名であった。

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2007年06月15日(金) 16:24:45 Modified by beast0916




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