ARMSクロス1話A



―――あばよ、兄弟……

惑星の核にも似た灼熱/最期に至った闘争の丘で、俺の意識は消え去った。
―――その筈だった。だが、

「ここは……何処だ……?」

乾いた空気―――アリゾナを思い出させる砂漠の匂い。
上体を起こす。コンクリートの天井/閉じた硝子窓/昼過ぎを示すデジタル時計/木枠の扉―――寝台に仰向けに寝かされていたらしい。
右腕に点滴のチューブ―――研究所時代/カラーネームの無かった頃を思い出させる。引き抜いて放り捨てた。
肌に触れているのは慣れた感触/軍用コート。
右腕/左腕/右足/左足/胴/感覚器官=全身余すところ無く正常―――左腕?

『永遠に人の姿に戻らぬこの左腕こそが―――』

ARMSコアは体内に存在する。全身に分散したナノマシンは待機状態を維持。
顎に手を当て、考える。
―――俺は、死んだ筈だ。
ジャバヴォックの爪、コアを破壊されない限りは不死とも言えるナノマシン群に死を植え付けるARMS殺し。
それによってコアを抜き出された以上、自分が生き残る可能性は完全にゼロだ。統括者を失った組織は崩壊するしかない。
―――どういうことだ?
再生―――ありえない。
記憶の複製―――『死亡した』記憶は採取のしようがない。
ARMSコアの再移植による記憶の引継ぎ―――自分の中に不適合だったキースシリーズの記憶が無い以上、それもありえない。
と、廊下側に足音/ドアノブが回る音/蝶番の軋む音―――入ってきたのは白衣/眼鏡の女性/四十代前後/『ベティおばさん』を思い出させる風貌。

「……起きましたか?」
「ああ……ここは、何処なんだ?」
「第87観測指定世界の遺跡発掘所です。貴方は半日前、砂漠で倒れていたのを発掘員が保護しました。
 ……思い出せますか?」
「第87……観測指定世界?」



日誌 2/13
例の意識不明者が覚醒した。アレックスという名前らしい。姓は無いそうだ。深く聞くのはやめておこう。
どうやら第97管理外世界の住人だったらしい。時空管理局のことも知らなかったのは当然だろう。
だが、何らかの次元災害に巻き込まれただけの一般人しては妙な事がある。
そもそも、第97管理外世界において、人間が外に弾き出される類の事件が確認されていないのが一つ。
そして、彼の話す『自分が死んだ』日付―――死因については教えてくれなかったが―――は大きく前のもので、現在とは十年前後の開きがある。
元の職業は軍人だと言っていたが、彼の身体には傷痕が一つとして存在していなかった。単に幸運だったか、後方指揮官だっただけかもしれないが。
また、運び込まれた際の血液検査で、体内に無数のナノマシンが存在しているのが分かっている。それについては明日にでも聴く予定だ。



寝台の上で目覚めてから、四日が経った。
白衣の女性/医務官/リール女史との質疑応答―――血液検査のみで非活性のARMSを検出された事には驚いた。
何が出来るかという質問―――治癒のみだと応える/目の前でその効果を見せる/前腕の肌を手刀で切り裂き二秒弱で再生。
地球にそんな技術は無い筈だという疑問―――極秘に開発されていたとだけ回答。
こちらからの質問/『地球』はどのように認識されているのか/複数の世界が存在するのか/今後、自分はどうなるのか―――etc。
リール女史の回答―――その全てが淀みなく。
第97管理外世界/時空管理局なる組織について/所在世界が判明しているので、そのまま送還するとの事。
書類関係の処理がある為、迎えが来るのは一週間後になる/追加の質問=帰還後の身の振り方について―――回答=そこまで世話は見れない。

それが二日目―――多少は疑っていた。何らかの手段で自分を甦らせた兄/ブラックの悪趣味な冗談か、或いは実験の一環かと。
だが、あれを見ては納得するしか無かった。
三日目―――リール女史から暇潰しにと誘われた発掘現場の見学/そこで見たもの。
空間展開型ディスプレイ/キーボード―――それはいい。実用性はともかく、エグリゴリでも研究はされていた。問題はもう一つだ。
魔法。
Magic/魔術/妖術という言葉が一般に持つイメージからはかけ離れた―――魔法。
装飾用としか見えない杖―――放たれた砲撃が、厚さ半メートル余りの石壁を粉砕する光景。
感想を聞かれる―――戦術兵器としての運用法がまず思い付く/自重する/無難に驚嘆を述べる。

四日目―――再度見学。チェス盤すら無いのではそれ以外に暇の潰しようがない。
何やら騒がしい―――聞き耳を立てる/「……ックが発見された!」「……物管理課に連絡は!?」
右から足音―――顔を向ける/リール女史/ありありと浮かぶ焦燥。

「大変な事になりました。早く避難しないと……」リール女史/顔に浮かぶ焦り。
「……何があった?」
「そうですね……発信機の付いた金塊が発見された、とでも言えば良いんでしょうか?
 金塊を狙っている犯罪組織があり、私達の中に発信機を止められる人はおらず、対応出来る戦力も無い。
 専門の部署に連絡を入れたけれど、到着するのは早くてもあと三十分後……敵は、今すぐに来るかも知れないのに……っ!」

突然の揺れ―――出口側から悲鳴。
その場にいた全員が顔を振り向ける/こちらへと駆けて来る発掘員達四十名余りを見る/その内数人の頭が青い光弾に吹き飛ばされる―――死。
逃げ惑う人垣越しに見える機械の影/身の丈ほどもある縦の楕円形/中央に配された黄色のカメラアイ/左右から伸びる赤い触手―――影の数は無数。
杖を持つ発掘員/八名が左右に散開した。正面の敵に対して最大数の射線を徹せる陣形。
内側四名が障壁を張り、残り四名が先頭の一体に一斉砲撃―――だが、四色の光条は、その全てが霧散する。
声―――「AMFだ! 純粋魔力砲では効かん!」「ベルカ式の奴はいないのか!?」

「……あれが敵か」自分の質問/至って冷静に/しかし高揚していることに気付く。
「ええ、そうです! 早く逃げないと!」リール女史の返答/焦燥と共に。
「逃げた所で、あの様子では三十分どころかその半分も持たんぞ―――俺が足止めする。逃げておけ」
砲撃を行った内の一人が胸を射抜かれ倒れ伏す/自分の言葉を証明するように二人目=障壁を熔かされ頭を鞭で潰される。
「無茶です!」焦燥に怒りが上乗せ「幾ら強力な再生能力があったとしても、素手では……!」
「再生能力しか無いと言ったが―――すまんな、あれは嘘だった」
「それは、どういう―――」リール女史の声/背中を向ける。

臨戦態勢へ移行/右腕のARMSを活性化/ナノマシンが増殖し配列を変換―――漆黒の外殻と長大な指/爪を備える腕へと変貌させる。
微かな悲鳴/「ひ……!?」「化物……!?」「何だあの男は!?」―――全て気にも留まらない。

キース・ブラックの呪縛/戦闘生命としての生は、あの闘争の丘で終わった。
故にここからは、あのオリジナル共と同じ―――自分の意志による戦いだ。

かつて、俺が出来なかったことを。

そう、右腕を構えて跳躍した。



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2007年08月03日(金) 17:06:13 Modified by beast0916




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