ARMSクロス2話B



右足で床を蹴る/左足を着地点に突き立てる/右の踵が跳ね上がる/弧を描く―――右手を囮としたハイキック。
引っ掛からない―――女が体を沈める/右足が空を切る/この体勢から右手は振るえない―――だが甘い。
右足/蹴り足が地に着くと同時に軸足へと転化/左の足払い/拳で払われる/それも布石―――身体を一回転させ爪をバックハンドで薙ぎ払う。
避けられた。女の足下/ローラーが回転し一挙に距離を離す/二メートル。
膠着状態―――好都合/左手の再生完了まで十秒前後/排熱/荷電粒子砲使用可能までおよそ十三分―――先程の全力射撃が祟っている。
肩越しに通路を見る―――他に進入されている様子は無い。

奴の通信―――そこから得られた情報。

『スターズ03』―――コールサイン、最低二分隊/

一分隊当たり最低三名=合計六名はいる。
『施設内の探索』―――目的はレリックとやらの回収か。
『アンノウン一体』―――自分のことは知られていない。
西側にガジェットが少なかったのは逆陽動/ミスリード。警戒を薄めておいて本命を突入させる。

『聞けマッドハッター、朗報だ』インカムからの声/リーダー格の男。
『機動六課が到着した。一人だけだが、こちらはもう大丈夫だ……そちらは?』
「……多少てこずっている。そいつに援護に来るよう言ってくれ」
『了解』
それを隙と見たのか女が動いた/ローラーブレードによる疾走―――速い。構えるはただ右拳のみ。
埒が明かないと悟ったか、速度と力に特化した一撃を繰り出すつもりらしい。フェイントの挙動/動作の揺らぎが見られない。

「……いい判断だ」

聞こえない声で呟く/女の拳が放たれる/右腕を盾にする。
激突/衝撃―――甲殻が砕ける/剥落する欠片/中枢に損傷は無い。
女が表情を変える/驚愕―――更にもう一つ。
筋肉の浮いた腹に、再生の終わった左手を押し付ける/ARMSを解き放つ/長大な指で胴を掴み、持ち上げる―――ローラーが空転。

「だが、相手が悪かったな」

右腕だけで闘っていた理由―――再生/左腕もARMSだということを隠す為。
接触していては荷電粒子砲は使えない/必要も無い/超高熱と電磁圧を放射するだけで、サイボーグであろうと一瞬で熔解する。
輻射熱で手が熔け落ちるリスク/デメリット―――この敵を倒すリターン/メリットが遥かに上回る。

「……燃え尽きろ」

構わず左腕に力を込め、そして、

―――戦術兵器としての本能が、頭の隅で警鐘を鳴らした。

咄嗟に跳躍/右へ―――振り向けた眼に映る薄紫の残影。
左腕/肩口―――ARMS化していない生身の部分に、衝撃。
突如現れた女剣士の一閃が、左腕を根元から切り飛ばした。

「何……!?」
「カートリッジロード!」

女剣士の叫び/長剣の鍔から弾き出される薬莢/銀の刃が炎を纏う。
下段からの斬り返し/弾く/刃の横面を右手/ARMSで叩く―――受け止めるのは危険だという判断。
大上段/唐竹割り/飛び退く/回避―――剣の炎は残存している。
着地の隙を狙った中段/刺突/リーチが長い―――コートが焦げる。脇腹を焼かれた/浅い/再生まで六秒。
反撃―――荷電粒子砲/不可/発射前に腕が熔ける。加えてタイムラグが大き過ぎる。この距離では使えない。
反撃―――ARMSの完全開放/不可/周囲の被害が甚大に過ぎる。
反撃―――

「っ!?」

―――ARMSの配列組替/右腕を伸長させる/一メートル。
ブリューナクの槍に比べればあまりに効率が悪い/隙が大きい/威力が低い槍―――しかし意表を突くにはこの上なく効果的。
その一撃が、白い棒状のもの/鞘に受け止められた―――互いに飛び退く。

膠着状態―――二度目。
左肩の出血は皆無。脇腹の傷/再生中。
「……新手だ。片腕を落とされた」インカム/声が上擦る。
ローラーの女が立ち上がる/胴を掴んだ左腕の指をへし折る/外す。
剣の女が構えを正す/鞘は投げ捨て諸手で構える/正眼。
『何だと……!?』インカム/髭面の男の驚愕。
「事実だ……機動六課とやらはまだ来ないのか!?」
叫ぶ―――焦燥と共に。



……強い……!
そう、シグナムは思う。稀に見る強敵だ、と。
初撃の不意打ちで左腕を落としたが―――否、左腕しか落とせなかったのだ。
タイミング、太刀筋、剣速、全て完璧な一撃だった筈だ。並の相手なら、脊柱を青竹のように叩き割って余りある。
だというのに、直前で悟られ腕一本。気配を殺す為に強化術は使わず、足音を消す為に通路では扱い辛い飛行さえ使ったというのに。
腕を落とされた後の行動も見事なものだ。動揺はあってもそれを行動に及ぼさず、苦痛に至ってはその欠片すら表情に出さない。
斬り上げ、振り下ろし、突く。その三段攻撃に対し、男は最後の突きを掠らせるだけで避け切り、あまつさえ反撃さえしてのけた。
連結刃たるシュランゲフォルムではなく、長剣であるシュベルトフォルムで鞘を防御に使ったのは、生涯でこれが三度目だ。

ガジェットを足止めしていた発掘員の話だと、仲間が一人、こちら側で敵と戦っているということだった。
『人型』と遭遇し、苦戦していると。だが、実際にいたのは得体の知れない両腕を持つ男とスバルだけ。
つまり、その仲間はこの両腕の男に殺され、死体さえも残っていないということ。人型―――言い得て妙だ。
溶解したガジェットの残骸、そしてあの砲撃から推測するに、『仲間』は特殊な砲戦魔導師だったのだろう。近接戦では脆弱だ。

シグナムは、レヴァンティンを構え直す。正眼から、ゆっくりと持ち上げ八双へ。
柄を握る手に力を込め―――

「事実だ……機動六課とやらはまだ来ないのか!?」

男の声を聞き、その手から力が抜けた。

「……待て。今、何と言った?」
「何?」

男が怪訝そうに眉を顰める。
……もしや、私は途轍もない思い違いをしていたのかもしれん……
この男は、機動六課がまだ来ていないと思っている。つまり、自分達を機動六課だと知らない。
そんな男が、見るからに戦闘魔導師のスバルと遭遇すればどう考えるかなど決まっている。敵だと思うだろう。
『仲間』が『人型』と闘っている―――この男が『仲間』で、スバルが『人型』だとすれば―――
……勘違いで人の腕を叩き切ってしまったのか、私は。
こちらから敵意の無いことを示すべきか、と考え、一歩二歩と下がる。
剣を八双から下げる。柄から右手を離し、左の逆手に。
鞘を呼び戻してそれに収め、床に立てるように保持した。どのような達人であっても一瞬では抜刀できない体勢。
スバルにもそれとなく促し、構えを解かせる。

それを見た男が、ゆっくりと二歩後退した。
あの右腕が収縮し、色も通常の肌に戻る。所々が罅割れ剥離しているが、それだけだ。
左の腕は肩口から無い。外套は脇腹が無残に焼け焦げ、傷一つ無い肌を晒している―――何?
その男が、呆然とした顔で聞く。

「まさか……おまえ達が、機動六課なのか?」
「……ああ」

シグナムは、そう答えた。



「まさか……おまえ達が、機動六課なのか?」
女の肯定/驚愕/不意を打たれた理由/他の敵が進入していない理由―――それで全てが説明できる。
「少し待て……マッドハッターだ。援護に来た機動六課課員の特徴を教えてくれ」インカム/通信。
『長剣型のアームドデバイスを持った女だ。魔力光は薄い紫、髪の色も同じだな』男の返答。
特徴全ての合致―――相手を味方だと確認。
「確認した……そちらも、俺が施設側であることの確認を」
「分かった。スバル、正門側に行って『足止めに行った仲間』の特徴を確認してくれ」
「了解!」ローラーブレード/手甲の女が疾走。
一分余り―――右腕を腰の後ろに回す/敵意が無いことを示す。

手甲の女が帰ってきた/青褪めた顔。
「聞いてきました……金髪、眼は緑、青い帽子とコートに黒い両腕、だそうです」
疑惑の氷解/女剣士が表情を和らげる。



軽傷者十二名。
重傷者二名。
―――死者五名。

レリックの発見報告より三十五分。機動六課到着から、およそ六分。
この事件は、それだけの被害を出して終息した。



「すまんな。こちらの手違いで―――」女剣士/シグナム二等空尉の言葉。今は軍服姿/紅茶片手に。
「左腕の事なら構わん、既に大方再生している……それに、俺もそちらの部下を殺すところだった」
自分の言葉/借り受けた新しい外套/右手の珈琲に口を付ける。

―――重要参考人からの事情聴取。

その名目での連行/発掘隊との別れ。
同僚/友人の死を嘆く者―――約半数。
こちらに恐怖/化物を見る眼を向ける者―――約半数/リール女史。
最敬礼―――六名/髭面の男/魔導師達。こちらも敬礼を返す。

金髪の女/フェイト執務官からの質問/取調べ。
前置き―――このまま地球には帰せない/強大な戦力/危険な技術は管理下に置かねばならない―――時空管理局の理念。
こちらからの質問―――帰せないのならどうするのか。
選択肢の提示―――力の封印/管理局への入局、後者ならば口添えもする。
『自分自身の意思を選択し続けてきた―――生き延びる為に』
『闘争の場へ! たとえプログラムであっても、それはオレを形作る真実の一つ!』
即答―――後者。
執務官の質問―――氏名/年齢/出身/所属/あの砲撃について/その腕について。
自分の返答―――アレックス/二十五/メキシコ/カリヨンコーポレーション/極秘開発の『人体に移植する兵器』/同上。
虚偽は無い/真実ではない―――『キース・シルバー』の表向きの身分。
ほぼそれだけで『事情聴取』は終わった/意思確認の書類/十数枚にサイン。
執務官―――戦力査定の申請/上層部への根回し/報告書の作成があるので、明日か明後日まではこの施設/六課隊舎で過ごしてもらう。
自分―――了承を伝える。互いに一礼し、執務官が退室。その十数分後、部屋の扉がノックされた。
シグナム二等空尉と名乗る声/女剣士の声が入室を求める―――鍵を開ける。
軍服の女の両手には、紅茶と珈琲の缶があった。

そして、今に至る。
「再生した……? 馬鹿な、まだ一時間程度しか経っていないぞ?
 そもそも四肢の再生など、人間には―――」はっとする/失言だと気付く。

謝罪しようとする/それを止めるように「その程度で謝っていれば、部下ともまともに話せんだろう……そう言えば、彼女はどうしている? 顔が酷く青褪めていたが」
「ナカジマ二等陸士……おまえと戦っていた奴なら、今は洗面所で吐いている。あの死体が余程堪えたらしいな。
 ……待て、何故それで私が話し辛くなる?」怪訝そうに。
返答/何故そんなことを聞くのかという疑問と共に。
「彼女も、サイボーグなのだろう?」



「……以上が、今回の事件に関する報告です。八神部隊長、何か意見は?」
「あ、三人以外誰も居らんねんからいつも通りでええよ。
 ……レリックは確保したとはいえ死者五名、か……重いなあ、それは」
「新人達の士気にも影響しているね……特に、スバルが」
「ん? 何かあったんか?」
「泣いてたよ。何で助けられなかったのか、って……死体も、酷い状態だったし」
「到着にはあれだけの時間が必要やった。ベストを尽くしたスバル達が悩むことちゃう……そう言うのが、大人の役割やろうな」
「……欺瞞だね、はやて。それは優しい嘘でしかないよ? スバルだって、それを分かった上で泣いているんだ。
 そう言われれば心も多少は晴れるだろうけど、偽物の青空に価値なんて無い。本人が納得できるまでそれには触れない方が……」
「せやけど、私もシグナム達も、グレアム提督……いや、あの事件に関わった人達の欺瞞の上で生きているんや。
 でも、士気は保たなあかん。それが何かを生み出すのなら、今更嘘の一つや二つ、躊躇う意味なんて無い」
「わたしはフェイトちゃんに賛成かな。今慰めても、諦めさせてしまうだけだよ。
 訓練中にそれを悩んでいるようならわたしが叩き直すから、それじゃ駄目かな?」
「……分かった。ここは二人に任せるわ……で、問題はこの男、と」
「質疑応答で手に入れた情報、裏は取ったけど……おかしいよ、これは。
 カリヨンコーポレーションは実在した会社だけど、ただの複合企業体じゃない。とんでもない曰く付きだ。
 裏で非人道的な研究を行っている情報があったから、管理局が調査の為に中隊規模で武装局員を送り込んだけど、四回目までは一人残らず消息不明。
 五回目に何とか断片的な情報だけが入手できた。裏の組織名―――『エグリゴリ』という名前と、上級幹部の名前だけが」
「……ちょう待ち、私らはそんな事件があったって事すら知らされてへんよ?」
「中隊規模の部隊が魔法技術が無い世界から生きて帰って来なかった……海の面子が丸潰れだからね。無かったこととして処理された。
 提督以上の人間ですら、知っているのは一握り。リンディ統括官……母さんが知らなかったらお手上げだった。
 ……結論から言うと、もうその組織は解体されてる。倒産したら各国政府が共倒れになるから手を出せなかったんだけど、地下組織が上手くやったみたい。
 それはともかく、この人に移植されてる技術も、そこで作られた可能性が高い」
「非人道的手段によって得られた禁忌の技術、か……で、フェイトちゃんとしてはどうする心算なの?」
「現状、彼に犯罪行為は確認されていない……どころか、彼の行動が無ければ六課が到着する前に発掘隊は全滅、レリックも持ち去られていた可能性が高い。
 よって拘束はせず、自由意思による管理局入局を提示……まあ、お決まりのスカウトだね。
 必要な書類は署名付きで手に入れたし、後は許可を貰うだけ……一応、根回しも頼める?」
「……六課に必要な人材や、言いたいんか?」
「AMFに一切影響されず、インドアでの近接格闘でBランク陸戦魔導師を相手に無傷で倒せるほどの能力を持つ。
 戦術指揮を受けた発掘隊は、ミッド式Dランクが六人だけでガジェットを足止めできていた。
 魔法のこともガジェットのこともろくに知らないのに、だよ? 前線指揮能力も高いんじゃないかな?」
「……フェイトちゃん、やけに肩を持つね。子供相手でもないのに珍しいな」
「何や、惚れたか? 仕事に私情を持ち込むのは良うないで? 私達が言えた事やないけどな」
「……発掘員がメディカルチェックで確保してた血液サンプルの検査結果が、これ。
 遺伝子の一部に書き換えの痕跡があるし、テロメアも二十数年分位短いんだ……この意味、分かる?」
「……ごめん、茶化す所やなかった」
「……シグナムです。入ってもよいでしょうか?」
「丁度ええ所に来たなあシグナム。早速聞きたいことがあるんや……ズバリあの男、どや?」
「スバルが機人であることを見抜いていました。そして恐ろしく強い……正面からでは、私でも勝てるかどうか」
「……この聞き方で意味を誤解されへんのは寂しいなあ」
「……それはそうと、これで決まりかな?」
「まあ、そやな……同じ苦しみを背負った人を助けたい、思うんは当然や。フェイトちゃんの気持ちはよう分かる……一日だけ待たせてええか?」
「うん、お願い」




かつて運命に縛られていた帽子屋は、運命の名を持つ女に出会った。
かつて運命に縛られていた帽子屋は、運命を見据える女に出会った。

彼らが乗る運命のレールは、その出会いに火花を散らし軋みを上げる。



「でも、おかしいなあ……私、あの顔に見覚えがあるんやけど……」
「……はやてちゃんも?」
「会ったことがある、ワケないわな。あの眼つきは直に見たら忘れへん。
 なのはちゃんも知っとるゆうことは有名人かいな? せやけど―――」



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2007年08月12日(日) 11:24:34 Modified by beast0916




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