作曲家・多田武彦〔通称・タダタケ〕のデータベース。

男声合唱組曲「玄冬素雪」(作詩:北原白秋)

玄冬素雪ゲントウソセツ指示速度調性拍子備考
1熊人クマビトAndante4分音符=72ca.ロ短調3/4
2雪煙ユキケブリAndantino4分音符=80ca.ト長調3/4Baritone or Bass Solo
3冬至前後トウジゼンゴAndante付点4分音符=72ca.ト短調6/8
4雪に立つ竹ユキニタツタケAllegretto4分音符=120ca.ト長調4/4
5雪暁セツギョウAndante4分音符=72ca.ニ短調4/4Tenor Solo
6雪後セツゴAndantino4分音符=80ca.変ロ長調4/4

作品データ

作品番号:T103:M85
作曲年月日:2012年3月3日
OSAKA MEN'S CHORUS による委嘱

初演データ

初演団体:OSAKA MEN'S CHORUS
初演指揮者:安井直人
初演年月日:2013年5月25日
OSAKA MEN'S CHORUS 創立50周年記念 第38回リサイタル(於いずみホール)
※同年4月13日のコーラスめっせ2013において第1曲、第2曲、第4曲、第6曲の4曲が全曲初演に先立って演奏された。

楽譜・音源データ

作品について

『玄冬素雪』とは「冬の白い雪」という意味で、冬と雪を主題にした北原白秋の六篇の詩に作曲されている。第1曲「熊人」の吹き荒ぶ雪に立ち向かう白熊は、苦しみの中で「新生」を夢見るかつての白秋自身の姿であり、第2曲「雪煙」への鮮やかな転換は、苦悩に満ちた白秋が、満ち足りた閑寂の世界へ「夢が飛ぶ」ごとく「新生」する様を表現している。(コーラスめっせパンフより)
組曲の大題「玄冬素雪」は、初演指揮者による命名。
作曲者コメント
男声合唱組曲「玄冬素雪」誕生記
 私事ながら、1947年旧制大阪高校に入学した頃「将来は映画監督になってミュージカル映画を作りたい」と考え、和声学と楽式論を独学で始めた。1950年京都大学に進むと、音楽の友人を求めて京大男声合唱団に入り、秋には先輩の指示で指揮者を仰せ付かった。男声合唱組曲「月光とピエロ」を歌った緑で、作曲家清水脩先生(故人)に作曲全般の重要留意事項について、ご懇篤な薫陶を受けた。
 1953年の卒業を前に、極度の不況の為、両親は長男の私が就職浪人になることを恐れ、私に映画監督志向を断念させ、片っ端から就職試験を受けさせた処、銀行に入ることとなった。そこで清水先生を訪ね、今までのご教導の御礼言上傍々、音楽を断念する旨を申し上げた処「日曜作家として一年一作の男声合唱組曲を書けば」と諭された。
 その時から今年で60年、現在82歳の私は、数年前から体調不良で、主治医からは「長距離移動、長時間の指揮や講演、長時間の観劇」を禁じられているが、自室に籠っての作曲と資料作成は許された。「いよいよ余命幾許もないか」と考え「今の内に作品を書き残しておこう」と5年ほど前から25ほどの男声合唱組曲を作曲してきた。
      #      ♭      ♪
 その途上、近年急速にその演奏能力と名声を喧伝されてきたOSAKA MEN'S CHORUS(以下OMCという)との出会いがあった。常任指揮者の一人・安井直人先生(大阪府立淀川工科高等学校教諭・国文学担当)は、御尊父ともども大の北原白秋フアンで詩や語彙の解釈等に多大のご助力を賜ったことから、組曲「東京景物詩・第二」の初演(2010年)をOMCにお願いすることとした。
 同じ詩集の中でも白秋先生が、実に冷静に客観的に、当時急変貌を遂げる東京の風物や人間模様を描かれた詩を選び作曲した。OMCの「乱れの無い軟口蓋共鳴の発声」と西欧人が幼児の頃から励行している「周囲の人の歌声に聞き耳を立てながら歌うこと」によって習得した「精微なアンサンブル」を軸に名初演を果たし、多大の称賛を得た。
      #      ♭      ♪
 2011年、再びOMCから、創立50周年記念演奏会の為の新曲の委嘱があった。前述の私の構想の中に「北原白秋先生の雪の詩を水墨画のような男声合唱組曲に仕立ててみたい」との思いがあったので、迷うことなく作り始めたが、組曲の標題がなかなか思い浮かばなかったので、安井先生にご相談したところ、流石、国文学に精通され且つ白秋文学に造詣の深い先生から「玄冬素雪」との最適の標題が示された。
      #      ♭      ♪
 前回の「東京景物詩・第二」の名初演以降も、OMCは、西洋の超一流の交響楽団や合唱団が実践する「練習時には演奏するだけではなく、聞き耳を立てて団内のアンサンブルの完熟度を追求すること」「西洋音楽の演奏に必要な構築性主要4項目(リズム・メロディー・和声学・楽式論)の整合性の遵守」「装飾性主要4項目(デュナミーク・アゴーギク・コロリート・フレージング)の整合性の遵守」について、着実に習得をされているほか、メンバー各位の社会生活の中から多くの貴重な人生体験が、無意識のうちに合唱活動の中にも浸透し音楽にもー層の重厚さを与えている。白秋先生の清澄な詩情と、OMCが描く玄冬素雪の抒情を心行くまでご清聴頂ければ、幸いである。
 末筆ながら、演奏会のご成功と今後ますますのご隆昌を心からお祈りする。
(初演で配布されたプログラムより)
初演指揮者コメント
夢は飛ぶ、白く飛ぶ  〜「新生」の調べ〜
 詩集『邪宗門』を上梓し、一躍人気詩人となった白秋であるが、人妻松下俊子とのスキャンダルでその名声は地に落ち、失意の中で死を思う日々が続く。二人はその後正式に結婚し、神奈川県三浦半島の三崎に新しく居を構えるが、やがて不仲になり、翌年には離婚してしまう。この俊子との恋愛は詩集『東京景物詩及其他』に陰影を与えることになる。その後、江口章子と再婚して小田原に転居。ささやかな山荘を構えるも生活は困窮し、妻に背かれる形で5年目に離別。その翌年に佐藤菊子と結婚し、長男隆太郎、長女篁子が相次いで誕生する。ようやく手に入れた幸せな家庭生活は創作活動を刺激し、小田原の山荘の清雅な暮らしは、山水画のような閑寂な枯淡の詩境に向かわせ、詩集『水墨集』『海豹と雲』に結実するのである。

 男声合唱組曲『玄冬素雪』は多田武彦先生の85番目の組曲で、OSAKA MEN'S CHORUS の創立45周年記念として委嘱した『東京景物詩・第二』に引き続き、創立50周年記念のために再び作曲をお願いした。題名の『玄冬素雪』は「冬の白い雪」という意味で、その名の通り北原白秋の詩の中から冬と雪を題材にした六篇を選んで構成されている。
 第2曲から第6曲までが詩集『水墨集』から選ばれ、「幽かな光と自然が織りなす東洋的な閑寂の世界」が主題になっているのに対し、第1曲だけが『海豹と雲』所収で、「吹き荒ぶ雪の大氷原に立ち尽くす白熊」が主題になっている。一見するとこの第1曲だけが異質に感じられるのだが、実はこの第1曲が組曲全体の重要な鍵を握っているのである。
 白秋が亡くなるとき、窓からの朝の空気に触れ、「今日は何日か、11月2日か、新生だ、新生だ、この日をお前達よく覚えておおき。私の輝かしい記念日だ。新しい出発だ、も少しお開け。・・・あゝ素晴らしい」と長男隆太郎に声をかけたのが最期の言葉だったという。白秋は「新生」という言葉を好み、作品の中でもしばしば用いているが、この「新生」こそがこの組曲のキーワードなのである。
 スキャンダルや不幸な結婚生活の後にようやく手にした幸福。乱れ荒んだかつての自分ではない、新しく生まれ変わった自分。その「新生」の喜びが第2曲以降に歌われ、それらと対峠する形で第1曲「熊人」が冒頭に置かれている。ここで歌われる「吹き荒ぶ雪の大氷原に立ち尽くす白熊」こそが「乱れ荒んだかつての自分」、つまり白秋自身を指している。この曲は「夢は飛ぶ、白く飛ぶ」という言葉で締めくくられるが、激しく厳しい曲調から清雅なたたずまいの第2曲「雪煙」に移行する鮮やかな転換は、前作『東京景物詩・第二』の中の苦悩に満ちた白秋が、『玄冬素雪』の満ち足りた閑寂の世界へ「夢が飛ぶ」ごとく「新生」する様を見事に表現している。まさに構成の妙であり、熟練した作曲技法には驚嘆するばかりである。またこの第2曲ではソロと合唱のユニゾン効果によってドビュッシーを彷彿とさせる響ぎを生み出し、「月の光」に濡れた静かな雪景色を詩情豊かに表現している。

 すべては輝いてる、
 よい喜びにある、
 すべては単純だ、雪と光だ。

 終曲「雪後」の最後の数行がこの組曲の全てを表している。白秋の美しい言葉が、簡潔でありながら豊かな音楽で表現されていて、音楽に素直に寄り添っていくだけで温かく幸せな気持ちになって「歌う喜び」を感じることができる。そして、さらには聴く者にもそれが共有される。これは取りも直さずこの組曲によって私達が「新生」されるということに他ならない。この組曲を歌うたび、聴くたびに私達は「新しい自分」を発見し、「生きる喜び」を感じることだろう。

熊人…大氷原に立つ白熊は「乱れ荒んだかつての白秋」 の姿である。吹き荒ぶ雪嵐の中で「新生」の日を切なく夢見ている。
雪煙…月光に濡れた竹林。静けさの中に幽かに立つ雪煙。「新生」した白枚の満ち足りた心象風景でもある。
冬至前後…冬の夕暮れの竹林。透明な寒気と穏やかな夕陽の中で、言い知れぬ幸福感に包まれている。
雪に立つ竹…雪の降った後の竹林。穏やかな光と影の語調。新しい季節と自らの「新生」を予感してぃる。
雪暁…雪の夜明け。静かな朝の光の中で幼子を抱く。前世と現世との境さえ見失わせるほどの幸せな陶酔のひととき。
雪後…帽子のように雪を被った墓石、遠く聞こえる波音、雀や山鳩、木魚の響き…周りの全ての物に心を和ませ、「新生」の喜びを噛みしめている。
(初演で配布されたプログラムより)

歌詩

熊人
白き熊 幽かなり。
極光を戴けり。
  人かとも、白き熊。

白き熊 凍え立ち、
氷原にひとり在り。
  見はるかし、白き影。

白き熊 飢迫れリ。
荒天の雪に、ああ
吹きつつむ白き雪。

白き熊 聴けり、今、
声のなき声のうち、
  繁み澄む白き色。

白き熊 まじろがず、
ひたと立ち、息つがず、
  神去ると、白き息。

白き熊 輝けリ。
氷原や、涯知らず、
  夢は飛ぶ、白く飛ぶ。
雪煙
雪のけぶりは幽かながら、
つもればつもるほど立つ煙か、
ああ、あの孟宗の藪のしづけさ、
またしてもあなたこなたにしづるる、
そことなき月の光よ、雪煙よ。
冬至前後
枯れがれの孟宗竹に
陽はあたつても、
輝くほどにも明ろうとせず、
こまかに枝葉はそよめいても、
風が出たとも思はれぬ、

明るいようでも寒むざむと暮れ、
かげるようでも透きとほつた、
ああ、この冬至前後の日の入り、
枯れがれのあの黄色な笹の葉に
陽はあたつても。
雪に立つ竹
聖らかな白い一面の雪、その雪にも
平らな幅のかげりがある。
幽かな緑とも、また、紫ともつかぬ、
なんたるつめたい明りか。

竹はその雪の面に立ち、
ひとつひとつ立つ。
まつすぐなそれらの幹、
露はな間隔の透かし画。

実にこまかな枯葉であるが、
それにも明日の芽立がある。
影する雲の藍ねずみにも
ああ、豆ほどの白金の太陽。

かうした午後にこそ閑けさはあれ、
光と影とのいい調和が、
湿つて、さうして安らかな慰めが、
おのづからな早春の息づかひが。

聖らかな白い一面の雪、その雪にも
平らな幅のかげりがある。
雪に立つひとつひとつの竹、
それにも緑の反射がある。
雪暁
この毛糸の上着の真赤さ、
髪毛の黒い、眼の大きい童子よ、
これがわたしの子であったか
雪のふかい枇杷の木の根を
いつだか手を引いたことがあつたよ。
すべては前の世の夜明けのやうで、
ああ、今、この世でまた抱いたよ。
その雪がふつてゐる、
ああ 今朝もその雪がふつてゐる
雪後
安らかな雪の明かりではないか、
ようも晴れた蒼穹である。
ほう、なんといふかはいらしさだ、
あの白い綿帽子をいただいた一つ一つの墓石は。

樋の上の雀よ、あの隣の閑けさをご覧、
海近いあの丘の陽だまりに、早や、
栗も梅も雪をふかぶかとかむったまま、
しかも耀く縁から雫してゐる。

なんだかいい知らせでも来そうな気がする。
かうした眺めの朝は、
藍紫に凪ぎ沈んだ海、あの遠くに
正しい潮の調律もととのってきた。

安らかだ、まことによう晴れた空だ。
ほら、山鳩が来た、何の木か揺すってゐる。
雀よ、さあ出て揺すったがよい。
幽かな雪煙ならかへって親しい。

すべては耀いてる、
よい歓びにある。
すべては単純だ、雪と光だ。――
幼い木魚が鳴りはじめた。

リンク

コメントをかく


「http://」を含む投稿は禁止されています。

利用規約をご確認のうえご記入下さい

どなたでも編集できます