作曲家・多田武彦〔通称・タダタケ〕のデータベース。

男声合唱組曲「春のいそぎ」(作詩:伊東静雄)

春のいそぎハルノイソギ指示速度調性拍子備考
1春の雪ハルノユキAndante4分音符=72 ca.ヘ長調4/4
2春浅きハルアサキAllegretto4分音符=120 ca.ヘ長調4/4
3夏の終ナツノシマイAndantino4分音符=80 ca.ロ短調4/4Bass solo
4淀の川辺ヨドノカワベLarghetto付点4分音符=64 ca.ト長調6/8
5誕生日の即興歌タンジョウビノソッキョウカAndante4分音符=72 ca.ト長調2/4
6小曲ショウキョクAndantino4分音符=84 ca.ト長調4/4

作品データ

作品番号:T87:M69n
作曲年月日:2008年1月15日
アルマ・マータ・クワイアによる創立60周年記念委嘱作品

初演データ

初演団体:アルマ・マータ・クワイア
初演指揮者:上床博久
初演年月日:2008年12月7日
アルマ・マータ・クワイア第47回定期演奏会(於いずみホール)

楽譜・音源データ

作品について

昭和の 孤高の詩人・伊東静雄の第3詩集「春のいそぎ」から6篇を選び、季節順に配列したタダタケ最新男声合唱組曲です。
大阪、神戸、京都、奈良の関西の中高年、団塊の世代、シニアで構成され、東京混声合唱団の桂冠指揮者田中信昭を客演指揮者に戴く、
関西有数の一般男声合唱団「アルマ・マータ・クワイア」の創立60周年を記念して委嘱された作品です。
この合唱団から作曲家への委嘱が"51年ぶり"とのこと、合唱団、作曲者ともにその活躍の長さを感じずにはいれませんね。(パナムジカ新刊案内より)
詩の出典
『春のいそぎ』(弘文堂、1943年)

歌詩

春の雪
みささぎにふるはるの雪
枝透きてあかるき木々に
つもるともえせぬけはひは

なく聲のけさはきこえず
まなこ閉ぢ百ゐむ鳥の
しつかなるはねにかつ消え

ながめゐしわれが想ひに
下草のしめりもかすか
春來むとゆきふるあした
春淺き
あゝ暗と まみひそめ
をさなきものの
室に入りくる

いつ暮れし
机のほとり
ひぢつきてわれ幾刻をありけむ

ひとりして摘みけりと
ほこりがほ子が差しいだす
あはれ野の草の一握り

その花の名をいへといふなり
わが子よかの野の上は
なほひかりありしや

目とむれば
げに花ともいへぬ
花著けり

春淺き雜草の
固くいとちさき
實ににたる花の數なり
名をいへと汝はせがめど
いかにせむ
ちちは知らざり

すべなしや
わが子よ さなりこは
しろ花 黄い花とぞいふ

そをききて點頭ける
をさなきものの
あはれなるこころ足らひは

しろばな きいばな
こゑ高くうたになしつつ
走りさる ははのゐる廚の方へ
夏の終
月の出にはまだ間があるらしかつた
海上には幾重もくらい雲があつた
そして雲のないところどころはしろく光つてみえた

そこでは風と波とがはげしく揉み合つてゐた
それは風が無性に波をおひ立ててゐるとも
また波が身體を風にぶつつけてゐるともおもへた

掛茶屋のお内儀は疲れてゐるらしかつた
その顏はま向きにくらい海をながめ入つてゐたが
それは呆やり牀几にすわつてゐるのだつた

同じやうに永い間わたしも呆やりすわつてゐた
わたしは疲れてゐるわけではなかつた
海に向つてしかし心はさうあるよりほかはなかつた

そんなことは皆どうでもよいのだつた
ただある壯大なものが徐かに傾いてゐるのであつた
そしてときどき吹きつける砂が脚に痛かつた
淀の河邊
秋は來て夏過ぎがての
つよき陽の水のひかりに遊びてし
大淀のほとりのひと日 その日わが
君と見しもの なべて忘れず

   こことかの ふたつの岸の
   高草に 風は立てれど
   川波の しろきもあらず
   かがよへる 雲のすがたを
   水深く ひたす流は
   ただ默し 疾く逝きにしか


その日しも 水を掬びてゑむひとに
言はでやみける わが思
逝きにしは月日のみにて
大淀の河邊はなどかわれの忘れむ
誕生日の即興歌
くらい 西の屋角に 飜筋斗うつて そこいらにもつるる あの響 樹々の喚びと 警むる 草のしつしつ よひ毎に 吹き出る風の けふいく夜 何處より來て ああにぎはしや わがいのち 生くるいはひ まあ子や この父の爲 灯さげて 折つて來い 隣家の ひと住まぬ 籬のうちの かの山茶花の枝 いや いや 闇のお化けや 風の胴間聲 それさへ 怖くないのなら 尤むるひとの あるものか 寧ろまあ子 こよひ わが祝ひに あの花のこころを 言はうなら「ああかくて 誰がために 咲きつぐわれぞ」 さあ 折つておいで まあ子

自註 まあ子はわが女の子の愛稱。私の誕生日は十二月十日。
   この頃、海から吹上ぐる西風烈しく、丘陵の斜面に在る
   わが家は動搖して、眠られぬ夜が屡々である。家の裏は、
   籬で鄰家の大きな庭園につづいてゐて、もう永くひとが
   住んでゐない。一坪の庭もない私は、暖い日にはよくこ
   つそり侵入して、そこの荒れた草木の姿を寫生する。
小曲
天空には 雲の 影移り
しづかに めぐる 水ぐるま
   手にした 灯 いまは消し
   夜道して來た 牛方と
   五頭の牛が あゆみます

ねむたい 野邊の のこり雪
しづかに めぐる 水ぐるま
   どんなに 黄金に 光つたろ
   灯の想ひ 牛方と
   五頭の牛が あゆみます

しづかに めぐる
冬木の うれの 宿り木よ
   しとしと あゆむ 牛方と
   五頭の牛の 夜のあけに
   子供がうたふ をさな歌

リンク

このページへのコメント

Twitter上で合唱アンサンブル.com管理人のせき様より、
この組曲の「夏の終り」や「小曲」と第二次世界大戦中の状況を結びつけるような旨がライナーノートに記載されていることをご教授いただきました。
情報提供ありがとうございます。

Posted by 管理人 2015年12月02日(水) 18:31:09

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