作曲家・多田武彦〔通称・タダタケ〕のデータベース。

男声合唱組曲「東京景物詩・第二」(作詩:北原白秋)

東京景物詩・第二トウキョウケイブツシ・ダイニ指示速度調性拍子備考
1雨あがりアメアガリAndante4分音符=72ca.ニ短調4/4
2梨の畑ナシノハタケAllegretto4分音符=108ca.ホ短調4/4
3六月ロクガツAndantino4分音符=80ca.ト長調3/4Tenor Solo
4薄荷酒ハッカザケAndantino4分音符=80ca.ハ短調7/4
5ヒキガエルAllegro4分音符=132ca.ホ短調4/4
6アキModerato4分音符=84ca.ト長調4/4

作品データ

作品番号:T93:M75n
作曲年月日:2009年7月7日
OSAKA MEN'S CHORUS による委嘱

初演データ

初演団体:OSAKA MEN'S CHORUS
初演指揮者:安井直人
初演年月日:2010年5月16日
OSAKA MEN'S CHORUS 創立45周年記念 第36回リサイタル(於いずみホール)

楽譜・音源データ

第1刷には誤表記がある。「秋」の57小節目は1小節目と同じである。(メロス楽譜からの情報)
その他、歌詞にも若干の間違いがある。
 「梨の畑」 4ページ13小節Bassの歌詞「つつきとし」→「つつきとし」
 「六月」  10ページ95小節の歌詞「きこる」→「きこる」
 「薄荷酒」 12ページ1小節Topの歌詞「00」→「oo」
 「秋」   17ページ25〜26小節の歌詞「なみのうちぎわ」→「なみうちぎわを

作品について

初演プログラムより
 男声合唱組曲『東京景物詩・第二』はその名の通り、詩集『東京景物詩及其他』から選ばれた詩で構成されている(第5曲「蟇」を除く)。第1曲から第6曲まで配列されたこれらの詩には、全体を通して一貫したストーリーと、巧みに構成されたドラマトゥルギーが感じられ、しかも一つ一つの詩がそれぞれこの詩集のさまざまな方向性を指し示していて、この6編を読むだけで詩集『東京景物詩及其他』の本質がわかるといっても過言ではない。そして、これらの詩につけられた音楽は、どの瞬間を切り取っても余計な音が一つもなく、最小限の表現で全てのことを語り尽くすべく簡潔に厳しく吟味されて、白秋の精神世界を完璧に表現している。近年もてはやされる若手の作曲家たちには到底真似のできない、美しいメロディーとシンプルで重厚かつ繊細なハーモニーは、作曲家、多田武彦の真骨頂ともいうべきもので、間違いなく多田武彦の傑作の一つとして歌い継がれる名曲である。

雨あがり
 雨あがりの都会の風景の中でふと垣間見た艶めかしい江戸の面影。田舎から出てきた若者、白秋が感じた「東京」の“魅力"と“危うさ"。
梨の畑
 都会暮らしの中で少年の頃の淡い恋をふと思い出す。多感な少年時代が懐かしく、またほろ苦くよみがえる。
六月
 都会の洗練された生活。丘の上の瀟洒な洋館から街を見下ろしながら、明るい陽差しの中でふと感じる虚しさ。
薄荷酒
 道ならぬ恋に落ちた二人。女は男の作る詩に涙し、男は女の黒い瞳にすすり泣く。緑色の薄荷酒の向こうに見え隠れする行方も知れぬ恋の苦しみ。

 遂げられぬ恋の裏側は、深く激しい愛欲の世界。諧謔的でユーモラスな調べの中に、悲しく切ない人間の性(さが)を官能的に描く。

 海岸沿いを颯爽と歩くお洒落な若紳士の姿に秋を喩えた詩。疲れた心と身体を癒しに故郷の海に似た海岸にやってきた白秋の姿が投影されている
パナムジカ新刊案内より
 作曲者が敬愛してやまない北原白秋の詩をテキストとした男声合唱組曲です。1991年に発表された「東京景物詩」の続編で、今回は、白秋が冷静に客観的に急変貌を遂げる東京の風物や人間模様を描いた詩が選ばれています。OSAKA MEN'S CHORUS(指揮 安井直人)によって、2010年5月に初演されました。
「筵若」について
第1曲「雨あがり」に出てくる「筵若」とは、明治時代後期から昭和時代初期にかけて一世を風靡した希代の名若女方(わかおんながた)市川松蔦(しょうちょう)の若い頃の芸名である。新歌舞伎の著名な作家・岡本綺堂の戯曲「修善寺物語」「番町皿屋敷」「鳥辺山心中」を演じて歌舞伎界に新風を吹き込んだ二代目市川左団次の共演者として名を馳せ、美しい舞台姿と名演技により、一時期、美女のことを「松蔦のような女」という新語が生まれたほどであった。また「それしや(其れ者)」とは「その道に通じている人。専門家。くろうと。」または「芸者。遊女。商売女。」の意。
詩の出典
「蟇」以外……『東京景物詩及其他』(東雲堂書店、1913年):第3版からは『雪と花火』に改題。
「蟇」……『雪と花火 増補版』(東雲堂書店、1929年)

歌詩

雨あがり
やはらかい銀の毬花の、ねこやなぎのにほふやうな、
その湿つた水路に単艇はゆき、
書割のやうな杵屋の
裏の木橋に、
紺の蛇目傘をつぼめた、
つつましい素足のさきの爪革のつや、
薄青いセルをきた筵若の
それしやらしいたたずみ……

ほんに、ほんに、
黄いろい柳の花粉のついた指で、
ちよいと今晩は、
なにを弾かうつていふの。
梨の畑
あまり花の白さに
ちよつと接吻をして見たらば、
梨の木の下に人がゐて、
こちら見ては笑うた。
梨の木の毛虫を
竹ぎれでつつき落し、
つつき落し、
のんびり持つた喇叭で
受けて廻つては笑うた、
しよざいなやの、
梨の木の畑の
毛虫採のその子。

*紙製の喇叭見たやうなもの
六月
白い静かな食卓布、
その上のフラスコ、
フラスコの水に
ちらつく花、釣鐘草。

光沢のある粋な小鉢の
釣鐘草、
汗ばんだ釣鐘草、
紫の、かゆい、やさしい釣鐘草、

さうして噎びあがる
苦い珈琲よ、
熱い夏のこころに
私は匙を廻す。

高窓の日被
その白い斜面の光から
六月が来た。
その下の都会の鳥瞰景。

幽かな響がきこゆる、
やはらかい乳房の男の胸を抑へつけるやうな……
苦い珈琲よ、
かきまわしながら
静かに私のこころは泣く……
薄荷酒
「思ひ出」の頁に
さかづきひとつうつして、
ちらちらと、こまごまと、
薄荷酒を注げば、
緑はゆれて、かげのかげ、仄かなわが詩に啜り泣く、
そなたのこころ、薄荷ざけ。

思ふ子の額に
さかづきそつと透かして、
ほれぼれと、ちらちらと、
薄荷酒をのめば、
緑は沁みて、ゆめのゆめ、黒いその眸に啜り泣く、
わたしのこころ、薄荷ざけ。
夏の昼間の
ひきがえる
そなたは、なんで
さびしいぞ。

白い女の
指さきで、
刺され、つかれて
うれしいか。

夏の昼間の
ひきがえる、
海鼠色した
ひきがえる。

金の指輪に、
肢が切れて、
血でも出したら
何とする

夏の昼間の
ひきがえる、
海鼠色した
ひきがえる。
日曜の朝、「秋」は銀かな具の細巻の
絹薄き黒の蝙蝠傘さしてゆく、
紺の背広に夏帽子、
黒の蝙蝠傘さしてゆく、

瀟洒にわかき姿かな。「秋」はカフスも新らしく
カラも真白につつましくひとりさみしく歩み来ぬ。
波うちぎはを東京の若紳士めく靴のさき。

午前十時の日の光海のおもてに広重の
藍を燻して、虫のごと白金のごと閃めけり。
かろく冷たき微風も鹹をふくみて薄青し、
「秋」は流行の細巻の
黒の蝙蝠傘さしてゆく。

日曜の朝、「秋」は匂ひも新らしく
新聞紙折り、さはやかに衣嚢に入れて歩みゆく、
寄せてくづるる波がしら、濡れてつぶやく銀砂の、
靴の爪さき、足のさき、パツチパツチと虫も鳴く。

「秋」は流行の細巻の
黒の蝙蝠傘さしてゆく。

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