作曲家・多田武彦〔通称・タダタケ〕のデータベース。

男声合唱組曲「藁科」[改訂版](作詩:中勘助)

藁科ワラシナ指示速度調性拍子備考
1はつ鮎ハツアユModerato recitativo4分音符=84ヘ短調4/4
2タケノコAllegretto comodo4分音符=120ト短調2/4
3西ふきあれてニシフキアレテAllegretto pesante4分音符=116ニ短調4/4
4めしメシAllegro scherzando4分音符=152ト短調4/4Bass solo, Tenor solo
5雨も悲しアメモカナシAndante doloso4分音符=80ニ短調2/4

作品データ

作品番号:T07:M07nR

初演データ

初演団体:男声合唱団白門グリークラブ
初演指揮者:多田武彦
初演年月日:2000年11月19日

楽譜・音源データ


男声合唱組曲「藁科」

作品について

藁科とは静岡市葵区の地名。
大幅な改訂はされているものの、曲の変更はない。
詩の出典
『藁科』(山根書店、1951年)
各詩の制作年月日は次の通り。
「はつ鮎」……1944年6月1日
「筍」……1941年4月13日
「西ふきあれて」……1944年2月25日
「めし」……1940年7月4日
「雨も悲し」……1942年4月19日

歌詩

はつ鮎
藁科川に初鮎をつるかたがた
もしや脚絆わらぢの釣り支度で
竿をもたない年寄がいつたら
お邪魔でもすこし席をあけて
釣りを見せてやつてください
背の高い半身不随の
もののいへない年寄です
彼はわれとわが心から
淋しく 苦しく 不仕合せで
釣りのほかには楽しみがなく
これといつて慰めもありません
老衰のうへに病気もてつだつて
重たい鮎竿がもてないため
さうしてひと様の釣りを見てあるきます
そんな老人にお逢ひでしたら
私の伝言を願ひます
私はここにきてゐると
うきや糸まきおもりなど
かたみの品もあるから
ゆつくりよつて休むやうにと
どうぞ皆さんお願ひします
彼は私の亡くなつた兄です
毘沙門堂から筍がきたぞう
山科の名物のよ
竹の子ヤーイ 竹の子
毘沙門堂の竹の子
荒目の籠に笹をしいて
細縄でからげてある
ゐのししのよな二十本
土まみれのころころ
竹の子ヤーイ 竹の子
毘沙門堂の竹の子
この竹の子はうまいぞ
毘沙門堂の竹の子
西ふきあれて
西吹きあれて
ゆききとだえた街道の
戸をさした茶店のまへに
皺み立つ裸木
鳥も宿らず
がじやむじやにもまれて
樗の実黄に
からからと鳴つてゐる
めし
南泉和尚のところへ
さる坊主がきよつて
「腹がへつてどもならん
飯をくはしてたばらんか」
南泉米をだし
「これをたいてたべなさい
わしは茅刈りにゆくけん
わしのぶんもたいとくれ」
いうて茅刈りにでたれば
坊主はぺろりふたりぶん
きれいに平げて
大の字に寝よつた
南泉帰つて見まはせば
なんと飯のけもない
ではわしも寝ようかと
ころがるとたんに坊主は
すつと立つていんぢもた
南泉も坊主も
いいきなやつさね
雨も悲し
雨も悲し
風も悲し
照る日もまた悲しかりけり
四十年
嵯峨たる行路
われを守り
われを導き
沮喪する我を励まし
くづをるる我を起たせ
狂気より癒やし
死より救ひ
友となり
母となり
手を携へて歩みきし人
たぐひなき善良柔和の人は
ゆきて帰らず旅だちたれば
夜も悲し
昼も悲し
朝ゆふもまた悲しかりけり

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