初演データ
初演団体:男声合唱団白門グリークラブ
初演指揮者:多田武彦
初演年月日:2000年11月19日
詩の出典
『藁科』(山根書店、1951年)
各詩の制作年月日は次の通り。
「はつ鮎」……1944年6月1日
「筍」……1941年4月13日
「西ふきあれて」……1944年2月25日
「めし」……1940年7月4日
「雨も悲し」……1942年4月19日
はつ鮎
藁科川に初鮎をつるかたがた
もしや脚絆わらぢの釣り支度で
竿をもたない年寄がいつたら
お邪魔でもすこし席をあけて
釣りを見せてやつてください
背の高い半身不随の
もののいへない年寄です
彼はわれとわが心から
淋しく 苦しく 不仕合せで
釣りのほかには楽しみがなく
これといつて慰めもありません
老衰のうへに病気もてつだつて
重たい鮎竿がもてないため
さうしてひと様の釣りを見てあるきます
そんな老人にお逢ひでしたら
私の伝言を願ひます
私はここにきてゐると
うきや糸まきおもりなど
かたみの品もあるから
ゆつくりよつて休むやうにと
どうぞ皆さんお願ひします
彼は私の亡くなつた兄です
筍
毘沙門堂から筍がきたぞう
山科の名物のよ
竹の子ヤーイ 竹の子
毘沙門堂の竹の子
荒目の籠に笹をしいて
細縄でからげてある
ゐのししのよな二十本
土まみれのころころ
竹の子ヤーイ 竹の子
毘沙門堂の竹の子
この竹の子はうまいぞ
毘沙門堂の竹の子
西ふきあれて
西吹きあれて
ゆききとだえた街道の
戸をさした茶店のまへに
皺み立つ裸木
鳥も宿らず
がじやむじやにもまれて
樗の実黄に
からからと鳴つてゐる
めし
南泉和尚のところへ
さる坊主がきよつて
「腹がへつてどもならん
飯をくはしてたばらんか」
南泉米をだし
「これをたいてたべなさい
わしは茅刈りにゆくけん
わしのぶんもたいとくれ」
いうて茅刈りにでたれば
坊主はぺろりふたりぶん
きれいに平げて
大の字に寝よつた
南泉帰つて見まはせば
なんと飯のけもない
ではわしも寝ようかと
ころがるとたんに坊主は
すつと立つていんぢもた
南泉も坊主も
いいきなやつさね
雨も悲し
雨も悲し
風も悲し
照る日もまた悲しかりけり
四十年
嵯峨たる行路
われを守り
われを導き
沮喪する我を励まし
くづをるる我を起たせ
狂気より癒やし
死より救ひ
友となり
母となり
手を携へて歩みきし人
たぐひなき善良柔和の人は
ゆきて帰らず旅だちたれば
夜も悲し
昼も悲し
朝ゆふもまた悲しかりけり