スマブラのエロパロスレまとめ

 僕は「この世界」で、たくさんの仲間に囲まれて、本当に楽しい毎日を過ごしていた。
 みんなで試合をして、ホームランコンテストをして、マスターハンドに挑戦して。
 最近では新しいファイターさんたちもたくさん迎え入れて。この世界は賑やかになって……
 そんな楽しい日々がいつまでも続くと思っていた。

 でも違った。
 僕達の住む世界の平和は、希望は、いとも簡単にばらばらにされてしまった。

 数年前、亜空の使者の脅威が僕らの世界を襲ったことは記憶に新しい。その時は顔も知らないメンバーたちが自然と集まり、いつしか大きな力になって、悪の親玉のタブーを倒したんだった。
 でも、この話はそれで終わったわけじゃなかった。
 タブーがいなくなった後にも、世界中には亜空軍や影虫たちが残っていた。僕らファイターは残ったそれらを駆除するために何度かこの世界を回ったりもしたけど、一方で、亜空軍の残党は僕達が知らない時空の狭間に集まり、密かに戦力を増やしていた。
 そしてある時、それらが堰を切ったように、僕達のところに一斉に襲い掛かってきた。
 この世界の二度目の危機。僕達は新しく量産される亜空軍を相手に一生懸命戦った。でも、ダメだ。倒しても倒しても、後から後から出てくる。
 ゼルダ姫はこの雰囲気を敏感に察しとり、こう言っていた。
「何者かが、裏で糸を引いているようです……」
 でも、僕達が一致団結して、その何者かの正体を暴くには至らなかった。
 タブーがいなくなった今、亜空軍たちの中心核がどこにいるのかも分からない。なすすべもないまま、僕達はひたすらに防戦を続けていた。
 相手の圧倒的な数の前に、次第に僕らは劣勢になっていった。多くのファイターは彼らに捕獲され、捕まらずにすんだ残りのファイターのほとんども、広大なこの世界に散り散りになってしまったのだ。

 
 僕はみんなとはぐれて、たったひとりでこの世界をさまよっていた。
 みんなの安否は分からないし、無事だとしても、どこにいるのか見当もつかない。そして、僕はこれからどうすればいいのか分からない。
 そうしている間にも、各地に散らばったファイターを捕獲しようと迫り来る亜空軍たち。当然、僕の前にもそれは現れた。
 僕だって亜空軍と対峙すれば戦闘は頑張るけど……実を言うと、僕はファイターの中でも特に弱かった。
 みんなと一緒に大乱闘をしていた頃、マスターハンドからもガッツがないと評価されていたし、戦績もいつもビリから数えたほうが早いくらい。
 そんな僕が、こんな状況に置かれて何が出来る? 僕に出来ることは、世界中にのさばる亜空軍たちから身を隠しながら、他のファイターたちと合流できるのを願うことだけだった。

 僕はひたすらに亜空軍から逃げ続けて、怯えながら各地を彷徨い続けていた。
 けれど、深い樹海の中で、僕はとうとう一人のファイターと合流することが出来た。

「……!」
 深い森を歩いていた僕は、道の先に何かの気配を感じて、とっさに身をかがめた。
 亜空軍が現れた時は、いつもこんな風だ。戦いに乗り出すことなんてとてもできない。
 僕は大きな切り株のそばに隠れて、道の先の様子を伺った。
 
 そこには、わらわらと郡をなす亜空軍と一人のファイターが戦っていた。
 多数の亜空軍を相手にしていたのは、すらりと背が高く、色白……というか真っ白な、健康的なお姉さん。
 Wiifitトレーナーさんだった。この世界にファイター登録されたばかりで詳しくは知らないけど、ヨガと健康のエキスパートであり、軽やかな身のこなしと体術を生かした戦闘が得意だと聞いている。

 トレーナーさんは複数の亜空軍に囲まれながらも、一歩も引かずに戦っていた。
 本当は、彼女がたった一人であんな大勢の敵と戦っているなら、僕だってすぐに助けに飛び出さなきゃいけないはずだ。
 でも僕は意気地がなかった。僕は怖くて怖くて、木の陰に隠れて、助けようか、どうしようか迷うことしか出来ずにいた。
 
 トレーナーさんは僕とは違う。戦闘力と勇気を持っていた。新人さんとは思えない勢いで、襲い掛かってくる亜空軍たちを迎え撃っている。強い一撃で、向かってくる亜空軍を跳ね飛ばし、攻撃を見切って丁寧に回避も出来ている。
 彼女はたった一人で、ずっとこんな風に戦っていたのか。戦うことができたのか。僕はいつしか、怯えるどころか彼女に見とれてしまっていた。

 敵のほうを見渡してみると、亜空軍との戦いでは何度も遭遇したお馴染みの面子だった。
 様々な武器をかまえたプリムに、大きな目玉に電気を帯びた触手を持つパッチ。浮遊する雷雲のようなスパー。亜空軍の襲撃時にはいろんなところで見かけた尖兵たちだ。
 でも、見たことのない亜空軍も何体かいる。特に、少し奥のほうで他の亜空軍たちを統率している、プリムに似た別の亜空軍兵は見たことがない。
 体色が赤茶色だけどファイアプリムとは違い、少し頭身が高く、長い剣をかまえ、首にスカーフのようなものを巻いている。あれも新しいタイプのプリムだろうか?
 
 トレーナーさんは亜空軍との戦いが終わった後にこの世界にやってきたファイターだ。でも、彼女はこの事態が起きて初めて目にするであろう亜空軍を相手に臆することなく、それらに戦いを挑んでいる。
 ぼ、僕も戦わなきゃ。そういう気持ちはいっぱいなのに、足が震えて動かない。なにしろ、あんなたくさんの亜空軍は、前の襲撃の時にも相手にしたことがないからだ……でも、このままだとトレーナーさんが……

 僕が見ている前で、トレーナーさんは次々に亜空軍を倒していった。でも、やはり多勢に無勢のようだった。
 トレーナーさんは敵の飛び道具を何度か受け、特に浮遊する敵を相手に苦戦を強いられているようだった。トレーナーさんの上空を飛び回るパッチの無数の触手は鞭のように振るわれ、その手数でトレーナーさんは次第に押されていく。
 そうして、いつしか彼女の腕には、パッチの縄のような触手が巻きつけられ、彼女がそれを振り払う前に、ぐんと宙に持ち上げられてしまった。

 そのまま複数の触手が彼女の肢体に絡みつき、鞭打ちの跡をつけ、激しい電撃を送って、タンクトップやスパッツの中にまで触手を潜り込ませようとする。
 なんて酷いことを。過去にも亜空軍とは戦ったけど、あの時は、こんなに執拗な攻撃をしてきただろうか? 単にファイターと戦うというよりは、まるで苛めるように、辱めるようにして責め落としているようだった。力技でない分、余計に卑怯だ。
 いや……それを言うなら、そんな様子を黙ってみていて、放っておく僕のほうがよっぽど卑怯で……酷くて……

 トレーナーさんの端正な顔が苦痛に歪む。触手はいまや身体中に巻きついて、彼女を酷い電気責めにしていた。彼女は電撃に痺れて、うなだれた手がびくんと痙攣する。
「……! や……やめろー!」
 気がつくと、考えるより先に体が動いていた。亜空軍に立ち向かえる自信も勝算もなかったけど、もう、そんなことを気にしている場合じゃない。
 僕は敵の群れめがけて飛び出し、がむしゃらに体当たりして地上にいたプリムたちを退けた。戦う手は何も考えていなかったけど、僕には浮遊する敵への攻撃手段がある。トレーナーさんを捕まえているパッチが僕に気づいて隙を見せたので、サンダーでまとめて撃ち落した。
 技を放った後、トレーナーさんに僕の攻撃が当たらなかったか背筋が寒くなったけど、運よくトレーナーさんに当たることはなかった。
 パッチたちは散らばるように吹き飛び、触手がほどけてトレーナーさんが泥の地面に落ちてしまう、悔しいことに、それを受け止める術は僕にはなかった。
 僕は周囲を取り囲む亜空軍を警戒しながら、トレーナーさんのほうを気にした。もろに落下したけど、大丈夫だろうか? まさか僕のせいで……なんてことを気にしたけど、トレーナーさんは無事のようだ、すぐに身体を起こした。
 そして、僕のほうを見て
「あ、あなたは……」
 突然の加勢に来た僕に驚いている様子だった。僕は、今まで引っ込んでいたのを申し訳なく思って、思わず
「ご、ごめんなさい……」
 と口走ってから
「僕も手伝います! 空の敵は任せて!」
 攻撃の手を再開した。
 彼女と状況を照らし合わせたり、暢気に会話をしている場合じゃない。周囲を取り囲むたくさんの亜空軍を、とにかくどうにかしないと。

 トレーナーさんはすぐに分かってくれた。彼女はすっと立ち上がり、すぐに姿勢を直して戦闘態勢を取り戻した。
 ここからは、二人一組での戦いだ。 
 トレーナーさんは分散する敵全てに気を配るのをやめて、地上にいる、自分の攻撃範囲の敵に集中しはじめる。空の敵は、僕に任せてくれるということだ。
 僕はその信頼に応えるため、トレーナーさんを守るようにして、上空の敵を牽制した。
 言葉を交わす暇もない、一瞬の気の緩みも許されない戦いだったけれど、僕達は、思いのほか息を合わせて戦うことが出来た。
 正直、こんな大群にかなうわけないと思っていたのに、僕の攻撃の手が間に合わない場所にトレーナーさんがうまくサポートをしてくれるので、集中力を切らさずに戦うことが出来る。

 僕らを取り囲む亜空軍の数が減ってきた。この調子なら、ここにいる分は殲滅もできるかもしれない、と少し調子が上がってきたときだった。
 先ほど気にしていた、あの赤茶色のプリムが前に飛び出してきた。トレーナーさんは僕の背後の亜空軍で手一杯なので、このプリムは僕が相手をしなければならない。
 でも、妙だった。このプリム、他の亜空軍と何かが違う。こんなプリムははじめてみるのに、どこか、前にも見たことがあるような……

 そうだ、この刀身の長く細い剣、そして構え、戦術がファイターのロイさんにそっくりなんだ。
 僕は一瞬、みんなで平和に戦っていたあの時のことを思い出した。ロイさんとも試合をお願いしたことがあったっけ。あの時は、ロイさんの剣の切っ先から逃げられずに、一方的に攻撃をされていた……
「うわぁっ!」
 一瞬ぼんやりした隙をつかれた。赤プリムは信じられないスピードで僕に襲い掛かり、僕はあっという間に切りつけられてしまった。
 トレーナーさんがぱっと振り向き、僕の異常に気がついた。僕はすっかり姿勢を崩されてしまい、赤プリムの追撃を受けるばかりだ。

 でも、赤プリムの次の一撃が僕めがけてくる前に、僕は肩をぐいと引っ張られた。そして
「逃げましょう、早く!」
 トレーナーさんからの鋭い指示が入る。辺りを見ると、周囲の亜空軍たちの群れはだいぶまばらになっており、撒こうと思えば撒けるくらいにしか残っていない。
 トレーナーさんは周囲から抜け出せそうな隙を突いて、そこにめがけて素早く走り出す。
「こっちです!」
 彼女は僕を置いていくつもりのわけではない。有無を言わず、全速力でついていくしかなかった。僕はすぐにトレーナーさんの後に続いて、後方にもう一度フリーズを放ち、敵が少し怯んでいる隙にその場を逃げ出した。

 僕らは亜空軍の追っ手から全速力で逃げ続けた。僕はトレーナーさんに何にも言うことができないまま、足が速い彼女の後に息を切らしながらついていくしかない。
 彼女は僕に合わせて走るスピードを加減しているのか、この鬱蒼とした森の中でも、ぎりぎり見失うことはなかった。
 そのまま駆けて、駆けて、駆け続け、いつしか背後から来る亜空軍たちの気配が消えてももっと走り続けた。

 そうして敵と遭遇した地点からだいぶ走った後、トレーナーさんはやっと走りを緩やかにし、それから僕に振り返ってくれた。
 僕はもう、呼吸も荒く頭をくらくらさせながら、気がつくと、トレーナーさんの腕の中に倒れこんでいた。
「大丈夫ですか? 少し無理をしてしまいましたね」
「は、はい……」
 僕は息つぎの合間に、やっとトレーナーさんに声をかけることができた。それでも、ほとんど息絶え絶えで、全身が痛くて動けずトレーナーさんの腕に抱かれているしかない状態だったけれど……。
 仕方が無い、トレーナーさんのしたことは正しかった。このくらい命がけで走らなければ、あの亜空軍たちを撒くことはできなかったんだ。
 きっと僕一人だったら、いつしか諦めて走るのをやめてしまっただろう。彼女に助けられた。
「落ち着くまで楽な姿勢をして、ゆっくり呼吸してください。あまり息を吸いすぎないように」
 トレーナーさんに言われたとおり、僕は時間をかけて呼吸を整える。トレーナーさんは、時折周囲を警戒しながらも、そんな僕の様子をずっと見守ってくれた。

 僕が普通の息を取り戻すまではずいぶん時間がかかり、ようやく呼吸が整ってからも、ダメージと緊張でへたりこんでしまった。
 トレーナーさんは僕を楽な姿勢で座らせ、それから前にしゃがみこんで、改めて挨拶をしてくれた。
「……リュカさん、ですね。Wiifitトレーナーです」
「う、うん……よろしく……」
 僕のことは、覚えていてくれたみたいだ。僕より年上のお姉さんなのに、物腰丁寧だった。

 僕とトレーナーさんとはファイター同士。でもトレーナーさんとは、これまでほとんど……いや、全く話をしたことがなかった。初めてこの世界に来たときの対面で、顔を合わせたくらいだ。
 彼女はこの世界にファイター登録されたばかりの頃から高レベルの試合に臨んでいて、僕とマッチを組まれることもなかったし、彼女が開催していたという健康教室にも僕は顔を出していなかった。ましてやプライベートで話すことだって一度も無かった。
 だからか、まるで初対面のような挨拶になってしまう。

 そして僕はここにきて、改めてトレーナーさんのことをじっくりと見ることが出来た。
 トレーナーさんはさっきからずっと、常に視線がまっすぐで、明るくはきはきとして強く見えた。とってもかっこいい。
 ここまで一人で乗り切ってきたことは、優れた戦闘力の証だった。彼女はたくましかった。僕なんかと違って……

「リュカさん、お礼を言うのが遅れてしまいました。助けていただいて、本当にありがとうございます」
「はぇ……助け……」
 僕は酸欠気味で少しぼーっとしていたけど、その言葉を聞いてすぐに頭がクリアになった。
「そ、そんな! 助けただなんて! 僕、ずっと怖くて隠れていただけで……」
 そう、お礼を言われるなんてとんでもなかった。僕は今までずっと逃げ隠れし続け、トレーナーさんが危ない時にもなかなか前に出られずにいたのに。
 思い出すほど情けなくなる。それでも、トレーナーさんは僕に感謝し、僕のことを褒めてくれた。
「ぼ、僕、なかなかトレーナーさんを助けられなくて……それでトレーナーさんがあんな目に……」
「それでも、勇気を出して私のことを助けてくださったじゃありませんか。謙遜なさらなくてもいいんですよ」
「そ、そんな、僕達ファイター同士なんだから、当然だよ! 僕なんか……」
 僕はもう、申し訳なくて、恥ずかしくて、トレーナーさんと顔も合わせられない。

 トレーナーさんが僕のことを素直に褒めてお礼を言ってくれているのが分からないわけじゃない。
 でも僕は、そんなに褒められるようなファイターじゃないんだ。僕は時々自分が嫌になってしまう。褒められると、余計に辛くなる。

「リュカさん? 何を悩んでいらっしゃるんですか?」
 トレーナーさんが不思議そうに僕を見つめてくる。僕のことを知らないんだから、無理もないか。
「トレーナーさん、僕、本当は、ぜんぜんだめなんだ」
「だめ、とは?」
「僕、今日までずっと、何にも出来ないでうろうろしてただけなんだ。亜空軍が怖くて、不安で、何にも出来なかった。こうしている間にも、トレーナーさんとか、みんなは亜空軍と戦ってるのに。……だから僕は」
 それ以上の言葉は出なかった。ただただ情けない。こんな自分をなんとかしようと思うけど、それも出来なかった。

「リュカさん、聞いて下さい」
 トレーナーさんは、俯いていた僕に声をかけてくれた。優しいけれど、とても芯がしっかりした口調だった。
 僕が顔を上げると、トレーナーさんは僕の目をしっかりと見つめて、僕に話をしてくれた。
「リュカさん、私はファイターになるずっと前から、人々の健康を預かる仕事をしていました。多くの方々から健康の相談を聞き、アドバイスをしてきたんです。
 そうすると、私のところへ相談にやってくる多くの方は「自分は運動が苦手」とか「身体が硬くて困っている」と仰るんですよ」
「えっ? う、うん。それで?」
 その話には純粋に興味があった。……僕も人事ではないからだ。僕が相槌を打つと、トレーナーさんは頷いて続ける。
「しかし、そういう方々と一緒にトレーニングしてみると、意外と運動向きの身体だったり、柔軟体操をすればちゃんと体が柔らかくなったりするものなんです。
 皆さん、自分に自信がないだけで、内に持っている身体能力に気がついていないだけということも少なくありません」
「内に持っている能力?」
「はい。私はそういった方を、何人も見てきました」
 トレーナーさんは僕のことをじっと見つめながら、その話をした。
 もしかして、僕のことを言っているのかな? 僕は運動はあんまり得意じゃなくて、物理攻撃もPSI強化を頼りにしているところがある。でも、やろうと思えば、もっと強い攻撃ができるようになるとか。
「僕は、鍛えればもっと強くなるってこと?」
「もちろんそれもありますが」
 トレーナーさんの言いたいことは違ったみたいだ。
「私が思うのは、自分の能力に気づかない、それはなにも健康に関することだけではないのではいかということです。自分が持っている強いものに、気がついていない……
 リュカさん、あなたは先ほど、自分に自信が無く、出来ないことばかりだと仰っていました。でもそれは、ただ自分がそうだと思い込んでしまっているだけなのではないでしょうか」
「えっ……でも、それは本当のことなんだ。だ、だって僕、トレーナーさんみたいに勇気をもって戦えない。それに、他のファイターのみんなだったら、きっと迷わずにトレーナーさんを助けたと思うんだ、あの時。それなのに僕は……」
 僕が思っていることを並べようとしたら、トレーナーさんは僕に近づき、僕の両肩に手を置いてくれた。
「リュカさん、この世界には様々な才能を持っている人がいます。彼らの優の部分ばかりを見ていては、自分の優れているところを見落とし、自分がダメなんだと思い込んでしまいますよ。
 ……確かに、ファイターの皆さんの中には凄い方も多いですからね。自信がなくなることはあるかもしれません。……しかし」
 トレーナーさんは僕のことをじっと見つめる。僕のほうが恥ずかしくなるくらいにだ。そのグレーの瞳は、まるで僕の心に直接語りかけてくるようだった。
「あなたは襲われている私を助けてくださいました。そこにどんなに迷いや葛藤があっても、私にとってはそれだけが全てです。本当に、ありがとうございます。……リュカさんは、逃げたりせずに私を助けてくれたんです。
 そのことだけは本当のこと。ですから、どうか自分は劣っているなんて思わないで、自信を持ってください」
 僕は彼女の言葉に驚いて、呆気にとられてしまった。でも、凄く嬉しい言葉だった。トレーナーさんは自分が教える相手にはいつもこうやって接しているに違いない。
「トレーナーさん、あ、あの……」
 僕は彼女の言葉をじっくりと考え、あの時のことを思い出した。そうだ、確かにトレーナーさんの言うとおり。僕は散々迷ったりしたけど、あの時は無我夢中で、トレーナーさんを助けようとした。
 あの、助けようとした気持ちだけは、嘘じゃない。そう思うと、自然と気持ちが明るくなった。
「……分かった。うん、トレーナーさんがそう言ってくれるなら。……僕も、頑張ったよ」
 なんだか少し嬉しい気分になって、トレーナーさんに頷き返した。

 トレーナーさんは僕の肩を軽く叩いて手を離し、きれいな姿勢で、背後の岩に腰掛けた。
「気づくべきものに気づけば、人の能力は必ず伸びるものです。だからリュカさん、あの時の勇気と自信を、決して忘れないで下さい」
 そう言ってから、トレーナーさんの表情は少しだけ怪訝になり、
「それは、これからの戦いで絶対に必要になるものだと思います」
 背筋がぞくっとなるような言葉に続いた。

 トレーナーさんの言うとおりだ。
 僕達はとんでもない戦いの中に放り出された真っ最中。弱気や不安にかまっている場合じゃない。
 そのために、僕はあの時の一握りの勇気を忘れちゃいけないんだ。これから、この地獄を生き抜くためにも。


 僕達は互いに持っている情報を交換しようと、とりあえずこれまでのことをかいつまんで話し合いはじめた。
 でも、結局のところ、状況は僕もトレーナーさんも同じ。他のファイターたちから引き離されて、単独行動している、という以上のことはなかった。
「これからどうしよう……ずっと逃げ回っていかなきゃいけないのかな……」
 彼女と出会えても、その点はなんにも変わりない。そう考えると、やっぱり、気分が滅入ってしまった。
 でも、トレーナーさんは僕にこう言ってくれた。
「以前、この世界を亜空軍が襲撃した話は聞いています。その時も、絶望的状況の中、ファイターが集まり、脅威を乗り越えたのだそうですね、素晴らしいことです。……だとしたら、これから取るべき道は同じではありませんか?」
「えっ?」
「とにかく、他のファイターたちと出来るだけ多く合流すればいいのです。そうすれば、戦力も強まりますし、情報も集まります。もしかしたら、なすべき道も見つかるかもしれません」
 確かにその通りだ。でも、そんなにうまくいくだろうか。
「会えるかな、他のファイターたちと……」
 僕の胸にはただただ不安がいっぱいだった。もちろん、一人でいるときよりはずっと心強い。でも、だからといって、もう何も怖くないとか、この先うまくいきそうとか、まだまだそんな風には到底思えなかった。
 でも、トレーナーさんは違った。 
「大丈夫、こうして私とリュカさんが会えたのです。それにこの世界だって無限の広さではありません。もしかしたら、すぐにまた他のファイターたちと出会えるかもしれませんよ。
 諦めたら絶対に出会えませんが、諦めなければ、出会える可能性はいくらでもあるんです」
 なんて前向きなんだろう。それに説得力もある。
 僕は一人で考え込むと、不安を募らせるばかりだった。でも不思議なことに、彼女の言葉は僕の心をみるみる元気にしてくれる。
「そうか、諦めなければ。うん、そうだよね。分かった。僕も、下ばっかり向いてるのはもうやめる」
 自然とそんな言葉が出てくる。今までの僕なら思いもしなかったような言葉だ。

 空が明るくなり始めた。僕達が思っていた以上に、時間は進んでいたようだ。
 トレーナーさんはすっと立ち上がり、軽く伸びをして僕のほうを向き
「リュカさん。ともあれ、ここで出会えて本当によかったです。ここからは一緒に行動しましょう。よろしいですか?」
「えっ! う、うん! もちろん!」
 僕もトレーナーさんに続いてすぐに立ち上がった。
 山の向こうに太陽が昇ってきているのが見える。気のせいか、昨日までより空がずっと明るく見えた。今までは、どこまで歩いても、どれだけ逃げても、ずっと真っ暗が続いているような気がしていたのに。
「……!」
「あっ、トレーナーさん!」
 でも、僕達の前にすぐに安らぎは訪れなかった。今まで狙っていたのか、日の出と共にあっちも動き出したのか。もう、あちこちから亜空軍が現れてきた。
 僕はこれまではずっと一人ぼっちで、亜空軍を相手に逃げ続けてきた。でも、今はもう違う。一緒に戦う仲間がいる。だから逃げちゃいけないし、逃げなくても戦える。
「トレーナーさん!」
「えぇ、分かっています」
 僕達は互いの死角を補うように、背あわせの位置で立った。亜空軍は四方八方から沸いてきて、じりじりと僕たちに近づいてくる。
 こうして敵と向かい合うと、やっぱり怖い気持ちも捨てきれず、緊張が解けない。足が震える。
「リュカさん、深呼吸」
「えっ?」
 僕は彼女に言われたとおり、息を大きく吸って、それからゆっくりと吐いた。
 気持ちが落ち着く。集中力が戻ってきた。それから、自信も。見回してみると、僕の打撃力でもあしらえる敵ばかりだ。大丈夫、いける!
 僕が拳をぎゅっと握り締めたのを見て、トレーナーさんは自分の正面の敵から目を離さないまま、僕にもう一言だけ耳打ちした。
「フォーメーションは、先ほどと同じで大丈夫ですね?」
「う、うん……!」
 僕は空を確認した。やっぱり、浮遊する敵が、少し距離を置いている。これらの相手をするのは主に僕だ。

 僕達と亜空軍は少しの間、互いをにらみ合っていた。そのうち一体のプリムが痺れを切らして、僕達に向かって突っ込んでくる。戦闘開始だ。
 僕は慌てず、向かってきた一体をキックで払いのけた。PSIでパワーを高めた蹴りなら、プリムくらい難なく倒せる。
 最初の一体を合図に、敵がいっせいに迫ってきた。でも、大丈夫。落ち着いて戦えば、負けたりなんかしない。
 戦っている最中には、背後のトレーナーさんには目をやらなかった。僕は正面の敵から目を離してはいけないからだ。でも大丈夫、トレーナーさんだってきっと僕とおなじ、ちゃんと敵を倒しているに違いない。
 
 今の僕の中には迷いは無かった。
 トレーナーさんは僕と行動を共にしてくれる。共に戦ってくれる。だから僕も、彼女の隣で亜空軍との戦闘を頑張らないといけない。彼女に迷惑をかけないため。
 他に細かい理屈なんていらなかった。僕はその一心で、今までの恐怖心を捨てて、今も、これからもずっと、亜空軍たちと向き合うことに決めた。

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