マイケル・ジャクソンの作品から情報を集めてみました

概要

Earth Song (アース・ソング)
作詞:Michael Jackson
作曲:Michael Jackson
リリース:1995年
収録:『HIStory』(1995年発売)


エンディングの字幕の和訳 


このミュージック・ビデオは、人間とテクノロジーによって、悲惨な状況となっている以下の4大陸にて撮影されたものです。

★アマゾン熱帯雨林
アマゾン熱帯雨林の大部分は、このビデオで見られるように今は存在しません。
このビデオが撮影された一週間以内に、熱帯雨林が完全に破壊される運命でした。
この作品に出演していた人々は、プロの俳優ではなく、アマゾン熱帯雨林の原住民の人々です。

★クロアチア
クロアチアのシーンは住民のいる戦争区域で撮影されたものです。

★タンザニア
この作品には、マサイ族の村に住むマサイ族の場面が含まれています。
このミュージック・ビデオの撮影において、動物は一切傷つけられていません。
動物に対する非人道的な扱いの場面のビデオは、ドキュメンタリーの保管所から入手したものです。
本作品の進行中に、アフリカ像(本作品には写っていませんが)が、撮影現場から数マイルの所で、密猟者たちによって殺されました。

★ニューヨーク
森林火災のシーンは、ニューヨーク州ワーウィックにあるとうもろこし畑に設置された、6エーカー(約2428屐砲硫鯵哀札奪箸濃1討気譴燭發里任后
このシーンの撮影が行われた同じ週に、ロング・アイランドとニュージャージーの何千エーカーもの森林が放火により、失焼しました。
(SFの和訳より)
※下記の”タイトルの歌・メッセージに関連のある事項 ”と照らし合わせると、この作品に込められたマイケルのメッセージへの理解がより深まるかもしれません。

日本語訳

日の出はどうなるのか
雨はどうなるのか
すべてのものはどうなるんだ
僕らが手に入れたと言ってたものは
枯らした草原はどうなるのか
時間があるのだろうか
すべてのものはどうなるんだ
君と僕のものだと言っていたものは
立ち止まって気づくことはあったか
前に流した血
立ち止まって気づくことはあったか
泣いている地球
嘆き悲しむ海岸

関連するマイケルの発言や行動


World Music Awards 1996 in Monaco

マイケル周辺の動き

1996年3月30日、アース・ソングのビデオが第10回ジュネシス・アワード席上でドリス・デイ・アワードを受賞。
これは動物たちの窮状への感心を高めることに貢献した作品に与えられるもの。(マイケルジャクソン全記録より引用)

タイトルの歌・メッセージに関連のある事項

クロアチア紛争について


クロアチア紛争(クロアチアふんそう)は、1990年から1995年にかけてクロアチアのユーゴスラビアからの分離独立およびクロアチア人とセルビア人の民族対立をめぐる紛争である。
1918年にクロアチアは、第一次世界大戦中にセルビア王国が発表した戦後のバルカン地域の新国家像として南スラブ人による連邦国家の創設と言う提案に同意。セルビア・クロアチア・スロベニア王国の成立に参加した。この王国は1929年にユーゴスラビア王国と名称を変更するが、当初からこの王国の内政問題の第一はセルビア人とクロアチア人の民族対立であった。ユーゴスラビアはセルビア王国の国王を頂いており、クロアチア人には首都の所在するベオグラードの政治をセルビア人が独占しているとして不満があった。1939年には妥協策としてクロアチア人に一定の自治権を認めたクロアチア自治州が設定されたが、クロアチア人の不満は解消されず、一方でアンテ・パベリッチが主導するウスタシャは公然とクロアチア独立を掲げた。1941年に突如としてナチス・ドイツがユーゴスラビアに侵攻。ウスタシャはこれに協力して、傀儡国家クロアチア独立国を成立させた。一方でユーゴスラビア国王に忠誠を誓うセルビア人将校を中心として反ウスタシャ組織、チェトニックが組織され抵抗運動を開始した。ユーゴスラビアでの反ファシズム闘争は、クロアチア人とセルビア人の民族闘争に転化され、この戦闘の中で両民族は民族浄化、レイプ、住民の追い出しをはかり大量の死者と難民を生み出した。この出来事は1991年以降のクロアチア紛争でも再度論争の的となり、さらに同じような事件が繰り返された。(wikipediaより引用)

密輸象牙の摘発急増 09年前半で1600頭分 2009/08/15 15:14 【共同通信】


今年前半、アフリカやアジアで象牙の密輸事件が多発し、押収量は判明分だけで1万1千キロを超えたことが、日本の保護団体「トラ・ゾウ保護基金(東京)」による15日までのまとめで分かった。アフリカゾウ約1600頭分に当たるという。

アブラハムについて

アブラハム (ヘブライ語: אברהם‎, Abhraham) は、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信じるいわゆる聖典の民の始祖。ノアの洪水後、神による人類救済の出発点として選ばれ祝福された最初の預言者。「信仰の父」とも呼ばれる。

〜1995年(HIStory発売前)の社会情勢。

1992年〜95年:ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は、ユーゴスラビアから独立したボスニア・ヘルツェゴビナで1992年から1995年まで続いた内戦。
ユーゴスラビア解体の動きの中で、ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立を宣言したが、独立時に約430万人の人口のうち、民族構成の33%を占めるセルビア人と、17%のクロアチア人・44%のボシュニャク人(ムスリム人)が対立し、セルビア人側が分離を目指して4月から3年半以上にわたり戦争となった。
両者は全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、死者20万、難民・避難民200万が発生したほか、ボシュニャク人女性に対するレイプや強制出産などが行われ、第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争となった。(wikipediaより引用)

 

その他関連事項

伝説のスピーチ@リオ 1992年

1992年、12歳でセヴァン・カリス・スズキは、リオデジャネイロで開催 された環境サミットに際し、子どもの環境団体の代表として参加し 、募金活動を行った。そのメンバーと共に、セヴァン は、会議で子どもの視点からの環境問題についての後に有名になった講演を行い、満場総立ちの喝采を博した。

この作品に対するマイケルの言葉

「オーストリアのホテルにいるときにEarth Song を書いたことを覚えている。 その当時僕は地球が危機に瀕しているということに大変な痛みと苦痛を感じていたんだ。 僕にとって、これが"Earth's Song 地球の歌"だ。 人間が地球に間違った扱いをしていることで、自然はそれを償うために大変な犠牲を払っていると思うから。
エコロジカルにアンバランスな状態が続き、たくさんの環境問題がおきている。 地球も感じる、、、地球も痛みを感じると僕は思うんだ。 彼女(地球)は傷を負っているし、、。 けれども、惑星としての地球のいくつかの喜びにもこの歌は触れている。 僕はこの機会に地球の本当の声を人々に聞かせたいと考えている。 それが"Earth Song"です。 そのような事情がこの曲を創造する原動力となったんだ。 その歌は僕がオーストリアツアーをしていたときに、突然僕の膝の上に落ちてくるように自分の下に降りてきたんだよ。」(引用:http://mjlatest.main.jp/mjquarts.html

未確認事項及び議論すべき議題

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