マイケル・ジャクソンの作品から情報を集めてみました

概要

We Are The World (ウイ・アー・ザ・ワールド)
作詞:マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー
作曲:マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー
リリース:1985年3月8日
収録:『』(年発売)

マイケル中心的な役割を果たす。
POP、R&B、UK1位。全米だけでシングル400万枚以上、アルバムは300万枚以上売り上げた。
(NUMBER ONES歌詞カードより)

イギリスで活躍するミュージシャン、ボブ・ゲルドフが提唱したバンド・エイドの成功に触発されてアフリカの飢餓と貧困層を解消する目的で作られたキャンペーンソングである。
作詞・作曲はマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチーが共作で行い、プロデュースはクインシー・ジョーンズが担当した。
この歴史的なセッションの数日前の1月22日、ケニー・ロジャースが所有するライオン・シェア・スタジオにてクインシー・ジョーンズ、マイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチー、スティーヴィー・ワンダーが集まって先行レコーディングを行い、翌日にマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーによるデモテープが完成し、参加者に送られた。
そして1985年1月28日の夜、アメリカン・ミュージック・アワードの直後、アメリカ・ポップス界を代表する45人がハリウッドのA&Mスタジオに集結してレコーディングされた(もちろん無償である)。この夜、マイケル・ジャクソンはアメリカン・ミュージック・アワードを欠席し、一足先にコーラスの目安に使うためのガイド・ボーカルの録画を行っていた。(ウィキペディアより引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3...


We Are The World 2010年
アフリカの飢餓と貧困を救済するためにチャリティーソング「We Are the World」が制作されてから25年。同曲が、今度はハイチ地震の被災者を救援するために再レコーディングされた。クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーにより行われたレコーディングには、ジャンルや世代を問わず80名以上のアーティストが参加。ハイチの人々を支援するという目的でひとつになった彼らの思いが詰まった、感動的な曲に仕上がっている。また同曲のレコーディングにはジャネット・ジャクソンも参加しており、故マイケル・ジャクソンの映像との“兄妹共演”も果たしている。
 
この「We Are The World 25 Years for Haiti」の動画はYouTubeで見ることができ、同ページにて寄付も受け付けている。なお同曲はiTunes Storeなどで購入可能だ。
(引用:http://www.rbbtoday.com/news/20100216/65710.html

2010年1月12日に発生したハイチ地震による被災者支援のため、クインシー・ジョーンズとライオネル・リッチーが同年2月1日に、「We Are The World 25 Years for Haiti」として再レコーディングを行った。レコーディングは当初、この曲が25周年となる同年1月28日に予定されていたが、より多くのアーティストの参加を募るため、同年の第52回グラミー賞授賞式後に、ロサンゼルス市内にあるスタジオで行われた。新たにナタリー・コール、アッシャー、ジョン・レジェンドを始めとするアーティスト達がこのレコーディングへの参加し、ジャネット・ジャクソンはマイケル・ジャクソンの代役として別収録を行う。また、哀悼の意を込め、1985年版のマイケル・ジャクソンのパートは代役を使用せず、当時の映像をそのまま使用している。
(ウィキペディアより引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3...

歌詞

There comes a time when we heed a certain call
When the world must come together as one
There are people dying
and its time to lend a hand to life
There greatest gift of all

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日本語訳

今こそあの声に耳を傾けるんだ
今こそ世界が一丸となる時だ
人々が死んでゆく
いのちのために手を貸す時がきたんだ
それはあらゆるものの中で最大の贈り物
これ以上知らん振りを続けるわけにはいかない
誰かが、どこかで変化を起こさなければ
僕らはすべて神のもと、大きな家族の一員なんだ
本当さ
すべての人に必要なのは愛なんだ

僕らは仲間、僕らは神の子供たち
明るい明日を作るのは僕らの仕事
さあ今こそ始めよう
選ぶのは君だ
それは自らのいのちを救うことなんだ
本当さ、住みよい世界を作るのさ
君と僕で・・・
心が届けば支えになってあげられる
そうすれば彼らも力強さと自由を手に入れるだろう
神が石をパンに変えて示してくれたように
僕らもみんなで救いの手をさしのべるべきなんだ
※繰り返し
見放されてしまったら、何の希望もなくなるものさ
負けたりしないと信ずることが大切なんだ
変化は必ず起こると確信しよう
僕らがひとつになって立ちあがればいいんだ

関連するマイケルの発言や行動

<2001年ソロデビュー30周年コンサートで友人たちと歌った『we are the world』>

このVidは2001年のニューヨークでソロデビュー30周年コンサートの出席者が会場のモニター画面を撮影したものなのだが、これはTVで放送されていない。皮肉なことにコンサートの追加公演のあった日の8時間後にアメリカ同時多発テロが起こった。

マイケル周辺の動き


タイトルの歌・メッセージに関連する事項

<1980年代のアフリカの大干ばつ>

NHKアーカイブス保存番組詳細、NHKスペシャル アフリカ大干ばつ野生動物。
7年間の記録の番組内容紹介より
1980年代、アフリカ大陸は何年もつづく大干ばつに見舞われた。
その結果、1億5千万人もの人々が飢えに苦しみ、エチオピアなど各地で多数の犠牲者が出たことは記憶に新しい。
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B1000120099940...

<アフリカが貧困な理由>

国際公務労連(PSI)のHPより抜粋
http://www.psi-jc.jp/focus/2002_02/02.htm
★グローバル化は何をしたか
アフリカでは、金融機関、IMF、世界銀行およびWTOの手でリストラが行われてきた。WTOが促進する「自由貿易」政策によって不平等な取引が拡大して、アフリカの産業とアフリカ人民の生活は破壊されるに到った。アフリカは換金作物の生産を強いられたために、広範囲におよぶ食糧供給不安に陥った。外国からの直接投資は、多国籍企業とアフリカのエリートたちに利益をもたらし、アフリカの富と人民を搾取してきた。
アフリカ大陸をさらなる競争に開放することは、搾取の拡大につながるだけである。
世界銀行の貧困軽減戦略は貧困をさらに深化させてきた。重債務貧困国に対するイニシャチブのような債務削減戦略は、債権国や銀行に対するアフリカとアフリカ人民の隷属を恒久化する。
★アフリカにおける児童労働
家畜のように売られる
アフリカにおける児童労働は驚異的な水準に達している。5歳から14歳までの6千万人以上の子供たちがアフリカ大陸と中近東で労働している。
アフリカでボランティアをされている方のブログです。
http://purako.jugem.jp/
〜ブログの内容〜
元渋谷109ショップ店員、東京他店舗店長、OL、フリーターして、日本でできて5年目です。60カ国ぐらいうろうろバックパッカーして今はアフリカで現地の人たちと協会を作りました。別の国のひとたちのこと、HIVやいろんな問題、現地の人たちの生活のこと、貧しいということ、毎日の小さなこと書いていっています。

その他関連事項・その他

児童労働についてのマイケルのインタビュー(マイケルジャクソン全記録より引用)
2001年4月20日、BBCはマイケルが東アフリカのスーダンを訪問するだろうと報道。
同国で行なわれている児童労働虐待根絶を推し進めるため。
マイケルは、自身のチャリティー団体「ヒール・ザ・キッズ」を犠牲者救済のために使う。
この件について、NYポスト紙のインタヴューでマイケルはこう語った。
「この奴隷のような児童虐待を今にも、永遠に終わらせたい。これは本当に僕の心の底からの願いだ。児童虐待は僕の心を突き刺した。子供たちには子供時代が必要が。子供たちは、走り回り、遊ばなければならない。彼らが労働を強いられるなんてことはあってはならない。子供時代というのは、守らなくてはならない神様からの最高の贈り物なんだ。この問題は、誰も目を背けてはいけないことだと思う。」

未確認事項及び議論すべき議題

コメント

マイケルは、中心的になって『We Are The World』を創りました。
しかしこの活動を『提唱』したのは、ハリー・ベラフォンテというジャマイカ系アメリカ人の歌手の方です。1950年代『バナナ・ボート』という曲で有名になった人です。マイケルは、賛同したのです。
動画の中でも一番後ろでコーラスとして歌っています。社会活動家として意見したりした人で、この時も、ヨーロッパの『バンドエイド』の活動に感銘されクインシー・ジョーンズに相談したようです。ウィキペディアに詳しく載ってます。
マイケルも、有名な自分の影響力を考えたら「動かなくてはならない!」と、もともと積極的だけど中心的役割を果たしたのではないでしょうか。
この録音のとき、クインシー・ジョーンズは入り口のところで『自我を捨てて!』という看板を持って立ったとか・・・
有名アーチスト束ねたのですから、たいへんでしょうね。

動画で、録音後みんなが『バナナ・ボート』を歌い始め、ハリーさんを讃えたという場面もあるそうです。

★ハリー・ベラフォンテ
『バナナ・ボート』などのヒット曲や『ウィ・アー・ザ・ワールド』を送りだした『USAフォー・アフリカ』の提唱者として知られる。(略)
1960年に黒人では初めてエミー賞を受賞した。以降は財団を設立して黒人の地位向上のために力を注ぎ、公民権運動に積極的に関わるなど、音楽よりも社会活動家として活躍するようになる。
wikipediaより引用:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3...
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