宴の逃げ水・前編

星天の下、青髪の青年は宴に興じる村の衆を避けるようにし、
気の向くまま歩を進める。彼は一寸刻前の出来事を頭に巡らせていた。

イザよ・・・ あなたはふしぎな運命を 背負いし生まれてきた者 ・・・
(略)・・・ 旅立ちなさい それが あなたに 与えられた使命なのですから

(運命に使命・・・か。突然のことだったけど、村長もああ言うし、行くしかないよなあ・・・)

別に外が嫌いだとか物怖じしているというのではない。ただ一つ気掛かりがあった。

「ターニア・・・」

両親はこの世になく、家族は兄妹二人きり。自分が家を出れば、たった一人の妹を残すことになる。

振り返ってみると、お互いが支えあって生活を営んできている。
人の字の如く、片方がいなければ具合いが悪い。小さい頃から・・・

「?」

・・・何故か思い出せない。一緒にこの村で育ってきたはずなのに、思い出の欠片ですら・・・
近所のおばさんが言うには母親が美人だったと・・・しかし母の顔すら思い浮かべることは出来なかった。

(???)

そもそも、自分が幼いときの記憶が朧気なのである。特技の「思い出す」にしても、聞き慣れない言葉使いの人々、
得体の知れない怪物しか出てこない。まさか、一斎の自身の歴史がほぼ皆無なのではないのか・・・と疑い始める。

「僕は一体・・・」

薮から棒に湧いて降った機会と問題に戸惑いながら、ふと見上げると、星々が一筋の光をなして降り注ぐ。

「綺麗だな・・・何か願えば・・・思い出せるかな?」

・・・しかし、そんな思いは長くは続かなかった。

「ぐっ!?・・・(どてぼきぐしゃっ)」

流星を見届けた途端に視界の天地は引っくり返り、一瞬の内に闇へと引きずり込まれた。

「何をす・・・!」
「シーッ!!今いいところなんだから・・・」

不満の吐き口を塞ぎ、声を潜めて静かにしろといわんばかりに青年Aは促す。

「ぶは・・・何なんですか、もう」

一時の拘束から解放され、青年Aに倣って体を潜めた。彼の視線の先を辿ると、見慣れた二人が見える。


「ランド・・・結婚とか年のことなんかより・・・私ね・・・自分のことがよくわからないの」

ランドと呼ばれた金髪の青年に背を向け、茫然と述べる青髪の少女。

「何を言って・・・、一体何がわからないというんだい、ターニア?」

彼女の正面に回りこんで聞くランド。想いをぶつけても受け流されるので気が気でない。

「わからないわ・・・世界のことも、私自身のことも・・・少し考えさせて・・・」

首を振り、ターニアと呼ばれた少女はランドの元から、何かに引かれるようにして去っていった。

「ターニア・・・」

夜空を見上げて彼は何かを呟いたが、花火の爆音によってかき消された。
夜空の花が散るのを見届けると、彼もどこへとなく去っていった。


「・・・(可哀想にランド・・・反面ちょっこし安心してはいるが・・・
しかしターニアも僕と同じ様なことを考えて・・・何か関係が・・・それとも・・・)」

だが、その思考を隣人が打ち破る。

「いいなぁ、僕も青春したいし恋人が欲しいよ・・・」
「は!?」

いつのまにか青年Aの手はイザの肩へ伸びている。

「しかし、こうしているのも悪くはないねぇ、君?」

もう片方の手・・・どころか青年A自身がイザのほうへ覆い被さってくる!

「さ、△?●※な□×!〜っ!!」

身の危険を察し、魔の手をかいくぐり猶且つひらりと身を翻し、
声にもならぬ悲鳴を上げつつズザザザザっと逃げ出した。
これを青年Aが瞬く隙の内にやってのけた。何とも器用なものだ。

「はっはっは、ウブだね・・・ちょっとまずったかな?さてと」

青年Aは標的が去るのを見送ると、夜空の花を独り愛でるのであった。


「はぁっはぁ・・・何だったんだあの人は・・・喉がカラっカラだよっ」

しかしすでに飲み物はなく、空瓶が散乱している。村人に聞こうとしたのだが・・・
厳かであるはずの宴の場が近付き難い雰囲気を発していた。

「も、もうダメだ・・・死むぅ」
「そうか、ならば飲め、ワシはやる!」
「・・・・・・(返事がない、ただのアル中のようだ)」
「あっはっはっはっはぁ〜っ!」

「どうか儂のタキタキ踊りを見てくだされ〜」
どこからともなく笛の音がこだまするが、誰が吹いているのかは知るよしもない。
「お笑い草ですな!私のサカサカ演舞の方が勝っておりますぞい」

「わあっ、なんか変な人が混ざってるよぅ」
「うむ、そうじゃろう、そうじゃろう・・・」

倒れるまで踊り狂わされ、そこへ酒をしこたま流し込まれる。そんな地獄絵図が目前に広がっていた。


「駄目だ、こりゃあ・・・」

悪いことに水源の井戸はあの中央に、帰ろうにも位置的にあの集団を越えねばならない。

「仕方ない・・・あ、ここなら何か恵んでくれるかな?」

ちょうど近くにランドの家もとい酒場があったので、喉の潤いを求め、
チリリンと鳴らして入店する。しかし残念ながら店には誰もいない。

「流石に出払っているか・・・勝手知ったる他人の家だけど、無断で持ち出すのは良くないよな・・・」

「あら、誰かいるのかしら?」

階上からの声に振り向く。手摺から乗り上げるようにして、こちらへ声を
なげかける女性は、この酒場の主人であり、ランドの姉でもある。

「あ、お姉さん」

自然に委せた亜麻色のストレートな髪型と青いローブ兼作業服が、彼女の外見的な特徴だ。
着飾るということには無関心で、清楚な雰囲気を具えながらも気さくに働き掛けてくれる女性である。

「なんだイザ君じゃない。あなたは踊りに行かないの?」
「ええ、踊りは苦手なもので・・・(あの場に行けば間違いなく翌日は戦闘不能だからな・・・)」
「ふぅん・・・だったら上がってくる?話し相手がいないから
丁度退屈していた所だったのよ・・・というか来てくれないかしら?」
「それじゃ、お言葉に甘えて・・・」

つかつかと上がると、卓上にロウソク一本のみを光源とした少し暗い感じの室内が広がっている。
卓にグラスとワインボトルが置かれているのを見ると、彼女は独り晩酌に興じていたようだ。

「もう今日は死ぬかと思ったわよ〜そこに掛けてちょうだい」
「はあ、どうも」

主人は客人を誘い入れると、すぐさま不満の捌け口を得たとばかりに、
堰を切った様に口を開いた。飛込んでしまった彼は相槌を打つしかない。

「だいたい祭の準備だというのに、あの弟のバカはどこかへ逃げちゃうし、
父さんは騒ぎが苦手だからって建前で既に飲んでいて、ついでに武器屋のオヤジと
出来上がった挙句にステテコで踊り狂ってるしぃ・・・もう私ってなんなのよ!」
「そりゃ大変でしたね・・・」
「わかる?もう、イザだけよ!私の苦労がわかってくれるのは・・・ううっ」
「あ、泣かれると・・・困ったな」

しかし、そんな思いも長くは続かず・・・

「ねぇ、ぱふぱふしよっか!」
「え!?」

突然の彼女からの意外な申し出に対し、彼の時間が一瞬止まった。

「え・・と、コホン。もう一度聞いていいですか?」
「だ〜か〜ら〜、私とぉ〜ぱふぱふしないかって〜聞いてるのよぉ」
「ほ、本当に、いいんですかぁwww!!」
「・・ぷっ!ウソよウソ!あっはっはっはっ!イザったら意外とエッチなんだからぁ」
「だぁっ!!そ、そんなぁ」

期待は打ち砕かれ、思わずorzの姿勢をとってしまった。

「ふふ、すねちゃってかわいい〜」

自ら与えた不幸にも何ら構わずに、彼女はツンツンと愛用のマドラーで青髪に悪戯して追い討ちをかける。

「ああ、僕って一体・・・」

冒頭とはまた別の意味で、戸惑いを隠せない。ランドの姉に対し、清楚な印象を抱いていたイザ。
しかし酒が入ると、開放的に変貌する彼女の姿を目のあたりにし、正直面食らってしまっていた。

「あ〜笑ったわぁ。笑ったら喉が渇いちゃった。ワインワインっと・・・」

女主人の手がボトルへ・・・ふと、イザはここへ来た目的をやっと思い出し、とっさにそれを取り上げた。

「あ・・・私の」
「すみません、実は僕も喉がからっからなんです!是が非でもお水をくださいっ!!」
「い、いいわよ・・・(そんなにぱふぱふして欲しかったのかしら・・・)」
「まあ今度は僕の愚痴を聞いてくださいよ・・・」

形成逆転か、今度はイザが捌け口のターンを握った。

しばらくして

イザのターンが一段落し、階下に降りて瓶の底を覗く酒場の主人であったが・・・

「あら、水・・・もうなかったかしらね?」

確かにあったのだが、その水は彼女が給事に奔走している間、
酒呑みの衆によって全て平らげられてしまったのだ。彼等のほとんどは、
今ごろ草場の上ですやすやと寝息をかいていることだろう。

「しょうがないわね、全く・・・売り物もほとんど捌けちゃってるようだし・・・」

客人の渇きを癒さなければならないので何かないかと猶も探す女主人。

「井戸へ行けば教会へ担ぎこまれるはめになると、あの子が言うし・・・」

あまりにも必死にイザが弁明するので、迂濶に外へと出るのは控えたかった。

「まいったわね」


一方イザは・・・

「とうとうランドのお父さんも倒れたか・・・神父さんとシスターも大変だな・・・」

イザは窓から宴の様子を眺めていた。広場を見る格好の特別席である。さっきまでの殺伐とした雰囲気は
和らいでいたが、その中でなおも踊りつづける約二名によって、その尋常でない空気を維持されていた。

「まだいるよ、あの二人・・・というか・・・村にあんなオヤジいたかなぁ?」

首を傾げ、宴の成り行きを見守るのを止めてカーテンを閉めた。

「遅いな・・・」

と待ちかねていると、カツンカツンと聞こえてくる。

「ふぅっ、おまたせ!」

ドンっと卓に瓶が並べられた。

「やった・・・って、随分色々と持ってきましたね・・・」

果実を浸けたものからジュースらしきもの、ワイン、何か得体の知れないモノが漬け込まれた酒・・・

様々にあるが、残りの在庫を掻き集めたのだろう。よくも一度に持ってこれたものだ。

「さっき外を見たら、お父さんが教会へ担ぎこまれてましたよ」

「・・・準備をさぼってたんだから、ほっとけばいいわよ・・・
今行っても身の危険に晒されるし、神父さんにおまかせていれば
死ぬことはないでしょうし・・・バカな弟の事も知らないわ」
「(かなり根に持つんだな、このヒト・・・)で・・・お水は?」
「ないわよ?だから酒をもってきたんじゃないの」
「そんなぁ・・・全部がそうですか?」
「まぁキミにはちょっこし早いのかもしれないけど、お酒でも渇きは癒せるわよ」

※お酒は二十歳から。勧めても駄目です。水も飲まないと危ないです。

「うーん・・・」
「大丈夫、とりあえず度数の低いのを選んであるから、試してみてよ」

グラスをイザの前へ置いて、彼女は選択を促す。

「・・・では、これをください」

チンっと心地好く乾いた音を鳴らし、淡くレモン色をした液体が、注ぎ口から
トクトクトクっとグラスへ流し込まれる。それを客人へズイッと差し出す。

「・・・いただきます」

はじめはチビチビとすする程度だったが、すぐにグラスごと天を仰ぐようにして
グイっと流し込んでしまった。そして空のグラスが卓へトンっと降り立つ。

「まぁ」
「意外と美味、ジュースみたいですね」
「美味しく飲んでくれて嬉しいわ・・・それ5%だから飲みやすいけど、あの飲み方は感心しないわね」
「あ、はい・・・」
「お酒は楽しんで飲むものだからね・・・外の連中みたいになっては台無しよ」
「そうですね、気を付けます」
「さ、次はこれを飲んでみなさいな」

ボトルが差し出される。

「これは・・・とっとっと」

芳醇でフルーティな黄金色の液体がチョチョチョンっとグラスに注がれた。

「このワインはね、なんと私の名前と一緒なのよ」
「へぇ、じゃあ銘柄はオザンナっていうんですか」
「ええ、そのせいかお気に入りなのよね、これ」
「・・・うん!もう一杯いただけます?」

かなり口当たりがよかったので、グラスを差し出して更に求めたが・・・

「ダメ!これ結構高いんだから、もうあげない」
「美味いのになぁ・・・」
「次はね〜」

宴の端で密かな二人の酒宴が静かにはじめられた。

前編・完

後編に続く
2013年05月24日(金) 00:13:04 Modified by moulinglacia




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