(67-248)あゆみとさゆみの二人の秘密



6月の終わりから鳴き始めたセミたちは、そろそろ2ヶ月経つのにまだ鳴いていた。
あと一週間で8月が終わる。
窓を網戸にして扇風機にあたりながら、僕は残っている夏休みの課題をチャブ台に広げていた。

「……英単語の発音箇所は解けた、っと。次は……『英文を日本語訳にせよ』か……」

ぼろぼろの英和辞典を引きつつ、問題を解いていく。
そして。
一つの英文を前にして、僕の鉛筆を持っていた手が止まる。

I very much enjoyed the seaside.

「……『海岸は楽しかった』……」

S……。sea(海)のS、seaside(海岸)のS、そして、――道重……さゆみさんの、S。

まただ。
また僕の思考は中断し、鉛筆を落として、そのまま後ろに倒れて畳に仰向けになる。
目に映るのは汚れた木目の天井。
でも僕の意識は遠くにあって。
聞こえるはずのない波の音が静かに聞こえる。
僕はまた思い出す。
今でも夢か現か分からない、7月の終わり、夏休みが始まったころの出来事を……。




きっかけは、ほんの些細なお誘いだった。

「ねぇあゆみん、今度の土曜日に海に行かない?」

聖君が彼女の生田さんと一緒に僕の家に来て、そう言った。
僕は二人に麦茶を出しながら、

「良いけど、ちなみにメンバーは?」

と聞いた。

「今んとこ、えりと聖だけやけん。それだとつまらないと」
「あれ? 髪を茶色にして夏休みデビューした鈴木君は?」
「夏休みの前半は、里保ちゃんに会いにアメリカに行くってさ」
「昨日飛行機に乗ったと。
 今ごろ、再会して里保のことだから香音ちゃんにおもいきり甘えとるに決まっとるばい」

生田さんの言葉に、聖君は同意見だと言わんばかりに頷いている。
僕は薄っぺらい座布団に座って、

「じゃあ海に行くのは、僕を含めて三人?」
「……それだとなんだか寂しいね」
「あともう一人くらい欲しいとー」

生田さんが扇風機を独占しながら呟いた、と思ったら。

「石田君は一緒に海に行きたい相手とかおらんと?」

ニヤッと笑いながら聞いてきた。

一緒に……海……。

唯一浮かんだ、その人を脳内で思い描いていると、

「いるんなら早速誘うっちゃ!」

生田さんがチャブ台に置いてあった僕のケータイを掴んで押し付けてくる。

「ええ、でも……」

僕がモジモジしていると、生田さんはトドメの一発を言った。

「その人と海デートしたくなかと!?」
「したいっ!」

叫んでケータイを掴み、勇んで電話帳を開いてコールした……。




「海なんて、久し振りかも」

言いながら微笑む道重さん。
の、隣に、体をカチコチに固まらせている僕がフカフカする車の後部座席に座っていた。
聖君のお家の車が、海へと向かって走る。
運転しているのは聖君のお父さん。
お父さんは仕事があるらしくて、僕たちを海水浴場まで送ったら、また夕方ごろに迎えにきてくれる、とのこと。
ちなみに当の聖君は中央座席で一緒に座っている生田さんと、すっかり二人の世界に入っている。
……見ている僕のほうが恥ずかしいくらいに。
二人から目を逸らして、隣の道重さんに話しかけてみる。

「急にお誘いしたのに、来てくださってありがとうございます」
「いいよ。さゆみも夏休みは、絵里と一緒にれーなを……ごほん。
 じゃなくて、どうせ部屋でエアコンつけながらパジャマで一日中ネットしていただろうし」

――道重さんのパジャマ姿かぁ……。
…………。
はっ。邪な妄想を頭を振って追い払う。

「あゆみん、どうかしたの?」

そんな僕を見て不思議そうに尋ねる道重さん。

「い、いえ、なんでもないです。それより海、楽しみですね!」

言いながら乾いた笑いをして、なんとか誤魔化した。



と・いうわけで。

「海に着いたとー!」

生田さんがはしゃいだ声を上げる。
海岸からほどよく離れた場所には、海の家が建ち並び、
海を見ると、青いうねりが白くなり、波となって波打ち際にザザーンと絶え間なく打ち寄せる。
向かって左にはテトラポッドの山、遠くを見ると遊泳場所を知らせるブイ、
さらに遠くには防波堤、もっともっと遠くには漁船らしき船が一艘、陽炎のように揺らめいていた。

「あゆみん、どうしたのさ? 早く海の家で着替えようよ」
「あ、うん」

聖君に促され、僕たちは近くの海の家へと向かった。



聖君と二人、男子更衣室で水着に着替える。
青色のトランクスタイプの水着を穿いて、何気なく聖君を見ると……。
聖君は水着を穿いている最中で、チラリと男のシンボルも見えて。

「……聖君、キミは本当に僕と同級生?」
「へ?」

水着を穿いた聖君が間抜けな声を出す。
目に焼きついて忘れられない、僕の3倍はあろうか聖君のシンボル。

「あゆみん、なに落ち込んでるのさ?」

肩を落とす僕を不思議そうに見ながらも、ロッカーに鍵をかける。

「えりぽんが待っているかもしれないから、早く行こう」

肩を抱かれながら、僕たちは男子更衣室を出た……。
女性陣は、まだ着替えが終わっていないらしく、道重さんも生田さんの姿も見えなかった。
しばらく畳のスペースで待っていると、

「聖ーっ」

元気な声がしたので二人して振り向く。
女子更衣室から出てきたのは、緑のタンキニ姿の生田さんと……。

「待たせちゃったかな?」

し、白い、び、ビキニ姿の道重さん。
僕の視線は、ゆっくり歩いてくる道重さんから外すことができない。
気のせいか、海の家にいる聖君以外の男性全員が道重さんに注視している気がする。
生田さんはビニールポーチからなにか取り出し、

「聖、日焼け止め塗ってほしか」

と、聖君に甘えて。聖君も笑顔で日焼け止めを受け取った。

「さゆみも塗らなきゃ」

道重さんも日焼け止めを取り出して、それから、

「背中は自分じゃ塗れないから、――あゆみん塗ってくれる?」

僕に向かって妖艶に微笑む。

「ひゃ、ひゃい!」

ガクガク頷きながら、震える手で日焼け止めを受け取る。

「じゃあお願いね」

そう言って背中を向ける道重さん。
きめ細やかな肌を間近で見て、思わず生唾を飲み込む。
それから静かに背中に塗り始める。
手の平から伝わる、肌の質感。まるで陶磁器のように滑らかで。

「あ、首もお願い」

髪の毛を持ち上げて道重さんは白くて細いうなじを見せる。
色気漂ううなじを見て、頭がクラクラする。
海の家にいるはずなのに、まるで激しい直射日光を浴びているようで。
脳みそがふつふつと茹だった。
波の音が遠くに聞こえる。
僕は慎重に日焼け止めを塗っていく。



そこから先は、まさに夢心地。
生田さんが大きな浮き輪をレンタルして、聖君と二人で海に向かって行く。

「二人の邪魔をしちゃ悪いから、別行動しようよ」

道重さんの提案を断るはずがなく、僕は快諾する。
熱い砂浜をサンダルで歩きながら、僕は道重さんの隣を歩く。
歩きながらも、チラチラ、隣の道重さんを盗み見る。
名画のように美しい横顔、形の良い胸、きゅっとくびれたウエストに、可愛いおへそ。――道重さんは全てが完璧だった。
波打ち際まで来た途端、道重さんはプッと吹き出した。

「あゆみん、歩いている最中、すごいガン見してたね。そんなにさゆみのことが気になるの?」
「えっ、あ……バレてました?」
「うんバレバレ」

気恥ずかしさで顔を熱くさせ、僕は俯く。

「ねえ、」

俯いた僕の顔を上目遣いで道重さんは覗きこんだ。

「水遊びより、もっと楽しい遊び……しない?」

艶やかな微笑に脳みそがくらりと大きく揺れて。

「はい……します」

本能的に頷いた、――。




足首まで波に浸かりながら、僕は道重さんの後ろをふらふら歩く。
辿り着いた先はテトラポッドの山。
足のすねまで海に浸かり、僕は人目につかないテトラポッドの陰に背中を預けさせられた。
さらり、胸板を触られる。

「けっこう筋肉あるよね。でも白くて細身だから、女の子みたい……」

僕の身体に触れる手は、胸板だけじゃなくてワキ腹やおへそ周りにも動いていく。
道重さんの目が妖しく光った……気がした。

「あ、道重さ……」
「静かにしていないと、だれかに見つかっちゃうよ?」

言われて、慌てて片手で自分の口を塞ぐ。
その間も道重さんの手は僕の身体をあちこち触る。

「ふ……う、」
「声を我慢しちゃって可愛いの」

暑くて、――熱い。
海に浸かっているのは足のすねまでだし、真夏の太陽が容赦なく僕に己の光と熱を浴びせる。
全身がじんわり汗ばんでくる。
そして。
道重さんが優しい手つきで僕の上半身を触っている。
否が応でも昂ぶり、声が出そうになる。
その事実に、吐く息が熱く、脳みそが溶けそうなくらい熱い。

「――やっぱり男の子だね」
「……え?」

道重さんの愉快そうな声で現実に引き戻される。
道重さんの視線はやや下を向いていて。
僕もつられて見ると、――水着を小さく押し上げて主張している股間が目に入った。

「ふふ。触られただけで感じちゃったの?」

道重さんの声は。どこまでも艶かしくて。

「だって……道重さんがあまりにも綺麗すぎるから……」

言い訳にならない言い訳を呟くと、

「そっか、さゆみのせいかぁ」

面白そうに答えられる。
そして。

「――じゃあ責任取らないとね」

僕は道重さんの言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
その数瞬の間に、道重さんの手は。

「うんっ!」

思わず女性のような高い声が出る。
道重さんは少し驚いて。それから蠱惑的な表情になった。

「あゆみん声を我慢しないと。――それより。水着の上から少し擦っただけなのに、そんなに感じるなんて……ビンカンなんだね」

言いながら、本格的に擦り始めた。
撫ぜるように弱く、と思ったら、シュッシュッと強く擦ったり、タマをやわやわ揉んだり、亀頭をグリッと押したり。

「んっ、んーっ!」

僕は口に手を当て、必死に声を押し殺す。
水着という布越しをもどかしいと思いつつも、それでも道重さんの手技に翻弄されているという事実。
僕はテトラポッドに、すっかり背中を預け、道重さんに酔いしれていた。
涙で霞む目の前には、妖艶に微笑んでいる美しい人の顔がある。
キスしたい、と思った。

「み、ちし……」

震える手を口から離し、目の前の人の頬に添え、――、
ちょん、と唇に人差し指が当てられた。

「キスはだぁめ」

茶目っ気たっぷりに言うけれど、僕にとっては拷問の宣告に等しい。

「その代りに、――口でしてあげる。声、我慢してね」

言うが早いが道重さんは屈む。
僕にはもう、正常な思考ができなかった。
ずり下される水着。ピョコンと飛び出す小さいながらも天を仰いでいる男根。
霞みがかった頭で見ていると、道重さんは舌舐めずりするような表情で。
チュッと亀頭にキスをした。

「うあっ!」

先ほどまでとは桁違いの快感に、思わず叫びのような声が出る。

「あゆみん、声」

道重さんの注意で、両手で強く強く口を塞ぐ。
チロチロ、焦らすように裏スジを舐められて、腰がビクッと動いて反射的に左足が上がる。
――そのとき、波が大きく寄せて引いていったので、左足のサンダルが外れて波に流される。
けれど今の僕にはどうでもいいことだった。
頭の中が、道重さんで、道重さんが与えてくれる快感でいっぱいになる。
タマを口に含まれ、コロコロ転がされたり、ねっとり舐められたり。

「ふぅ! んっ!」

男根全体にキスの雨が降らされる。その、小さいけれど断続的な快感がとても心地良くて。
いつしか男根は、ビクビク震えながら透明な液を先端から流していた。

「そろそろ我慢できない?」

質問にガクガク頷く僕。

「じゃあ、仕上げはこれ」

道重さんはそう言って。
――ちゅるっ! 男根を口に含んだ……!
尿道を舌先でつついたかと思うと、亀頭をぐるぐる舐め回したり、口をすぼめてチューっと吸ったり。

「んあっ、う、う……」

僕は道重さんに支配されたも同然で。自分にできることは、声をひたすら抑えることだけだった。
そのうち、道重さんの頭が前後に動き出す。
始めはゆっくりと。そして動きは徐々に速くなっていく。

「あう、あっ……」

ジュプジュプと卑猥な音が響く。
道重さんは頭を動かしながらも、縦横無尽に舌を男根に絡みつかせる。
あまりの気持ち良さに頭がクラクラする。今、この瞬間にも吐精してしまいそうだった。

「み、ち……さんっ、ぼ、ぼくもう……っ!」

掠れた声でそれだけ言うと。
上目遣いで僕を見て、

「イッちゃう?」

と聞いてきた。
上目遣いプラス口に挿れたまま話され。――僕の心臓は大きく跳ね、そして身体も呼応した。

「あ、あーっ!」

ドピュドピュと吐き出される白い欲望。
それは道重さんの口の中、挙句には顔にまで飛び散らせてしまった……。

「す、すみませ……」

そこで視界が真っ暗になり。
僕の意識は途切れた……。



…………。



はっ! と気がつくと、見知らぬ天井が目に入った。
慌てて体を起こそ……うとしたけれど、ひどい頭痛と眩暈で起き上がれない。

「あ、あゆみん。気がついた?」

聞き覚えのあるその声は……聖君?
聖君が横から僕の顔を覗き込む。――そして気付いたことは、僕は氷枕の上に頭を乗せている、ということ。

「僕とえりぽんが海で遊んでいたら、道重さんが慌ててやって来て、
 あゆみんが倒れた、って言ったから驚いたよ。
 意識を失っているから、僕が担いでこの海の家まで運んだんだ。
 ライフセーバーさんが言うには、軽い熱中症だって。
 それでも迎えの車が来るまでここで横になっていたほうが良いよ」

聖君の隣から、ひょっこりと生田さんが心配そうな顔を見せた。

「二人とも……なんか、ゴメン」
「別に謝ることなかと」
「じゃあ……ありがとう」
「お礼は道重さんに言うべきだよ。すっごい心配してたんだから」

道重さん……。
道重さん!?

「ちょっ、あゆみん! 起きちゃダメだってば!」

慌てた二人に体を押さえつけられる。
仕方なく再び横になり、

「あの……えっと、道重さんは?」

僕にとって重要なことを聞いてみる。

「さゆみならここだよ」

声と一緒に、額に冷たい物が乗せられる。

「かき氷屋さんにお願いして、ビニール袋にかき氷を詰めてもらったの。
 こっちのほうがおデコに乗せやすいと思って」

道重さんが、聖君たちとは反対のほうから顔を覗かせた。

「ありがとうございます、道重さん」

お礼を言うと、申し訳なさそうな表情をされた。

「ごめんねあゆみん、無茶させちゃって」
「そんな……道重さんが謝ることないですから」
「ううん。さゆみのほうが年上なのに、あゆみんの体調が悪かったことに気付けなかったから、さゆみが悪いの。
 ――でも、あゆみんと少しだけデートできて楽しかったよ」

……はい?
で、でーと?
アンナコトして、デート?
…………それともあれは……僕のマボロシ!?
僕は白昼堂々とあんな妄想してたの!?
…………。
……そうだよね。
清純な道重さんがアンナコトするわけないよ。
僕のバカバカ!

一人百面相していると、

「今度はもっとちゃんとデートしようね」

と道重さんが言ってくれたので、

「はい、ぜひ!」

元気に答えた。

「それだけ元気な声が出せるなら大丈夫っちゃね。えりたちはお昼ご飯を買ってくるばい」
「あゆみん、食べたいものある?」
「正直、ガッツリ系はちょっと……スイカなら食べられるけれど」
「なら、さゆみがスイカを買ってくるの」

言いながら立ち上がる三人。
聖君は畳スペースから出ようとしたところで、思い出したかのように振り返った。

「そういえば、あゆみん。倒れたときにサンダルが脱げたの? 右足にしかサンダルを履いていなかったけれど」

…………え?

思わず視線を道重さんに向ける。
道重さんは。

「多分そうじゃないかな。あゆみんが倒れたことに気が動転してて、サンダルまで気にかけなかったから」

と、答えた……。

「じゃあ、スイカを売ってるところを探してくるね」

そう言って。
僕にだけ見える角度で艶やかな微笑をした……。





真夏の昼の夢 終わり。
 

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