突然だけど。
ここ数日、れいなの様子がおかしい。
仕事は家に持ち込まない主義だったのに、毎日アーとウーとか言いながらスケッチブックと格闘している。
一緒に寝食を共にするようになってからアノ日以外シない日は無かった夜の営みは、さゆみの身体の事もあって今は出来ないでいる。
それでもれいなは時にはウザったくなるぐらいのスキンシップを欠かさなかったし、さゆみのお腹に耳を当てては、「動いた？」「動くのはまだでしょ」というお決まりの会話を続けてきた。
だけど、ここ数日のれいなは夕飯ギリギリに帰ってきては考え事をしながら黙々と食事をし、残さず綺麗に食べた後は日付が変わるまでソファーに座ってスケッチブックとにらめっこ。
あれだけ一緒に入りたがってたお風呂も「後から入るー」の一言で済まされるし、
お風呂上りの濡れ髪のまま、薄着で目の前を何度か往復しても、れいなの視界には入っておらず。
大好物だったはずのパジャマ姿で一緒に寝ようとベッドに誘っても「先に寝りー」でハイ終わり。
…一体どうしちゃったの、れいな。
「うーーーーん…」
今この瞬間もれいなはカッターで削った鉛筆を鼻と尖らせた口の間に挟んで何やら悩んでいる。
空っぽの頭を抱えて唸りながら、アイデアを搾り出そうとしてるのか金髪頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
ねぇれーな。
何をそんなに必死に考えてるの？
仕事がそんなに大事なの？
さゆみはどうしたらいいの？
今すぐにでもこんな言葉をれいなのアヒル口が可愛い顔面にぶつけてやりたい気持ちになる。
けど、ケンカをふっかけるのは嫌だからずっと我慢してる。
この我慢がもう一つの命に悪影響がない事を祈りながら。
「なぁさゆー」
「ん？」
今日れいなが帰ってきてから初めてれいなの方から話しかけられた。
なんかそれだけでテンションが上がる自分が嫌。
「明日何曜日やっけ？」
「日曜日だけど？」
「そっか…」
会話終了。
あのね、曜日ぐらいカレンダーか携帯でも見て勝手に確かめなさいよバカ。
…そうだよ。日曜日だよ、明日。
「ねぇれーな」
「ん？」
「明日お休みでしょ？どっか行かない？」
素直に「相手してよ」って言えない、さゆみの精一杯のお誘い。
「うーん…」
「だめ？」
「だめじゃないけど…」
スケッチブックじゃなくてこっち見て話しなさいよマヌケ。
「締め切りが明日までっちゃん、今回はパスで。」
「ナニよ締め切りって…」
「ん？何か言ったと？」
「なんでもない。」
つい本音がこぼれた。
聞こえてなかったみたいだけど。
聞こえたら良かったのに。
また会話が終わり、またさっきと同じように唸り悩み始めるれいな。
もういい。こういう時はさっさと寝るに限る。寝て全てを忘れてやるんだ。
このままストレスを抱えたせいでワガママで自己中で絶倫な『れいな�鏡ぁ戮澆燭い覆里�生まれても困るもの。
れいなが喜ぶかと思ってしていたポニテを解いて、最後の元気を振り絞りお風呂場へレッツGO。
〜♪
れいなの携帯が鳴る。れいないつまでガラケーなんだろ。ガラケーの社長になるとか言ってたけど…
って、こんな時間に？誰？
「あっ、どうも！」
話し方から吉澤さんや小春クンではない。
…オンナ、じゃないよね？
「いやーもうちょっとなんで…待たせてしまって申し訳ないです。」
お客さん？性別は分からないが、とりあえずそっちの意味でのオンナではないみたいで一安心。
うーん、『待たせてる』って事はあのスケッチブックが何やら関係ありそうね。
その後もさゆみはスマホをいじるフリをしながら聞き耳を立てた。
でも聞いてると大して話の中身は分からないし正直つまらない。
そんな事よりれいなが帰ってきてから恋人のさゆみとした会話より、電話の向こうの誰かも分からぬ『お客A』との会話の方が長いってどういうわけ？
あーイライラしてくる。
「はい失礼しますー」
電話が終わったみたい。
無造作に置かれたスケッチブックにはよく分からない絵が描いてあるのがチラッと見えた。
でも知ったこっちゃない。
今のさゆみは外の空気を吸いたいのだ。
「コンビニ行ってくるねー」
「へーい」
『はーい』と『えーい』の間みたいな腹立つ発音を背に財布を掴んで玄関を出た。
そのまま玄関前の通路を歩いてエレベーターのボタンを押す…つもりだったが、足は階段を上った先の屋上へ向かっていた。
誰もいないよね？と恐る恐る屋上の扉を開けると、少し強めの風だけがさゆみを襲う。
何か羽織ってくれば良かったかなと部屋着のままの自分に後悔しながら、
財布を落とさないようにお尻のポケットに突っ込んで、屋上の柵に肘をついた。
程よく都会で程よく田舎な意府地区。
近くにこのマンションより大きな建物がないせいか凄く見晴らしがいい。
でも街の明かりや車のライトが今のさゆみには少し眩しい。
「はぁ…」
溜息ついてばっかり。
可愛い顔が台無しだぞ！なんて、鏡に向かって言う元気もない。
それが言えない時のさゆみはそうとうアレ。
「れーな…」
寝てもれーな。
起きてもれーな。
そんな、れーなれーな な毎日を送る自分。
でも、れーなはそうじゃないのかな。
さゆみの事をどこまで考えてくれてるのかな。
………
すっごい恐いから、一生懸命考えないようにしてたけど…。
れーなは…。
「一緒になりたいのかな…」
本音はいつも口に出るタイプなのさゆみ。
で、自分で考えて、自分で口に出して、一人で後悔するの。
やだ。自滅して溜め込んで肌荒れちゃうじゃん。眉毛抜いちゃうじゃん。
「…ｽﾝｯ」
なに泣いてんの自分。
バカじゃない？れーなよりバカだよ。可愛いだけが取り得のバカ。
「ふんっ…」
こんな時でも何とか可愛いを譲らなかった自分を鼻で笑って。
ウサギみたいに紅くなった大きい瞳が元に戻るまでここで待つことにする。
風邪でもひいたら、さすがのれいなも相手してくれるかも知れないし…。
少し膨らんだお腹を撫でながらさゆみは、しばらくそこから動けなかった。
…
…
…
…
…
後に。
そのスケッチブックに描いてあった絵と同じモノが、
さゆみとれいなの薬指に嵌まる事を知るのは、優樹が生まれた5月7日だったとさ。
田中家の日常 一緒になった二人の証編 おわり
ここ数日、れいなの様子がおかしい。
仕事は家に持ち込まない主義だったのに、毎日アーとウーとか言いながらスケッチブックと格闘している。
一緒に寝食を共にするようになってからアノ日以外シない日は無かった夜の営みは、さゆみの身体の事もあって今は出来ないでいる。
それでもれいなは時にはウザったくなるぐらいのスキンシップを欠かさなかったし、さゆみのお腹に耳を当てては、「動いた？」「動くのはまだでしょ」というお決まりの会話を続けてきた。
だけど、ここ数日のれいなは夕飯ギリギリに帰ってきては考え事をしながら黙々と食事をし、残さず綺麗に食べた後は日付が変わるまでソファーに座ってスケッチブックとにらめっこ。
あれだけ一緒に入りたがってたお風呂も「後から入るー」の一言で済まされるし、
お風呂上りの濡れ髪のまま、薄着で目の前を何度か往復しても、れいなの視界には入っておらず。
大好物だったはずのパジャマ姿で一緒に寝ようとベッドに誘っても「先に寝りー」でハイ終わり。
…一体どうしちゃったの、れいな。
「うーーーーん…」
今この瞬間もれいなはカッターで削った鉛筆を鼻と尖らせた口の間に挟んで何やら悩んでいる。
空っぽの頭を抱えて唸りながら、アイデアを搾り出そうとしてるのか金髪頭をぐしゃぐしゃにかき回す。
ねぇれーな。
何をそんなに必死に考えてるの？
仕事がそんなに大事なの？
さゆみはどうしたらいいの？
今すぐにでもこんな言葉をれいなのアヒル口が可愛い顔面にぶつけてやりたい気持ちになる。
けど、ケンカをふっかけるのは嫌だからずっと我慢してる。
この我慢がもう一つの命に悪影響がない事を祈りながら。
「なぁさゆー」
「ん？」
今日れいなが帰ってきてから初めてれいなの方から話しかけられた。
なんかそれだけでテンションが上がる自分が嫌。
「明日何曜日やっけ？」
「日曜日だけど？」
「そっか…」
会話終了。
あのね、曜日ぐらいカレンダーか携帯でも見て勝手に確かめなさいよバカ。
…そうだよ。日曜日だよ、明日。
「ねぇれーな」
「ん？」
「明日お休みでしょ？どっか行かない？」
素直に「相手してよ」って言えない、さゆみの精一杯のお誘い。
「うーん…」
「だめ？」
「だめじゃないけど…」
スケッチブックじゃなくてこっち見て話しなさいよマヌケ。
「締め切りが明日までっちゃん、今回はパスで。」
「ナニよ締め切りって…」
「ん？何か言ったと？」
「なんでもない。」
つい本音がこぼれた。
聞こえてなかったみたいだけど。
聞こえたら良かったのに。
また会話が終わり、またさっきと同じように唸り悩み始めるれいな。
もういい。こういう時はさっさと寝るに限る。寝て全てを忘れてやるんだ。
このままストレスを抱えたせいでワガママで自己中で絶倫な『れいな�鏡ぁ戮澆燭い覆里�生まれても困るもの。
れいなが喜ぶかと思ってしていたポニテを解いて、最後の元気を振り絞りお風呂場へレッツGO。
〜♪
れいなの携帯が鳴る。れいないつまでガラケーなんだろ。ガラケーの社長になるとか言ってたけど…
って、こんな時間に？誰？
「あっ、どうも！」
話し方から吉澤さんや小春クンではない。
…オンナ、じゃないよね？
「いやーもうちょっとなんで…待たせてしまって申し訳ないです。」
お客さん？性別は分からないが、とりあえずそっちの意味でのオンナではないみたいで一安心。
うーん、『待たせてる』って事はあのスケッチブックが何やら関係ありそうね。
その後もさゆみはスマホをいじるフリをしながら聞き耳を立てた。
でも聞いてると大して話の中身は分からないし正直つまらない。
そんな事よりれいなが帰ってきてから恋人のさゆみとした会話より、電話の向こうの誰かも分からぬ『お客A』との会話の方が長いってどういうわけ？
あーイライラしてくる。
「はい失礼しますー」
電話が終わったみたい。
無造作に置かれたスケッチブックにはよく分からない絵が描いてあるのがチラッと見えた。
でも知ったこっちゃない。
今のさゆみは外の空気を吸いたいのだ。
「コンビニ行ってくるねー」
「へーい」
『はーい』と『えーい』の間みたいな腹立つ発音を背に財布を掴んで玄関を出た。
そのまま玄関前の通路を歩いてエレベーターのボタンを押す…つもりだったが、足は階段を上った先の屋上へ向かっていた。
誰もいないよね？と恐る恐る屋上の扉を開けると、少し強めの風だけがさゆみを襲う。
何か羽織ってくれば良かったかなと部屋着のままの自分に後悔しながら、
財布を落とさないようにお尻のポケットに突っ込んで、屋上の柵に肘をついた。
程よく都会で程よく田舎な意府地区。
近くにこのマンションより大きな建物がないせいか凄く見晴らしがいい。
でも街の明かりや車のライトが今のさゆみには少し眩しい。
「はぁ…」
溜息ついてばっかり。
可愛い顔が台無しだぞ！なんて、鏡に向かって言う元気もない。
それが言えない時のさゆみはそうとうアレ。
「れーな…」
寝てもれーな。
起きてもれーな。
そんな、れーなれーな な毎日を送る自分。
でも、れーなはそうじゃないのかな。
さゆみの事をどこまで考えてくれてるのかな。
………
すっごい恐いから、一生懸命考えないようにしてたけど…。
れーなは…。
「一緒になりたいのかな…」
本音はいつも口に出るタイプなのさゆみ。
で、自分で考えて、自分で口に出して、一人で後悔するの。
やだ。自滅して溜め込んで肌荒れちゃうじゃん。眉毛抜いちゃうじゃん。
「…ｽﾝｯ」
なに泣いてんの自分。
バカじゃない？れーなよりバカだよ。可愛いだけが取り得のバカ。
「ふんっ…」
こんな時でも何とか可愛いを譲らなかった自分を鼻で笑って。
ウサギみたいに紅くなった大きい瞳が元に戻るまでここで待つことにする。
風邪でもひいたら、さすがのれいなも相手してくれるかも知れないし…。
少し膨らんだお腹を撫でながらさゆみは、しばらくそこから動けなかった。
…
…
…
…
…
後に。
そのスケッチブックに描いてあった絵と同じモノが、
さゆみとれいなの薬指に嵌まる事を知るのは、優樹が生まれた5月7日だったとさ。
田中家の日常 一緒になった二人の証編 おわり
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