れいなが部屋で漫画を読んでいると、リビングの電話がプルプルと鳴り出した。
おもむろにれいなは窓の外に目を向ける。
窓の向こうでは、少しずつ雲が薄くなっていき、街が明るみを取り戻していっているようだった。
雨粒も徐々に小さくなっているようで、なんだか少し嫌な予感がする。
大きな溜息をついて寝転んでいたソファから立ち上がり、電話のもとへと歩いていく。

「もしもし、田中――」
「遅い! 絵里がコールしたら1回で出る!」
「うるさっ。耳が壊れると」
「既に耳が壊れてるから、電話のコールも聞こえないんでしょうが」
「で、連絡来たと?」
「はぁ。来ました、来ましたともさ」
「その感じやと……」
「午後から授業あるってー」

れいなはまた大きな溜息をつく。
電話口の向こうの絵里も同じタイミングで溜息をついていた。

昨日の夜から日本列島は特大級の台風に襲われていた。
昨夜のうちに、連絡網で今日の午前中の授業が中止になる旨が伝えられていたが、
午後の授業に関しては当日の午前10時半までに、再度連絡網を回すということだった。
現在の時刻は午前10時3分。
こともあろうに、れいなにとって最愛の相手からその判決は下された。

「てかさ。まだスマホには連絡来てないけど、誰もクラスのグループラインに情報流してないと?」
「そうみたいだね。たぶん、こんな不幸な連絡を、連絡網も合わせて2回もするのが心苦しいんじゃない。
 それか、まだ真実を知らない人たちに、ほんのちょっとでも夢を見る時間を残してあげようって優しさか」
「そういう言い方すると、会社が倒産したか、誰かが死んだみたいな感じやね」
「実際問題、高校生にとってはそれくらい大きなことですよ」
「まぁ、失礼な話やけど、先生が車に轢かれて授業なくならんかな、とか思ったこともあるけんねー」
「や、絵里はそこまでは思ったことない。れーな、怖っ」
「ちょいちょい。今まで手つないで、一緒にゴールテープ目指してたとやろ!
 我らゆとり教育の申し子たちは、そういう精神をこれまで義務教育やら何やらで育んできたっちゃろ?」
「そういうのはね、あくまで大人に対して適当に振る舞う術を養ってきたに過ぎないんですよ」
「ん、どういうことったい?」
「要するに、誰だって表立って競争したりなんだり、ってのは面倒臭い。
 だから、競争しなくていいんなら、適当に皆で手を繋いでゴールしましょう。
 でも、実際はネットとかSNSで人を貶めたりして、学校の中では確固たるスクールカーストが築かれているんです。
 現在のゆとり教育が作り上げたのは、『1に頑張らない。2に頑張らない。3,4が無くて、5も何にもありません。
 ただし、6から先はこっちで適当にやってますんで、大人は関わらないでください』的な精神なんです」
「なんか、教育評論家みたいで賢そうっちゃん」
「ま、これが現代教育の抱える闇みたいなものだね」
「余計に午後の授業に行く気がしなくなったと」

2人してまた溜息。
れいなが時計を見ると、すでに時計の針は10時の7分を回っていた。
早く次の人に連絡網を回さないと。

「じゃあ、絵里。次の人に連絡網回すから、そろそろ切るけん」
「あ、じゃあ、最後にこれだけは覚えといて」
「なんそれ。これから旅に出る主人公に教えられる秘密の呪文、みたいな感じやね。
 困ったときにそれを唱えると、胸元の青い石が急に光り出して、地下牢でロボットが復活してあたりをめちゃくちゃにぶっ壊して、
 でもそのロボットは実は心の優しいロボットで、塔のてっぺんでパズーが――」
「はい、アウトー。そういうのは、実名を出さずにどれだけ想像させられるかが大事なのに。れーなもまだまだだね」
「むぅ……」
「じゃあ、秘密の呪文をそなたに授けよう。心して聞くがよい」
「ははあ!」
「えーと……13時から始まる授業の15分前には教室に集まっていること。そこで一応出欠を確認します……だってさ」
「れーな血は出てないとよ」
「その出血じゃないよ。出席と同じ意味の出欠だよ。ていうか、とてもつまらないよ」
「じゃあ、また学校で」
「あ、逃げたな」

ツー、ツー、ツー。
電話を置き、それから棚をいくつかひっくり返して、連絡網の表が描かれたプリントを探し出す。
まったく、いつまでこんな古代的な情報伝達手段を使っているのか。
今どきの高校生はみんな何かしらの携帯端末を持っているのだから、そこに学校側から一斉にメッセージを送ればいいじゃないか。
それか、学校のホームページを各自参照する、みたいにするか。
れいなはそんな文句を垂れながらも、次の人に連絡網を回した。
絵里の時とは違って手短に。
午後から授業があるということ。
それから、秘密の呪文も最後に付け足した。

「んー。一応、さゆにはこっちから連絡入れといた方がいいかもしれんね」

そんな風にれいながスマホを手に取ると、ちょうどさゆみから電話がかかってくる。
さゆみはやけにタイミング良く電話をかけてくることがたまにあるが、
その度にれいなは自分の周囲に盗聴器や盗撮用カメラが置かれているのではないかと思う。

「おっはー、れーな。やっほー。ヘイヘイヘーイ」
「朝からテンション高いっちゃねー。てか、さゆ、なんかキャラ違くない?」
「さゆみにはキャラなんてものはないの。さゆみのことを画一的な人格で表現できるとは思わないでほしいな。
 誰にも本当のさゆみのことなんて理解できないの」
「なんかレディ・ガガみたいなこと言っとぉね」
「そうやって、『誰々みたい』な系統分けされるのも気に食わない。だって、さゆみはさゆみだから。
 いいえ、さゆみだけじゃない。誰だって、一人ひとりが特別なオンリーワンなの」
「今度はスマップみたいやね。てか、そのキャラうざいけん、はよやめり」
「はぁ。わかったの。受け売りの価値観を自信満々に喋る、やけに自己肯定感の強いうざいOLキャラはやめにするの」
「やっぱキャラやったとね。でも、『キャラ』という存在そのものを否定するキャラほど鬱陶しいものはないっちゃね」
「で、どうだった? 学校あるって?」
「午後から」
「あぁ、まじありえってぃ。こういう日くらい、普通は休みにするっしょ。逆に超ヤバイんですけど。ぜんぜん、ナウくない」
「なんか、だんだん過去にタイムスリップしてる気がするったい。てか、なんかそれぞれ使い方が合ってるのか、微妙にわからんと」
「まぁ、さゆみもよくわかんないまま使ってみたんだけどね」
「で、そのキャラの名前は?」
「時をかけるギャル」
「語呂は悪いっちゃけど、そこだけはなかなかちゃんと考えられとぉね」

れいなはソファに伏せられた漫画を手に取り、それを本棚に戻した。
それから今日の午後からの授業が何であったかを考える。

「れーな」
「なん?」
「さゆみね、超能力が使えるようになったの」
「また随分なキャラ選んだとねー」
「今かられーなにメッセージを送るね」
「はいはい」

れいなはテレビのリモコンを手に取って、ソファに腰を下ろした。
その時、不意に「ピポピポピンポン!」とけたたましいチャイムの音が家中に鳴り響く。

「にぎゃ!?」
「はぁ、はぁ。どう、届いたでしょ」
「な、なんしよーと!? てか、これさゆの仕業――」
「じゃ、つぎいくね。うー……はっ!」

ウォーン!!
今度は部屋の外で、不可思議な機械音がする。
またびっくりしたれいなは悲鳴を上げる。

「な、なんこれ……もしかして、掃除機の音??」
「はぁ、はぁ。よし、じゃあ、さらに――」

バシャー!!
今度は台所の方から、水の音が聞こえる。
れいなの顔から血の気が失せていく。

「ぽ、ぽ、ぽる、ぽる、ポルターガイスト!!??」
「ばぁ!!」
「ぎゃー!!!」
「おっはー、れーな。やっほー。ヘイヘイヘーイ」

突然、死角から現れたさゆみの姿に、れいなはほぼ失神寸前まで行ってしまう。
が、現れたのがさゆみであることを脳がちゃんと理解すると、すんでのところで意識を保つことができた。

「い、い、いつからいたと!?」
「さぁて。いつからでしょう?」
「ふ、不法侵入! 業務上過失致死未遂!」
「はて、そんな罪状があったっけな?」
「てか、早く掃除機と水道の音止めると!」
「もう、とっくに止まってるの」

れいなが口を塞ぐと、さっきまでの喧騒が嘘のように、辺りはシーンと静まり返っていた。
しかし、隣には確かにさゆみが突っ立っていて、それが、決して幻から覚めたわけではないということを裏付けている。

「そんな怖がらないの。全部、さゆみがやったことなの」
「べ、別に怖がってないと……」
「ほらほら、安心していいでちゅよ?」

さゆみに頭を撫でられるれいな。
馬鹿にされているような気にもなるが、とりあえず撫でられたままにしておく。
少しずつ気持ちが落ち着いていった。

「ま、まぁ、やったのがさゆってわかって安心したと」
「最初から、さゆみがやる、って宣言してたはずなんだけど」
「ち、超能力とか信じられんやろ。さゆはさゆん家にいると思ってたし。普通、お化けとかと思うったい」
「超能力が信じられないのに、お化けは信じられるのね」
「超能力者には会ったことないけん」
「じゃあ、お化けには会ったことあるのかな?」
「で、いつからいたと?」
「9時半には来てたかな?」
「9時半!? 40分も前やん!! どこに隠れてたと!?」
「れーなはずっとリビングにいたでしょ? だから、れーなの部屋に」
「えっ!?」

れいなの背筋を嫌な汗が伝う。

「れーなは巨乳が好きなんだねー」

朝、仕事に向かう両親を見送った後、れいなは一人自分の部屋で自分を慰めた。
そのときにお世話になっていたのが――

「でも、今どき週刊誌の袋とじって。ネットでいくらでも、画像検索できるのに」
「(や、やっぱり見られてたと!!)」
「もしかして、あれかな? なんていうか、スマホの画面とはまたちょっと違った趣があるし、
 そういう雑誌をコンビニとかで買う背徳感とかスリルも込み込みで興奮しちゃったりするのかな?
 あーあ、れーなはなんて変態なんだろう」
「え、絵里には内緒に!!」
「えー? どーしよっかなー?」
「な、なんでもするけん!!」
「なんでも?」
「なんでも!」
「ふふふ。じゃーあ、いますぐ、挿、れ、て?」
「しゃゆー!!」

急転直下。
しかし、そんなことはれいなには関係ないみたいで、さゆみがソファの上で足を開いて、パンツをずらすと、一気に血液が沸騰してしまう。
ベルトを外すのももどかしく、制服ズボンのチャックを開けて、硬くなったそれを取り出す。

「い、いきなり入れても痛くないと?」
「さっきまで、オナニーしてるれーなのこと想像しながらオナニーしてたから」
「じ、じゃあ、挿れるけん……」
「ん……あっ」
「あぁ、あったかいとぉ」
「すごい硬いね、れーな。朝に1回抜いたんでしょ?」
「1回くらいどうってことないと」
「さすが! 絵里に鍛えられてるだけあるの」
「て、てか、もしかしてそれも見てたと!?」
「や、だから見てないの。9時半くらいに来たって言ったでしょ?」
「あぁ、れーな、親見送った後、すぐ抜いたけんね。それはさすがに大丈夫と」
「よくそんなすぐにスイッチ切り替えられるね。もし、何か忘れ物してすぐにお母さんが帰って来たらどうするつもりだったの?」
「あ……それは考えて無かったと」
「はぁ。ほんとに性欲の歯止めがきかないんだから。そういうとこ、絵里にどんどん似てきてるね」
「にしし」
「誉めてないし。ま、いっか。おかげでこうして、すぐにエッチできるし」
「あ、でも。一応カギ閉めてたから、親が戻って来ても大丈夫だったと思うとよ」
「お母さんも家の鍵くらい持ってるでしょ」
「あ、たしかに。ん、てか待って。鍵閉まっとおはずなのに、さゆはどうやって家入って来たと?」
「え?」
「あれ、てか……あれ? さゆはこの部屋に急に現れて……てことは、
 どうやって家のチャイム鳴らしたり、掃除機のスイッチ入れたり、蛇口捻ったり……
 普通、あのスピードで足音も立てずに、次から次へと移動するのは無理ったい。
 それに、さゆとはずっと電話しとって……普通、同じ部屋にいたら、直接喋る声が聞こえよーよね?」
「ふふふ」
「え、ぜんぶ、どーやったと?」
「ふふふ」
「え……なに、その笑い方」

れいなの背筋を冷たい汗が伝っていく。

「え、ちょ、ま」
「ふふふ」
「さゆ、もしかして本当に超能力……!?」

さゆみの中で、れいなが急速にしぼんでいく。

「あっ、れーな! ふにゃふにゃにしないでよ!」
「ちょ、ほんとうに怖くなってきたと!」
「待って! エッチ終わったら全部説明するから、今はエッチに集中して!」
「そ、そんなん無理やって! うわぁー!」
「あぁ! もう!!」

ズボンのチャックからちっちゃいれいな君を出して、走り出すれいな。
さゆみは大きな溜息をつくと、れいなが下半身丸出しで家を飛び出す前に、玄関の鍵をしっかりと閉めた。

窓の外では、真っ白な太陽が青い空にぽつんと浮かび、ただただ強い風が街を走り去っていく。


続かない?
 


(79-387)台風の過ぎた朝 part2
 

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