朝起きて鏡を見ると、唇の右端が少し切れていた。
傷に触れてみると、ぴりっとした痛みが走る。
これ、口角炎は食事の栄養バランスが偏ったりすると起きやすい、と聞いたことがある。
子どもが二人いるから、栄養バランスには気を付けているつもりなんだけど、そう思いながら、ここ最近の献立を思い返してみる。
あ。
そっか。遥の誕生日に合わせてえりぽんが帰国したから、ついついお肉がメインばかりの料理を作っていたんだっけ。
えりぽんも、そして遥もお肉好きだし、朱音も遥に合わせてお肉を食べようとするし。
今夜は野菜中心のシチューかお鍋にしようか、そんなことを考えながら洗顔と歯磨きをしてリビングに戻った。
すると、見計らったかのように、自分のスマホが着信を知らせた。
画面を見ると、登録されていない番号。だけども、特に気にせず通話ボタンを押す。

「はい。生田です」
『……』
「もしもし?」
『……聖か』

聞こえてきた低い男性の声に息を呑む。
ここ何年もこの声は聞いていなかった。だけれども。聞き間違えのない、この声は。

「お父さん……」

自分の声がかすれているのが分かる。ただとてつもない不安に襲われて、

「どうして……?」

と、意味のないことを聞いてしまう。
父は電話の向こう側で鼻で笑うように息を吐く。

『譜久村家の情報網を侮るな。お前の住所も電話番号も家族構成も把握済みだ』

目の前が真っ暗になる。
そうだ……優秀な探偵を数人くらい雇えば、それくらいのこと、容易に分かる。きっと写真も撮られているのだろう。
スマホを持っていない左手をテーブルに乗せて、力なく立ち尽くす。
すると、左手の薬指の光の存在に気付いた。
そうだ、もう自分は一人じゃない。

「私は……もう譜久村の家とは関係ないわ。私は……生田聖なんだから!」

するとまた、受話器の向こう側で鼻で笑う声が聞こえた。

『お前がどう思おうが関係ない。そしてお前の都合も関係ない。今度の土曜日、譜久村の家に来い』
「嫌よ。私は戻らないから!」
『阿呆。だれが戻れと言った。来い、と言ったんだ。もちろん、家族全員でだ』
「え……?」

分からない。父の、思考が。家族全員? えりぽんや子どもたちも、ということ? なぜ? なんのために?

『当然のことだが、お前に拒否の権限は無いぞ。
 来なかったら……そうだな、こちらの権限でお前の旦那のパスポートを無効にでもしてやろう』
「っ! ……目的のためなら手段もいとわないところ、昔から変わっていないわね」
『生憎だがこの齢になると性格は直せないものでな。いいか、今度の土曜日だ。午前11時には全員で来るんだ』

それだけ言うと、通話は勝手に途切れた。父が切ったのだ。
言いたいことだけ言って、こちらの話には耳を傾けない。駄々っ子よりたちが悪い、実の父でも、胃の辺りがムカムカしてくる。
意味もなくリビングを見渡すと、ローテーブルの下に遥のゴジラが落ちていた。
それを拾い、ふらつく足取りで、キャッキャと明るい声がする子ども部屋へと向かう。

「こら朱音、そっちは行ったら危なか」

よちよち歩きを始めた朱音を自分の片腕に閉じ込め、もう片手で遥をおんぶしているえりぽん。
そんな光景がまるで幻のように淡く儚く感じる。
遥に髪を引っ張られているえりぽんと目が合う。
すぐになにかを察知したのだろう、

「聖、どうしたっちゃ? なにかあったと?」

笑顔を引っ込め、真剣な瞳で聞いてきた。
私はえりぽんの傍で力なく座り込む。

「今……お父さんから電話があったの」
「聖の親父さんが? なんて言ったと?」
「今度の土曜日、家族全員で来い。……それだけ言って電話を切ったわ」
「ふむ……。聖だけ、じゃなかとね。連れ戻すとかそういう意味ではなかったけんね?」
「うん、そうみたいだけど……でも正直、なにを考えているのか分からないの」

小さく頭を振る。

「もし聖や遥と朱音に強硬手段でも使おうものなら。オレが必ず止めてやるばい。聖は堂々と行って、帰ってくればいいだけっちゃ」

えりぽんの優しくて頼もしい言葉に涙が出そうになる。

「……うん。ありがとう、えりぽん」

無意識に唇の右端を舐める。再びぴりっとする痛みが走った。



そうして当日の土曜日。

電車とタクシーを使って、実家へと向かう。
電車の中で、えりぽんはこんなことを聞いてきた。

「ばってん、よかと聖? オレ、Tシャツと普通のジーンズ姿っちゃけど……」
「えりぽんは普段の格好でいいの。ありのままのえりぽんを見てほしいし、
 ドレスコードがあるなら、それを理由に全員で来た道を戻ればいいだけなんだから」
「ま・たしかにそうっちゃね」

遥と朱音には、一応、七五三のような洋服を着せてきたけど、
私も普段とあまり変わらないブラウスとスカート、それにジャケットを羽織っているくらいだ。
服装で判断する親なら、こっちから願い下げである。
タクシーの中では私もえりぽんも無言で。その空気を読んでか、遥も朱音もただ黙っている。
硬い空気が、家族中に漂っていた。

タクシーが目的の場所に着く。お金を払って全員で降りる。
もうくぐることのないと思っていたレンガの門扉。その横にあるインターフォンを一瞬だけ躊躇い、そして意を決して押した。
ピン・ポーン♪ と場違いに明るい音が鳴る。はい、とお手伝いのだれかさんがすぐに出たので「聖です」とだけ答える。
すると鉄製の扉は自動的に開き、中に入れと促した。
私は当然のようにそれをくぐって……二三歩、進んだところで振り返る。

「どうしたの、えりぽん? それに遥と朱音も」
「いや……豪邸にもほどがあるばい。これ、もう城っちゃろ。映画で見た西洋の城そのものやけん」
「もう、そんなことないってば。別に甲冑の騎士がいるわけでもないんだし。ここにいると寒いから、早く入ろうよ」
「あー、分かったばい」

えりぽんは朱音を片手で抱っこして、遥の手を引いて、私に続いて中へと入って行く。
玄関を開けると、一人のお手伝いさんが恭しく頭を下げ、場所を案内してくれたので、その通りに従う。
通された部屋は。
てっきり応接室かと思っていたけれど、そこは家族が団らんする、自分も両親との記憶が多い、リビングルームだった。
懐かしい暖炉には炎が煌き、淡い温かさで部屋を満たしている。
一人掛けのソファーには父が座っており、その横に、寄り添うように母が立っていた。
私たちの姿を見て、母が目尻を下げたのは気のせいだろうか?
父が口を開く。

「よく来たな、聖」
「言われたから来ただけです」
「まあ、とにかく座れ」

父の対面にある三人掛けのソファーを指されたので、素直に全員で座る。
そして、沈黙。
父と母、二人を軽く睨みつけているけれど、二人は特別なにかするわけでもなく。
ただ父が、言葉を探しているように何度か口を開き、そして閉じている。
そんな大人たちの状況に飽きたのだろうか。

「とーちゃん、この人たち、だれ?」

遥が大きな声でえりぽんに問いかけた。
えりぽんは遥の頭を優しく撫でて。

「この人たちは、聖のお父さんとお母さんやと。つまりは、遥のおじいちゃんとおばあちゃんやけん」
「じーちゃんとばーちゃん!? ハルにもいたの!?」
「もちろん、おるもんやけん」
「でも……」
「でも?」
「まーちゃんは夏と冬にジジとババに会ってた……でもハル、じーちゃんもばーちゃんも会ったことなかったから、だから……」

ゴホン、と父がわざとらしい咳払いをする。

「生田衣梨奈、クン。君にはご両親がいないのかね?」
「あー、母親はオレが幼いころに他の男と一緒にどこか行って、それ以来会っていないですっちゃ。
 父親はアルコール依存症でずっと病院の閉鎖病棟にお世話になっていて……今年の春に永眠しましたけん。
 ……オレは親になにも出来なかったと。せいぜい父親に立派な墓石を買ってやることぐらいでしたっちゃ。
 せやけん、聖……じゃなくて聖さんには親孝行、してほしいのがオレの本音です。
 ばってん、聖さんと別れろ、と言うなら。オレは聖さんをさらってでも一緒にいますっちゃ。
 オレが一生を添い遂げる相手は聖さんしかおらんですと」
「えりぽん……」

えりぽんが父の目を見てハッキリ言ってくれたことが、なによりも嬉しかった。
心の中に温かいものが宿る。
大丈夫、なにがあっても、この人とは離れない。
そんな確信がある。
もう一度父を見る。えりぽんと別れろとでも言うのなら。せめてその頬に平手打ちをしたかったから。
しかし。
父は私を見ていなかった。
眩しそうにえりぽんを見、それから相好を崩して遥に視線を移していた。
遥は大人の会話にも飽きたのか、足をバタバタさせて、えりぽんを仰ぎ見て、無邪気に言った。

「ねえ、じーちゃんのほうに行ってもいい?」

えりぽんがなにか言おうとした、その瞬間。

「おう。ぜひ来てくれんかね、遥クン」

耳を疑うほどのデレデレ声が父から発せられた。
遥が嬉しそうにソファーから飛び降りると、えりぽんに抱っこされていた朱音が手足をジタバタさせて、

「にーたん、あーねもー」

舌っ足らずに言った。

「おうおう。朱音ちゃんも来てくれるのかね」

先ほどまでの威厳はどこへやら、好々爺になった父は、嬉しそうに遥が朱音の手を引いてゆっくり歩いて来るのを待ち構えている。
二人が父の傍に立つと、父は見たこともない笑顔で二人の頭を撫でる。横に立っている母も目を細めてその光景を見ていた。
私とえりぽん、二人が呆気に取られていると。

「そういえば遥クンと朱音ちゃんのおやつがまだだったわね。早くジュースとお菓子を持ってきて!」

母が忙しそうにお手伝いさんに言いつける。

「朱音ちゃんは、まだ赤ちゃん用のお菓子かしら?」

母が言うと、朱音はイヤイヤと首を振り、

「にーたんとおなぃのー」

と言う。

「あらあら、お兄ちゃんと同じのがいいのね。分かったわ。二人が食べられるおやつにしてあげるわね」

お手伝いさんが早急に持ってきたおやつ、ジュースのコップを遥に持たせ、

「オレンジジュースでよかったかしら?」

なんて聞いている。

「うん! じーちゃんのヒザで飲んでいい?」
「遥クンは嬉しいことを言ってくれるなぁ。乗ってくれるか?」

遥は大きく頷いて、嬉しそうに父のヒザでジュースを飲み、朱音は母に抱っこされながら紙パックのジュースを口に含んでいる。
父と母、二人は確実に『孫バカ』の姿だった。
私が信じられない光景に目を疑っていると、母はその視線に気付いたのか、口に笑みを浮かべて言った。

「聖。なにか勘違いしていたようだけれど、お父さんもお母さんも孫に会いたかっただけよ。
 あとは聖が選んだ生田衣梨奈クンと話したい、それくらいかしら」
「生田クン。ふつつかな娘ですが、どうか宜しくお願いします」

クッキーを頬張っている遥をヒザに乗せながら、父はできる限りで頭を深く下げた。

「あ、いや……オレこそ頼りない男かもしれませんが、聖さんを任せてくださいっちゃ」

えりぽんは慌てたようにペコペコ頭を下げる。


そのあとは。

子どもたちのおやつどころか、お昼まで一緒に食べることになって。

「生田クンや子どもたちが好きなものってなにかしら?」

と聞かれたので、

「お肉かな」

とだけ答えると。

「じゃあ食べやすいハンバーグにしましょうか。だれも食物アレルギーはないわよね?」

と、念を押されたので首肯だけした。
そして出てきたのが、私だって滅多に食べさせてもらえなかった、黒毛和牛のサーロインハンバーグ。
中はレアでも大丈夫な贅沢の極みのような品。

「うわっ! ばり美味か!」
「ふわふわとろとろしてるぞ、このハンバーグ!」
「おいちー!」

三人とも絶賛の嵐で口周りをソースで汚しながらすごい勢いで食べていく。
私がえりぽんの口の周りを拭っていると、父は遥の、母は朱音の口周りを嬉しそうに拭っている。
食後に遥が「かくれんぼしたい!」と言うと、父も母もノリノリで、それにお手伝いさんまで参加させて家を全部使ってのかくれんぼ大会。
結局は。
夕方までこの家にいることになった。
遥と朱音ははしゃぎすぎたのか、すでにコックリコックリ舟を漕いでいるので、遥はえりぽんが、朱音は私が抱っこして帰ることとなった。
四人で帰ろうとする間際。母が思い出したように「ちょっと待ってて」と言って走っていったので、素直に待っていると、すぐに戻ってきて。

「これ。聖の大切な物でしょう。今でも聖の部屋はそのままにしてあるわ。
 いつでも帰ってきなさい。もちろん家族全員で。お正月も待ってるから」

そう言って渡してくれたのは。
幼い頃から高校生まで愛用していたフルートが入っているケースだった。

「お母さん……」
「今日はできなかったけれど、また今度、来たときには全員で写真を撮りたいわね」
「うん……また、今度」

父も母も門扉まで出て見送ってくれたから。
タクシーでさっさと帰るのも名残惜しかったので、えりぽんと二人、歩いて駅まで向かった。
道の角を曲がるとき、見えたのは、まだこちらを見送っている父と母の姿だった。
えりぽんと二人、特に会話もせずに、ただ道を歩く。
身体中に纏っている、ほわほわしてくすぐったい空気を壊すのがなんだか惜しかったから。
すると。
えりぽんが片手を取って、ぎゅっと握ってきた。
でもなにも話さない。ただ、手を繋いで歩いているだけ。
でも、それで充分だった。

うん、えりぽんが言いたいこと分かるよ。
遥も朱音も喜んでたね。
お父さんもお母さんも聖には昔から厳格、って態度だったのに、すっかり孫バカのおじいちゃんおばあちゃんだったよ。
ハンバーグ美味しかったね。
かくれんぼ楽しかったね。
またみんなで来ようね。
お正月は着物でお邪魔しようかな。
これからは、お父さんとお母さんのこと、大切にするよ。
でも今日は。
もう帰ろうね。
みんながいる、あのマンションへ。
一緒に。
手を繋いでウチに帰ろう。

私とえりぽん、そして二人の影法師も、ぴったり寄り添って。駅までの道を歩いた。



帰宅して、すっかり夢の中の子どもたちを静かにベッドに入れて。
私とえりぽんは簡単な食事で夕飯を済ませた。

「な、聖」

えりぽんが食後のコーヒーの入ったマグカップを傾けながら話してきた。

「なに?」
「よかったら、でいいけん、フルート、聞かせてくれんと?」

私はテーブルの隅に置いてあったフルートケースを開け、笑顔で組み立てる。

「長くブランクあるから、高校時代より下手だよ絶対」
「それでも構わんと。聖が吹くから価値があるけん」
「そっか」

深呼吸をして身体の力を抜く。それから唇にフルートをあてた。

えりぽん覚えてるかな、この曲。

〜♪

「……どう?」
「上手いとか下手とか分からんちゃけど、懐かしいっちゃ、オレらが初めて出会ったやつやけんね」
「うん。ケーラーの子守唄」
「ほかにも吹いてほしか。聖のフルートはすごく心地よかと」
「分かった。じゃあ……」

〜♪
〜♪

英雄行進曲、グルックの『精霊の踊り』、と吹いて。
それから、今の気持ちをそのまま吹いてみた。

〜♪

「……最後の曲、聞いた覚えはあるけど曲名が分からんばい。なんて曲?」
「これは『主よ、人の望みの喜びよ』だよ。今の聖の気持ち。
 ……今日は、すっごく嬉しかった。楽しかった。子どもたちがいて良かった。
 そして、えりぽんがずっと聖の傍にいてくれて良かった」

私の言葉に、豆鉄砲をくらったハトのような表情をしているえりぽんにゆっくり近づく。
そして、捧げるように唇を重ね合わせた。
唇をゆっくりと離して。

「聖のこと……好きになってくれて、ありがとう」

鼻先が触れ合う距離で愛情を込めて言ってみる。
えりぽんの顔がカーッと赤くなっていく。

「聖っ」

堪らなくなったように抱きしめられた。

「オレのほうこそ……オレが『ありがとう』を言うべきやけん。
 聖と出会っていなかったら、今ごろロクデナシな人生を送ってたと。こんなにシアワセな生活ができていなかったばい。
 オレが、オレが……聖、オレを好きになってくれて。聖、オレと出逢ってくれて。
 聖、産まれてきてくれて……本当に本当にありがとう……っ!」

情熱のこもった瞳で見上げられ、一瞬にしてカラダに炎が燃え上がる。
フルートを静かにテーブルに置いて、えりぽんの頬を両手で包み込む。

「じゃあ……『ありがとう』の気持ちや『好き』の気持ち、形で示して? ……続きはベッドで、ね?」

コクコク頷きながら椅子から立ち上がるえりぽんを笑顔で手を引き、寝室に二人でもつれるように入った……。


「音楽って偉大っちゃね」

えりぽんが私のブラウスのボタンをはずしながら言った。

「高校生だったころの記憶がぶわっと出てきたばい」
「出会ったころはえりぽん野菜が全然食べられなかったよね、今はサラダくらいなら食べられるようになったけど」

クスクス笑いながら大人しくブラウスを脱がされる。
片手を後ろに回されて、器用にブラのホックも外される。

「そうっちゃね。ハジメテの夜は、ブラジャーのホックを外すのも苦労したばい。オレ、あのときはガチガチに緊張してたと」
「それは聖も同じだよ」
「ついでに言えば、ばりドキドキしてたと。聖のハダカを見て、こんな綺麗なモノ世界のどこを探してもなか、って思ったばい。
 ま・それは今もっちゃけど」
「今でも?」
「うん」
「ドキドキして、綺麗だって思ってくれてる?」
「当たり前やけん、何百回、何千回、何万回、聖にドキドキして綺麗だって思うと。きっとこれからもっちゃね」
「じゃあ聖も同じだよ」
「へ?」
「何百回、何千回、何万回も、えりぽんにドキドキときめいて、カッコイイって思って、きっとこれからも、ずっとえりぽんに恋をするの」

えりぽんの首の後ろに両腕を回して、後ろに倒れ込む。自然とえりぽんが覆いかぶさる形になる。

「高校生のえりぽんも、恋人のえりぽんも、結婚したえりぽんも、パパのえりぽんも、おじさん、おじいちゃんになったえりぽんも。
 聖は『今』のえりぽんが大好き」
「それなら、オレたち、ずっとずっと相思相愛っちゃね」
「うん。遥か未来まで、ね」

クスクス笑い合って、くすぐるような甘いキスをして。
それからえりぽんは慌てたように自分のTシャツを脱いで、互いに上半身だけハダカになって抱き締め合った。

「えりぽんの心臓の音……伝わってるよ。本当に、すごいドキドキしてるね」
「聖もドキドキしてるのも分かるばい……あとはすごい抱き心地がよかと」
「ふふっ」

ぎゅっと抱き締めると、えりぽんも力を強くする。男性特有の堅いカラダ。だけども、すごく気持ちいい。
顔が近付いてきたので、素直に目を閉じる。チュッチュ、と啄むようなキスをされた。
薄く唇を開けると、するりと舌が侵入してくる。躊躇いもなく自分のと絡める。

「うっ、ふぅん」
「ちゅ、んん……」

お互いキスに夢中になって。息苦しくなったから、えりぽんがゆっくりと舌を外して唇も離した。
潤んだ瞳で見上げていると、えりぽんの顔が下に移動して、はむ、と鎖骨を甘噛みされる。
窪みを念入りに舌で舐め上げてから、さらに頭は下に。
ゴク、と生唾を飲み込む音が聞こえた。えりぽんは壊れ物のようにそっと乳房に触れ、静かに指を沈める。

「ねえ……」
「ん? なにっちゃ?」
「もっと……激しくして?」
「ん。分かったと」

それだけ言って。リクエスト通り、激しく両手を使って揉み始める。

「あ、うんっ、はぁんっ」
「聖……ばり綺麗っちゃよ」

えりぽんが興奮を隠せない声で言う。
堪らない、といった感じに顔を近づけ、胸の先端に舌を這わす。
ハッハッ、と獣のように荒く熱い吐息がかかり、否が応でもこっちのボルテージも上がってくる。
口に含まれたとき、「あんっ」と高い声が出る。えりぽんは気にせずに舐め、甘噛みし、吸う。

「あっ、あぁ……」

無意識にえりぽんの頭を抱き、髪に手を入れた。
えりぽんが唇で愛撫する度に、疼きが生じ、もどかしさで髪をグシャグシャとかき混ぜる。
いつの間にか片手は脚に移動して、優しく太ももを撫でられていた。
スカートの中に手が入り、太ももの内側、際どいところまで手は這っていく。

「ぅん、あぁん……」

腰をくねらせ、もっと中心を触ってほしい、という意思表示をするけれども、えりぽんはワザとなのか、すっと手を引く。そしてヒザ頭を撫でる。

「え、えりぽぉん……」

甘い声でおねだりすると、胸から顔を上げ、ニッと笑ってくれた。

「分かっとるばい。スカート、自分で脱ぐと?」
「ううん……脱がせて?」

慣れた手つきでホックを外し、ジッパーを下ろす。それからゆっくりとスカートを脱がせてくれて、それはベッドの下に落とされる。

「下着、ばり濡れとると」
「だってぇ、早く欲しいもの……」

ショーツの上から恥丘を撫でられ、スッと筋を指でくすぐられる。それだけで腰が軽く跳ねた。
えりぽんはショーツに手をかけ、嬉しそうにスルスルと脱がしていく。これから起こる快感に、期待で蜜が溢れ、シーツを濡らした。
ショーツもベッドの下に落とされ、えりぽんは興奮を隠せないように股を割り開き、秘部をギラギラとした瞳で見る。
見られている、という羞恥と興奮で、蜜はさらに生成されて、とめどなく溢れてしまう。
えりぽんは舌なめずりをしたかと思うと。素早く頭を股の間に挟まらせた。
はあ、と熱い吐息が秘部にかかる。それから舌全体をぺっとりつけて、べろりと舐め上げた。

「はぁんっ」

こちらの反応も気にせず、じゅるじゅると音を立てて蜜を飲む。

「あっ、あぁぁ……」

蕾を甘噛みされて、腰が跳ねる。舌で転がされて、そのキモチヨサに、どくどくと蜜は溢れ、流れだす。

「はあぁぁぁぁぁ……え、えりぽんっ、もう……!」

限界な声を出すと、えりぽんは最後にちゅるっと蜜を吸い、ゆっくり顔を上げた。

「聖の反応が楽しくて夢中になってしまったと。けどオレも、そろそろ聖のナカに入りたか」

それだけ言って素早くジーンズとパンツを脱いで、乱暴にベッドの下に落とすえりぽん。
お互い全裸で、改めて強く抱き締め合う。

「聖、唇の端が少し切れとるばい」

そう言って、いたわるようにペロペロ、舌で舐めてくれた。
口角炎には本当は舐めてはいけなくて、保護クリームをつけないといけないのだけれど。
でも、えりぽんが「早く治るように」って舐めてくれているのだから、それはどんな薬よりも自分には効果がある。
片手を頬に添えて、少しだけ頭を起こし、えりぽんの頬の十字の古傷に舌を這わす。
もう痛くはないのだろうけれど、えりぽんはくすぐったそうに身をよじった。

「……聖は、」
「……なに?」
「この傷、やっぱ嫌いと?」

えりぽんが真剣な声で聞いてきたから。慈しむように、古傷に最後はキスをして、静かに目線を合わせる。

「やっぱりね、始めは嫌いだったかな。だって、えりぽんは綺麗な顔をしてるから。でもね、今はそうじゃない。
 えりぽんが……自分のために、そして聖や遥や朱音のために闘ってくれた証だから。
 えりぽんが、世界一の格闘家になるためのシルシだから。
 聖はこの傷も含めて、えりぽんがカッコイイと思っているし、好きだし、愛してる」
「……ん。ありがとう、聖」

ちゅ、と触れるだけの、でも砂糖菓子のような甘いキスをして、顔を少し離す。

「そろそろ、入れてよかと?」
「うん……きて」

さっきから蜜壺の入り口を熱くて硬いモノがちょんちょんと触れている。
早く、えりぽんの熱でドロドロに溶けてしまいたい。
えりぽんがさらに脚を割り開く。私はえりぽんの首に両腕を回す。
それが合図のように、グッ! と腰が進められ、待ちわびていた灼熱と硬度がナカへと入ってきた。

「うあっ! あ、あぁ……」
「う……っ。聖、いつも以上にトロトロったい。温かくてウネウネ動いていて……このまま射精してしまいそうっちゃ」
「はぁぁん……だめぇ、聖もキモチヨクしてぇ」
「もちろんやけん」

じゅぷじゅぷ、といやらしい粘つく水音をたてながら、えりぽんをオクへオクへと飲み込んでいく。
コツン、と最奥まで当たったところで。えりぽんはゆっくりと腰を動かし始めた。
ズグ・ズグッ、と音を立てて抜き挿しされる。

「あんっ! ああぁぁあ!」

的確にキモチイイところを擦られ、すぐにでも飛んでいきそうになる意識を必死に繋ぎとめる。
もっと。もっともっと。強く深く熱く、えりぽんを感じたい。
パンッパンッ! 破裂音のような音を立てて腰をぶつけ合う。

「ぐあ……っ。聖、聖、聖! ばり好いとぉ! 愛しとーと!」
「えりぽんっ! えりぽぉん!」

本能で愛を確かめ、叫び合う。
足の指が丸まり、いつの間にかえりぽんの腰をがっちり両脚でホールドしていた。
もっと。もっともっと、えりぽんが欲しい。
カラダも心も魂も、全部ちょうだい。私も全てを貴方に捧げるから。

「あんっ!」

コツコツ、子宮の入り口をノックされ、急速にナカが収縮するのが自分でも分かった。

「うあっ。聖、そんなに締め付けられるとオレ……っ!」
「出して……いっぱい、ナカにっ! えりぽんをちょうだい!」

グイッ! とナカを削岩されるように動かれた。
意識が浮遊する。
もう少しで白い光の世界に飛ばされる。

「えりぽぉぉんっ!」
「みずきぃ!」

お互い相手の名前を叫んで。
私はえりぽんが盛大に白濁の欲望を吐き出すのを感じながら、遠い世界へ旅立った……。



気が付くと、えりぽんの腕枕で、抱き締められながら私はベッドに横になっていた。

「あ、聖。起きたと?」

えりぽんは優しく髪を撫でながら聞いてきたので、ぎこちなく頷いて、その胸板に顔を埋める。

「聖? どうしたっちゃ?」
「うん、なんかね……ハジメテの夜を思い出しちゃって……ちょっと恥ずかしい、かな」

なんでだろ。えりぽんとは千以上の夜を一緒に過ごしたのに、今さら恥ずかしく思うなんて。
やっぱり今日、実家に行ったから、昔のことを必要以上に思い出しているのかも。
えりぽんはなにも言わずに、ただ静かに優しく髪を撫で続けてくれている。

「ね、えりぽん」
「ん?」
「大好き」
「ん。オレもやけん、聖のこと、ばり好いとぉ。ばってん、突然どうしたと?」
「なんかね、言いたくなったの」
「そっか」
「うん」

えりぽんは髪を撫でる。私は胸板に顔を埋めたまま。
とろりとした睡魔がやって来て、私を夢の世界へと導いていく。

「聖。今日は疲れたっちゃろ? 眠かったら寝てもいいとよ」
「うん……」

シアワセ過ぎて、なぜか涙が出そうになったけれども。それをぐっと堪える。
お言葉に甘えて、このまま夢の世界に行ってしまおう。
きっと素敵な夢が見れるから。そんな確信がなぜかあった。

「おやすみ……えりぽん……」
「ん」
「……愛してるよ」

えりぽんの返事を聞く前に、私は眠りに入ってしまった。
だけども。えりぽんの返事はきっと予想と合っているだろう。


ね、えりぽん。
これからも、ずっと、ずうっと。
『今』の素敵な貴方で私を愛してね。
貴方と二人で朝を迎えて、一緒にモーニングコーヒーを飲みたいの。
それが私の夢で、そして未来設計図だから。

Happy Birthday! MIZUKI!!





手を繋いでウチに帰ろう  終わり。



【後書き】

「どうも! 飯窪です。お粗末でしたが、ここまで読んでくださりありがとうございます!」
「フクちゃんの誕生祝いなのに、本編の内容は誕生日とほとんど関係ないYO」
「……と言いますか、吉澤さん……」
「なんだYO?」
「今日、私は普通にお仕事で、心地よく疲れて帰ってきたら、なぜ私の部屋の前で一人酒盛りをしていたのでしょうか?」
「飯窪を待っていたからに決まってるYO」
「ババ抜きをする為ですよね……まーちゃんやどぅーじゃダメなんですか?」
「子どもは飽きっぽいからいけないNE。すぐに『よしじゃわさんとババ抜きするのあきた』って言って逃げやがったYO」
「なるほど……だから私は着替えも夕食もせずに、こうして吉澤さんとババ抜きをする羽目になっているのですね……」
「恨みがましく言うなYO。メシなら持ってきてやったZO。ほい、ウ〇ダーインゼリー」
「10秒チャージですか……できれば固形物をお願いしたいです」
「じゃ、明日はカロリーメ〇トにしてやるYO」
「はうう……もっとマトモな食事がしたいです」
「安心しろ。真っ平になってもえぐれはしねーからYO」
「……今、どこのことを仰いました?」
「深く気にするなYO。じゃ、後書きらしく本編の軽い解説にいくYO」
「えっと、本来なら話の流れ的に、謎のショタ美少年の話を書くつもりだったのですよね、バカ作者は」
「そうだYO。でも『夏の小旅行』が大幅に遅れて、フクちゃんの誕生日が目前だったから、慌ててこっちを書いたんだYO。
 もともと、本編の両親との和解話はエロ無しで書く予定だったけど、誕生日だからっつーことでオマケもつけたわけNE」
「だから誕生日とはあまり関係のない話になってしまったのですね」
「YO!」
「まあバカ作者も疲れてたのもありますしね」
「エロを書くことにNE。『夏の小旅行』で出し切った感があるから、去年のようにエロ三昧はさすがに無理みたいだったYO」
「パソコンの前で『書きすぎだろ自分……』って途方に暮れていましたからねぇ」
「今回は、読者サマにご満足いただけない内容だと思うけど、それでもフクちゃんが両親と和解する話はどうしても書きたかったんだとYO」
「へんなところで頑固なんですよね、バカ作者は」
「バカだからな」
「それではそろそろ〆ますか。あ! 吉澤さん……」
「なんだYO?」
「お願いですから0時になる前には帰ってくださいね? 私は明日も普通にお仕事なんですから」
「しゃーねーなー。分かったYO」
「絶対ですからね? それでは……コホン」
「「ぐっちゃお〜♪」」
 

ノノ*^ー^) 検索

メンバーのみ編集できます