深夜の寝室。
キシキシと音を鳴らして揺れるベッドの上で重なり合う男女のシルエット。
互いの名を甘く熱い言葉で交わしながら、貪るように愛しい唇にいつまでも吸い付く。
口内で暴れ回る彼の舌に自分も必死になって絡め合わせて、粘りつく唾液をすすっては胃に流し込んだ。
汗ばむ肌と肌を触れ合わせながら、上にいる彼が彼自身を抜き差しして、ありったけの欲望をぶつけてくる。
力強く、でも的確に弱いところを狙って。
あまりの気持ちよさにポイントをずらそうと自然に身体が動いてしまうことに気付いている彼は、逃がすまいと中で角度を変えて照準を定め、そして責めてくる。
身体が熱い。彼が出入りしているところはもちろん頭から爪先まで全身が燃えるように。
同じように熱を持っている彼の皮膚が吸い付いてきて、溶けて、一つになってしまいそう。それでもいいかなと本気で思ったり。

でも永遠に続いて欲しい幸福と快楽にも終わりは付き物で、迫ってくるあの感覚を悟った自分は声にならない声で彼の耳元で囁くと、彼は切羽詰まった表情で『一緒に…』と言った。
それに『うんっ…』と涙目で返した自分を見て、悪戯っ子がそのまま大人になったような無邪気な笑顔で微笑んでから、さらに強く激しく腰を打ち付け始める。
細い身体に似つかわしくない彼の逞しすぎる分身で奥を突かれると、喘ぎを通り越して発情期の野生動物のような低い唸り声が漏れてしまう。
腰を振る彼の汗がポタポタと顔に落ちてくる。それをペロリと舐め取るとニコッて笑ってくれた。
猫みたいで少し間抜けだけど、可愛くて、カッコよくて、世界一愛おしい顔。出会って15年、これからの50年、ずっとずっと好きな顔。
でも彼とは違って、きっと今の自分は汗と涙と涎にまみれたグチャグチャの酷い顔をしてると思う。
なのに彼は何の躊躇もすることなく口づけてくれる。それが素直に嬉しくて胸の奥の方がキュンキュンした。
身体だけじゃなく心も満たされまくって、今にもコップから溢れそうになってる自分についにあの瞬間が近づく。
頭の中も目の前も真っ白になる、身体が自分のものじゃなくなる、ある種恐怖ですらある感覚。

―でもここには彼、れーながいる。

れいなの顔、感触、体温、匂い、声、それがあれば自分…いや、さゆみには恐いものなんてない。
ネチャネチャとした卑猥な粘液の音、パンパンという肌がぶつかる音が鳴り響く寝室で、身体も唇も心も隙間なく密着させて、彼の背中に手足を回して必死にしがみつく。
『『 一緒にいこう 』』と口に出したわけじゃない。でもれいなも同じことを思ったと思う。
そして、れいなの最後の一突きがさゆみの奥を叩いた瞬間、互いの名を熱く交わすどころか二人で叫んだ。
唇を合わせながら二人以外には理解できない雑音でしかない音。
でもさゆみにはれいなの、れいなにはさゆみの言葉と気持ちが理解できた、絶対に。

雷で感電したみたいに快感が体内を貫いて、自分のものじゃないみたいに勝手に震えて痺れる身体。
全てを受け止めようと必死にしがみつく手足にも力が入る。
それはれいなも同じみたいで、さゆみの上でビクビクと震えながら荒い呼吸や跳ねるような大きな心音を聞かせてくれてる。
そして、ドクドクといつまでも注がれ続ける二人の愛の証を身体の奥で感じながら、さゆみは眠った。





どれぐらいの時間が経っただろうか。目を覚ますとさゆみの上にいたれいなはいなくて。
肩までかけられた羽根布団の下のさゆみは裸だったけれど、さっきまでのドロドロベタベタの身体は嘘のように綺麗になっていた。
静かな寝室。パーテーションを一枚挟んだ向こう側のベッドで眠る優樹の寝息が聞こえるぐらい。
とりあえず状況を理解できたさゆみが次に思ったのは、『気持ちよかったな』ってことで。
達成感やら充実感の籠った溜息を一つして、乾いた喉を潤すために気怠い身体を何とか起こしてサイドテーブルに手を伸ばす。
でもそこにあるにはキャップが開いたまま転がっている空のペットボトル。
なんだか事後のだらしない姿を晒していただろう自分みたい、と親近感を持ちつつ自虐していると寝室の扉が開いた。

「あっ起きた?」

ミネラルウォーターとスポーツドリンクを持ったれいなが姿を現す、全裸で。

「身体大丈夫?グッスリ眠っとったけど。」
「うん。」
「そっか。」

最後、爪先がピンッとなった時だけは攣らなきゃいいなぁって冷静に思ってたけど。

「っていうかパンツぐらい履きなさいよ…」
「いーやん、どうせこのまま寝るんやし。」
「さゆみはパンツもパジャマも着るけどね。」
「えー肌すりすりして寝よー。気持ちいいやーん。」
「お断り。まだ寒いし。」

プクゥーと膨れるれいなはベッドに腰かけて、ジェスチャーで『どっちがいい?』と聞いてきたので、水を指差す。
手渡されたペットボトルを開けようとするがまだ手に力が入らず苦戦するさゆみ。
それを見兼ねたれいなは何も言わずキャップだけ掴んでプシュッと開けてくれる。
ペットボトルすら開けれない悔しさと優しいれいなへの照れを誤魔化すように水を喉を鳴らして飲む。

「はぁ……あと、ありがとね。」
「ん?あぁ、れーなのいつもの仕事やけん。」

後処理をしてくれたれいなに感謝してから水で潤った唇で軽めのキスをあげる。
離すとれいなはオモチャを買ってもらった子供のように『にひひw』と嬉しそうに笑う。
この顔が見たいから何度もしたくなっちゃうのよね…。

「今日はこの辺にしとく?」
「そうだね、明日早いし。」
「オッケー。」

二人の休みが重なった連休があると朝までできるんだけどなぁと無意識に欲張っていた自分の性欲に強さに若干引いていると、

「パジャマこれでよか?」
「うん…………待って!」

ベッドの下に脱ぎ捨てられていたさゆみのパジャマを拾うれいなの背中を見て、思わず大きな声が出た。

「きゅ、急になん?!」
「背中…血…」

れいなの白い背中にひっかき傷が計10本。その何本かは血が滲んでいる。

「またやっちゃった…」

行為の最後、れいなの背中にしがみついていた時につい爪を立ててしまったらしい。
優樹が生まれる前、まだ付き合い立ての頃に毎晩のように傷つけちゃってたのを思い出した。
あまりにれいなの背中がボロボロになるから一時期皮膚科に通ってたんだよね…飼ってるウサギにやられたとか理由つけて。
はぁ、あの頃から今日まで爪は出来るだけ伸ばさずネイルもしないでいたのに。

「だからヒリヒリしとったとね。久しぶりやけん気のせいかと思ってたっちゃんw」

ニャハハハと笑うれいな。絶対痛いハズなのに…というかテイッシュで拭いた跡があるし。

「…ごめんね。」
「気にせんでよかよ?こんなんツバつけときゃ治るけん。」
「待って。」

立ち上がろうとするれいなの腕を掴んで背中を向けさせて、そこに舌を這わす。

「さゆっ…!」

ほとんどの傷は浅くて血も止まっていたけれど、少しだけ鉄の味がした。
本当は傷を舐めるのは良くないって知ってる。だけどさゆみの気持ちが治まらないから。
10本の傷を舐めてからさゆみは自然とれいなの背中を抱いていた。

「…どうしたん?」
「…うん。」
「…。」
「…なんかさゆみ、れーなの背中、傷つけてばっかりだなって。」
「気にせんでよかって。こんなん傷に入らんとよ。」
「…。」
「れーなの背中は、さゆを守るためにあるっちゃん。」
「…。」
「さっきもれーなにくっついて、守って欲しかったんやろ?」
「…うん。」
「なら正しい使いかたをしたんよw …だから、な?」

背中を抱くさゆみの腕に手を添えるれいな。その優しさ全部が嬉しくて、つい目が潤みそうになる。

「イテテ!涙が傷にしみるっちゃんw」
「泣いてないし!」
「にひひw おおぉっ!」

自分でもビックリするぐらいの力でれいなの身体を倒して、横向きで見つめ合う。そしてさゆみの方からキスをする。
触れるだけの優しいキス。お互いの唇をついばみあって、静かに合わせる。
なんだかこの世の時間が止まったみたいな感覚で、れいなとのキスだけにずっと夢中になれた。

「…寝よ?」
「うん。…パジャマは?」
「いい。今日は肌スリスリして寝たい気分だから。」

またれいなは無邪気な笑顔をくれて手を広げたさゆみの胸に飛び込んでくる。
ギュッと抱きついておっぱいに顔を埋めて頬ずりする二十八歳児♂。
布団を肩までかけたら、

「しあわせ…」

と、れいなのつぶやき。でもさゆみも同じ気持ち。

「おやすみ…」
「うん…さゆ…」

すぐにれいなは小さな寝息を立て始めた。
あまり似てないなと思ってたけど笑顔と寝顔だけは優樹にそっくりなんだよね。
サラサラな赤茶色の前髪を指でかき上げて、出てきた可愛いおでこにキスをする。
『んんっ…』と、少しくすぐったそうにするのが可愛くて何度もしたくなっちゃう。
なんて、キス魔の本領発揮してたら目に入った掛け時計はかなりいい時間を指していた。

(そろそろ寝なきゃね…)

腕の中のれいなの柔らかさと温かさと匂いを感じながら目を閉じる。

あと二日働けば休み、そしてバレンタイン。
また今年もくどくてウヘァってなる甘ったるいミルクトリュフをあげなきゃね。
材料はどこで買おうか、レシピはこうだっけあーだっけと考えていたら、いつの間にかまた眠っていた。





田中家の日常 背中の正しい使いかた編 おわり
 


以前にもれいなクンの背中の話書いてたな…と今まさに思い出しました。
案外書いた本人ほど自分が書いた昔の話を覚えてなかったりするもんなんですかね。私だけだったりして。
私の書くれいなクンはさゆみさんに幸せでいて欲しいがあまり、どうしてもキザで優しすぎちゃうなぁというのが悩みだったのですが、
もういっそトコトン優しい夫にしてみようじゃないかとこの話を思いつきました。
キャラが崩壊してるかもしれませんが、せっせせっせと妻に尽くすれいなクンが可愛いくて好きなんですよねぇ。
(ただ原作のラストで顎でいいように使われていたので、尽くすキャラはあながち間違いではないのかも?)
まぁ普段私が書く小ネタでは下ネタ満載で怒られて、殴られてばかりの悪ガキれいなクンなんですけど。
ちなみにさゆみさんの治療のおかげでれいなクンの傷はすぐに治るのですが、現実で傷を舐めるのは逆効果なんでおすすめしません(笑)
 

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