「ハイ終わりまーす。」

担任の声が教室に響く。やっと今日の授業が終わった。
さゆみはあくびが出そうになるのをかろうじて堪えて教科書やペンケースを通学カバンに仕舞いながら隣の席を見る。
髪は金髪、耳にはピアス、ブレザーの下のYシャツは全て開かれていて、中には水色の派手なTシャツ。
校則違反のバーゲンセールみたいな不良が教科書に隠れて寝ている。寝息で鼻の近くに落ちてる鉛筆の削りカスが揺れちょるし。
でもその寝顔は少年…いや、少女のように可愛くて…いやいや、むしろ猫かな、メスの。

「れーな。」
「…」
「れーな授業終わったよ。」
「…」
「田中ぁ!」
「は、はぁい!」

耳元で大声を出したら起きた。
キョロキョロ回りを見回してやっとさゆみの声だと気付くと安心したように溜息をつく。

「…おはよ。」
「…もう少し優しい起こし方できんと?」
「さゆみはれーなのママじゃないから。」
「はいはいそうやったね。 ふあぁーあ…んじゃ帰るかー。あー学校って疲れるとー。」
「お昼ご飯食べるとき以外はほとんど寝てばっかじゃない。中学生の頃は義務教育だから許されたけど、さゆみ達もう高校生なんだからね?」
「…分かっとうって。」

ママに叱られる子供のように不貞腐れながら机の上の削りカスをフッ!っと息で吹き飛ばす。

「…ほっぺ。ジャムパンのジャムついてるから。」
「えっ?まじ?だっさ!」
「はいはい、動かないで。」

ポケットから取り出したティッシュでれーなの頬を拭いてあげる優しいさゆみ。

「あんがと。」
「うんにゃ。」
「なぁなぁさゆ、この後予定あると?」
「帰宅部でクラスで浮いてて友達がダンゴムシしかいないさゆみに予定なんかあると思う?」
「ダンゴムシは幼稚園の頃やろ?」
「あぁそうだった。じゃあ友達ゼロ人なの。つまり予定なんかナシ。」
「ならちょうどよか。ウチ来ん?さゆに頼みたいことがあるっちゃけど。」
「何よ頼みたいことって。」
「…アレ。」
「アレって、あの先週のアレ?」
「そうアレ。」
「えーやだー。」
「さゆ以外頼めるやつおらんのよ。な?」

手を合わせて、頭を下げて頼みこむれーな。
普段誰かに必要とされることがないさゆみは頼りにされると弱いんだよね………ハァ、仕方ない。

「………いいけど、一つ貸しだからね。」
「オッケー!」

嬉しそうに笑ったれーなは机の中からmarumanのスケッチブックとカラフルな色鉛筆をどこで売ってるのかも分からないヒョウ柄のリュックに詰め込む。
そして食べ残していたジャムパンを口に咥えて包装していたビニール袋をポケットに詰め込んで…紅葉饅頭みたいに小っちゃな手を差し出してきた。
当然その手を握り返すさゆみ。

そう。れーなはさゆみの恋人。

だから友達はゼロ。


………


お手々を繋いだ金髪ちびっこニャンキーと黒髪清純美少女という凸凹アンバランスカップルが通路を歩いた一番奥の部屋の鍵を開ける。

「入りー。」
「おじゃましまーす…」

この、どこにでもあるような普通のマンションに来るのはこれで二度目。
それなりに裕福な家系で何不自由なく甘やかされて育てられて来たさゆみの第一印象は…不良の住む家にしては無難でそれなりに綺麗じゃんって感じ。
ちなみにれーなの父親は単身赴任で離れて暮らしていて、今はお水の母親と二人暮らしだそうだ。

「ママは朝まで帰らんけん、羽根伸ばしてよかよ。」

ブレザーとYシャツをソファーに脱ぎ捨てたれーなに言われて、何もない食卓にカバンを置かせて貰いイスに座る。

「なんもないっちゃけど。」

冷蔵庫から取り出したパックのオレンジジュースをグラスに注いで持ってきてくれるれーな。
一口飲むと果汁100%だったみたいで甘党なさゆみには少し酸っぱい。
れーなはというとオレンジジュースを飲みながらブラックサンダーをかじっていた。
さっきはジャムパン、今はオレンジジュースとチョコバー…上には上がいたか。

「食べる?」
「いい。太るし肌荒れしちゃうし。」
「ふーん。女子は大変やね。」
「肥満も肌荒れもれーなは無縁やもんね。」
「れーなの数少ない取柄やけん。」
「…なんかお菓子ばっかり食べちょる気がする。」
「そう?」
「うん、主食がお菓子もしくは菓子パン。他に好きな食べ物ないの?」
「うーん…肉とか好きとよ?肉全般。」
「そうなんだ。」

料理どころか包丁だって握ったことなんてないのに、何を作ってあげようかな〜って頭の中の架空のレシピをめくってる自分がキモい。
でも、目の前にある対面式のキッチンで並んで料理するれーなとさゆみ…うん、いい感じ。

「んじゃ早速やけど…始めてよか?」
「ふぇ?…あっ…うん…」
「よしじゃあ。少し散らかっとうけど…」

そう言いながらリビングから繋がる扉を開けるれーな。そこがれーなの部屋。
入って見えたのはガラスのテーブル、白と黒のゼブラ柄のカーペット、ショッキングピンクと黒のヒョウ柄のベッド。
壁には恐らく海外のアーティストが描いたであろう、さゆみのセンスにはちっとも響いてこない派手なイラストのポスターが何枚も貼られている。
男子高校生にしてはテレビもゲーム機もなくて、独特のセンスではあるが必要最低限の物しかないせいかシンプル…というか小ざっぱりしている。
唯一テーブルの上でスケッチブックや画材が溢れているぐらい。

「うーんと、カバンはそこに置いて?」
「うん…」

ベッドのそばにある段ボールの上にカバンを置く。…コレにエッチな本とか入ってないよね?

「ふぅ…」

一度部屋を見回していると、「二度目やろ?w」と笑われた。
でも異性の部屋に入るっていうのはやっぱりドキドキする。ましてや恋人…の部屋だしね。

「んーと…そこらへん立って?」
「うん…」

れーなの指示に従ってベッドの横に立つさゆみ。さゆみの正面にイスを置いて座るれーな。

「うん。じゃあお願い。」
「…」
「…緊張しとう?」
「…するよ。」
「にひひっw」

覚悟を決めたさゆみは、れーなの『お願い』を叶えるために屈んで靴下を脱いでベッドの上に置く。

「綺麗な脚やね。」
「…フツーでしょ。」

自分でも結構自信のある細くて長い脚を褒められて素直に嬉しいけど、精一杯の照れ隠しをするさゆみ。
次にブレザーのボタンを外して脱いでまたベッドに。変な汗をかいていたのか少しヒヤッとした。
リボンを外しながらチラッとれーなを見るとニヤケ顔で見てるのかと思ったら、意外と真剣な表情でドキッとする。
手元にスケッチブックとカッターで削った鉛筆が見えた。

「…脱ぐの?」
「当然。」

仕方なくスカートのホックを外して床に落とす。
ブラウスの裾があるから下着はまだ見えてないハズ。…どうせ後で見られちゃうんだけど。

「…」
「…」

なんか喋ってよ。緊張しちゃうじゃん。
ブラウスのボタンをプチプチ外してから思いきって脱いでしまう。

「…」
「…」

ついに下着だけになっちゃったさゆみ。やっぱり恥ずかしくて上と下を手で隠してしまう。
どうせならイイ感じに着潰しているお気にの下着じゃなくて、可愛い新品のにするんだった。

「…」
「…」

やばいどうしよ…身体を隠した手がこれ以上動かない…。

「…」
「…まだ?」
「…うん。」
「…恥ずかしいと?」
「…そりゃそうでしょ。」
「…先週もやってくれたやん。」
「…そう、だけどぉ…!」

今さら改まって言う意味もないけど、れーなのお願い=デッサン。
絵を描くのが好きなれーなのための前々から専属モデルをやってあげていて、最初は普通に学校で服を着たままで済んでいたんだけど、それが先週からどうしても身体のラインを書きたいって言い出して…。
土下座するれーなに誰にも見せないという約束でさゆみが折れたんだけど、いくらデッサンのためとはいえ裸になることに慣れるわけがない。
ましてやまだ二度目だし!

「うーん、困ったっちゃね…。」
「…ごめん、やっぱ今度に…」

そう言いかけたられーながスケッチブックと鉛筆を置いて近づいてくる。
れーなの一歩一歩がスローモーションみたいにゆっくりに見えた。そして、れーなはさゆみの身体を抱いた。

「…」
「ごめん。」
「…」
「本当に無理やったられーなは構わんと。」
「…」
「…でも、こんなん頼めるのはさゆしかおらんけん、また次もお願いしてしまうっちゃん。」
「…」
「…それは許してほしか。」

さゆみを抱く腕に力がこもったのが分かる。
10cmぐらいれーなの方が小さいのに包容力を感じるのは何でだろう。
れーなの身体のあったかさとか、れーなの匂いとか…凄く心地よくて、とっても安心する。

「…いいよ。」
「…ほんと?」
「でも…」
「…?」
「…さゆみのお願いも聞いてくれる?さっきの貸し使って。」
「もちろん。れーなが出来ることなら何でもするけん。」

一回しか言わないからちゃんと聞きなさいよ。

「…キスして。」

ビクッ!てれーなの身体が跳ねて、れーなもさゆみにドキドキしてくれてるって分かった。嬉しい。
れーなはさゆみを抱いていた腕を解いて手を引き、下着姿のさゆみをベッドに腰掛けさせて。
そしてれーなは隣に座って手を繋いだ。

「…よかよ。」
「…」
「…」
「…ねぇ、」
「…?」
「…『好き』って言って?」
「…欲張りやね。」
「…」
「…バリ好いとうと、さゆ…」

普段は小学生みたいな童顔なのにこの瞬間は妙に大人っぽくて、男の色気みたいなのも感じて。

「…」
「さゆのこと、愛しとう。」

さゆみにだけ見せてくれるカッコよくて、愛しくて、特別な顔。

「…れーなだいすき。」

フッ…とさゆみの緊張がほぐれて本音がこぼれた…その瞬間、唇を奪われた。
人生初めてのキスは先週この部屋で告白されてシたとき。だからキスも今日で二度目。
れーなの唇はプルプルしててとっても柔らかい。毎日乾燥しないようにリップを塗ってるさゆみの唇も柔らかいといいな。

鼻を擦りながら何度か角度を変えて唇を食んでくるれーなが、さゆみの唇を舌先でノックしてくる。
ノックをされたら招き入れるのがマナーってもの。結んでいた唇を解くとれーなの舌が入ってきた。
さゆみの前歯をペロペロされてから奥で緊張しているさゆみの舌に強引に絡ませてくる。
あたたかくて、ヌルヌルしてて…とにかく気持ちいい。
そして微かにさっきのオレンジジュースとブラックサンダーの味がして甘酸っぱいれーなの唾液。
今度はきっとオレンジジュース味のするさゆみの唾液をれーなに吸われた。

先週初めてキスをして分かったのは、キスってすっごくエッチだなって。
れーなも先週のがファーストキスだって言ってたけど本当?この慣れた感じ、実に怪しい。

「……ちゅっ。」

満足したれーなは一度さゆみの唇を強めについばんでから距離を取った。
目を合わせてくるれーな。目を逸らすさゆみ。
れーなの頬はピンク色で、さゆみは真っ赤っかになってると思う。

「…キスってヤバかね。」
「…うん、ヤバい。」
「…ドキドキして、気持ちよくて…時間を忘れたと。」
「…さゆみも…いっしょ。」

繋いださゆみの手が汗で濡れてる。れーな嫌じゃないかな…。

「………なぁ。」
「ん…?」
「もっとシてよか…?」
「…キスを?」
「うぅん…。」

顔を横に振ったれーなを見て全部を理解した。もっとれーなはさゆみとの関係を進みたいんだって。
繋いでいた手を離したれーなはさゆみの両肩に手を置いてゆっくりベッドに寝かせた。

「…よか?」
「…どこまで…?」
「さゆが許してくれるとこまで…。」
「ンッ…」

鎖骨の辺りにキスをされて、れーなはさゆみの背中に手を回してくる。
簡単にホックを外されて腕から紐を抜く。あぁ見られちゃう…。

「…見して?」

胸を隠す手にチュッチュッってついばまれてから腕を解かれる。ついにブラを取られた。

「…きれいよ。」

いくら寄せても浅い谷間すら出来ない膨らみかけの胸だけど、きれいって言われて嫌な気持ちになるわけがない。
でも羞恥心と緊張と戸惑いでいっぱいいっぱい。多分じんわり変な汗かいてる。
そんなさゆみにれーなは胸の真ん中にチューッと強めにキスをしてきた。
口が離されるとさゆみの白い肌に痕が残る。これが世に言うキスマークか、と。
そしてさゆみの小さな胸を掬うように触れてきてやわやわと揉み始めた。

「…痛くなか?」
「…う、うん…。」
「…ばり柔らか…。」
「…くすぐったいの…。」
「…はぁ…おっぱい…」

さゆみの言葉なんか聞こえてないれーな。どうして男の子ってそんなにおっぱいが好きなんだろう。

「っ、はぁっ…」

我慢できなくなったれーながさゆみのピンク色の乳輪を舌先でくすぐる。自分でもビクッと大きく身体が跳ねて驚いた。
やがてまだ縮こまったままの乳首を転がし始めるれーな。くすぐったいけど、それだけじゃない感じがする。
これがエッチのときの気持ちいいって感覚なのかな。

「ちゅっ、ちゅっ…」
「んっ…んんふぅ……んぁっ…」

声を我慢して鼻で呼吸をするさゆみ。何度も何度も乳首を転がされ、吸っては離して,離しては吸ってを繰り返すれーな。
見ると16年生きてきて今まで見たことがないくらい乳首が尖っている。こんな風になるんだ。

「…んまっ。」

おいしいわけないでしょ、って言いたいけど変な声が出ちゃうから言えない。
そのまましばらく両胸をれーなにイジられて、れーなが満足する頃には汗だくでクタクタになっていた。
れーなの匂いがするベッドと一体化しているさゆみに覆いかぶさる。

「した、よか?」

『した』っていうのは口の中の『舌』じゃなくて、パンツの方の『下』っていう意味よね?
あぁそっちも行っちゃうんだ…。でもれーなに見つめられて結局頷いちゃう。
唇にチュッとキスをされて小さく「ありがと」って言うれーな。本当感謝してよね…。

そしてさゆみの視界かられーなが消えて天井の変なポスターと睨めっこしていると、下着が下ろされた。
意外とあっけない。

「…ココもきれいよ、さゆ。」

本当に見られてるんだ、れーなに、今。
…きれいってどうきれいなんだろう。胸と違って自分でも見たことないところだから凄く不安。
見た目はもちろん、匂いとか…正直コワイ。

「…」

れーなは無言のままさゆみのアソコに触れた。ピクンと反応する身体。
多分今、左右に広げられて中を見られてる…やばい、恥ずかしいとかいうレベルじゃない。

「まっ…!」

れーなを止めようと慌てて起き上がるさゆみ、でも…。

ペロッ

「ひぃっ!」

大事なところを舐められ…





……


………


……





ガバッ!

かけていたタオルケットを跳ね除けて慌てて起き上がるさゆみ。痙攣する足の指を掴んで必死に引っ張る。

「いったぁ…い…」

攣った足の痛みで顔をしかめる。いい加減この癖治したい…。
やがて痙攣は治まり、痛みが引いてくる。本格的に攣る前に気付いたのが良かったらしい。

攣りかけの足と格闘して、痛みが去ってからベッドにボフンッと倒れ込む。視線の先の天井にはあの変なポスターはない。
ガラスのテーブルも、ゼブラ柄のカーペットも。…アイツの匂いがするベッドも無い。

―ここはさゆみの部屋。

時計を見ると朝の5時。夜勤から帰って、遅い夕飯を食べて、シャワーと歯磨きを済ませて布団に入ったのが2時。
それからまだ3時間しか経っていないのに…すごく長い『夢』だった。

今年で22歳のさゆみ。大学に行くのも就職するのも面倒だったさゆみは高校の頃から続けてるコンビニバイトに通うだけの毎日。
どっかの国へと姿を消したアイツへの未練が凄くて負のオーラを背負ってるせいかまともに男なんか出来るわけも作る気もない。年齢=ド処女。
そのくせ寝る前に人生初のオナニーとかしてみたもんだから変な夢見たのよ。…くすぐったくて痛くて、全然気持ちよくないし。何あれ(怒
おかげでさゆみの人生にセックスなんて必要ないんだって分かったわ。

ってかさゆみどんだけ惨めなの?叶わぬ恋を始めてもう8年経ったけど、さゆみとアイツは絶対一緒にならないからって夢の中でそれを叶えようとしているの?
初めての最低な自慰行為を忘れるために夢でアイツにシてもらうなんてさ。最高に笑える。
大親友でもっと辛いハズの絵里のことも無かったことにしてる辺り、さゆみって本当性格悪い。良いのはビジュアルだけ。←ほらっ性格悪いでしょ。
そんな性悪女なのに最近誰かに見られてる気がするのナニ?気持ちが悪くて毎日ブルー通り越して闇なんだけど。ほんっと最悪。


…アイツの顔を見なくなってもう4年。すっかり忘れたような気もするし、見たくもない。


…嘘。
今でも忘れられないし。今でも好きだし。大好きだし。
「さゆ」って呼ばれる声も耳にこびりついたまま。昔一度だけ入れてもらったれーなの部屋も全部記憶したまま。
ふざけて身体を抱いた感触も、転んで起こしてもらったときに握った手の感触も、近くにいて香ってた匂いも、全部、全部、全部。

―どうしたらいいのよ、さゆみは。

「…ばかれーな。」

溢れて止まらない涙を枕に吸わせて、いつも隣にいてくれるクマさんを抱き締めながら…さゆみは無理やり二度寝をするしか選択肢がなかった。
眠りから覚めたときにウサギみたいに目が充血してないといいな、と思いながら。


………


まさかその日コンビニで、アイツに再会することになるなんて…夢にも思わなかった。





田中家の日常 エピソード・ゼロ おわり
 


(33-245)田中クンの恋愛事情 #1
 

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